荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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04.ニコの依頼  花咲きアンコウと贈り物

 タネガシと名付けられたこの地域は、元々はマフィア同士が血で血を洗う抗争を繰り広げていた場所であった。

 だが、とある時期を境に勢力が逆転し、今ではマフィア同士で争う余裕も無くなっていた。

 というより、争いを仕掛ける気力すら残っていなかったのだ。その要因となったのは他ならぬゲキテツ一家である。

 

 奴らはタネガシ全域をシマとし、今やここもゲキテツ一家の縄張りとなり、幹部が町を統治していた。

 それはつまり、この地域における自警団が機能していないのと同義であり、いまやゲキテツ一家が治安を維持しているようなものでもあった。

 それでも、町の住人たちは自警団の連中に助けを求める事はなく、代わりにゲキテツ一家へ救いを求めるようになった。

 何故なら、自警団が町の秩序を守るよりも遥かに早く事態は収束するからだ。

 強かに生き抜く術を心得ている彼らは、ゲキテツ一家に頼り、これまで通りの生活を続ける事にしたのだろう。

 そうする事でしか、生きていけないのだから仕方がないのかもしれない。

 

 しかしまぁ、かつてはマフィア同士の小競り合いがあり、物騒な連中が我がもの顔で闊歩していたというのに、最近では平和そのものといった感じだ。

 単純な暴力だけで幅を利かせている時代は終わりを告げようとしているのかもしれない。

 俺はそんな事をぼんやりと考えながら、目の前にある建物を見つめている。

 ここはヤトと呼ばれる町。ゲキテツ一家の幹部のニコと呼ばれている人物が住処としている建物であり、本日の依頼主でもある。

 見張り番であろうか、丁度良く建物の扉の前に男が立っているのが見える。

 男はこちらを視認するとこちらに駆け寄ってきた。この時点で嫌な予感がし始める。

 

「アンタが"冷酷無残のハンター"か?」

「……そうだ」

 

 最近、思う事がある。誰が俺に二つ名を付けたのかは知らないが、もう少しマシなものは無かったものだろうか。

 それも会う人物によって呼ばれ方が変わってくるあたりも問題だ。一体どんな基準で決められてるのやら。どうせ大したことじゃないんだろうが。

 

「ボスが会いたがっている。一緒に来てくれ」

「……わかったよ」

「それじゃあ付いてきな」

 

 俺達はそのまま建物の中へと入っていく。案内されるがままについて行くと、そこには足を組んで椅子に座った女がいた。

 

「ボス、連れてきました」

「ご苦労、下がれ……」

「へい、失礼します!」

 

 そういうと、男はそのまま部屋から出ていった。

 残されたのは俺と女だけだ。改めて彼女の顔を見てみる。

 整った顔立ちをしているが、目つきが鋭く、どこか近寄りがたい雰囲気を感じる。

 また、椅子に座っていても分かるほどの長身であり、髪は大雑把にかき上げられており、額を出している。

 そのせいもあって、どこか野生の獣を思わせるような印象を受けた。

 "不死身のニコ"と呼ばれる彼女が、俺に視線を向けると口を開いた。

 

「オマエが噂の"博学多識のハンター"か……」

「……誰だよ、それは」

 

 思わずため息が出そうになるが我慢して答える。俺の二つ名は一体どこで広まっているのやら。

 

「レミから聞いたのだが……」

「あいつ、適当なこと言いやがったな。まあいい。それで? 俺に用があるみたいだが、なんの用だ?」

「実はな……」

 

 話を聞き出そうとすると、ニコの視線が俺から外れ、その先にいるのは言うまでもなく、カピバラさんだ。

 言葉を止め、ニコはカピバラさんをじっと見つめている。カピバラさんもニコの方をじーっと見つめていた。

 しばらく見つめ合った後、彼女は何かに気付いたようにハッとする。

 

「すまない、珍しい生物だと思ってな」

 

