荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
終わりというものは、あっけなく訪れるものである。
こちらの意思など関係なく訪れてしまう結末なのだ。
現に私は新しい選択しなければならない場面に直面しており、決断を迫られている最中にあった。
幸いとも言えるのが、私に選択権が与えられていることであろうか。
どちらにせよ、何らかしらの行動を起こさなければならない状況に陥ってしまっていたことは、確かなのだから。
アレシマの喫茶店にある店外の席に座りながら書類を目にし、紅茶を片手に思案を重ねる日々が続いていた。
ここに至るまでに起きた出来事の数々を思い返せば、感慨深い気分にもなるというものだ。
それらを一つずつ頭の中で整理してみようか。
まず、この一連の騒動には名前が付けられ、「アレシマ内乱未遂事件」と呼ばれることになる。
詳細は知っての通りだろうから省かせてもらうが、部隊設立の音頭を執る町長が救出され、事件の首謀者達も拘束したことを受け、不要な争いを避けるために臨時議会を立ち上げ議決されることとなった。
内容は、今後の空賊討伐部隊の在り方についてと、アレシマ市立飛行警備隊が機能停止に陥ってしまった理由の詳細説明を求められた。
前者について。
ここまで成果を上げた討伐部隊を解散することは、各町に対し、今まで以上の信用問題に関わる。
かといって今まで通りの活動を即時再開させるには組織構造の再編が必要であるとし、再び各町の代表者のみで話し合う必要有りと判断がなされた。
後者について。
こちらについては、飛行警備隊の責任者が議会で報告をした。
『我々は町に所属する専属の操縦士となることで給与を得ており、雇い主である町の代表者以外からの命令は一切受ける立場にない。町長不在の際にも副町長から活動について言及されたが、正式な要請書を受け取っておらず、命令権限を示す証明書も必要となるため受け入れることができない旨を伝えた次第である』
一息つき、手元に置かれた水を一口飲む。
空になったグラスを置き、姿勢を正したまま続きを述べた。
『次に、今回の件における背景説明に移るのだが、そもそもの発端となったのは副町長による暴走が原因であることは疑いようのないことである。彼の政治家としての野心が原因で起きた悲劇ではあったが、仮に我々が単独行動に徹していれば彼らの集めた私設部隊との衝突は避けられないものとなり、アレシマは更なる惨状に見舞われていた可能性が高いと考えられる。従って、この度の事件については討伐部隊、ひいては船長の判断及び行動は非難される筋合いは全く存在せず、我が町の不始末とも呼べるべき事象で多くの関係者に多大なご迷惑をお掛けてしまったことについて深く陳謝を申し上げると共に、今後二度とこのような失態を起こすことなく、平穏かつ円滑な活動を行うための対策を議会にお願いしたい』
そこまで語り終えると、その場で深々と頭を下げた。
この後、しばらく沈黙が続いたことは、記憶に新しい光景であった。
議事録を読み返しながら過去を振り返るような状況に苦笑しながらも、頭を上げて視線を動かす。
目の前に広がる風景は変わらないものであり、今日も今日とて人の往来が続いているのが分かるほどであった。
空を見上げれば蒼穹が広がり、太陽が眩しく輝いているようだ。
そこへスッと影が伸びてくる。
眼前には、今まさに話を振り返っていた中心人物の顔があったのだから驚かずにはいられないというもの。
だが、相手にとって興味の対象ではなかったらしく、いつもと同じように声を掛けてきた。
「元気そうですね。リノウチの英雄」
──おや、議会で演説をされた警備隊長サマではありませんか。
こちらの許可を取るまでもなく席に着き、給仕にコーヒーを要求している彼女を見ながら思うのだ。
かつて、敵同士であの空を飛んだ経験を持つ者同士だというのに、今ではお互いの為に協力をしあう仲となっていた。
いや、この場合は利害の一致と言ったほうが正しいのだろうか。
いずれにせよ、現在の距離感を保つことがお互いの為であることを理解していたからこその関係であったはずであったが……。
「まずは礼を。貴方のおかげでアレシマの膿を出すことに成功し、町に被害を与えずことを済ませられた件について深く感謝を」
