荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
前回、イサカの依頼によって討伐したボタンイノシシ。
そいつの肉は、貰い過ぎた報酬分と引き換えに、イサカへ礼として渡した。
僅かに残された部位を干し肉にでもしようかと悩んでいたが、折角の肉だ。焼いて食べよう。
そこで、早速町の市場へと足を運び、店で売っていた香辛料や調味料を購入してきた。
町外れにある小屋へ戻り、竈に火を入れて調理を始める。
まずは塩を振りかけた肉を一口サイズに切り分けていく。
ジュウゥという音が耳に心地よい。
フライパンに油を引いて熱し、切った肉を投入。
焦げないように気を付けつつ、時折木ベラを使って裏返していく。
香ばしく焼けていく匂いが食欲を刺激するが、まだ我慢しなければならない。
頃合いを見計らい、皿に盛り付ければ完成だ。
さあ、実食といこうじゃないか。
カピバラさんは肉よりも野菜や果物が好物なので俺が独り占めだ。テーブルでナイフとフォークを抱えて待ち構えている人物を見つけるまでは。
「ようやくっすね~。お腹ペコペコっすよ~」
「れ、レミ!? 何時の間に入り込んでいたんだ!」
「今来たところっすけど、そんなことより早く食べるっすよ! こういうのはアツアツが美味しいっすから!」
「って、おい待て! 俺の飯はどうするんだよ!!」
「勿論、私の胃袋の中に入るんすよ」
なんて酷い話だろうか。
俺は涙を堪えながら目の前の光景を眺めていた。あれ程あった筈の食料がみるみると減っていく様を。
そして、最後に残った一切れのステーキまでもが消えていったところで満足そうな声が聞こえてくる。
「ご馳走さまでしたっす!」
「……」
「いやー、久々の御馳走だったんでつい全部平らげちゃったっすねぇ~」
満面の笑みでこちらを見るレミ。こいつは用事があれば何処にだって現れる女なのだが、これでもゲキテツ一家の幹部である。
「全く、少しは遠慮しろよな……」
呆れた声で呟きながらも、空っぽになった食器を下げる。
その時、後ろから声を掛けられた。聞き覚えのある男の声に振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
「すまない、レミの悪ふざけで食事をとりあげてしまったな」
「おぉ、クロか。久しぶりだな」
彼は副長のクロ。本名は知らんのでそのまま呼んでいるだけだが、本人から特に文句は出ていないので問題は無いだろう。
いつも通り気障ったらしい口調だが、これは彼の持ち味みたいなもので別に気にしていない。
前回のイサカとは違い、俺はこの二人とは顔見知りだ。
レミが行商人のフリをして情報収集を行っている時に偶然知り合ったのだが、それ以来ちょくちょく会う仲になっているのだ。
イサカが言っていたが、二人は昔に助けてもらった恩を返すために行動しているらしく、その為に色々な場所を飛び回っているとか何とか……よく分からんが、大変そうだなぁとだけ思っておくことにした。
まあ、俺の仕事には全く関係ないことだし、何か困っているようなら手を貸そうと思っている程度だ。
「今回仕入れた物を買い取ってくれる為にわざわざ足を運んでくれたんだろ? 隣の小屋に置いてあるぞ」
「ありがとう。では拝見させてもらおう」
クロが隣にあった倉庫に入っていくのを確認してから俺も後に続く。
ボタンイノシシから剥いだ物は、何も肉だけではない。毛皮、骨、角などの珍品も取り扱っているので、コレクターの中には大枚叩いて買う者もいるようだ。