 そう言って笑みを浮かべるが、目は笑ってはいなかった。

 ゲキテツ一家の中で、もっともマフィアらしいと言われるだけのことはある。

 噂通りの人物であれば、警戒しておくに越したことはないだろう。イサカやレミに、ニコについて詳しく聞いておくべきだった。

 俺は内心舌打ちをしながら会話を続けることにした。

 

「俺の相棒なもんでな、連れて来ないという選択肢はなかったわけさ」

「なるほど、良い相棒を持ったものだな……。ところで名前は?」

「カピバラさんと俺は呼んでいるよ」

 

 俺が名前を告げると、カピバラさんはペコリとお辞儀をした。

 ニコは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに元の顔に戻る。

 

「変わった名付け方だな……。私もカピバラさんと呼んでもいいだろうか?」

 

 カピバラさんはコクコクとうなずいたので、どうやら気に入ったようである。

 

「ありがとう、カピバラさん」

 

 ニコは不器用な笑顔でそう伝える。人間には厳しくとも、生物には優しい一面があるのかもしれない。カピバラさんは再びニコをじーっと見つめている。そしておもむろに彼女へ近寄ると、組まれた足に手を置いた。

 

「……!? ︎」

 

 困惑するニコだったが、カピバラさんは彼女の膝の上によじ登ると、そのまま身体を丸めて寝てしまったのである。

 

「…………!!」

 

 口をパクパクさせて動揺を隠しきれない様子のニコを横目に見ながら、俺は思った。

 あれ、もしかして彼女は、普通に良い人なのでは、と。

 

 

「……つまり、アンタは可愛いものが好きなのか」

 

 俺は腕を組みつつ目の前にいるニコを見るが、彼女は相変わらず無言のまま俺のことを睨んでいた。手だけはカピバラさんを撫でるのをやめようとしないが、カピバラさんはもう既に夢の中である。

 カピバラさんの勇気ある行動のおかげで、話のきっかけを手に入れた俺は、彼女から色々と話を伺う事が出来た。

 

「ああそうだ、私は可愛いものが大好きなんだ! 特に小さくて可愛いものが!」

 

 鋭い目つきをしていたニコはどこへいったのやら。目を輝かせ、前のめりになりながら俺に語りかける。

 そんな彼女を見ていると、先程まで感じていた恐怖感はどこかに消え去ってしまったようだ。

 

「俺を呼んだ理由も、カピバラさんの話を他の幹部から聞いたからか?」

「そうだ、お前の相棒が可愛すぎるという話を聞いてな……」

 

 確かに。カピバラさんはとても可愛い見た目をしていると思うのだが、カピバラさんを目当てに呼ぶなんて、変わった人間もいたものである。

 

「地上の生物を狩猟しているハンターの相棒を務めているのなら、私を見ても怯えないのではないかと思っていたが……。想像以上の出来事だぞ、これは」

 

 ニコが言うには「自分よりも小さいものを見るとつい構ってしまう」「小さいものは守るべき存在だから」という気持ちが湧き起こるらしいのだ。

 そのせいで今まで何度かトラブルを起こしてきたとかなんとか。

 この辺りについては本人にしか分からない感覚だろうし、仕方ないか? 

 

「その様子だと、俺に対しての依頼は無さそうだな」

「依頼が無いわけじゃない、お前にも話があって来てもらったんだ」

「ほう?」

 

 どうやらニコは俺にきちんとした頼み事があるらしい。一体なんだろうか。また厄介事を頼まれたら面倒だが、聞くだけ聞いてみる事にしようじゃないか。

 

「可愛い子に贈るプレゼントを一緒に選んで欲しいんだ」

「……はぁ」

「そいつは私にとって命よりも大切な人でな、下手な物を贈って嫌われたくはないんだよ」

 

 彼女の性格を考えれば、誰かに贈り物をしたいと思った時に真っ先に頭に浮かぶのは「自分の好みを押し付ける方法」ではなく、相手の立場に立って考えるやり方なのだろうと推測できる。