深々と頭を下げてきたが、それはこちらも同様の考えを持っていたため、自然と返答できていたと思う。
──こちらこそ、内通者をやらせて申し訳なく思う。だが、おかげで準備を整える時間が確保できたことに感謝する。
改めて、彼らの情報をこちらへ流し続けてくれていた彼女に頭を下げる。
時間が与えられたおかげで万が一をひたすらに考え続けていたからだ。
実際に保険としてルーガに頼ることが出来たのは、僥倖と言うべきだ。
結果はいうまでもなく、彼女たちの協力なしであれば達成不可能なものであったわけだ。
……どうやら考えが表情に表れていたらしい。
何かを感じ取ったのだろうか。目の前にいる女性は首を傾げながら聞いてきた。
「相変わらずですね。貴方という方は」
あきれたような表情を浮かべる彼女と顔を見合わせるのも、果たして何度めの事なのだろう。
馴れ合うつもりも無かったはずなのだが、気が付けば奇妙な関係を築いてしまっていることも確かなことだと言えるのではないか。
「そうでした。貴方にお渡ししなければと思っていたものがありました。こちらをどうぞ」
そう言って封筒を差し出してきた際の表情を見る限り、悪意のようなものは一切感じられない。
「ああ、ご心配なく。賄賂の類ではございません。むしろ逆といったところでしょうか?」
ならば遠慮する必要もあるまいと考えを改め、受け取ることにした。
中の書類を確認する。
お硬い文章の下に書かれている数字が目に留まり、一、十、百と数えたところで理解する。
合点がいき、頭に手を当てた瞬間、対面に座る女性から抑えたような笑い声が聞こえたような気がした。
それに釣られて笑みを浮かべようとしたものの、少し考えた末に諦める。
何故ならこれは、オーシャン・サンフィッシュホテルからの施設破損に伴う損害賠償金を返済させるための支払い通知だったのだから。
──なぁ、こういう時って労災は下りるのか?
「無理です。そもそもの原因は貴方の指揮下にある子達のやらかしによるものです。自業自得としか言えませんので、諦めがついたのなら早めに支払いを済ませることを推奨いたします」
──私の給料をかき集めても足りないのだが……。
「ならば、もう悩む必要なんてないでしょう? 『空賊討伐部隊』改め『イジツ治安維持機動部隊』の船長兼総司令官を務める以外に、選択肢が無いのですから」
──なるほど。これも君の思惑通りというわけか。
「あら、何のことでしょう」
口元を押さえ笑う彼女の顔を見れば一目瞭然ではあるが、ここで追求したところで状況は好転しない。
早々に諦めることにしよう。
席から立ち上がり注文書を手に取った彼女は、去り際に一言残していった。
「こちらの支払いは私に任せていただいて結構です。その代わりと言っては何ですが、以後、アレシマ市立飛行警備隊もそちらにお世話になりますので、よろしくお願い致します。それでは失礼します」
去っていく後ろ姿を見つめながら、もう一度手渡された紙の内容を読み返した。
金額欄に書かれたゼロの数に目を引かれるのは、当然のことだと言えるのではないだろうか。
だが……血を流すことなく部隊解散を阻止出来たことを考えれば──。
いやでも流石に金額が多すぎるんじゃないのか? と思いつつ何度も確かめるが、変化はしない。
ため息がまた一つ。
仕方ない。まずはユーリアに相談をして、駄目そうだったら……。
副業で教官業でも始めるか、はたまた怪盗見習いにでもなるか、それともマフィアに身を置いて下働きでもすべきか。
とにかく何かしらの策を考えなければならない。
そんな未来予測が容易に浮かんでしまい憂鬱になりながらも紅茶を飲みきり、皆の待つ船へと戻るのだった。
こうして空賊討伐部隊は終わりを告げ、新たにイジツ治安維持機動部隊として生まれ変わることとなる。
私はといえば、立場と借金が新しく追加された以外に変わりはない。
イザとなれば私が本来いるべき牢屋へ舞い戻るだけだと開き直っていたのだが、何やら恩赦やらが積み重なった結果、釈放扱いとなっているようだった。
『当たり前でしょう? それだけの成果を上げておいて、終わったらポイだなんて誰が許せるのかしら。あと何度頼まれてもお金は貸さないわよ』
ユーリアに対して最大効果を発揮する『ケチ』の言葉を用いても、彼女はお金を貸してはくれなかった。
