荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
アレシマへ向かう前日。
私の船には作戦会議にて通達した通り、カナリア自警団だけが護衛としていた。
他の四隊に関しては、それぞれの方法でアレシマに到着しているのだろう。
無線なりで連絡を取り合えば状況を確認出来るのだろうが、彼らに傍受される可能性もあり、余計な情報を流さないようにと指示を出してある。
『このフィオ様に任せておけば大丈夫だ! 任せておけ! なーはっはっはっ!』
『自警団やマフィアと連携する日がくるなんてね。まっ、こちらは自由に動かせてもらえるから怪盗らしくいかせてもらうわ!』
『大丈夫ですよ、皆さん! みんなで協力すればどんな相手でも勝てますよ!』
『そうそう! なんとかなりますって! ねっ、レオナさん!』
『……船長はこれだけ個性的な隊員たちを束ねてきたのか。一時的とはいえ私に率いることなど可能なんだろうか……』
行動開始前の各々の決意表明は、なんというか性格が浮き彫りになっていたのを思い返す。
何度目かの心のため息を付けば、何かを察したように空のカップへ紅茶を注ぐ『執事』の姿が映る。
「おや、随分と深いため息をついておりますな。貴方を慕う者らが見てしまわれたら動悸がドキドキ仕事は手付かずになることですので、くれぐれもお気を付けを」
──相変わらず主人と同じで何を言っているのか理解に苦しむよ。
こちらが肩をすくめて冗談めかせた答え方をするのも久しぶりだ。
主なき塔の最上階で、かつての天敵が作り上げた町を眼下に眺めながら飲む紅茶。
もはや言うまでもないのだろうが、ここはイケスカ。
そして私がいる場所は、この町の支配者であった者の名がつけられた塔である。
アイツは私がリノウチ大戦で敗者となり、監獄に入れられてからもあの手この手を使い、わざわざ会いにきたかと思えばくだらない話だけをして去っていく。
口を開けば手品だの、町を大きくするだの、やれ自分の塔を建てるだのと言ったことばかり聞かされているのだからたまったものじゃなかった。
そんな変わり者も最後は『穴』に執着し過ぎた結果、飲まれ消えていき、今ではどこかで一人旅でもしているんだろうな。
簡単にくたばるような奴ではないことだけは、何故かハッキリと断言出来てしまう。
どこぞの見知らぬ他人様に迷惑をかけていなければ良いが、あのカリスマ性あふれた姿に惹かれる者は多いだろうから無理だろうなあ。
結局、どう転んだところで私たちは敵同士なのは変わることはないからいいのだが、まさか今になってこんな話をする事になるとは思っていなかった。
注がれた紅茶のカップを手にし、窓際へと歩み寄りながら地平線の先にある空を見上げていると、とある会話が再生されてゆく。
『キミとボクが手を組めばっ! イジツをより良い方向へ導いていける! 保証するよ!』
正直に言えば面倒だったから断ったというのが本音だけど、あそこまで自信満々に手を差し出されたら掴む者は多数になるだろうとは思っていた。
なにせ、本当に有言実行してきた奴なんだから。
もしアイツがこの場に居たとしたら、今の私を見て何と言うのだろうな。
案外、似た者同士だとバカにしてきたりして……。
「ふむ、今度は頭痛のご様子。明日は大事な日でございますゆえ、考え事も程々になされた方がよろしいかと」
──お前さんのご主人様のせいだっての。悠々自適な監獄生活を私から奪った奴はどこのどいつだ。
「それに関しましては私の知るところではございません。しいて言うならば彼らですな。三人寄れば文殊の知恵とユーハングのことわざにもあるとおり、凡人でも複数の者が集まれば悪巧みのアイデアが一つぐらいは浮かぶものです」
まったくもってその通りなのかもしれない。
それこそが彼らが持ちえる独自の利点であり、強みなのだろうから。
その点においては、彼らは一歩抜きん出ているんだろうと感じたりもする。
「人の数だけ考え方がありますからな。お互いを尊重し合って共存出来れば理想的なのでしょうが……さて、彼らの場合はどうかと申しますと?」
──おーおー、悪巧みを仕掛けた側が言うと重みが違うものだなぁ。
思わず感心しそうになったところを茶化せば、目の前の老人は笑みを浮かべるだけで返してくることはなかった。
