荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
このボロ小屋に、似ても似つかないような美しい女性が現れた時、俺は心底驚かされたものです。
カピバラさんですら、一目見た時は、好物のおやつを地面に落とした程だ。
しかし、彼女の美しさは外見だけのものではなかったのです。
彼女はとても博識でありました。しかも、物腰柔らかで気遣いのできる素晴らしい女性なのです。
何故、このような素敵な女性が俺の元へ来てくれたのでしょうか?
いや、理由なんて些細な事です。この際細かいことは言いっこなしであります!
彼女が俺の力を求めて訊ねてきてくれたのなら、それに応えるまでであります!!
「えっと……。ローラさんって、あのゲキテツ一家のローラさんで間違いないでしょうか?」
「えぇ。ゲキテツ一家のローラであれば、私で間違いないかと」
「そうでしたか。やっぱりそうなんですね。それで私にどのようなご用件があってこちらへ足を運ばれたので?」
「あらあら。随分とせっかちさんなのですね」
彼女は微笑みを絶やすことなく言った。
「はい! 仕事の早い男であると自負しておりますので!」
「ふふっ。頼もしいですね」
俺の胸は高鳴っていた。
「では、本題に入らせて頂きましょう。実は折り入ってお願いしたいことがありまして」
キタコレ! ついに俺の出番でありますな!?
「はい! なんなりとお申し付けくださいませ!」
「ありがとうございます。単刀直入に言わせていただきますと、私の用心棒になって欲しいのです」
用心棒でありますと! これはキタァッー! キタアアアーーー!! 用心棒とは、文字通り雇い主を守る役目を担う存在のことである。
「……用心棒?」
俺は思わず聞き返した。
「はい。貴方の力を是非とも借りたいと思い、こうして伺わせていただいた次第でして……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は野生の生物を狩猟するのが専門であって、戦闘はあんまり得意じゃないんだ。それに……」
「それに?」
俺はため息をついた後、答えたのであった。
「そもそもの話だが、どうして俺なんだ? 用心棒としてなら他にも腕利きの奴は沢山いるだろうに」
「他の幹部から話を伺い、貴方が知る中で一番頼りになりそうだと思ったからです」
「……」
俺は黙り込んだ。
確かに、ここ最近はゲキテツ一家からの依頼が舞い込んでくることが増えてきたのも事実だからだ。
「最近じゃあ、色々と頼まれることが多いけどよ。でもさすがにマフィアの用心棒は無理だって。他当たれ他」
「そこをなんとか……! 私を助けると思ってどうか引き受けてはいただけませんか? 次回の催し物を必ず成功させなければならないのです!」
ローラさんは頭を下げながら懇願してきた。
催し物が気になるところではあるが、ここまでされると無下に断るのも気が引けてくる。悩ましいところだ。
俺の横にいたカピバラさんも、自身の好物を俺に差し出して必死に訴えかけてきているではないか。
お前もなのか、カピバラさんよ。仕方ねぇなぁ、もう。ここまでされたんじゃあ断れないじゃんか。
「分かった、分かりましたよ!」
こうなったらとことんやってやろうじゃないか!!
