荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
駐機場に機体を置き、この時間でも開いているお店まで急ぎ足を運び、アルコール類を大量に購入していく。勿論、今夜の題材である機体乗り換えの為に二人で選ぶカタログを忘れずに。
向かう先はラハマの町はずれにある借家だ。ここから歩いてもまだ十数分かかるが、私とザラだけが住む本当に小さな一軒家である。
ザラと相談をする前に直感で決めてしまったあの時、どうやって話を切り出そうか頭を悩ませたものだが、私のような口下手が何かを取り繕っても無駄だと思い、ありのままを伝える他なかった。
結果としてはザラにとても喜んでもらえ、時間を気にせずゆっくりと話が出来る機会が増え、私にとっても良いこと尽くめであった。
家の前まで辿り着き、ザラが鍵を開けて扉を開く。そのまま室内へと入りこちらに身体を向けてくるザラの姿は私達の日常となっている。
その光景を見つめながら立ち尽くしている私の姿を、ザラは見つめ返して問いかけるような視線を送ってくる。
気が付けばそれは習慣となり、家に帰ってきた時の決まった行動となっていた。
「ただいま、ザラ」
「おかえりなさい、レオナ」
その言葉とザラの笑顔に迎えられながら私も家に入る。
室内には長方形のテーブルと二つの椅子、キッチンに並ぶ二つのコップと歯ブラシ、シャワーにトイレ、一人で寝るには大きく、二人で寝るには少し小さいめのベッド。
当初は別々のベッドを用意するつもりでいたが、家具を用意する時にザラからの提案でこのような形となった。
『窓から差し込む光がとても素敵なの。折角だし少し大きめのベッドを用意して一緒に寝ましょうよ。それともレオナは私と一緒に寝るのは嫌?』
その様な言葉を返されてしまえば反論出来るはずもなく。今の形となった。
購入してきた物をテーブルに乗せ、本日の依頼成功と互いの無事をお祝いして乾杯。
しばらくは他愛のない話を続けてアルコールを消費していく。
空き瓶が幾つか出来上がった頃、頂いてきたカタログをテーブルに広げてザラと機体の選別を始めた。
「さぁ! 私達を呼んでいる機体を探しましょ!」
「外見とスペックだけでもある程度は想像が出来るからな。私達に合う機体があればいいのだが」
「こんなにあるんだもの、必ず見つかるわよ。ほら、これなんか翼の形が独特じゃない!」
「流星は二人乗りが基本だ。性能は言うまでもないが金額だってほら」
「あらら、今の私達の稼ぎだと当分無理そうね。後部座席に搭乗してレオナの背中は私が守る! って言いながら後部機銃で敵を撃ち落とすのも素敵だと思ったのに」
「随分と物騒な事を考えているな。でも既に十分すぎるほど私を守ってくれているよ。ありがとう、ザラ」
カタログを眺めていると、どうしても目が引く機体にばかり視線が移ってしまう。そして金額を見て現実に引き戻される事の繰り返し。
隣にいるザラは現実に打ちのめされたのか、僅かに身体を震えさせながらこちらに背を向けて机に伏せている。問いかけには返してくれているから寝ている訳ではなさそうだ。
今の内にローン払いも含めた購入可能な機体を選別しておこう。万が一、疾風や紫電改を見て直感が働いてしまったらとんでもない事になってしまう。
マルとバツが書き込まれていくカタログ。どうしたって私達が購入出来る機体は限られており、案の定バツの方が多い状態に。
いつの間にか復活していたザラも少し複雑そうである。
「こうして現実がカタログに追記されていくと寂しいものがあるわね」
「しかし身の丈に合う機体を選ばなくては破算してしまうよ」
「……彗星」
「残念だけどこれは爆撃機。性能は言うまでもないけれど、肝心の火力不足が解決されていない」
「紫電とかはどうなの? 性能に比べたら安いみたいだけど?」
「ザラの言う通り私たちの問題は全て解決している。だけど機体に一つだけ問題がある」
「問題って?」
「発動機の整備が大変な事と直感が働かないってことさ」
「維持費も高くつく上にピンとこないのを選んでも仕方ないわね」
テーブルに肘を立て顎を乗せて溜息をつくザラ。こればかりは直ぐに決まるものではないから仕方ない。
「ほ、ほら。零戦二一型とかまだ色々残されているから」