レミ達は、それを利用して情報収集をしているのだから、世の中というのは不思議なものだ。
「相変わらず見事なもんっすね~」
並べている物を見ていると、いつの間にか後ろにいたレミが話しかけてきた。
「俺のことは良いからお前も見て来いよ。仕事で使える物が見つかるかもしれないぜ?」
「へいへーい。んじゃお言葉に甘えて……あっ! アレはなんすか!? ちょっと行って来るっすね!」
「分かったから、さっさと行け」
嬉々として飛び出していく姿を見ながら溜息をつく。騒がしい奴めと思いつつも、悪い気はしないのが不思議だ。
あいつは俺の相棒でもあるカピバラさんによく似ている。
自由奔放で天真爛漫なところがそっくりなもんだから、つい面倒を見てしまうのだ。
それにしても、ここにあるのは殆どが地上のものばかりなのに、どうしてあんなに価値が高いのか分からない。
例えば、あの石ころなんかも宝石みたいに光り輝いているし……。
『クエエエ』
「おっ、カピバラさんか。どうしたんだ?」
カピバラさんは俺の相棒であり、大事な存在といっても過言ではないくらいの大切なパートナーだ。
普段は四つ足歩行で俺の隣を歩いているのだが、そのカピバラさんが俺の身体に前足をかけてくるなんて珍しいこともあるもんだ。
何があったのだろうかと思って聞いてみると……。
『クエェッ!』
「おっと、そりゃまずい。俺はちょっと戻るが気にせず見ていてくれ」
カピバラさんの鳴き声に慌てて住まいの方へと駆け出していった。
「……クロ、今の鳴き声で何か理解出来たっすか?」
「いいや、全く」
「そうっすよねぇ。私も分かんなかったっすから」
私とクロはお互いに顔を見合わせて首を傾げるしかなかった。
「ふぅ、危ない。アクだらけになるところだった」
俺の目の前にあるのは、煮込み中のモツ鍋だ。
モツ鍋の作り方は簡単。水で洗った内蔵を鍋に入れて沸騰させ、灰汁を取り除きながら数時間ほど茹でて、取り出した後再び火にかけて放置するだけだ。
後は好みの野菜を入れて味付けして食べるだけの簡単な料理である。
ちなみに内臓は捨てずにスープのダシに使うつもりなので、しっかりと下処理しておく必要がある。
このやり方は以前、空賊の連中に教わった記憶を頼りに実践しているが、実際にやってみるとなかなか上手くいかないものである。
しかしこれも経験のうちだと思い直し、何度も挑戦していくうちに段々とコツを掴むことが出来た気がする。
「これでよしっと……ふう、やっと完成したぜ」
出来上がったばかりのものを見て満足げに笑う。今晩はこれをツマミに晩酌するのも悪くないだろう。
「おほぉ~まだこんなに美味しそうな物を隠し持っていたんすね~!」
後ろを振り返ると、そこには目をキラキラとさせているレミの姿が。
「お前も食うか? これなら大量に作ったから、二人増えたところで問題はないぞ」
「マジっすか!? じゃあ遠慮なく頂くっす!」
「待て」
レミが飛びかかってきたのを、クロが片手で掴んで制止させる。
「なぁにぃ〜っすか、クロ! 離せっす!! 食べたい、食べたいっす!!」
「お前はもう少し遠慮というものを覚えろ。少しはゲキテツ一家の幹部としての威厳というのを見せてくれ」
「そんなの知ったことじゃないっすよ〜」
じたばたと暴れるレミを呆れた表情で眺めているクロ。いつものことだが、賑やかなコンビだ。
「せめて頂く前に取引を終わらせろ。あれほど貴重な品を優先的に取引してくれるのだからな」
