荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
サンフィッシュホテル内に通された部屋には、ルゥルゥやユーリア、そしてやつれた顔をしたレオナが出迎えてくれていた。
その表情を見て察することはできる。
ああ、間違いなく怒っているんだろうな……。
トントンとテーブルを指先で叩くユーリアの指示に従い、私は近くの席に座る事にした。
対面には不機嫌そうな態度を隠そうともしない二人が並んでいたわけだけれど。
開口一番に言った言葉がこれだ。
「アンタねぇ……こっちが聞いていたよりも事が大きくなってるってどういうことなのよっ!?」
バンッと勢いよくテーブルを叩いたユーリアの剣幕に気圧されてしまった。
隣に座っていたルゥルゥは、また始まったと溜息を一つながらコーヒーを口にする。
助けを求める余裕すら与えられそうにない空気感なのは明確だった。
「ユ、ユーリア議員。落ち着いて下さい。船長にも考えが──」
「その考えを事前にかつ詳細に教えろって言ってるのよ! こっちはアンタを支持する立場なのよ! そういう配慮くらい出来るでしょ!?」
──あ、はい。おっしゃる通りでございます。
ぐうの音も出ない正論をぶつけられた私に反論する暇もなく畳み掛けられ、思わず背筋が伸びた。
詳細に伝えていなかった部分に関しては、全面的に私が悪い部分もあるわけだし、素直に受け入れざるを得ない。
一方、こちらの様子を見かねたらしいルゥルゥが助け舟を出す様に声をかけてくれた。
「ユーリア、彼の事が心配なのは理解するけれど、怒鳴りつけてばかりでは想いは伝わらないわよ」
「はぁ!? アタシがいつアイツの心配をしたっていうのよ!」
図星だったのか顔を真っ赤にして反論したものの、直ぐに冷静さを取り戻してしまった。
ユーリアの様子を確認していると、ルゥルゥはそのまま言葉を続けた。
「窓辺でウロウロと落ち着きのない様子だったじゃない。飛龍がホテルに突っ込んできた時は優雅に紅茶を嗜んでいたというのにね」
「…………」
バツが悪いのか、押し黙ってしまったユーリアを見てルゥルゥは微笑んだまま黙っていた。
その一方で私の方へと視線を向けると、ゆっくりと口を開いた。
「無事でなによりね。本来なら彼らに護送という名目で、白昼堂々と犯罪者のような扱いで連れて行こうとする予定だったみたいだけれど」
──印象操作は侮れない効果を発揮するというのは、嫌と言うほど経験してきたしな。
私も何度か同じ手を喰らってきた身だし、この手のやり方をする輩は多く見てきたつもりではある。
手段は好みではないが、有効な戦略であることは否定できない。
肩を落とせば、彼女は小さく笑った後で再び言葉を発し始めた。
「とはいえ、貴方が小鳥ちゃん達に護衛されてここまでやって来た時の姿を見た彼らの表情は、随分と楽しませてもらったわ」
悪戯っぽく笑うルゥルゥの様子を見ている限りだと、こちらが思っていた以上に彼らの出鼻を挫くことができたようだ。
とはいえ、これだけで終わるはずがないことも予想済ではあるのだが……。
まぁ、査問委員会でひたすらネチネチと追及され、最後に部隊の解散と収監命令が下されるだろう。
そこから再び問題が始まるわけだ。
私はその命令に従うつもりはない。
勿論、それが本来なら許されるはずもないことも理解した上での話であるが、まだ成さねばない目的が残っている以上、離れることなど出来はしなかった。
ならばどのように切り抜けるかを考えるわけだが、今回に関しては内部からの切り崩しを選んだ。
それを選んだ理由は、たった一つ。
これ以上、大空戦など引き起こしたく無いからである。
リノウチ、イケスカと続いてアレシマでの戦闘行為となれば、我々が行ってきた空賊討伐という任務を逸脱することになる。
地上に住む者たちからすれば、自分たちの生活圏で無作法に戦闘行為を行う者たちへ区別など付けるわけがない。
ましては町を襲う空賊の撃退という分かりやすい話ではなく、私の逃亡を阻止しようと動く彼らと、それを妨害しよう奮闘してくれる仲間たちが衝突した形になれば、これは立派な争いということになる。
数が増えれば増えるほど火種は大きくなりかねないうえに、墜落した機体によって大勢の一般人を巻き込むことになるのは目に見えている。
過去の争いが生み出したモノは、親を亡くした孤児たちの悲痛な泣き顔だ。
続けて発生する事件によって絶望の縁へと追いやられた大人たちの姿も忘れてはならない。