「ありがとうございます! 本当に助かります!!」
<数日後>
「ローラさん、滅茶苦茶強いじゃねえか!!」
俺は悪態をつきながらも逃げ回っていた。
相手は肉食獣のように鋭い眼光を放ちつつ、獲物を追いつめていく。その動きはまるで人間とは思えないほどに素早いものだった。
背後を振り返りながら、冷や汗を流した。
「ちくしょう、どうすりゃいいんだ……。このままだといずれ追いつかれちまうぞ……」
俺は、ぼやきながら走り続けた。何故このような状況になったかといえば、時を少し遡る。
あの日、ローラさんの用心棒を引き受けると決めた直後、早速とばかりに彼女から仕事内容の説明を受けたのである。
内容はこうだった。
まず、彼女はこの辺り一帯を牛耳っているゲキテツ一家の幹部であり、町の裏社会を取り仕切る存在である。
そんな彼女が俺に頼んできたことは一つ。
『私を守ってほしい』
当然のことではあるが、マフィアの用心棒などやったこともなければ、なるつもりもなかった俺にとっては青天のヘキレキといった感じである。
しかし彼女の話を聞いていくうちに、そうも言ってられない状況に追い込まれていったのだ。
ゲキテツ一家の幹部であるローラさんを目当てにやってくる輩は多いらしく、彼女自身も自分の身を守る術を持っているのだが、如何せん数が多すぎるため手が足りないのだという。
その上、近々催し物が開催されると言う。彼女はそれを失敗させるわけにはいかないと、真剣な眼差しで言葉にしていた。
そこで白羽の矢が立ったのが俺というわけだ。
外部の人間である事、ゲキテツ一家との関係が良好である事、そして一番の決め手となったのは、俺の実力を見込んでいる点だという。
今はお互いの実力を確かめるために模擬戦を行っている最中なのだが……。
「俺が用心棒を務めなくても、自分で何とかできるんじゃないか!?」
的確な射撃で隅へと追い詰めていく彼女に思わず叫んでいた。
すると彼女は銃を構えたまま、こちらに姿を現した。
その姿を見た途端、心臓の鼓動が激しくなり息苦しくなる。
「一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
彼女は表情を変えずに淡々と尋ねてきた。
「……なんだ? 何でも聞いてくれ」
「何故、貴方は銃を使わず、不利と分かっていてもナイフを片手に私に立ち向かってくるのですか?」
それは単純な疑問だろう。だが、答えにくい質問でもあった。
「さあね……なんでかな……自分でも分からないよ」
自嘲気味な笑みを浮かべて答えるしかなかった。
本当は分かっているのに、それを言葉にする事ができない自分がもどかしくて仕方がない。
そんな俺を見て、彼女は更に問いかけてくる。
「では、もう一つお伺いしましょう。ここから貴方が私に勝つ可能性はあると思いますか?」
正直に言えばあると思っている。
先程も言った通り、彼女は相当な腕の持ち主だし、俺もそれなりに場数は踏んでいる。
こうして模擬戦をやらさせて貰ってよく分かった。
俺は用心棒ってガラじゃないって事を。俺は生物を狩猟し、この世界と共に生きていくハンターなのだから!
「ああ、思うとも!」
俺は自信満々に言い放った後、手にしていたナイフをローラさんのいる方向へと投げつけた。
しかし、ローラさんはいとも容易くナイフを避け、呆れたように呟いた。
「本当に、困った人ですね……」
その声は、微かに震えていたような気がする。彼女からしてみれば、既に勝敗が決している戦いをいつまでも続ける俺の行動は理解できないのかもしれない。
だが、終わりではないのだ。俺が俺らしい戦い方を見せるのはこれからだ。
避けられたナイフ、その先には煙幕筒があり、それが地面に落ちると同時に辺り一面に白い煙が立ち込めていった。
「きゃっ!!」
突然、視界が遮られてしまい、驚いたのか彼女の叫びが聞こえた。
俺は素早く駆け出し、煙の中を突っ切って、彼女に向かってタックルを仕掛けた。
そのまま勢いに任せ、彼女を地面へ押し倒し、手にしていた銃を蹴り飛ばし、馬乗りになった状態で両手を押さえつける。
「チェックメイトだよ、お嬢さん」
俺はそう言って不敵な笑みを見せた。
仰向けに倒れたローラさんは目を丸くしたまま固まっている。こんな状況でも冷静さを崩さないとは大したものだと思う反面、少しばかり残念にも思えた。
(もう少し慌てる姿が見たかったのだが)
まぁいいかと思いながら、彼女から離れ、手を貸そうと手を差し伸べた。
「参りました、私の負けです」
ふっと笑いながら差し出した手が掴まれる。華奢な身体にしては意外な程の握力で引っ張られた為、体勢を崩してしまったが何とか倒れずに済んだようだ。
立ち上がった俺達は握手を交わした後、互いに距離を取り向かい合った。