「えぇ〜面倒くさいっす。代わりにクロが交渉してくれればいいと思うっすけど」
「そういうことは自分でしろ」
相変わらずのやり取りをしているが、俺としては仲が良い証拠だと思うので微笑ましく思っている。
とはいえ、いつまでも遊んでいるわけにも行かないので話を進めることにした。
「それで、今日は何の用件なんだ?」
「おぉ、そうだったっす」
ようやく本題に入る気になったらしい。
「"勇往邁進のハンター"さんにお願いがあって来たっすよ~」
「断る」
「実は……って早すぎやしないっすか!?」
「生憎、俺は今晩モツ鍋で一杯ひっかけるので忙しいんだ」
「そこをなんとか頼むっす! 報酬は弾むっすから!! アタシも食べさせて貰うまで帰らないっすよ!!」
必死になって頼み込んでくるレミに対して溜息を吐いた。
「分かったよ、とりあえず聞くだけは聞いてやるから言ってみろ」
「ありがとうっす!」
「礼はいいから早く言ってくれ」
「了解っす。単刀直入に言うとっすね、討伐して欲しい生物がいるんすよ」
「ほう、それはどんな奴だ?」
「それが厄介な相手なんすよ……」
そう言いつつ、レミは困り果てたような顔をした。
普段のコイツはどこか抜けているところもあるが、仕事に関してはマジメ……真面目だ。
そのレミがここまで参ってしまうほどの相手となると、相当な強敵に違いないだろう。
「一体何が厄介なんだ?」
「そいつはトカゲなんすけど、とにかくデカイ上に速いんすよ」
「デカイってどの程度なんだ?」
「報告によると、五クーリル程っすね~」
「そりゃ確かにデカイな……」
想像していたよりも遥かに大きい数字が出てきたので、思わず苦笑いしてしまう。
五クーリルといえば俺の身長の七倍ぐらいは優に超えることになるからだ。
しかし気になる事もある。
「俺に頼まなくても戦闘機なりを使用すれば倒せるだろ? 何故わざわざ俺に依頼をしてくるんだ?」
「最初はそうしたかったんすけどね……。でも調べていくうちに無理だってことが分かったんすよね」
「どうしてだ?」
「今度の仕事で、ソイツの体内にある核が必要なんすよ。どうしてもそれを無傷で手に入れる必要が出てきて、戦闘機だと傷つけてしまう可能性があるんす」
なるほど、と納得する。戦闘機の武装は強力であるが故に、下手をすると相手の原型を留めないレベルで破壊してしまいかねないのだ。
「そこで、腕利きであるハンターさんの出番って訳っすよ」
「つまりは核を傷つけずに取り出せれば良いってことだな?」
「さすが話が早いっすね。その通りっす。……引き受けてくれないっすか?」
真剣な眼差しでこちらを見つめてくるレミ。
この様子では断ったところで素直に引き下がってくれるとは思えない。ならば仕方ないか。
「分かった。引き受けるぞ」
「ホントっすか!? 助かるっす!!」
パァッと笑顔を浮かべるレミ。本当に感情表現が豊かなヤツだなと思いながら言葉を続ける。
「ただし条件がある」
「条件っすか?」
「あぁ、俺が依頼を受けている間、無線機は絶えずオンにしておいて欲しい。もし仮に仕留め損なった時に、街に逃げられる可能性もあるからな」
「あーなるほど、逃げられた時の保険というわけっすね」
「そういう事だ」
俺の言葉を聞いてうんうんと何度も首を縦に振るレミ。
そしてすぐに顔を上げると満面の笑みでこう言った。
「もちろんオッケーっすよ! 任せてくださいっす!」
「なら決まりだ。明日の早朝、日の出と共に出発するから、はよ帰れ」
