荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
操舵室にある船長席から見える窓越しに、私は今まで幾度となく見てきた地上を見下ろしてみる。
イジツでも有数の大きな町であり、商業から管理局まで網羅するアレシマは間違いなくこの世界の港町として名を馳せており、かなりの規模を誇っていたのだ。
無論、現在でも町の象徴であるオーシャン・サンフィッシュホテルは健在ではあるが、一部はイケスカ動乱による争いの影響で補修の跡が所々見受けられる。
だが、それもまだマシな部類に入る程度でしかなく、イケスカ動乱後にはスラムが広がっていたりする有り様だ。
誰かがどちら側についたとしても、このような事態は避けられないのだろう。
……これから行われる私への査問委員会で全てが解決するとは思えないが、この日の為に考えられるであろう問題点を挙げ、対策を講じてきたつもりだ。
あとは信じるしかない。
この選択が正しいものだったのかどうかなんて、今の自分には決して分からないことなのだから。
船はゆっくりとアレシマの停泊所へ進み、係留塔に繋ぎ止め、無事に入港を果たすことが出来たようだ。
窓の下は何やら人だかりが出来ているのが見えている。
随分と殺気めいた気配を放つ連中が固まっており、それぞれが持つ武器にも抜かりはないように見えた。
これは係留塔が船を地面に下ろした辺りで、乗り込んで来るだろうな。
「船長、彼らの行動は警備隊の権限を完全に逸脱しています。警告を発する許可を頂きたいのですが」
隣に立っているアコは心配そうに告げてきた。
奴らはアレシマ所属の者ではないな。彼らの私設部隊といったところか。
それとも金で雇われたワケアリの連中か。
──無駄だと思うが記録に残しておくべきか。許可する。
「了解しました」
短く返事をした後、無線機を操作して自警団の仲間へ情報を流す作業を始めた彼女を視界の端に捉えつつ、私も船員たちに向けて指示を出すことに決めた。
──下に物騒なお客様がいらっしゃるが、奴らが無理やりにでも船に乗り込んできた場合、一切の抵抗はせず従うように。実弾でも使われたら敵わないからな。
その言葉に操舵室にいた船員は、失笑を交えた笑みを浮かべて見せた。
飛行船で火気厳禁なのを知らない可能性だって十分に有り得るからだ。
「では船長、私もエル達と合流して戦闘行為が発生しないよう出来る限り務めてみます」
そう言ったアコの顔は凛々しく引き締まっており、彼女も腹を括っているようだった。
──頼んだぞ。あと……無理して怪我をするなよ? いいな?
「……はいっ! この場はカナリア自警団にお任せあれ!」
元気の良い返事をもらい安心した俺は、アコの背中にポンと触れて労いながら彼女を見送った。
初手はどうなるものか、じっくり観察していこうではないか。
***
「こーらぁー! 物騒な物をこちらに向けないでください! あわわっ、そんなに船へ近づいたら押しつぶされちゃいますよ!」
拡声器を手にしながら必死で叫ぶリッタは、こちらへ銃口を向けられているにも関わらずいつもと変わらない様子を保っていた。
「あらあら、困った人たちね。これではお話もできないじゃないの」
のんびりと呟くエルの言葉は当然の如く届いていない。 それでも笑顔を崩すことはなかった。
「可能性があると聞かされた時は素直に頷いてみたけど……この数はなんなのよ! アレシマの警備隊は一体どうなっているわけよ!?」
明らかな敵対心を剥き出しにしている奴らのせいか悪態こそ吐くシノだが、冷静沈着な態度は一切崩さないまま、アレシマの警備体制について愚痴を零していた。
「……めんどぉ。寝ちゃおっかな〜」
欠伸をしながら眠そうにぼやくヘレンに対し、苦笑いを浮かべるだけに留めておくミントだったが、内心穏やかではなかった。