ローラさんがこちらに向き直ったところで俺に礼を伝えてきた。
「ありがとうございました。おかげで良い経験ができました」
「すまないな、卑怯な真似をしてしまって」
申し訳なさそうな表情をしながら謝ると、彼女は首を横に振ってくれた。
「いえ、構いません。私も本気で挑ませて頂きましたからね。それに、貴方の実力は本物だと分かりましたから」
どうやら満足してくれたようで良かった。さっきの勝負は正に紙一重だったと思う。もし、あのまま続けていれば確実にやられていただろう。
それぐらい彼女の動きは洗練されており、隙が無かったというわけだ。
改めて自分の未熟さと相手の技量の高さを思い知らされた気分である。
「私もまだまだ修行不足ということですね……もっと強くならないといけません」
そう呟く彼女の瞳は真っ直ぐ前を見据えており、強い意志のようなものを感じた。
それからまた数日経ったある日のこと。
ローラさんの取り仕切るシマで催し物が開催されることになり、俺たちは早くから準備に追われていた。
「ハンターさんに姐さんの護衛をお願いすることが出来て正解でしたよ!」
そんな事を嬉々として話すローラ組の副長であるキクチヨが視界に入る。
彼はいつも楽観的で、あまり物事を深く考えない性格だが、仕事に関してはしっかりしており頼りになる奴だと思っている。
俺の仕事は、本日行われる催し物にて、粗相をする連中が現れた場合に対処を行う役目だ。
ローラ組は、他の幹部たちとは少々毛色が違う組織で、ローラさん以外の人間は、戦力に期待できないというのが現状なのだそうだ。
その為、何か問題が起きた際に彼女を守れる人間がいないのだという。
キクチヨが悔しそうな表情を浮かべながら、お客様を捌いていく様子を見ていて『適材適所』という言葉の意味を実感したものである。俺にそれは無理だ。
しかし、催し物がローラさんのコンサートとは……。マフィアだからといってワイン片手に密会をする姿を想像していた自分が恥ずかしくなる。
「……よし、そろそろ時間か?」
「はい! ハンターさん、カピバラさん。護衛の程よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
俺はキクチヨの言葉に答えつつ、彼の隣にいるカピバラに視線を向ける。
すると、カピバラさんは鼻を鳴らしながらコクリと小さくうなづいたのが見えた。こうして意思疎通ができるのだから不思議なものである。
ちなみにカピバラさんはローラさんに懐いており、彼女に甘えまくっている様子を何度か目撃していたりする。
「では、よろしくお願い致します!」
キクチヨはそう告げると、ハチマキを身に付け、光る棒を握り締めて会場の中へと消えていった。
「……あれ、なんなんだ? 流行りなのか?」
キクチヨの姿が見えなくなった後、カピバラさんに尋ねると、首を傾げられてしまった。
まぁ、いいや。キクチヨの背中を見送った直後、俺はため息をつくのであった。
そして時は過ぎ、いよいよ催し物が幕を開けるのであった。
背中越しからは、熱気と歓声が会場全体を包み込んでいる様子が感じられた。
俺とカピバラさんは、そんな雰囲気を肌に受けながら、会場の出入り口付近で待機をしていた。
しばらくすると、一人の女性が姿を現したのを確認する。その女性はゆっくりと歩き、こちらに向かってくるのが分かった。
俺は姿勢を整えた後、頭を下げた。
「お客様、チケットか招待状をお持ちでしょうか?」
「ああ……」
彼女は小さな声で呟くと、コートのポケットに手を入れ、一枚の紙を取り出した。
それを受け取ると同時に、彼女の顔を見つめた。
年齢は二十代……十代の後半でも通じそうな顔つきであったが、顔の左側には火傷の跡があり、所々に傷跡も確認できた。
恐らく、相当な修羅場を潜り抜けてきたんだろう。
彼女が差し出したのは、限られた人間にだけ渡される招待状であった。
「失礼しました」
俺は一言謝罪をした後、彼女から受け取った招待状を確認する。そこには彼女の名前が書かれており"特別席へご案内"の文字も書かれているのを確認したのである。
この手紙を持っているということは、今回の催し物の関係者であることは間違いないだろう。
そう思った俺は再度顔を上げる。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「……ルーガ」
ルーガと名乗った女性は再び黙ってしまった。
「ありがとうございます。ルーガ様ですね」
「……」
無言のまま彼女はコクっとうなづくのが見て取れた。
その後、俺の隣にいたカピバラさんがルーガさんの前に歩み寄り、じっと見つめ始めた。
何事かと思いながら、二人の様子を眺めていると、突然カピバラさんが動き出し、ルーガさんの足にしがみついたのだった。
(は?)