「ちょ、扱い酷く無いっすか!? モツ鍋、モツ鍋は!?」
「そんなもんいつでも食えるだろ」
「酷いっすよぉぉぉ!!!」
半泣きになりながらもクロに引っ張られながら我が家を後にしていくレミを見送り、溜息をつく。
全く、騒がしい女だ。だが嫌いじゃない。むしろ好感が持てる。
俺は空を見上げる。そこには昼だというのに星々が瞬いていた。
翌朝、準備を済ませた俺とカピバラさんは、夜明けとともに出発した。
目的地までは気球を使いノンビリと向かう予定になっている。
空は快晴、絶好の飛行日和だった。
操縦を行っていると、隣にいるカピバラさんが話しかけてきた。
ちなみに喋ることは出来ないので身振りや表情などで意思疎通を図ることになる。
「なになに『随分と機嫌が良さそう?』久しぶりに気球を飛ばせるからな、気持ちが良いんだよ」
最近はずっと地上での作業が多かったので尚更気分が良かったのもある。
だからなのか、つい鼻歌なんてものまで出てしまったらしい。
「『何かあったのですか?』か、そうだな……久々に空を飛べたってこともあるし、後はお前がいるからかもな」
そう言って俺はカピバラさんの方を見た。彼は相変わらずのポーカーフェイスだったが、尻尾をゆっくりと振っているのが見えたので多分喜んでいるのだろう。
「よし、それじゃ行くとするか」
気球に動力を送り込むレバーを押し込み、高度を上げていく。
徐々に小さくなっていく街の景色を見ながらふと思う。
こんなにも穏やかな時間が過ごせるのは久しぶりかもしれないな、と。
到着した先にあったのは、巨大な岩山と深い渓谷であった。
峡谷の両側には切り立った崖があり、所々に洞窟のようなものが見える。あの中にでも隠れているのだろうか。
気球で来て正解だったな。戦闘機だと着陸場所を探すのが大変になるところだった。
「さて、どうしたものかな」
今回の依頼は"火吹きトカゲの討伐、及び核の摘出"となっている。
だが肝心の核がどこにいるのかが分からない。果たしてどこら辺が一番怪しいのか……。
しばらく考えた後「まぁ全部バラせば分かる事だよな」と結論付けると早速行動を開始した。
まずは手近なところから攻めるか。
「カピバラさん、ちょっと行ってくるから気球の事は任せたぜ」
「(コク)」
カピバラさんに待機の指示を出しつつ、周囲の探索を始めた。
レミの言う通りなら、デカイ図体をしているからこの辺りのどこかに居るはずなんだが……。
周囲を隈無く探してみるが見当たらない。もしかしたら別の場所に移動したのかもしれない。
少し離れた場所に移動しようとした時、無線機からカピバラさんの叫び声が聞こえた。
慌てて駆け寄っていくと、カピバラさんの視線の先では、渓谷をノソノソと歩く例の化け物がいた。
「うわっ!! マジでいたのかよ……」
まさか本当に見つかるとは思わなかったので驚いてしまったが、とにかく今はあいつをどうにかしないとな。
幸いなことにまだこちらに気付いていないようだ。
「カピバラさん、合図したらあのデカいトカゲに銛を投げ込んでくれ」
「(コク)」
俺の提案を聞いたカピバラさんは首肯すると素早くその場から離れていった。
「三・二・一……今だッ!!」
掛け声と同時にカピバラさんが投げた銛が奴の胴体に命中した。どうやら用意した武器で致命傷を与えられそうだ。
流石の化け物もこれには驚いたようで、その場で立ち止まっている。
チャンスは今しかない。
俺は鋼鉄製の槍を手にして、全力疾走する! そして渾身の力を込めて、崖上から飛び降りる!