 

「しかし、それならば普通に聞けばいいんじゃないか?」

 

 そう言ってやるが、彼女は首を横に振る。

 

「私も最初はそういうつもりだったがな、最近になって気づいたんだ、人に何かを渡す時は誰かに相談するべきだと」

「はは、そりゃ良かったな。で、誰に何を贈ろうとしてるのか教えてくれよ」

「まずはフィオだろ? それからナギサもだな。それにモアやミナミにチカへ渡してやりたいと思っている」

「せめて今回は、一人に絞ってくれねぇかな」

 

 俺の目の前にいる女は、まるで自分がモテているかのような顔をしながら次々と名前を挙げていく。俺は溜息をつきながらそれを聞いていた。

 

「ふむ、やはりダメか?」

「当たり前だ! お前の知り合い全員に渡すつもりなのか!? ︎ そんな時間も予算もねえ!」

「それは困ったものだ……」

 

 本当に残念そうな顔をしている。これは本気で悩んでいるみたいだな。

 とはいえ俺も全てに付き合える程、暇でもない。

 

「こうしよう。誰か一人を選び、その子に贈り物をして反応を見るというのはどうかな?」

「なるほど……悪くない案かもしれないな」

 

 ニコは少し考え込んだ後、「よし、それでいこう」と言った後に笑みを浮かべていた。

 

「ならば相手はフィオが適切だろう、フィオなら私も付き合いが長いしな」

 

 付き合いが長いなら気心が知れてる分、色々とやりやすいだろうが……果たして大丈夫なものかね。まあいいか。とりあえずやってみよう。

 

「それで、フィオという子はどんな物が好みなんだ?」

「…………」

 

 おい、黙り込むな。なんか言えよ。

 

「すまない、あまり考えた事がない。よく知らないんだ」

「……はあ、じゃあ性格は? 容姿については?」

 

 フィオという子について、少しでも理解を深めるために質問を続けることにした。

 

「そうだな、一言で表すなら天使だ。フィオはいつでも元気で明るくて優しい女の子だ。私のような者にも分け隔てなく接してくれる。あとは意外に甘えん坊で寂しがり屋でもある。それと子供や老人にも好かれるタイプで笑顔を絶やす事のない素晴らしい少女だ」

「ああ、うん、分かった、もう十分だよ」

 

 これ以上は聞いているこっちが恥ずかしくなってきたので話を遮った。この女の口から出てくる言葉は、どれもこれも惚気話ばかりじゃないか。しかも無意識にやってるときたもんだ。

 

「他にはないか?」

「背が小さく、綺麗な金髪を一括りにしている姿は実に可愛らしい。いつかはあの綺麗な髪と共に頭をナデナデしたいところだ」

「そうかい、そりゃ良かったね」

「失礼、語れる相手がいるとつい饒舌になってしまうものでな。とにかく、フィオは私の大切な存在であり、かけがえのない存在である事は間違いない」

「さっき複数の名前を言ってなかったか?」

「気のせいだろう」

 

 どう考えても気のせいではないが……。分かった事が一つある。

 フィオと呼ばれている子、いや、女性は、ゲキテツ一家の首領代理を務めているフィオに間違いはなさそうだな。それにしても随分と惚れ込んでいるようだが……一体どういう経緯があったのだろうか? 

 

「アンタがそこまで言うのだから相当なものなんだろうけど……」

「当然だ、フィオの素晴らしさを分かってくれるとは嬉しい限りだ」

 

 俺の言葉に対して、ニコは満面の笑みで応えてくれた。ここまで言われるのは正直予想外だったな。

 だが、その前に確認しておきたい事がある。推測で動くと碌な事にならんからな。

 

