荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
全く気配を感じさせなかった。
いつの間に背後を取られていたのだろうかと思いを巡らせる間もなく、その人物は私の背中に刃を当ててきたのだ。
その手つきは非常に慣れたものであった。
「ふ……ふはははっ! よくやった! さぁ、船長の命が惜しければ、抵抗せずに言うことを聞くといい! わかったか!?」
興奮気味にまくし立てる声が室内に響き渡るなか、身動きが取れなくなっていた。
あれだけ呆けた顔をしていたフィオでさえ、すぐさま我を取り戻したかのように声を上げた。
「おいコラ! ソイツは誰だよ!? テメェらの話には聞いてない奴だぜ!」
「なに、安心したまえ。キミが知る必要はない事だ。それよりも仕事をこなせ、タネガシやアレシマ以外の裏社会を手にしたいのだろう? 今なら我々の味方につくだけで叶う夢があるのだからね」
彼らの言葉にフィオの苛立ちが隠せなくなってきている。
緊張状態に立たされて、いつ爆発し始めるか読めない状態に陥っているようだ。
……それはつまり、協力者がゲキテツとは接触していないことを意味していた。
未だ私の背中に刃物を当てている人物が、小声で声をかけてきた。
「……アカツキが来る。部屋の中心から離れろ」
その言葉と共に背中の刃が離れ、小さな手で身体を前へ押された。
相変わらず冷たい手をしているが、私のワガママに付き合ってくれる優しいところがある。
そこは姉妹揃って変わらない点だ。
私は駆け出しながらもルゥルゥとユーリアに部屋の隅へと指示を出しながら、まだ彼らの近くにいたフィオを強引に引き寄せ、抱きかかえるようにして部屋の隅へと逃げることに成功した。
その瞬間、爆音と共に天井の一部が綺麗に抜け落ち、落ちてきた瓦礫を避けることができた。
「なっ! 何が起きておるんじゃ!?」
驚き戸惑っている彼らだが、一部の者は崩落した瓦礫に埋もれてしまって動けなくなっている奴もいるようだ。
仮にもイジツの人間ならば、あれくらいで死ぬことはないだろう。
労災は下りないけどな。
埃が舞う中、腕の中にいるフィオに声をかける。
──大丈夫か、フィオ。窮屈な真似をさせてしまってすまなかった。
すると腕の中で大人しく抱かれたままになっているフィオが、小さく息を吐いたあとに言う。
「……気にしなくてもいいぞ。もう少しこのまま──」
「はいそこー! 抜け駆けは禁止よ! 船長! 待たせてゴメンね! 証拠集めと裏取りに時間がかかっちゃってー!」
快活な笑顔で登場したロイグが、天井に開いた穴の上から器用に舌をだして謝る姿を皆が見ることになる。
あちらの二人は……大丈夫だ。フード姿の人物に促され、壁際へ移動済みのようだ。
部屋の中を見渡せば、まだあちこちで煙が上がっているのが見えた。
これだけの騒ぎだ。コトブキやガドールの親衛隊が各々の雇い主まで駆けつけるだろう。
「ふっ、ふざけるな! これは我々に対する明らかな敵対行為だぞ、船長! お前は恩を仇で──」
声を喚き散らしていた彼らが怒鳴り声をあげてくるが、遮るようにロイグが上から飛び降りて来たことによって掻き消された。
着地の際にソイツを踏みつぶして口を黙らせながらも、舞い上がった砂塵の中に立つその姿は威風堂々たるものがある。
「怪盗団アカツキ参上! 予告状も無しでゴメンなさいね!」
満面の笑みを浮かべて挨拶を交わした直後、辺りを見渡してから指を鳴らせば、彼女の仲間たちが空いた天井から現れる。
「みなさん大丈夫でしたか! 怪我はありませんか!?」
「むむむ、張り切り過ぎたのだ? 思っていたより大穴になってしまったのだ!」
「ちょっとどころじゃないわよ、ベッグ! 仕掛けた火薬の量を間違えたんじゃないの!? ああもう、私の美しい髪が痛んでしまうじゃない!」