彼からすれば、「貴方様もでしょう?」と言いたいんだろうな。というか言わなくたって分かりきっているのだろうと伝えたいのだろう。
自分も同じ立場だということを忘れてはならない。
こちらから見れば悪巧み、彼らからすれば正す。というのは言葉遊びが過ぎるかもしれないが。
双方とも思惑があり、それが武力として衝突した結果、勝者と敗者が出来上がるだけのこと。
どちらが勝っても必ずしも良い結末とは言えない代物だし、何よりも自分たちの大切なものを守るために戦っているに過ぎない。
目的を遂げるために動いている以上、お互いに引くことは出来なかった。
だから対立という形で終息せざる得なかったのだろう。
そうでなければ、歴史と物語が成立しなくなるからだ。
「明日から始まる決戦の結果次第で全てが決まるのでしょうな。貴方様がどのような道を選ぶのか楽しみでございます。特に今回は完全なる第三者として見守らせていただくため、実に興味深い展開になりそうな予感で私まで動悸がドキドキ──」
──やめてくれ。それは美少女が言うやつであって爺さんが使うもんじゃない。もし本当に感じたなら早期に医者へ行くことをおススメしておく。
「私如きにまで親切に接してくださるとは誠に感謝の言葉しかございません。これが俗にいうツンデレというものですな。それで幾多の女性を泣かせてきたのやら」
──やかましいわ! あたかも真実かのように言うな! だいたいアンタはいちいち一言多いんだよ!
「それは申し訳ありませぬ。なにせ主が主でしたので従者たる私と致しましても、影響から逃れることが叶わぬのでございます」
──何を言っても無駄か。あーわかったわかったもういいよ。降参だ。お茶、ご馳走さん。これで失礼させてもらうよ。そろそろ出港の時間なんでね。
「左様でございますか。大事の前にイケスカまでいらしていただき光栄でございます。イサオ様がおられたら観光案内で三日は拘束されていたことでしょう」
──だから来なかったんだよ。監獄から出る気もなかったから来れなかっただけだがな。
「ご謙遜召されますな。たとえ貴方が囚人の身であろうとなかろうと、イサオ様がおられた際にこの地を訪れたのであれば、国賓待遇の対応をしていたはずです。少なくとも我が主は一度決めたことに対しては頑固ですからな」
そんなことはどうでもいいとばかりに、私は話を切り上げるように立ち上がり出口へと向かう際、老骨へ背中を向けたまま語りかけた。
──あぁ、一つ言い忘れてたことがあったんだがいいかね。
「なんでしょうか。私にお応えできる範囲の事であればなんなりと」
振り返りもせず口を動かすだけでいいと判断した為、何の躊躇いもなく伝えきった。
──イサオはまだ生きていると思うか?
「勿論でございます」
聞くまでもない話だった。
迷うこともなく即答したことから分かるように、この執事はイサオを心から認めている証だろう。
そして彼にとって重要なポジションにいるのだということが分かる、唯一の解答でもあった。
「あの方は死ぬまで止まらぬお方です。必ず生きておられると確信しております。死ぬ運命を受け入れぬ限り。あの方は常に生き続けるのですから」
腹立たしいが、おおむね私も同意見なんだよ。
いくら撃墜されようが、失敗しようが、自分が楽しい面白いと感じている間は、待つことさえ出来るほど尋常ではないタフネスを備えている。
そこまで考えて、思わず笑ってしまった。
一体いつからこうなってしまったのかと、疑問を覚えるほどに。
──彼らから押し付けられた震電を置いていくから、上手いこと利用してイケスカを落ち着かせてやってくれ。名無しの小兵が実権を握るよりは、象徴で団結を図るほうが今のイケスカにとってはいいだろうしな。頼むよ。
「……やはり貴方様こそイサオ様の後を継ぎ、頂点に立つべきお方だと存じ上げますが?」
──やなこった。私はイサオが嫌いなんだよ。
それだけ言い残すと部屋を後にすることにした。
去りゆく私を見送る執事の姿はいつも通りではあったものの、最後に何かを言いかけたような気がしたのは、果たして思い過ごしなのだろうか。
どちらにしても意味の無いものに変わりはない。
さあ、仕事を始めよう。
これが私に出来る最後の役割だ。