理由は単純明快。それが首輪としての役割を持つことになると彼女自身自覚しているためだからだ。
つまるところ、私は月々のお給料からゴソっと徴収されてしまうことになったのである。
コトブキ飛行隊は、オウニ商会に雇われながらもこちらへ顔を出してくれることが多かった。
時には世間話に興じたり、ちょっとしたゴタゴタに巻き込まれるのは、彼女たちの性なのだろうと思っている。
だからこそ、毎回会う度に違う話を聞かされながら飽きもせず付き合っていたが、今回は特別な話題が用意されているようだった。
『せ、船長! 短期間で良いのでコトブキの訓練にお付き合い頂けませんか!? もちろん報酬は弾みます!』
レオナから提示された金額は、桁が違ったように思える。
それを訴えるように、隣に居たザラへ視線を送るが、呆れた表情とともに首を振られてしまい、確信せざるを得なかった。
絶対、誰かに唆されたのだろう。船長は借金苦だとかなんとかって。
ハルカゼ飛行隊に至っては、例の事件後に顔を合わせた途端、総員土下座を披露されてしまったほどだった。
まるで示し合わせたかのようなチームワークを見せつけられ、困惑してしまったことは記憶の片隅に追いやることにしている。
他にも、いくつかのエピソードが存在しているのだけれども……彼女たちの名誉の為、割愛する方が世の中のためではないかと考えているところだ。
『アコさんが! あの時のアコさんが凄かったんですよ! 船長!』
後々それを耳にすることとなるのだが、この時に抱いた率直な感想を述べるとしようか。
例え端的な言葉であろうと、解釈が異なる場合も発生するのだと。
怪盗団アカツキに掛ける言葉といえば、感謝と借金どうしようという言葉しかないのだと思い知らされる事となる。
日毎に更新されていく負債額を確認しながら項垂れていると、ロイグが私の肩に手を置いて悪役令嬢のように囁くのだ。
『せーんちょ! 怪盗団アカツキは絶賛メンバー募集中よっ!』
そんな言葉に乗せられる形で加入してしまえば、後は転がり落ちる一方だ。
しかし、以前金銀財宝を見つけだしたが砂嵐が酷くて持ち出せなかったという話をレンジに聞かされてから、心が揺れ動く日々である。
ゲキテツ一家との会合は、とある町のオカマバーであった。
ボディタッチの激しい三人とプラス一名の新入りを上手くさばきながらも、ゲキテツは徐々に勢力を拡大させつつあるようである。
『船長、いい加減ウチの組に入らないか? 幹部待遇から始めさせてもいいし、なんならフィオ様の……なんだ、補佐としてずっと一緒に──』
そこからは幹部たちとの激しい口論合戦が勃発したのだが、注文していたそばを受け取りにいくことで事なき終えた。
カナリア自警団は、例の事件の首謀者一名をイヅルマへ移送させる事に成功した。
どうやら身内の不祥事に近い人物像だったため、アレシマから引き渡し要請は無いまま終わる事となった。
代わりに、イジツ治安維持機動部隊でも引き続き例の飛行船の使用が許可され、彼女らもまた仕事の傍ら船に搭乗して仕事を手伝う日々に戻った。
『い、いやーその、船長に信じてもらえたことが嬉しくて、ちょーっとだけやりすぎたかなぁーって反省はしてたり』
他の団員がジトーっと見つめていたりする中で申し訳なさそうに語るアコだが、少々やりすぎたところは確かであり、軽くデコピンをしておいた。
彼女らは自由に動かし、伸び伸びとやらせた方が良いのである。
責任は大人である私が全て負えばよいだけの話だ。
こうして私はまた船長室で書類の束と格闘する事となる。
開きっぱなしの扉からは、ひっきりなしに訪れる仲間たちと談笑を交えつつ、賑やかになっていった船内を実感する。
時に頭を悩ませられる事もあるけれど、それは仕方のないことだろう。
それこそが自由な空でもあるし、この瞬間であっても、新たな旅立ちの準備を進めている自分がいるのだから。
こちらの都合で駆け足な終わり方となりましたが、
最後まで書き終えられたのは、チラシの裏で掲載にも関わらず読んでくださったみなさんのおかげであります。
アプリを楽しんでいたみなさんそれぞれの船長像があるかと思いますが、
この話もその中の一つとして頼んで貰えれば幸いです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。