「おおりゃあああっ!!」
空中で体勢を整えながら、勢いそのままに化け物の脳天に狙いを定めて槍を突き刺した。
穂先がズブリと肉に食い込んだ感覚が伝わってくる。
やったか!? 思わずそんな言葉が頭を過ぎったが、その期待は直ぐに裏切られることになる。
何と奴は頭頂部に槍が突き刺さったまま、腕を振り上げてきたのだ。
「嘘だろ!?」
咄嵯に避けられたが、火吹きトカゲが暴れ出した事で大地が揺れ、バランスを崩してしまった。
そこへ追い打ちをかけるように、口から炎を吐き出してきたのである。
「あっちあっちぃぃぃ!!」
間一髪、身を捻る事によって何とか避けることが出来たが、熱風が顔に襲い掛かってきた。
「くそったれめ!」
悪態をつくが状況は変わらない。
今ので仕留めきれなかった以上は逃げるという選択肢もある。
だがどうやって? 足場は悪いし相手は巨体。唯一の救いはこちらの先手により相手の動きが比較的鈍重だってことくらいか。
それにしても困った事になったものだ。あんなものをまともに食らった日には一撃で終わりだろう。
そうこう考えているうちにも、再び口元に火炎が集まっていくのが見えた。
「やべぇっ!!」
今度は身構える余裕もなく横っ飛びに飛び退いた直後、さっきまで自分がいた場所に着弾し、爆音が轟いた。
「クソッタレ!! なんて威力だ!」
着地した後も油断せず、すぐに態勢を立て直す。
状況は不利か? いや、相手だってカピバラさんの銛と俺の槍でダメージを受けてるはずだ。
それに、こいつを倒さないと仕事にならない。やるしかねぇな。
もう一つの相棒である"く"の字に曲がった刃物を手にして、覚悟を決めると、一気に距離を詰めて斬りかかった。
火吹きトカゲは反応が遅いのか、避けようとしない。
これならいけるかと思ったが、刃が当たる寸前に、尻尾を使って振り払おうとしてくる。
「図体がデカイ分、動きもバレバレなんだよ!」
咄嗟に懐へ入り込み攻撃を掻い潜ると、今度は下から顎を狙って切り上げる。
刃が当たった瞬間に切り裂いた感触が伝わり、鮮血が噴き出していた。
だが、俺の本命はこれではない。
攻撃を加えた直後に即座に後方へと退避し、更にもう一本のナイフを取り出していたのである。
それはまるで獲物を狙う蛇のように静かに忍び寄り、狙っていた箇所に向けて飛んでいった。
次の瞬間、火吹きトカゲの喉笛に深々と突き刺さり、そこから大量の血液が溢れ出す。効果は抜群だった。
火吹きトカゲは、苦痛の悲鳴を上げ動きが鈍くなってきている。これでトドメといこうか。
相手の前足から再び頭の上へと移動し、突き刺さったままの槍に体重をかけて深く押し込むと、遂には地面に倒れ伏し動かなくなった。
「もう二度とゴメンだぜ、こんな怪物と戦うのは」
溜息交じりに呟いてみたが、返ってくるのは静寂のみ。
火吹きトカゲの生死を確認してから、カピバラさんに合図を送る。
すると、前足を器用に使いながら気球を操作して俺の真上へとやってきた。
気球から投げ出されるロープを火吹きトカゲの身体に括り付け、それを引っ張り上げてもらって無事に回収完了だ。
流石にこの場で解体をするほどの勇気は持ち合わせていないので、ここから少々離れた場所で解体作業をすることにした。
火吹きトカゲの背に乗ったまま、しばらくすると目的地が見えてくる。
そこには水を汲める井戸があり、そこで作業する事にした。
まずは気球に置いてあるリュックサックの中から小型のハンマーを取り出すと、手早く腹を開き内臓を抜き取り、そこに水を流し込んで洗い流す。
その後に首を切り落とし、皮を剥いでいく。
「よし、後は内蔵を取り除いて……っと」
胴体に切れ目を入れて中にある心臓、肝臓、腎臓、胃袋などを切り離していく。最後に爪先、尾の先端部分を残して切断すれば、一先ず解体作業は終了だ。
後は依頼主から頼まれた核を採取するだけなんだが……。
「うーん……どこを探せばいいんだ?」