「それよりも心配することがあんだろうよ、リガル。この穴の大きさでオマエの尻が通るんか?」
「レンジはバカなのかしら!? どう見れば挟まる余地が残されてるのよ! さっさと降りるわよ!」
「クフフ……ベッグ、にいさんに怪我させていたら一番太い注射器でお仕置きよ」
「ひえええっ!? 最近のカランはロコツに態度を隠さなくなってきたのだ!?」
なんとも愉快な怪盗団のやり取りを聞きながら苦笑してしまう。
それにしても先程の奇襲は、本当に見事だったといえる。
あらかじめ計画されていたとは思えず、突発的に発生した騒動に対応してみせる度胸ある行動は称賛に値するものだ。
ただし、少々派手すぎたのと、後でホテル側からの賠償請求が来てしまうことを考えてしまうが……そこら辺については、別途対応すればいいだけだ。
そうこうしていれば、騒ぎを駆け付けたコトブキと親衛隊の面々が出入口付近から顔を覗かせていた。
既に臨戦態勢を整えているようで、先頭に立つレオナの顔が般若のように歪んで見えたような気もするが、きっと疲労のせいに違いない。
各々の雇い主の元へ駆け寄っていく。
「マダム、ご無事ですか!?」
「ええ、おかげさまで。大丈夫よ、ありがとう」
レオナの声に答えるルゥルゥの表情は穏やかで、先ほどまで纏っていた緊張感は既に消え去っているようであった。
「マダム―聞いてよー! ここへ来る途中、ヘンなオッサン達が邪魔してきたりで大変だったんだから!」
チカの不満げな感想が耳に入ったのか、腰を抜かしている奴らが口を開いた。
「あれだけ用意した護衛をどうやって突破したというのじゃ!?」
その言葉に、ハテナマークを浮かべんばかりな態度で返事をするキリエの姿がある。
「そんなにいたっけ? 一人につき一体倒しただけじゃない?」
「キリエ、誰しも事実から目を背けたい時もあるものですわ。察してあげなさい」
「エンマに同意。ケイト達でどうにでもなる数しか集められなかった彼らだから仕方ない」
「こーらっ、お喋りしてないでマダムとユーリア議員を守るよう配置につきなさい。これからレオナのこわーいお説教が始まるんだから」
言葉とは裏腹に楽し気なザラの発言に怯える者が少々。
出来れば私も聞きたくはないと思うが……それが始まるより先に、女性の声音が響いた。
「た、例えこの場に現れなくても待機させている者が空と町を支配するわ! どのみち貴方たちがこの町から逃げだすことは──」
「そうだ。テメェの言う通りだ。アレだけの大所帯が空に上がれば地上にいる私らだけじゃ対処できないだろな。下手に抵抗すれば町の連中まで犠牲になる可能性が出てきたわけだ」
「そ、その通りよ! だから私に従えばいいんだわ!」
もはや同情をする気も失せてきた。
これがイジツの秩序を正そうと足掻いていた人間たちか。
アレシマの副町長、防衛室長、政治家に富豪、これだけ集っていて何たる醜態晒しているのか。
自分の意のままに操ろうと必死になっている目の前の者たちに失望を覚えるしかなかった。
ああ、コイツらはダメだ。
私以上に何もかもがダメになった人間の成り下がった者たちの姿を目撃して、思わずため息が出てしまう。
もういいだろう。こんな茶番じみたやり取りに興味はない。
とっとと終わらせてしまおうじゃないか。
私はゆっくりと歩を進めると、連中の一人が隠し持っていたであろう無線機に手を伸ばした。
「お前たち出番だぞ! ヤツラの飛行船から戦闘機を全て破壊しホテルへ総攻撃をかけろ! 飛行警備隊は動かん! 好きに──」
「無駄ですよ。そちらはゲキテツ一家が総力を挙げて制圧させていただきました。貴方たちがやりとりをしていた相手は、ウチの組員が入れ替わった者です」
「おう、ローラか。そっちは全部片付いたみたいだな」
「えぇ。おかげで滞り無く。全員縛り付けてきましたよ」
金色の髪をなびかせながら現れたローラは、いつもの通りに悠然と振る舞う姿を見せつけていた。
