荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
──畏日
夏の日。夏の炎天の日「春秋左伝」文公七年注から
あっつう。いくらイジツが温暖な気候であるとはいえ今日の気温は高すぎる!
文句を言いながら私はスカートの裾を掴んで扇ぐようにはためかせている。
普段なら私がこんな仕草をしていれば、隣にいるエリカから即座にお叱りが飛んでくるはずなのだが……。
視線を向けてみると、エリカもこの暑さに耐えるのが精一杯らしく、私と同じ様にスカートの裾を摘まみ膝上付近で上品に扇いでいた。
「エリカぁ、私達二人しかいないんだから大きく扇いだら? それじゃ涼しくないでしょ?」
「そんなこと出来る訳ないでしょう、ユーカ」
「孤児院からの付き合いで今更感ない? お互いに全部知ってるわけだし」
「それとこれとは別よ! 今ここにいるのが私とユーカだけとはいえ気が緩みすぎよ!」
私の余計な一言でエリカの小言が始まってしまった。
聞こえないふりをする為に、ワザと声を上げたり大袈裟にスカートを扇いでみたりと抵抗を試みる。
「ユーカ!! 下着が丸見えじゃない!!」
「あーあーキコエマセン! 暑さで無線が故障したミタイデス!」
「故障しているのは頭の方でしょう!!」
「ヒドっ! エリカってばヒドイよ!」
「ユーカが馬鹿な事を言うからでしょ! ほら! そのまま動かないで!」
そう言って私に近づき、服装の乱れを整えてくれるエリカに身を委ねる。
エリカとは孤児院からの付き合いという事もあり、一緒にいる時間が長かったおかげで、あれぐらいのやりとりは喧嘩にもならない。
本当に怒った時のエリカは泣きながら怒ってくるもんね! その時は何時だって自分の事ではなく私の事で!
私だってエリカの事が心配でお互いに心配しあって何度も喧嘩したなぁ。
……あれ? 私達が喧嘩する理由ってそれだけ? カラアゲの味付けで揉めた事が一瞬頭を過ったが気にしないでおこう。
「終わったわよ、ユーカ……ってどうしたの? 急に笑いだして?」
「なんでもない! いつもありがとね、エリカ!」
「べ、別に特別な事は何もしていないわよ。私がいないとユーカは何も出来ないんだから」
「うんうん! そうだね! だからこれからもずっと一緒に居ようね!」
座っていたソファから立ち上がり、そのままエリカを抱きしめながら二人で部屋の中を踊る様に回り始める。
「ちょっと! ユーカってば!」
「たまにはいいじゃん! 二人だけで広い部屋を占領出来る機会なんて早々無いんだし!」
「だからといって踊り出す事はないでしょ!?」
エリカを抱きしめながら部屋の中心でグルグルと回るだけの踊りとは呼べない勢い任せの動き。
エリカの驚く表情、長く綺麗な黒髪がなびく姿、私より少し長いスカートの裾が楽し気に揺らぐ。
天井から吊らされてあるシーリングファンからは、優しい風が伝わり私達を包み込んでくれるようだ。
「暑いからって大人しくしていても結局疲れちゃうじゃん! ならエリカと踊って疲れた方が楽しいしお得でしょ!」
「ユーカ、本当に頭の方は大丈夫? どこかぶつけたりしていない? もしかして水分不足で熱中症に!?」
「大丈夫だってば! エリカは心配性なんだからー」
「貴女が私を心配させるような行動を取るからよ」
そう言い放つと私の腕を振り払い、少し距離を置いたところで溜息一つ。
エリカを呆れさせてしまった。かと思えば再び私に近寄り片手にエリカが指を添えてくる。
「確かダンスってこういう姿勢で踊るのよね?」
「さぁ?」
「さぁ、ってユーカは本当に自由よね」
「だって嬉しい事があったら身体が勝手に動き出しちゃうんだから仕方ないよ!」
「はぁ……ユーカらしいわね」