俺が唖然としている間にもカピバラさんは、何かを確認するように頭を左右に振り回し始めており、まるで猫じゃらしか何かに戯れているような光景に見えてしまうのは気のせいではないはずだ。
ルーガさんはというと、しがみつかれているにも関わらず、微動だにせず、特に気にしていないのか、ぼんやりとした表情を浮かべているだけである。
やがてカピバラさんの動きが止まるのを確認してから、ルーガさんは口を開いたのであった。
「……急にどうしたんだ?」
手を伸ばしてカピバラさんを撫で始めるルーガさんを見て、俺はようやく我に返ったのであった。
「も、申しわけありません!! ︎」
「構わない」
慌てて謝る俺に対して、抑揚のない口調で返答するルーガさんは、特に気に留めていないようであった。
カピバラさんに至っては、いつもと違い、真剣な眼差しで彼女を見上げていた。一体どういうことだろうか。
その時であった。誰かがこちらに向かって慌てた様子で走ってくる姿を視界の端に収めたのである。
「大変です! すぐに来てください!」
「どうかされましたか? ︎」
「こちらに向かって野生の生物が接近してきています!!」
その言葉を聞いた瞬間に嫌な予感を覚えた。
俺の後ろでは盛り上がりをみせる会場の声が響いている。このまま放置すれば大変な事になることは容易に想像ができたのだ。
だが、彼の言う事が真実かどうかの確認もできない。ローラさんを狙う連中の一味かもしれないからだ。
しかし今ここで何もせずにいれば、最悪な事態になるのも目に見えている。
(やるしかない)
覚悟を決めた俺は、イザという時の為に用意しておいた対処できる手段の一つを使う事にしたのである。
それは、緊急事態を知らせる笛を吹くことであった。
これを鳴らすことで、親衛隊の連中が駆け付けてくれる仕組みになっているのである。
もちろん、戦力的には余り期待できるものではないが、彼等の気迫は本物であり、俺のいない間にローラさんを狙う連中の足止めくらいは出来るはずである。
ただし、必ず催し物を成功させたいと言っていたローラさんの期待を裏切る事になるが、背に腹は変えられない。
(すまない)
心の中で詫びを入れた後、笛を口に当てようとしたとき、横から手が伸びたのが見えたのであった。
「何をするつもりだ?」
「安全確保の為に人を呼び集めます。その間に、わたし……俺は今からこちらに向かってくる生物を退治してくる」
「だが、それではヤツのコンサートは中止にせざるを得ないだろう?」
確かにそうだと内心思いつつも、俺は首を縦に振ったのであった。
「コンサートより命の方が大事だろ? ローラさんからの依頼は達成できなかったが、仕方がないさ」
「おまえはそれでいいのか?」
「ああ」
即答すると、ルーガさんは呆れた顔をしていた。
「なら、私がここの護衛を引き受けよう。ソイツの話を聞いて即座に駆け出さなかったという事は、何か理由があるのだろう?」
「……」
図星を突かれた俺は思わず言葉に詰まってしまう。そんな俺を見たルーガさんはため息を吐いたのであった。
「やはりな。私はこういった荒事には慣れている。適任だと思うのだが、どうだろうか?」
彼女の提案に乗るべきか否か。一瞬悩んだが、修羅場を潜り抜けてきたであろうルーガさんの言葉は信用に足りると判断し、ここは素直に甘えることにしたのであった。
「分かった。頼むよ」
「了解した」
念の為に笛を彼女に手渡し、報告をくれたヤツとカピバラさんと共に、現場へと向かうことにしたのであった。
目の前では、首回りのエリマキを広げて威嚇しながらこちらに向かってやってくる生物の姿が映っていた。
距離があるにも関わらず、その広げたエリマキからは特殊な音が発せられており、不快な音が耳に突き刺さる。
音響エリマキ。四つ足歩行ではなく後ろ足を器用に使い、二足歩行をしてくるトカゲの仲間であり、オスよりも厄介なメスの方だった。
「なんとか出来ないのか、ハンター!」
音の発生源との距離が縮まるにつれ、恐怖が増したのであろう。報告に来た男が悲鳴を上げながら訴えてくるが、こちらも仕事なのだからそう簡単にはいかない。
それに、あの音波攻撃は防ぎにくい上に範囲が広い。下手に近寄れば食らう羽目になってしまう。
そこで俺はある策を思い付いたのであった。
ポケットの中に手を突っ込み、あるものを取り出す。そしてそれを口に含んで噛み砕くと、それを地面に吐き出し、勢いよく踏みつけたのである。
すると次の瞬間には凄まじい閃光が発生し、奴は一時的に目を潰されて苦しみ出したのであった。
これで俺達を無視して何処かに行くことは出来まい。何故なら俺達を敵と認識してしまったのだから。
すまないが、人を襲おうとするのならば、駆除させて貰うぞ!!