操舵室にいたアコがこちらへやってくると無線が入り、万が一でも自分がお姉様と慕う彼女に被害が及ぶことがあればと考えてしまっていた。
そんな複雑な感情が渦巻く中、船はゆっくりと地面へ降ろされたが、案の定というべきか船体の出入り口部分に多数の武装をした輩達が待機しているのが見えていた。
無理矢理にでも乗り込もうとしている奴らの動向を目にしながらも、警告を続けていると隊長のアコが合流を果たし、並び立った。
「遅れてすみません! ってうわっ!? この人たちどこから湧いて出たんですか! 上で見た時よりも数が増えてるじゃないですか!」
「落ち着いて状況を把握しましょう。アコ。見方を変えれば窓越しで動物がはしゃいでいる姿を拝んでいると考えてあげればいいのよ」
「いや、流石に無理があると思うよ、エル……リッタさん、拡声器を。あーっそこの武装集団のみなさん、私たちは空賊討伐部隊の者です。私はイヅルマ所属のカナリア自警団団長のアコと申します! あなた方の目的は何ですか? 話し合いの余地があるなら応じますので、武器を下ろしていただけませんか?」
丁寧な口調で話しかけられる形となったことで、反応を示した者がいる。
最初に動いた者がいた。
「我々は交渉しに来たのではない! 船長を出せ! 彼は反逆の疑いにより拘束命令が出ている! 繰り返す──」
「なら証明書を提示して正規の方法を踏んで訪問して下さい。いきなり押しかけてきておきながら横暴な態度を取る人たちに船長をお渡しすることはできません!」
笑顔を浮かべながらも辛辣なコメントを放ったアコの言葉により空気が一変する。
船の射撃席からメンテナンスハッチに至るまで、船員たちがあらゆる場所から顔を出して奴らにブーイングを飛ばし始めていたのだ。
「船長は出頭命令について従うと言っています。あなた達が引き下がれば済む話ですが、どうしますか? 今すぐ帰っていただけるなら、私たちも穏便に済ませることができるんですよ。委員会までの道のりは、カナリア自警団が責任を持って案内させていただきますのでー」
そこで一旦言葉を区切り、わざとらしく困ったように溜息をついて見せる姿は相手を煽っているとしか思えないのだが、あえてやっているということを強調したかったのだろう。
ただし……他の隊員からすれば、アコの煽り口調や毒舌は、本人の無意識下で発露されてしまうものであることが分かっているので、気にするようなことでもなかった。
むしろ逆にいえば慣れっこなのだ。
現状において効果は抜群らしく、連中は顔を真っ赤にしながら怒り狂っており、今にも飛びかかってきそうな雰囲気を漂わせていたのだから、間違いないはずだ。
つまりは舐められたら終わりなのだと悟らされてしまう存在が、目の前にいると認識させられたのである。
しかし、彼女が挑発しているのは別の理由もあった。
「おうおう! ガキどもが舐めた真似してくれたなぁ!? ちいと腕が立つとは聞いてはいるが、それは空だけのもんだろうがぁ! 陸の上で戦えるとでも思ってんのかこらァ!!」
お決まりの台詞で恫喝してくる奴らを前にしたところで、微動だにしないどころか笑みすら見せるアコ達は、少々不気味に見えたのも事実だったのだが……。
(うん、こんなもんかな。どうやら相手はチンピラ同然のようだし。あとは銃に実弾が使われていないことを確認しないと)
アコは落ち着いた様子で分析を重ねつつ、頭の中でいくつかのパターンを想定し始めている中で、事態は動く。
「テメェみたいなちんちくりんなチビよりも隣にいる美人のネエちゃんにお相手してもらいてえな! お前らもそうだろ!?」
下品な笑い声が響き渡る。
奴らなりの鼓舞であろうか、自らを奮い立たせるための行いだったのかもしれない。
まさにドン引き状態の船内であったが、一人だけ身体を震わせ怒りを抑えようとしている女性がいたのだ。