「一応、念のために聞くが、フィオって女性はゲキテツ一家の、あのフィオでいいんだな?」

「いかにも、私が知る限りでは間違いなくフィオだ」

「そうか、お互いに想像していた人物が、同一人物である事が確認できたところで本題に入るぞ」

「うむ」

「まず、贈り物の定番でいえば、消える物が良いとされている」

「ほう、そうなのか」

「女性に贈る定番の品といえば、香水とか、ハンカチなどの布製品、アクセサリー類とも言われているが、これらは贈られても困るという声もあるのだとか」

「なるほど」

 

 俺の説明に真剣に耳を傾けている様子のニコ。こういう反応はありがたいものだ。

 

「では、食べ物などはどうなのだ?」

「花やお菓子と並んで鉄板と言えるだろう」

「ふむ、それは良い案かもしれないな」

 

 俺の意見に納得したようで、腕を組んで首を縦に振っている。

 

「ちなみに、何を渡せば喜んでもらえると思う?」

 

 フィオが喜びそうな物。噂で聞く人物通りなら、花よりも食べ物類の方が喜ぶんじゃないかという気がする。

 

「分厚い肉でも贈れば喜んで食べてくれそうな印象が見受けられるのだが」

「可愛くない……」

「さいですか、ではお役御免という事で。後は一人で頑張って考えてください」

 

 すると慌てて俺の腕を掴むニコ。必死さが伝わってくるが、予想以上の力で腕が痛い。

 

「待ってくれ! 頼む! 相談出来る相手は、ハンターしかいないんだ!」

「分かったから放せ! マジで痛いんだよ、それ!!」

 

 結局、折れそうになるまで握られ続けた俺は、痛みを堪えながら話を聞き、一つの提案をしたのであった。

 

 

 黄砂舞う荒野を、目元にはゴーグルを、口元にはマスク代わりの布切れを巻いた俺とカピバラさん。

 このような天候で外に出るのは自殺行為以外の何ものでもないはずなんだが、それでも俺達はここにいる。

 何故ならば、この環境下で無ければ姿を現さない生物が、俺達を待っているからだ。

 

 今回の目標は、花咲きアンコウと呼ばれており、普段は地中に潜んでいる生物の一種。

 特徴的な外見と触覚の先端部分には、荒野の花と呼ばれている貴重な植物が生えているのだ。

 その花は美しいだけでなく、蜜を吸いに寄ってきた生物を捕食するために使われており、食用として珍重されている。

 依頼の品に相応しい存在であり、ニコの希望を叶えるためにも、是非とも欲しいところである。

 

「しかし、ここまで視界が悪い上に、空気も悪いとは、さすがに想定外だ」

 

 俺の愚痴に同意するように鳴き返すカピバラさんの頭を撫でつつ、周囲を見渡す俺だが、見えるものは一面の黄土色だけだ。

 本来であればこんな環境の中で生きられるわけがないのだが、適応力の高い生物らしく、こうして生存競争を勝ち抜いて生き延びてきたようだ。

 とはいえ、そんな過酷な状況下だからこそ得られるものがあるというもの。それが、今まさに俺達が求めているものだ。

 

 "クエエエッ"というカピバラさんの鳴き声と共に、指差す方向に視線を向けると、まるで大地に咲く大輪の薔薇のように広がる巨大な花であり、そしてその下には数多の小さな花を咲かせていた。

 これが花咲きアンコウの最大の特徴であり、最大の武器でもある。

 あの花に近付いた生き物は、地中に潜んでいる花咲きアンコウの触手によって絡め取られてしまい、そのまま養分にされてしまうのだ。

 しかし、俺達のやるべきことは一つしかない。

 

「よし。行くぞ、相棒」

 

 俺の言葉にカピバラさんが応えると、地面を蹴り上げ一気に駆け出す。

 どのみちヤツを地中から引き出さなければどうにもならないのだから、ここは先手必勝あるのみ。

 こちらの動きに反応したのか、本来なら待ちの一手を打つはずの花咲きアンコウであるが、地中からの攻撃に切り替えたようで、無数の触手が伸びてくる。

 手に馴染んだナイフで切り裂くも、数が多すぎるため捌ききれないものがいくつかあり、思わず舌打ちが出る。

 