「案内助かった! 後は俺達に任せて今のうちに逃げるんだ!」
「わ、わかった!」
指示を出すと男は慌てて逃げていく。その後ろ姿を見送っていると、背後から強烈な気配を感じたので振り返ると、そこには怒り狂った表情を浮かべている音響エリマキが、まだ見えぬ目でこちらを睨みつけている。
『ギィアァッー!!』
「おやおや、この先にいる歌姫の音色に嫉妬でもしているのかな?」
言葉が通じるか分からないが、挑発するように態度を示しながら言ってみると、ニュアンスは通じたようで更に激しく暴れ出す。
肩をすくめた後、腰に下げていたナイフを抜き放ち、構えたのであった。
相手は爬虫類特有の柔軟性がある動きで接近してきたので、間合いに入ったと同時に斬りつけるが避けられてしまう。
そのままの体勢で突進してくるのを避けつつ反撃の機会を伺った。
今度は尻尾による攻撃が繰り出されるが、これは予測済みだったので難なく回避することが出来た。
しかし、避けても尚、追撃は止まず次々と攻撃を仕掛けてくるのをひたすら避ける作業を続けることになった。
流石にこれだけ攻撃をされ続けると体力も削られてしまい、徐々に追い詰められていく。
奇声を発しながら長い舌をチロチロさせつつ、こちらを睨むその目は、明らかに俺を獲物として見ているのが一目でわかる程だ。
だが、俺は一人ではない。カピバラさんも一緒に居るのだ。俺の相棒として共に幾多の死線を潜ってきた歴戦の猛者である。
『クェエエッ!!』
『グゥオッ!?』
俺が相手の隙を見つけ出そうと観察をしていると、不意にカピバラさんが大声で叫び始めたのである。
何が起きたのか分からなかったが、相手が怯んでいるのを見てチャンスだと思い、すかさず距離を詰めてナイフを突き立てる。
『キシャアッ!!』
しかしそれでも奴は諦めずに飛びかかってきたが、今度はカピバラさんが音響エリマキの顔に飛びかかり、自慢のエリマキを鋭い爪で切り裂いたのであった。
『ギャウッ!?』
突然の奇襲に驚いたのだろう。音響エリマキは思わず仰け反り、痛みに悶えるような鳴き声を上げる。
これで音響攻撃の心配は無くなった。
「ありがとよ、カピバラさん!」
『クエエッ』
礼を言うと、彼は気にするなと言うように一鳴きして答えてくれた。相変わらずのイケメンぶりである。
『キイイッ!!』
そんな事を考えている間にも、音響エリマキは苦し紛れに腕を振り回したり体当たりを仕掛けてきたりと抵抗を続けているが、もう先程の威勢の良さは消え失せているようだ。
「そろそろ終わりにしてやるぜ!」
ナイフを構え直し、再び距離を取って様子見を始めることにした。
相手は非常に苛立っているらしく、地面を何度も引っ掻き、尻尾をぶん回しくるが、どれも当たらない。
『キイィーッ!!』
そして遂に痺れを切らせたのだろうか。大きく口を開けて舌を伸ばしてきたのである。
どうやらあれが音響エリマキの必殺技らしいが……残念だったな。
「こっちにだって切り札はあるんだよっ!」
ポケットの中から取り出したのは小型の瓶であり、その中には液体が入っていた。
俺はそれを音響トカゲの口に向かって投げつけたのである。
『キキキキキキッ!?』
液体を浴びた途端、何故か慌てふためき始める音響エリマキ。それを見た俺はニヤリと笑みを浮かべたのであった。
「やっぱり効くと思ったよ」
あの液体の正体は、刺激物を混ぜ合わせた特製の唐辛子水なのだ。
本来は人間相手に使用する為に準備をしておいた物だが、今回は生物に使用した事により、コイツらにも十分効果的である事が証明されたのである。
『キィ……』
効果は抜群で、奴は力無く倒れ伏したのであった。
「さあ、トドメといこうじゃないか」
俺はナイフを構えると、一気に走り出し、喉元に突き刺すようにして刺し込んだのであった。
『ギィヤァァッー!!』
断末魔のような悲痛な鳴き声を上げながらのたうち回る音響エリマキであったが、やがて動きを止め息絶えたのである。
こうして何とか無事に討伐に成功したのであった。
戦闘が終わると、緊張が解けたせいか全身から汗が吹き出しており、疲労感がドっと押し寄せてくる。