アコをお姉様と慕うミントその人だったりする。
「……お姉様に向かって……ちんちくりんですって……?」
そう呟くと、拡声器をアコから奪い取った上で大きく息を吸い込み声を張りあげた。
「お姉様のお身体は華奢で可憐で繊細そのもの!! あなたたちみたいな人が手を出していいのものじゃないんです!!」
突然の怒声に驚いた男たちが何事かと目を向けた瞬間、それを待っていたと言わんばかりに一斉に罵声を浴びせかけ始めるミントの姿がそこにあった。
「ヘンタイ!! ハレンチ!! 恥知らず!! ロリコン!!」
などと罵詈雑言を並べ立てていき、アコは最後の言葉を聞いて落ち込み始め、各隊員はお前が言うのかと白い目で見ているが、気づいてはいないようである。
そんなこんなでミントが一通り叫び終えた頃には、肩で息をするほど疲れ切った様子を見せており、汗を流しつつもスッキリとした表情を浮かべていたというオチがついて終わる運びとなった。
その間の出来事としては男たちの動きが止まったことだけが挙げられるだけであるが、それだけで十分すぎたのである。
どこからともなく煙幕が立ち込め始め、怒号が飛び交いだす。
しかし、その直後に起こった出来事は想像以上のものであり、奴らは戸惑いを見せ始めることとなった。
ある者は背後から攻撃されて倒れ伏し、別の者は訓練された動きによって次々と倒されていく様子が見受けられたのである。
地面に組み伏せられた男が叫ぶ。
「女だ! 平たい胸した女が混ざってるぞ!」
「くたばりなさい!!」
直後、男に顔面キックを決めるシノのシルエットが浮かぶ。
続いて後頭部を蹴り飛ばすリッタの姿が現れ、その隣では笑顔のまま手刀で男を気絶させたエルがいた。
リーダー格までの道のりはミントが全てを吹き飛ばし、意識が残されていた者はヘレンの脚線美によって脳を揺らし、失神するという光景が繰り広げられ続けた。
そこから先は、一方的な蹂躙劇が続いただけだった。
「ふぅ、何とか無事に片付きましたね!」
額の汗を拭いながら呼吸を整えるアコは、リーダー格の男を縄で縛りながら告げた。
「えっへん! どうですか! これが自分たちの実力なんですよ!」
胸を張って主張するリッタとは対照的に、周囲の惨状を目の当たりにした男の部下達は恐怖のあまり腰を抜かしていた。
その光景はちょっとした地獄絵図のようでもあり、見ているだけでも震え上がってしまうほどだった。
「ちょっとやりすぎじゃないかしら? 完全に戦意喪失しちゃってるじゃない」
呆れた様子のシノが口を開くが、相手の顔面を蹴り飛ばした者は彼女だけなので、誰も賛同はしない。
「お姉様を侮辱した罪です! それに比べたら大したことありません!」
フンスと鼻を鳴らすミントの意見に、他の隊員たちは全員無言で視線を外すことにした。
「……動いたらおなかすいた。せんちょーとご飯食べ行こうよー」
マイペースすぎる発言をするヘレンは、どうやら船長を呼びに船内へ戻るつもりだが……帰って来てくれるかどうかはかなり怪しいところだ。
その様子を目にした奴らは戦慄し、互いに身を寄せ合うようにして震えているばかりだった。
そんな中で鼻歌交じりで男たちが乗り寄せた車を吟味し始めた女性が呟いた。
「ふふっ、船長との穏やかな生活も良いですけど、やっぱり刺激的な毎日を過ごしたいものですね」
にっこりと笑いながら宣言するエルの姿は自信に満ち溢れていたように見えるものの、どこか狂気じみて映っていたとしても不思議ではなく、奴らに至っては困惑の色を強めているようだった。
無線機を手にしたアコは、どこかへ連絡を入れ始めた。
「もしもし? ……えぇ、予定通りです。準備が整ったらそちらに向かいますね……それじゃまたあとで」
連絡を終えた彼女は振り返ると、満面の笑みで手を振り上げた。
そこには船長が佇んでおり、それを見た乗組員たちは自然と敬礼を行うのであった。