「やっぱり本体を地上に引きずり出さないと駄目か!」

 

 相棒のカピバラさんも頑張ってくれてはいるが、相手は地中に生息しているのが売りのような生物なのだ。そう簡単に仕留めさせてはくれないだろう。

 それでも、ここで時間を無駄にすればするほど、俺達は不利になる一方なので覚悟を決めるしかなかった。

 

「仕方ねえ! カピバラさん、少しの間耐えてくれよ!!」

 

 俺はカピバラさんに言い聞かせるように叫ぶと、懐から筒を数本取り出し、それを思いっきり投げつける。

 地面に突き刺さった筒は、しばらくすると強烈な音を立てて破裂し、耳鳴りを引き起こし、さらに周囲の音をかき消していく。

 筒の正体は、特製の音響爆弾であり、この日の為にわざわざ作った代物だったりするのだが、効果は期待できるものだった。

 何故ならば、目の前にある大輪の花がビクンッと震えたかと思うと動きを止めているのが見えたからだ。

 もちろんそれだけでは終わらず、地中に潜んでいた本体が姿を現していくのがわかるが……。

 

「おいおいマジかよ!? どんだけ巨体なんだよお前はぁぁぁっ!!?」

 

 思わず叫んでしまうのも無理はないだろう。花咲いていた部分はほんの一部に過ぎず、その正体は、以前レミからの依頼で討伐した火吹きトカゲよりは小さいが、それでも巨体であることは一目瞭然である。

 

「いくらなんでもここまでとは聞いていないぜ!」

 

 正直言って逃げる算段を考えてしまうレベルだが、ここまで来て諦められるわけがない。

 それに、相手がどんなに大きくても、やるだけの事はやっておきたいじゃないか? 

 地中から完全に姿を現した花咲きアンコウを見上げる。ヤツの触手の正体は、花の根っこ部分であり、そこから伸びている細い枝のようなものが、まるで蛇のようにウネウネ動いているのが確認できた。

 

「なるほどね、アレで攻撃してきていたのか」

 

 先程までとは違って音響爆弾による効果のおかげか、動きが鈍くなっているのは間違いないのだが、俺達の位置を把握出来ないらしく、触手を四方八方へと伸ばしていた。

 このままだといつこちらに向かってくるかわかったものではないので、早々に決着をつけなければならない。

 しかし、どうやってあの巨大な化け物を退治するかが問題であった。まず、俺達の手持ちの武器は、近接戦闘用のナイフなどしかないので、まともにダメージを与えられるかどうかすら怪しいものだ。

 仮に命中しても致命傷を与えられなければ意味はないのだ。

 

 次に相手の弱点がどこなのかわからない以上は迂闊に近寄る事もできないしな……。

 そんな事を考えている間も、ヤツは少しずつではあるが動きが回復しており、また動き出すのも時間の問題だろう。

 手早く相手を弱体化させつつ倒す方法を考える必要がある。

 花が咲く根本、つまりは触覚を切り落とすのが一番効果的かもしれないな。

 

「カピバラさん! ちょっとばかし危険を伴うが、協力してくれ!」

 

 相棒のカピバラさんに声をかけると、彼は「任せろ」と言いたげに力強く鳴くのだった。

 

「行くぞカピバラさん! 今こそ俺たちの力を見せる時だ!!」

 

 俺はカピバラさんを抱えながら、ヤツの触手をナイフで可能な限り捌ききる。

 少しでも判断を誤れば俺達は串刺しにされてしまうであろう緊張感の中、確実に距離を詰めていき……。

 

「ここならどうだあああっ!!」

 

 ヤツの触覚が見える位置まで接近し、俺はカピバラさんをヤツの触覚の根本付近へ放り投げる。

 

「後は頼んだぜ、カピバラさん!」

 