「まったく、躾がなっていなさすぎた。あれでは空賊そのものじゃないのか?」
「そんなの分かりきってたじゃないっすか、イサカ。まっ、おかげでアタシらは楽させてもらってるんですけどね~」
「暇すぎて退屈だわ。ニコ、なにか面白いことでも言ってみなさいよ」
「絶対に断る!!」
泣く子も黙るゲキテツ一家の幹部が勢揃いだな。
それぞれが軽口を叩きながらも難題をこなしてみせる手腕があり、頼もしいかぎりだとつくづく感じてしまうよ。
「おや、アカツキのお医者さんも既にいらしてたっすか。ということは協力者の方も──」
「ああ、ここにいる」
その声の主は、フード姿の人物。
頷いたあと、そっと頭から被っている物を外してくれた。
その下に隠されていた素顔には、相変わらず痛々しい火傷の痕が残されているが、以前から比べれば柔らかな笑みを見せてくれるようになったように思う。
とはいえ、まだぎこちない部分もある分、自然体でいられるにはまだ時間がかかるかもしれないとも思うわけだが。
「ル、ルーガ! あなたいつからここに!?」
「つい最近だ。船長から手紙が送られてきて、急いで準備を始めたくらいだ」
姿を現したルーガに対して驚きの声をあげるローラ。
無理もない。念には念をと根回しを済ませておいた理由がこれだ。
協力してくれた隊の皆に万が一の危険すら与えぬよう、フォロー役を兼任してくれる相手が欲しかったのだ。
──すまない。実力があり臨機応変かつ単独行動に優れた人材となると、ルーガしか適任が思いつかなかったんだ。こちらの身勝手なお願いで、そば職人を戦場に戻してしまい心苦しいばかりだ。
「……褒めすぎだ。私にはまだこれくらいしか能がない。だが、この力が船長の役に立てるなら喜んで行使するとしよう。『にいさん』」
こちらへはにかむように微笑みを返してくれたルーガは、照れたようにそっと目線を逸らした。
これでようやく……と思えば、私の両肩に手を置く──という表現からは程遠いほどの力強い手つきで掴む二人の女性。
「……私以外にもそう呼ばせていたのかしら? 『にいさん』」
「……船長、後でお話があります。ルーガも含めてきちんと説明していただきますね。場合によっては……」
──いや、待ってくれ二人とも! 特に意味はないんだって! あれはルーガのからかい文句の一つであってだな!
必死の形相で懇願するように訴える私の様子を、ニヤニヤ顔で見つめる隊員たち。
誰しもがこれで終わりだと感じていた。
それは、唐突に外から聞こえた警笛の音から始まる。
それを聞いた彼らは、最後の悪足掻きとばかりに動き始めた。
窓を叩き割り、身を乗り出して飛び降りた者が二名。
急ぎその場へ近寄り下を覗き込めば、私がここへ送迎された際に搭乗していたトラックの荷台に着地した男女二名が目に入った。
運転席側にいるのは、白い制服を身に纏う見慣れた美少女が二人だ。
「みなさん! お疲れ様です! あとは自分たちにお任せを!」
「突然すみません! こちらの二人はカナリア自警団で預からせていただきます! ですが──」
リッタの言葉をどちらの意味で受け取るか、アコの必死な表情を見てどのように受け止めるか。
考えるまでもなく、私は叫んでいた。
──アコ! 信じているぞ!
「っ! はいっ!!」
力強く返事したアコは、リッタに指示を出し車は勢いよく走り出した。
方角からいえばアレシマの駐機場だろう。
彼らはカナリア自警団にも話をつけたと言っていた。
おそらく私を見下したいがために、可能な限りこちらから引き抜きたかったのであろう。
その対象は正規自警団にまで。このような事態が起こるとは私にも予想出来ないと踏んでの計画だったようだ。
結果として、驚きを持ち得ながら私は振り返り、両手を軽くあげながらビックリしていますとアピールをすれば……。
呆れ顔の仲間たちが私を見て笑みを漏らしていたのだ。