……私はそれらを二度と繰り返さないと決めたのだから。
その時、私の眉間にそっと誰かの指が伸びてきたのがわかった。
驚いて視線を上げれば、先程まで不機嫌な態度を見せていたはずのユーリアの顔が目に入った。
「……そんな顔しないで頂戴。アンタはいつも通り能天気に笑ってりゃいいのよ」
呆れたように言いつつも浮かべられている表情を見ればわかるもので、彼女は心から私を心配してくれていることが良く伝わる。
「リノウチの英雄だなんて呼ばれてるアンタなら、空へ戻れば自分だけで全てを解決するだけの力を持っているんでしょうけどね、アンタはそうしなかった。違う?」
問いかけの形を取ってはいたが、確信めいた強い意志を感じさせるものだった。
否定したかった。
私はそこまで大それた人間ではないと言いたかった。
自分一人の力で問題を解決できたと思ったことはないし、いつだって誰かの手助けを得てやってきたと断言できるからだ。
人の協力なくして成し遂げられる事柄なんてほとんどないと思えた。
だからこそ言い淀んだのかもしれない。
結果として沈黙が流れただけなのだと思う。
そんな反応を見逃さなかったらしい彼女は、軽く肩をすくめて見せて言った。
「ま、無理に答えなくてもいいわ。アンタが私を頼ってここにいる。その事実さえ分かれば良いだけだから」
そう言って笑みを浮かべる彼女の顔は、どこまでも優しかった。
全てを見透かされてるような気分になるくらい自然な微笑みを受けてしまい、何も言えなくなる。
そんな私のことをしばらく見つめていたかと思えば、ルゥルゥが唐突に立ち上がって一言。
「そろそろ時間ね。ほら、そういうのは二人きりの時にやってくれるかしら? 私の小鳥ちゃんには刺激が強いわ」
「マ、マダム! 私は別にそういう意味で見ていたわけではありません! 誤解を招くような表現はやめてください!」
顔を赤くしつつ慌てて抗議をしているレオナの様子を眺めているうちに、少しだけ気分が晴れた気がする。
切り替えるように頬を叩き、意識を再度集中させると、扉越しに近づいてくる気配を感じ取った。
コンコンっと軽いノック音が響くとともに声が聞こえてくる。
『お時間です。所定の場所へ集合願います』
「分かったわ。では私達は仕事場へ向かうとしましょうか。レオナ、後はよろしくね」
「了解しました、マダム。留守の間はお任せください。ユーリア議員、船長、いってらっしゃいませ」
ルゥルゥに続いてユーリア、私と扉の方向へ向かいだした。
見送る側に回っているレオナが廊下まで進んだところで立ち止まり、深々と頭を下げた後に扉を閉じたのだった。
──査問委員会
それが行われる部屋には、彼らが鎮座していた。
それぞれ椅子に座り足を組み座っている姿は威圧感を放つ。
まるで己の力を誇示するために、この場を支配しているかのように感じられた。
もっとも、それも仕方の無いことだと言えるかもしれないが。
本来、自分たちが中心となって物事を進め、名声も名誉も手にしようと考えていた矢先に、飼い犬に手を噛まれたようなものだからだ。
屈辱を味合わされた挙句、更には再三の出頭要請も無視され続け、ついには今回の結果に行き着く結果となったのであれば、憤りを感じて当然のことであろう。
故に、誰もが不機嫌極まりないといった様子を隠すこともなく見せているのだ。
そんな彼らの末席に、ユーリアとルゥルゥが腰を下ろす。
バカバカしいという表情を崩さないユーリア、毅然としたまま座しているルゥルゥの両名は、それぞれが別々の感情を胸に抱きながら、この状況を迎えることと相成ったのだ。
そしていよいよ始まる査問会が始まりを告げる号令が上がった瞬間。
部屋全体が熱気に包まれたかのような錯覚を覚えた者が続出することになった。
「船長よ、ようやくこの場に現れたようだが、何か弁解することがあるのなら申してみるがいい」
──ありません。私は救いの声を優先してきただけであり、何一つ後ろめたいことは無いと思っています。
「……チッ……何をいけしゃあしゃあと」
初老の男性が吐き捨てるように言ったその言葉に反応した周りの者たちは、一様に同調していた。
「所詮は得体の知れない男だということじゃな」
また別の老人が言えば、隣の若者はさらに続けるように言う。
「こうも逃げ回っていたのだから、リノウチの英雄とやらの名が泣くというもの。結局はただの臆病者に過ぎぬのです」