 俺の声に応えるように、カピバラさんは空中で体勢を整えると、自慢の脚力で勢いよく花咲きアンコウの上に飛び乗り、そのまま駆け上がっていく。

 流石は野生の動物というべきか、身軽さも群を抜いているようで、みるみると上っていく姿は圧巻の一言に尽きる。

 

「こっちも負けていられないな!」

 

 相棒が頑張っているのに自分が何もしないというのは男が廃るというものだ。

 俺は残った体力を振り絞り、残りの触手を全て捌いてみせた後、少しでも足止めをするべく、大輪の花を支える胴体を斬りつけていった。

 そしてついに、カピバラさんが奴の触覚まで辿り着き、鋭い歯を見せる。

 

「うおおっ、やれえっ!!」

 

 俺の叫び声と同時に、カピバラさんが思いっきり噛み付くと、遂に花咲きアンコウは断末魔のような悲鳴をあげながら倒れ込むのだった。

 

「倒したか……」

 

 あまりの疲労感に思わずその場に座り込んでしまう。

 その時、俺の頭上に影がかかる。見上げてみるとそこには満面の笑みのカピバラさんが俺に飛び込んできたのであった。

 

「おっと!?」

 

 咄嵯に受け止める事は出来たものの、やはり疲れ切っていたせいもあって尻餅をつく形となってしまう。

 

「ありがとうよ、助かった」

 

 そう言いながら頭を撫でてやる。すると嬉しそうな表情を浮かべるものだから俺もつい笑顔になってしまう。

 お互いに呼吸を整えて、もうひと踏ん張り。

 

「戦利品の確認でもしますかね」

 

 カピバラさんと一緒に倒れたままになっている花咲きアンコウの方へ向かうと、見事にその巨体を横たわらせており、ピクリとも動かない。

 実際、あれだけのダメージを受けているのだし、死んでいてもおかしくは無いのだけども。

 

「とりあえずコイツを解体したいところではあるんだが……」

 

 周囲は未だ黄砂に覆われているし、こんな場所じゃ満足に解体作業なんてできやしないな。

 

「一旦戻るしか無いかなぁ」

 

 こちらの都合で討伐した生物を、そのまま放置していくというのは、矜持に欠ける。

 この場で仕留めた獲物なのだから、責任を持って持ち帰るべきだ。

 腕を組みながら考え込んでいると、カピバラさんが俺の足をペシペシと叩く。

 

「ん? なんだ?」

 

 視線を落とすと鳴き始めるカピバラさん。その言葉を聞いて驚いたのは言うまでもないだろう。

 なんせ「解体できないなら、持って帰ろう」と言ってきたからだ。

 

「こんな巨体を担いで帰れっていうのかい、カピバラさん?」

 

 冗談めかす様に聞いてみたのだが、当の本人は至極真面目らしい。

 大輪の花は自分が持つと"クエッ"っと一鳴きするのだった。

 いくらなんでも無茶があるんじゃなかろうか。しかし、ここまで言ってくれたんだし、期待には応えるべきだよな。

 俺は相棒の気遣いに感謝しつつ、改めて花咲きアンコウに向き直った。

 

「よし! 俺の筋肉が魅せ筋でない事を証明してやるぜ!」

 

 そう意気込みつつ、花咲きアンコウの下腹部に手をかける。

 

「ぐぬぬ……重い……だが、やってやれないことはないはずだ!」

 

 なんとか持ち上げようとするが中々に重労働である。

 

「ふぅーっ……ふんがあああっ!!」

 

 渾身の力を込めて持ちあげると、何とか引きずらずに済んだようだ。

 

「それじゃあ帰るとするか!」

 

 こうして俺たちは帰路につくことにしたのであった。

 

 

 俺達はその足で再びヤトの町へと向かい、ニコに依頼品を納品する為に戻ってきた。

 黄砂が収まる場所まで辿り着いてからは、無理矢理トラックに花咲きアンコウを積み込んだわけではある。

 到着早々、再びあの男が声をかけてきた。

 