「その機体、私達を襲ってくる空賊がよく使用しているのを間近で見てきたんですけどー?」
「あ、いや……それなら飛燕とかはどうだ? 細くスラっとしているところなんてザラによく似て綺麗だぞ?」
「アレシマの警備隊が使用している機体よね? 性能に問題無く素敵だと思うけれど肝心の予算を越えちゃっているじゃない。おだてるだけじゃダメよ、レオナ」
「す、すまない……」
「でも綺麗だって褒めてくれた事は嬉しいわ、ありがと……ってこれは?」
気になる機体でも見つけたのだろうか。ザラが指をさした先には、隼と呼ばれる機体が掲載されているページであった。
「一型、二型、三型まであるのね」
「どれも予算の範囲内であり、性能面でも私達の問題点は解決されているな」
「ねぇレオナ、何か感じない?」
「直感か?」
「私達がいずれ出会う仲間達と共にこの機体のどれかで編隊を組む姿が、薄らと浮かぶ気がするの」
そう私に伝えると瞳を閉じて集中するザラ。私も同じ様に目蓋を閉じる。
まずは私達だけで隼に搭乗している姿を想像してみる。頭の中で浮かび上がる二機の隼が軽快に空を飛び回る。
搭載量も重さに耐えられ、運動性能についても九七式との違いは、横からの方向でなく縦からの方向を意識すれば同等かそれ以上の動きが出来ると以前の仲間達に聞いた事がある。
火力に関しては八九式固定機関銃の七.七ミリから、ホ一〇三一式十二・七粍旋回機関砲である十二.二ミリに換装される事により火力不足が解決されている。
機体そのものに問題が無い事を確認し、ザラと二人の状態から何機か追加をして編隊を組む姿を想像する。
頭の中で切り替わる一型、二型、三型。何度か繰り返していると、不意に機体が固定されるのを感じた。
一型、隼一型の姿だ。
「その様子だと感じ取れたものがあったみたいね?」
「おかげさまで。ザラは?」
「私もよ。折角だからどの型か同時に指で当ててみましょうよ」
「これでお互いに違う型を選んだらどうする?」
「そんなの決まっているじゃない。私がレオナに合わせるわ」
当たり前。伝えられた私でさえその様に感じ取れるぐらい強い意志を表明するザラ。
本当に……その一言だけで私がどれだけ救われているのか気づいているのだろうか? その強さと優しさに涙腺が緩みそうになるが、今は必死に堪えなければ。
ザラの掛け声が始まり、高まる鼓動を押さえながら私は自分の信じた機体に向けて指をさす。
そしてまた月日が流れる。
あの時、私達が乗り換える機体が決まり、ザラと何度も実機を見に行く事があった。
「当たり前だけどカタログと実物で見るのでは違うわね。この子だって飛燕に負けず素敵じゃない」
「ああ、プロペラも九七式と同じで二枚だ。こうして見ると形も似ていて何か引き継いでいる様にも感じられるよ」
その事をコトブキ飛行隊の担当をして下さるアレシマ航空運輸局の人に話す機会があり、一つの提案を出された。
それは運輸局を通じての機体購入とローンでの支払いだ。
支払方法に関しては一つの方法として視野に入れていたが、運輸局を通じてとは一体? 問い返すと私の疑問に答えてくれた。
一つ、コトブキ飛行隊の依頼遂行数と成功率が運輸局の設定する一定値を超えた事。
二つ、前記にプラスして依頼主とのやりとり、担当官からみて信用に値するかの判断をクリアした事。
三つ、もしこの制度を利用してくれたなら初期不良や塗装代は運輸局持ち。
「随分と気前のいい話ですね」
「少し疑ってしまうぐらいよ」
慌てて理由を告げる担当官。
伝えられた内容を要約すると、最近は空賊の数が増えてきており護衛任務を任せられる人を増やしたい意図があるそうで。
だが、制度を嫌う人達が多くいる事もあり人手不足の解消とまではいかず。
ならば届け出を提出してくれた隊の中で条件をクリアした人達に制度を紹介してランクアップを図ろう。というのが言い分。
戸惑う私にザラは『コトブキ飛行隊が認められたって思えばいいじゃない』そう伝えてくれる。
誰かの為……とは素直に言えないけれど、自分のしてきた事がこうして評価されるというのは素直に嬉しい。
その後、購入する機体について、塗装の配置、細かなやりとりを行い、結果としてお世話になる事にした。
あとはその日を待つだけというところまで来た。胸に抱えるモヤモヤを残したまま。