口々に語られる言葉はどれもこれも嘲笑が含まれたものばかりだ。
それに対して何も思わないわけではないものの、今更腹を立てたところで仕方がないことは明白であった。
何よりここで揉めてしまえばそれこそ本末転倒になるだろう。
そう思ったこともあり、平静を装ったまま受け流していくことに決めていた。
「……議長、議題と関係ない話はやめていただけます? 時間の無駄よ」
鉄仮面をつけたまま静かに言い放つユーリアの声は、明らかな怒気が含まれていた。
それに気づかない筈もなく、室内の空気は再び張り詰めたものとなった。
居心地の悪い空間が広がっている中、進行役の秘書官の一人が声を上げる。
「えー、只今をもちまして船長に対する査問を開始したいと思います。まず初めに当委員会の規定に従い、委員の紹介を──」
「時間の無駄ね。結論を述べましょうか?」
淡々と告げるルゥルゥの言葉が遮ったことにより、ざわつく会場内の空気がさらに荒れることになった。
一人の女性が立ち上がりながら言った。
「運び屋風情が偉そうに……!」
「あら、これでも討伐部隊への出資者の一人であり、町の代表でもあるのだけれど。言葉を選ばないと敵が増えるだけよ」
静かな語り口で返すルゥルゥの表情を見た相手は、一瞬怯む様子を見せたものの、すぐ持ち直す。
彼らはあくまで強気の姿勢を見せるつもりらしい。
「ほう、一介の商人が随分と大きな口をきくではないか。いくら支援金を出そうとも、貴様らごときに見下されるなど言語道断」
侮蔑の言葉を投げかけてくる男たちに対しても顔色一つ変えず冷静に答える姿からは威厳すら感じられるほどで、流石は商会を立ち上げるほどに才覚を持つ人物である風格を持ち合わせていた。
「そもそも我らの提案を受け入れていればこのような事態にはならなかったのだ。お前たちにも相応の責任を取らせるべきではないのか?」
男の問いに対して返答したのはユーリアの方であった。
「ええ、そうね。私達の責任とやらが何なのか、明確に説明して頂けなければ検討がつかないのだけれど。貴方達はそれを理解していないのかしら? それともわざととぼけているのかしらね。いずれにせよ不愉快極まりなくて困るわ」
凛とした態度で言い放たれた暴言とも取れる発言に対して、男は眉ひとつ動かすことなく、逆に口元を歪めてみせる始末であった。
それから彼女の方に視線を向けてからこう返したのである。
「船長らに必要な燃料から弾薬の提供。必要であれば部品の交換さえも請け負っていることから察せられると思うが? まさか理解しておらぬとは言うまいな」
「なら言わせて貰いますけど、本来ならそういった手続きは貴方たちが手筈を行うべきでしょう? それさえもせず船長らを命の危険に晒される仕事をさせ、自分たちは安全な場所で指示を送るのみ……あまりにも虫のいい話だとは思わないのかしら? いいえ、そんなことすら考えていないでしょうね」
冷ややかな眼差しを隠さずに語る彼女を前にして、額に血管が浮かび上がりはじめる相手側ではあったが、どうにか踏みとどまろうとしたのであろう。
必死に取り繕うように声を荒げることで誤魔化すことにしたようだが、ユーリアは淡々と事実のみを述べる姿勢を貫いている。
もはや私を置き去りにして場外乱闘とも言うべき様相を呈してきている。イナーシャが飛んでこないだけマシなのかもしれないと思いながらも静観を決め込んでいた。
「貴様らは黙って金だけ払っていろというのだ! そうすれば良いだけの話だろうがッ!!」
「……呆れ果てるわ、ここまで自分勝手な思考を押し付けてもなお悪びれることなく居直れるものなのね」
やれやれと言った風に肩をすくめる様を見せつけ、突然黙り込む。その様子を見ていたもう一人が訝しげに問いかけた。
……それがいけなかった。
「随分と討伐部隊に入れ込んでいるようで。ああ、なるほど。ガドールの高飛車女ともあろう貴女でも、船長に誑かされれば容易く落ちるものなのか」
小馬鹿にするような口調で放った彼の言葉を聞いた瞬間、その場の時が止まったような気がした。
そして次の瞬間には、凄まじい殺気を伴った視線が彼に向けられた。
当の本人が過ちに気付いた時には、遅過ぎたのだ。
「誰が! 誰に! 誑かされたって? もう一度言ってごらんなさいよ! 私がアイツに口説かれて惚れたとでも言うつもり!? そんな事されなくても長い付き合いなのよ! アンタ達に言われなくても自分の気持ちぐらい理解してるわよ! ふざけんじゃないわ!!」