「ハンター、荷台のこれは一体なんだ?」

「お宅のボスの依頼品だよ。とはいっても本命は大輪の花の方で、こっちはおまけみたいなもんだ」

 

 俺は荷台の方に目を向けて答える。そこには綺麗に咲いた大輪の花が鎮座していた。

 

「なるほど、これが例の荒野の花という奴なのか」

「ああ、そうだよ。これをニコが求めてたんだとさ」

「ボスは一体何の理由でそんなものを欲しがっているんだ?」

 

 女の子に贈り物がしたいだけ。そう答えようと思ったが、ちょっと考えてみる事にした。

 恐らくニコは、子分たちには可愛いもの好きである事が知らされていない。だからといい、下手に誤魔化しても後々面倒な事になるかもしれない。

 ここは素直に伝えておくべきかもな。

 

「誰かに花を贈る為だとさ。詳しい事は俺にも分からん」

「なんだと……」

 

 男は俺の言葉を聞くなり、驚きを隠せない様子だった。

 しばらく様子を見ていたが、急に真剣な顔つきになり、恐ろしい事を口走り始めた。

 

「ククク……。ボスが何をしようとしているのか理解できたぜ……」

 

 不敵な笑みを浮かべる男に対して警戒心を抱く。

 こいつは何かとんでもない勘違いをしているのではないか? もしや俺の知らない所で壮大な計画が進行中とかいうオチじゃないだろうな。

 嫌な予感がしたので一応釘を差しておいた方がいいのだろうか? 

 

「おい待て。変なことを考えるのはやめろ」

「無理だな、ハンター。ボスが花を贈ると言っている。それはつまり弔いの花を意味しているんだぜ……」

 

 駄目だこいつ、早くなんとかしないと……。

 俺の心配など知る由もなく、男の勘違いはどんどんエスカレートしていく。

 

「ついにボスはタネガシ全域を支配しようとのお考えだ。その為には邪魔な奴等を消していく必要がある。ボスはそいつらに対し、消された後の弔いに使えと、花を贈る算段を立てているに違いない」

 

 お、おう。そういう風に解釈されちゃうのね……。

 気が付けば周りには、ニコの子分たちで溢れ返っている。そして皆一様に、男と同じ表情をしていた。

 どうやら止めるのはもう不可能らしい。

 

「なんてことだ……まさか、このタイミングでボスが動き出そうとしているとは!」

「ハンターがヒントをくれなければ、ボスお一人で行かせちまうところだったぜ。感謝しねぇとな」

「いや、うん、まぁ、気にするな!」

 

 俺は諦めた。もうどうしようもないのだ。

 

「ハハハ……始まるぜぇ……地上を赤黒く染め上げながら硝煙を巻き散らして進む、黒い行進がよぉ!!」

「くっくっくっ……遂にこの時が来たんだな……」

「フッ……いよいよですね」

 

 周りの連中もすっかりやる気になっている様だ。

 もう知らん。納品したらさっさと帰って花咲きアンコウの解体作業でもするか。

 俺はそんなことを考えつつ、触覚から大輪の花を外してニコの元へ持っていったのであった。

 

 

 後日、ニコから連絡があり、フィオが大層喜んでくれたとの報告を受けた。

 なんでも蜜が好みの味だったようで、あっという間に平らげてしまったようだ。

 花に関しては、大きすぎて戦闘機に積む事が出来ないので飾る事にしたとのこと。

 ニコ曰く「こんな大きな花は見たことがないから驚いた」との事だったが、その気持ちはよく分かる。

 実際、荒野に咲く花のサイズはまちまちだし、大きいものでも片手サイズくらいしかないからだ。

 そんなわけで、依頼は無事に達成されたのだが、暴走気味の彼等がどうなったのかは、また別の話になる。




冷酷無残(れいこくむざん)のハンター
思いやりがなく残酷であること。 冷たく、無慈悲で乱暴なこと。

博学多識(はくがくたしき)のハンター
学識が豊かで、様々なことを知っていること。
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