思わず独り言を呟いてしまうが、当然答えてくれる奴はいないわけで。
どうしたものかと考えている間にも時間は過ぎていく一方だし、何より報酬が貰えないのは死活問題になる。
その時、カピバラさんが鼻をヒクつかせ始めたのが分かった。何かの匂いを嗅ぎ取ったらしい。
俺はその方向を見つめると、火吹きトカゲの頭部に視線を向ける。……なるほど、そこか。
再びナイフを握り締め、徹底的に解体を行い、そして──―見つけた。
ソレは火吹きトカゲの唾液腺部分に埋まっており、禍々しいほどの赤色の光を放っているように見えた。
「もしかして、これがあるおかげで火を吹く事ができるのか?」
丁寧に核を取り出し、掌に載せると、未だ熱さを感じられる。
核は宝石のように美しく、触れてみると意外と硬い事が分かる。
そして、ちょっとした好奇心が湧いて行動に移してしまった。
「これを持っていれば、火とか出せるのかな……」
そんな馬鹿げた事を考えて、つい口に出してしまった。
「炎よ!!」
……何も起きなかった。
当たり前といえば当たり前の結果だけど、こうも期待を裏切られるのは地味にショックが大きいもんだ。
そう思いつつ、丁重に核をしまい込んだ後、解体した物をまとめてその場を離れることにした。
レミに無線機で連絡を取り、討伐の完了報告と、ショックな出来事があったから明日取りに来て欲しい事を伝えておく。
無線を切ると同時にため息が出た。
「やっぱ文献で見た内容なんて実在しないよなぁ……」
カピバラさんからは、何を言ってるんだコイツ? みたいな顔をされてしまった。
翌日、火吹きトカゲで得られた材料を物置小屋へ押し込んでいると、レミ達の姿が現れた。
早速だが本題に入ろうと思う。昨日の出来事を二人に伝えることにしたのだ。
「という訳だ」
「……依頼したアタシらが言うべきではないと思うっすけど、ハンターさんってアホなんすか?」
開口一番、辛辣なお言葉ありがとうございます。
「デカイとは確かに伝えたっすけど、崖から飛び降りて脳天串刺しにして、挙句の果てには地上戦を行い、最後は核を抜く為に解体しちゃうとか、正気の沙汰とは思えないっす」
「まあ、確かに無茶苦茶やった自覚はある」
ここ連日の依頼によって得られた材料が、小屋の許容範囲を軽く超えていた事もあり、頭を悩ませている。
このままでは小屋を増築するか、もしくは建て直すしかないのだが、どちらにしても金がかかるのは間違いない。
まさかあんな事になるとは思わなかったんだよね。うん、本当に反省してます。はい……。
「一先ず、依頼品らしき物は見つけ出せた。確認してくれ」
「了解っす!」
俺はレミに火吹きトカゲの核を預け、彼女がそれを鑑定するまでの間、時間を持て余す事になる。
その間に整理整頓を始めてもいいのだが……。これは物を減らす方向から始めた方が良さそうだ。
ならばやる事は一つ。腹に入れて消化出来る、消える物から処分していく事にしよう。
「クロ、ステーキ食うか? レミが食っちまったのより肉厚だぞ?」
「食べる」
即答だった。
俺とクロは母屋へ移動し、エプロンを付けて料理を始めた。
解体した火吹きトカゲの肉を分厚く切り落とし、肉を柔らかくする為に包丁で叩く作業に入る。
下処理の段階でしっかりと揉み込んでおけば、生焼けの心配もないし、柔らかい食感が楽しめるはずだ。
塩以外の調味料が欲しくなるが、残念ながら手元にはない為諦めよう。
フライパンを温めている間に油を引いておくことも忘れない。
まずは弱火にかけたまま中までしっかり焼き色を付けていく必要があるからだ。
程よく焼き色が付けばひっくり返し、両面にこんがりとした狐色の焦げ目が付き始める。
よしよし、このタイミングで醤油があれば最高なんだけどな。流石に贅沢過ぎるか。
十分に焼くことが出来たのを確認し、皿へと盛り付ける。
仕上げに刻んだパセリを振れば完成である。
「出来たぞー」