鬼気迫る迫力を放ちながら怒鳴る姿に恐れ入ったのか、萎縮してしまっているようだが自業自得の結果でしかない。
というかこのまま放置しておくわけにもいかないと判断したため、仲裁に入るべく動き出したところである。
──ストップ、ユーリア。気持ちは嬉しいけど、それ以上はいけない。
「はぁ? 大体アンタもアンタでしょうが! 肝心な時はキッチリ頼りになるところを見せるくせに、いつもヘラヘラと笑って誤魔化したりして! あれじゃアンタの良さをわからない人もいるのよ! もっと上手く立ち回ることだって出来たんじゃないの!? 何でわざわざ泥を被るみたいなことばっかり選ぶのよ! 馬鹿なんじゃないの!? 死ぬ気なの!? そのつもりなら私が殺すわよ!? いい!? 返事は!!」
有無を言わさぬ勢いに乗せられたのか、あるいは単純に圧倒されてしまっているのかわからないが、首を縦に振るという選択肢しか残っていないことは明らかだ。
ともかくも落ち着かせるために宥めようとしたが、そこで耳障りなほど木槌を打ち鳴らす音が聞こえてきてしまい、現実に引き戻されることになった。
音の主はこの委員会の長を務める人物で、咳払いの後に仕切り直した後の一声は重々しかった。
「ユーリア議員! 退場願いますぞ!!」
「私よりも先に退出すべき人はいるでしょうが!!」
「指示に従わない場合は、退去を命じることもできますぞ! その場合、船長には辛い事実を知ることになってしまうかもしれませんですなぁ……」
苦々しい顔になりながら睨みを利かせながら意味深なことを言う。
分かってはいたが、彼らにはまともな判断力が残っておらず、保身を優先するだけの存在だという事を再認識させられただけであった。
それが少しばかり寂しく思える。
「警備隊、何をしているのですか!? 早く彼女を連れ出したまえ!」
会議室の裏口で待機をしていたのであろう人物がゆっくりと姿を現す。
そこには……ゲキテツ一家の首領代理である、フィオの姿があった。
「ふふふ……船長、この事実を受け止められるかね? 彼女らは貴様を見限りこちら側についたということだよ」
勝ち誇ったかのように薄笑いを浮かべている男の顔を見ているうちに、苛立ちを覚えつつあることに気付いた。
フィオは一歩前に出て腕を組み、唇を歪ませる。
……ただし、極力無表情を保っているように見えたのだが、よく見ると口角がヒクついているようにも見える。
「ゲキテツだけではないぞ! アカツキもしかり、護衛を務めてきたカナリアにも話をつけてきた! 残すはコトブキとハルカゼのみだが……マダム、我々に助力してくれないかね? 代わりに君たちの自由を保証するという条件をつけさせてもらおうじゃないか!」
高らかに宣言してみせた男と一緒になって笑っている者達も、また似たような表情でいるのだから、もはや救いようがないところまで来ているとしか言えなかった。
その中で唯一、最初から動じることなく席についていた女性は、笑みを浮かべながら答えた。
「結構よ。私の小鳥ちゃんは自分で考えて動ける子ですもの。何かで縛り付けようだなんて失礼なことを考えたりはしないわ」
即答に近い形で断られてしまい、開いた口が塞がらない状態になっていた相手に構わずに話を切り出した。
「それよりも聞きたいのだけれど。彼女たちを囲って貴方たちは一体何をなさるおつもりかしら。船長一人を拘束するには、戦力が過剰ではなくて?」
鋭い指摘を受けた際に動揺してしまったのか、目を泳がせているとそこに追撃が入る。
「例えば……そうね、それだけの戦力があるのですもの。今度は空賊の数を自分たちで調節して、指示を出せば混乱に乗じて富を得ることも容易ではないかしら。被害が増えたら空賊を撤退させ、自分たちの功績にし、飼い殺しにしたいものを優遇すれば、反発が起きる前に抑え込めるものね」
なおも止まらない口は止まらずに喋り続ける。
饒舌になっていく彼女の言葉に、彼らの顔色が変わっていくのがわかる。
その様子を見た他のメンバーたちも不安を募らせているのか落ち着きがなくなっていった。
やがて限界を迎えた彼らが叫ぶようにして叫んだ。
「黙れ! この女狐がッ!! それ以上、口を開けば船長の身は保証できんぞ!」
脅し文句を言いながら片手を挙げると、私の背中に何かが押し付けられる感覚が襲ってきた。
ゆっくりと首を後ろへ向けると、ナイフのようなものが見え隠れしていることが確認できる。
そこには、深くフードを被った人物が立っていた。