「ふぅ、終わったぁ……」
額の汗を拭いながら達成感に浸っていると、カピバラさんが労うかのように頭を擦り寄せてきた。
本当にこの相棒には助けられてばかりだなと思いつつも、彼のモフモフとした毛並みを撫でるのであった。
暫くそうしていると、不意に背後の方から足音が聞こえたので振り返ると、そこにはルーガさんの姿があったのである。
「私が援護する必要は無かったようだな?」
「ルーガさん! そっちの方は大丈夫だったのか!?」
彼女は特に怪我をした様子がなかったのでホッとしたが、すぐに思い直して問い質すと、呆れた表情で溜め息を吐かれたのであった。
「私は一人でも問題無いと言った筈だが? それとも何か、お前は私に喧嘩を売っているのか?」
「そ、そういう訳じゃないんだが……。とにかく無事なら良かった」
「ふん、相手が仲間を引き連れてやってきたが、全員眠らせてやっただけだ。私の敵ではなかったぞ」
ルーガさんは淡々と報告を済ませてくれる。そいつらは気絶させただけで済ませている辺りに優しさを感じてしまうのは俺だけなのであろうか。
もしかしたらソイツらが音響エリマキを嗾けたのかもしれない。それもこれも、連中が目覚めれば全ては分かる事だ。
「手伝ってくれてありがとうな。本来ならば特別席へ案内しなけりゃならない所なんだが……」
「別に構わん。それにここからでもローラの歌声が聞こえる」
ルーガさんは空を見上げつつ呟いたのを見て、俺も同じ様に視線を向ける。
すると雲一つない青空に、ローラさんの美しい歌声が響き渡っていたのであった。
「まさかこんな形で再びヤツの歌声を聴く事になるとは思わなかった」
ルーガは目を閉じて聴き入っているようである。その横顔はとても穏やかで優しいものだった。
「なあルーガさん、アンタはローラさんの歌を聴いたことがあるのか?」
「まだ小さかった頃だったか、聴かせてもらった事がある。その時は私も感動したものだ」
懐かしむように語る彼女の瞳はどこか寂しげに映った。きっと昔を思い出しているのだろう。
そんな彼女を見ているうちに気付けばこう口にしていたのだ。
「今からでも遅くはない、観に行ってみるか?」
「……いや、遠慮しておく。私には私の仕事があるからな」
やはり断られてしまった。まあその答えも想定内ではあったが。
それから程なくして歌が終わったらしく拍手が沸き起こったので見てみると、どうやら演奏が終わってしまったようであった。
「もう終わりか。もっと聴いておきたかったな」
「ああ、そうだな……」
名残惜しそうな顔をする彼女に対して同意しつつも苦笑いを浮かべていると、不意にある事を思いついたのである。
「ルーガさんよ、もし良ければまた来ないか?」
「何だと?」
「ローラさんが言ってたぜ。今回の催し物は絶対に成功させたいと。それってルーガさんが関係してるんじゃねえのか?」
「……」
「だからもう一度来てくれないか? 今度は観客としてさ」
「……考えておこう」
そう言うとルーガさんは背を向けて歩き出した。
これでいい。彼女が再びここに来るかどうかは分からないけど、それでも構わないと思ったのである。
だってこれは単なる口実に過ぎないのだから。
「またな"高邁闊達のハンター"」
別れを告げて去っていく彼女を見送ると、俺は会場へゆっくりと踵を返したのであった。
「まあ、そんな事があったのですか!」
一連の出来事をコンサートを終えたばかりのローラさんに報告したら、彼女は興奮気味に食いついていた。
「ルーガが来てくれたのね……」
「すみません。会場に入れさせるべきでしたが、事態が事態だったので」
「ううん、気にしないで。むしろ感謝したいくらいよ」
彼女は俺の手を握って微笑んでくれたのである。
「貴方のおかげで最高の公演ができたわ。ありがとう」
「いえ……それより体調の方はいかがでしょうか?」
「心配してくれてるのかしら? ふふっ、平気よ。ちょっと疲れちゃっただけよ」
ローラさんの傍にカピバラさんが寄り添い、優しく頭を撫でられている姿を見ると癒されるものがある。あの子は本当にローラさんが好きなのがよく分かった。