乗り換え前日。
機体に乗り換えた後の事も考え私たちは幾日か休暇を用意した。
慣らし運転から始まり、実戦に向けて飛行試験を念入りに行わなければならないからだ。
自分が搭乗している機体で何が出来るのか、どこまでやれるのかを把握出来なければ機体を乗り換えた意味がない。そうしなければ……。
落ち着かない私を見ていたザラに一言告げて家を出る。向かう先は言うまでもなくラハマの駐機場だ。
コトブキ飛行隊のマークを背負った九七式戦闘機。胴体に触れることで何年も苦楽を共にしてきた思い出が蘇る。
この判断が良いのか悪いのか、未だに分からない。我ながら情けなく感じ溜息が出る。
「溜息なんてついたら幸せが逃げちゃうわよ?」
「ザラ……」
「やっぱりここにいた」
微笑みながら私の隣へと歩み寄るザラ。何も言わず寄り添ってくれる姿に甘える様に言葉が出る。
「未だに悩んでいるんだ。これでよかったのかなって」
「うん」
「この子を置いて自分だけ先に進んでしまう気がして」
「うん」
「他にも方法があったんじゃないかって」
「それは違うわ、レオナ」
「えっ」
「私達が九七式から降りるのも、隼一型に乗り換えるのも、全て前を向いて歩み続けたレオナに対してみんなが与えてくれた選択肢の一つなのよ」
「選択肢……?」
「そう、九七式とはこれでお別れになってしまうけれど、もしお別れを選択出来なかった未来を想像してちょうだい」
別れを選択出来なかった未来。それはきっと何時までも俯いたまま荷物運びを続けていたか、血気盛んに飛び出して撃ち落とされたかもしれない。
それは、差し出されたザラの手を取らず一人で飛び続けていた私のもう一つの未来。
「あの時、レオナは私の手を取ってくれた。その事で私は新しい選択肢を見つける事ができ、今こうしてレオナの隣に立っていられる」
言葉を発する事ができず、頷く事しかできない。
「今のレオナはあの時の私と一緒。決めた事、過ぎた事に囚われて足が重くなり、上手く歩けなくなっているの」
ただ、静かに頷く
「レオナ、私がレオナに対してしてあげられる事はこれぐらい。大丈夫、例えレオナがどの選択肢を選んでも私が隣にいるわ」
差し出されたのはザラの右手。その手を取る為に必要なのは……九七式の胴体に触れている私の右手。
その両方を見てようやく私は理解する。大切な物は幾つもあれど、形にばかり囚われすぎていた事に。
九七式の胴体を労わる様に撫で、心で想いを告げる。
私を空へと導いてくれてありがとう。
私を守り続けてくれてありがとう。
私をザラと引き合わせてくれて、本当にありがとう。
九七式から手を離し、ザラに向けて身体を動かす。
以前のままの私であれば、ここでもザラへ甘える様に言葉を交わしていただろう。
けど、私を支えてくれる人達がいる。寄り添ってくれる人がいる。別れるのは弱音を吐く自分だけでいい。
精一杯の強がりな笑顔をザラに向け、差し出された手を再び取る。握り返してくれるザラの手の感触と温もりが、私に羽を与えてくれたようだ。
「九七式とはお別れになっちゃうけれど、引き継がれるものはあるわよ?」
駐機場からの帰り道、突然そのような事を言い出すザラ。
「引き継がれるもの?」
「コ・ト・ブ・キ。私達がコトブキ飛行隊である限り、あの子の意思は引き継がれていくんだから」
そういった考え方も出来るのか! 九七式に搭載されている発動機から名前を分けて貰ったというのに、その発想が浮かばなかった。
そうなると私が自問自答を繰り返していた日々は一体……。
私の考えなどお見通しなのか、背中を叩くザラ。
「こういった考え方も一人だけだったら浮かばなかったでしょ?」
「ザラの言う通りだ。きっと未だに俯いて引きずっていただろうな」
「でもザンネンでした! その選択肢はもうありません! レオナが何処へ何をしようとも、必ず私が隣にいるんだから!」
笑いながら私にそう伝え、いつの間にか辿り着いていた家の玄関へと我先にと駆け足で入り込む。
気が付けばそれは習慣となり、家に帰ってきた時の決まった行動となっていた。
呼吸を整えて顔を上げれば、私の隣に居てくれる大切な人に向けて。
「ただいま、ザラ」
「おかえりなさい、レオナ」
いつの日か、ザラに向けて『おかえりなさい』と伝えてみたいものだ。