テーブルで待つクロは、奴としては珍しく待ちわびてるようであった。
ドンとクロの前に置いたトカゲのステーキ。それはボタンイノシシの物より厚く、何より二段重ねだ。
「美味そうだ」
「ああ、間違いなく美味いだろうぜ」
「いただきます」
「おう! たんとおあがり」
クロはナイフとフォークを使いこなし、綺麗な所作で一口サイズにカットすると、ゆっくりと口に運んでいく。
その表情は少しずつ変わっていき、やがて口元を綻ばせていった。どうやら気に入ったようだ。
「美味い」
「そりゃ良かった」
「こんなに美味しいのは、初めて食べたかもしれない」
そこまで褒められると悪い気はしない。
「肉ならたんと余っているから、おかわりが欲しいなら言ってくれ」
「分かった」
俺も一口サイズに切ったトカゲのステーキを口に運ぶ。
噛み締める度に溢れる肉汁が、口いっぱいに広がる旨味が堪らない。
味付けはシンプルかつ素材の持ち味を活かしたものだけに、素材のポテンシャルが最大限に活きていると言えるだろう。
噛めば噛むほど滲み出る脂も素晴らしいが、やはり歯ごたえのある弾力感がクセになる。
これこそが、まさに野生の証なのだ。
お互いにこの世の生を満喫している中、レミが母屋の方にやってきた。鑑定作業でも終わったのだろうか。
「お二人とも~、お待たせっすよ……って何食べてるんすか!!」
「以前、お前に食われて食べれなかった物だよ」
「アタシが食べた物は、そこまで肉厚ではなかったっす! しかも二段重ねとか! ズルいっす!! ︎」
そんな事を言われても困る。というかレミってこんなに食い意地張っていたっけ?
「ハンターさんから手渡された核についてなんすが、アタシが調べた限りでは本物っすね」
「ほう、そうなのか?」
「宝石の如く赤い輝きを放つ結晶体、そして今も熱を保ったままというのが証拠っす。ちなみに、大きさ、形も申し分なしっすよ!」
「それじゃあ……」
「はい、報酬も約束通り払うっすよ。少しばかり上乗せしておいたんで、期待して欲しいっす!」
「ありがたい、これできちんと道具の整備が行える」
俺は頭を下げつつ感謝の言葉を述べる。
「こちらこそ、ありがとうっす。ところでハンターさんはこれからどうするつもりですか?」
「まだ決めていない。しばらくはここに滞在してから考えるつもりだ」
「なるほど、ではしばらくの間はタネガシに留まる感じなんですね?」
「そういう事になるな」
「でしたら、しばらくウチに滞在しないっすか? 部屋もご用意するっすよー」
「有難い誘いではあるが、マフィアの世話になると仕事の依頼が減るんでな。すまない」
「いえ、無理を言ったのはこっちっすから気にしないでくださいっす」
「何かあればまた連絡してくれ。予定がなければ優先して取り掛かろう」
「あざっす! その時はよろしくお願いしまっす」
席を立ち、レミ達を見送ろうとしたのだが……。当の本人たちは座ったままだ。
「おい、行かないのか?」
「まだモツ鍋を食べてないっすから! もう少し居させて貰うっす」
「同じく」
「……分かった」
俺が承諾したのを確認すると、二人は満足げに食事を再開したのだった。
その時の話のタネとして、火吹きトカゲの核について教えてもらった。本来なら聞く事の出来ない貴重な情報だ。
このイジツに飛行機が無かった時代、遠い遠い昔のご先祖様たちは、自分達の集落に高台を作り、そこで目印代わりとしてこの核を掲げていたという。
核から放たれる赤い光と暖かな温もりは、人々にとっての希望の灯火となっていたそうだ。
いつしか核を掲げる高台は、帰路に付く者には安心感を、迷い人には救いの光として『灯台』と呼ばれる様になったんだとさ。
「炎よ!! っす!」
「何で知っている!?」
「無線機を絶えずオンにしておいて欲しいと言ったのは、ハンターさんっすよー」
勇往邁進(ゆうおうまいしん)のハンター
ひるまず、ためらわず、ひたすら目標や目的を目指して真っ直ぐ進むこと。