「お客さん達も喜んでくれましたし、大盛況のうちに幕を閉じることができて良かったです」
「ええ、本当ね! またあの子が来てくれるように、頑張らないといけないわ!」
「次も楽しみにしてます」
「期待していて頂戴ね」
ローラさんは自信満々に胸を張って応えたのが印象的だった。
その後、討伐した音響エリマキの解体作業を行い、依頼達成の報告を終える頃にはすっかり日が暮れていたので解散する事にしたのであるが……。
「今日は本当に助かったわ。解体した物まで頂いてしまってよろしいの?」
「ああ、大丈夫だ」
「では、ありがたく使わせてもらう事にします」
解体した物は全て渡すと言われたのだが、丁重に断らせて貰ったのは理由がある。
というのも、俺のボロ小屋にはもう素材が入りきらないというのが一つ。後は打ち上げ会でコイツの肉でも食卓に並べれば、みんな喜ぶんじゃないかと思っての事だ。
「貴方にも是非、参加してもらいたいんだけどダメかしら?」
「すまない、明日からまた予定が入っているんだ」
「分かってはいるんだけど、やっぱり少し寂しいものね」
彼女は悲しげに溜息をつくが、そこは仕方がない事なので我慢してもらうしかない。
「俺の事は気にせず、次に備えて英気を養うといいさ」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
そう答えると、俺はカピバラさんと共に帰路に着く為、彼女に背中を向ける。去り際に彼女から言葉が聞こえた。
「"合縁奇縁のハンター"さん。また会いましょう」
俺は振り返らずに右手を上げて応じると、カピバラさんと共にそのまま歩いていったのである。
「ふう……」
思わずため息が漏れる。
こんな仕事は二度とごめんだと思っていたのだが、気付けばこうして何度も依頼を受けているのだから不思議なものだな。
今回も中々に骨のある相手だったが、勝てたのは幸運だったと言えるだろう。もし仮に負けていれば、今頃は死体になって転がっていたかもしれないのだから。
「お前もよく頑張ったな」
労いの言葉をかけてやると、カピバラさんは嬉しそうな鳴き声を上げる。
そのまま身振り手振りで何かを伝えようとしているのが分かる。
「なに? あの二人はよく似ていた?」
どうやらローラさんとルーガさんが似ていると言いたかったらしい。
確かに。特にあの二人に共通しているのは芯の強さだろうか。
ローラさんは弱音を吐かない強い精神力を持っている、ルーガさんは自分がどんな目にあっても諦めない強さがあると思う。
それに容姿だって似ている部分は多いしな。
「似ていないと言えば嘘になるかもな」
しかし、何故いきなりそんな事を言い出したのであろうか。
「もしかすると、血の繋がりとかあるのかな?」
何となく呟いた一言であったが、何故かカピバラさんが驚いた様子を見せると俺の背中に飛び乗り、激しく身体を揺すり始めたのであった。
「おいおい、落ち着けって。どうして急に暴れだすんだよ?」
必死に宥めようとするが効果はない。
それどころか今度は頬に顔を擦りつけてくる始末だ。
まるで匂いを嗅がれているような感覚に苛まれてる。
「まさかとは思うけど、あの二人の関係が気になっているのか?」
ピタリと動きが止まると、肯定するかのように大きく首を縦に振ったのが見えた。まあ、言われてみれば確かに気にならないと言ったら嘘になるが……。
「うーん、他人の家庭事情に立ち入るのは、あまり良くない気がするが」
そもそも、そういう話をする機会もなかったわけだし、こちらが一方的に知っていても向こうにとっては迷惑にしかならないのではないかと思ったのだ。
「まあ、機会があれば聞いてみるとするか」
そう言うと、納得してくれたようで静かになったのでホッとする。
ふと空を見上げると月が出ていた。
「明日は晴れそうだな」
カピバラさんは鼻をひくつかせて空気の臭いを確認すると、満足げな表情を浮かべたのである。
高邁闊達(こうまいかったつ)のハンター
他の人よりも一際すぐれていて、大らかなこと。
合縁奇縁(あいえんきえん)のハンター
人と人の縁は奇妙な巡り合わせということ。