「なんだかバカにされてる気がするんですけどー」
「そんな事はないわよ。そういうところ、ユーカらしくて私は好きよ?」
私の近距離で微笑むエリカ。その笑顔に羞恥心が沸き立ちエリカの顔を直視出来なくて視線が右往左往と動き回る私をお構いなしにエリカが私を導く様に身体を動かし始める。
先程まで私が無理矢理エリカを引っ張りあげて踊っていたのとはうって変わり、とても自然に身体が動き部屋の中で私達は舞う。
「エリカってば! こんな動きいつ覚えたの!?」
「ちょ、ちょっとだけ興味があって覚えただけよ!」
「その割に私達自然と踊れてない!? これってやっぱり私とエリカの相性が抜群ってことだよね!」
「そういう事は口にしなくていいから!」
何がおかしいのか分からないけれど、お互いに笑いながら私達は自由奔放に部屋の中で踊り続ける。
そのおかげで部屋へと戻ってきた二人に気が付く暇も無く。
「なぁベル。あの二人は何やってんのか分かるか?」
「私にもちょっと……でも楽しそうでいいんじゃないかしら、アカリ?」
「そんなもんかなぁ」
ベルとアカリの姿を見つけたエリカは、即座に体の動きを止める。
そのせいで私だけ勢いよくグルグルと回りながらソファへと頭から突っ込んでしまう。
「なんで暑さで参っているところから踊るなんて発想に至るんだよ?」
「それはユーカが……」
「モガ! モガモガッ!」
「ユーカ、お尻を付きだしたままでは何も分からないわよ?」
ソファに頭から突っ込んでいた私は、ベルの手によって軽々と持ち上げられて正しい位置へと座らされる。
「ありがと、ベル! やっぱりベルって力持ちだよね!」
「何か言ったかしら、ユーカ?」
「イエ! ナンデモアリマセン!!」
「二人ともウッズ社長からの用事は終わったの?」
「バッチリ終わらせてきたぜ! とはいっても相変わらずおつかいだけどなー」
「突然の事だったけれど無事に買い物が終えられてよかったわ」
安堵の息をつくベルと顔を合わせながら頷くアカリ。
「そういやダリアとガーベラはどうしたんだ?」
「二人ならイオリさんに呼ばれて出掛けて行ったわよ」
「イオリさんに? 何かあったのかしら?」
「なんかね! 良い物があるから取りにいらっしゃいって言われたんだよ!」
「へぇー何だろ? というかユーカ達は一緒に行かなかったのか?」
「ベル達に連絡も無しで留守にしたら心配をかけてしまうと思ったから、私とユーカは残る事にしたのよ」
「そうだったの。ありがとうね、ユーカ、エリカ」
「気にしない気にしない! 以前なら二人だけで行動するのは不安だったけれど、今は新生ルワイ組のおかげもあって治安が安定してるしね!」
「そっかー、カスミさんも頑張ってるんだなぁ」
「ガーベラもお姉さんの事を自慢げに話していたわ」
ガデン商会を巻き込む大きな事件となったけど、ハルカゼが飛行隊として認められた一件でもあるし、なにより姉妹の仲が元に戻ってよかったぁ……。
「終わり良ければなんとやらって言うしね!」
「全て良し、と言い切れるかは分からないけれどね」
「アタシとしては兄貴の仇討ちが出来た訳だしな、ユーカにはハルカゼに誘ってもらえて感謝してるぜ」
「アカリぃー! 私もアカリと出会った時からビビっと運命を感じてたよぉ!」
「ユーカ!? 暑いから引っ付くなよ!」
「処分に困っていたキャラメルを渡しただけなのにね」
「ふふっ、きっかけは何であれここまで誰一人欠ける事無く来れたのは、ハルカゼ飛行隊の自信にして良いと思うわ」
アカリは言葉とは裏腹に抱きついている私を無理矢理剥そうとはせず、エリカやベルに助けを求めている。
ベルの言う通りハルカゼ全員で一機団結してきたおかげで、誰かとお別れしてしまう様な事は起きずにここまでやって来れた!
「みんなが協力してくれたおかげだよぉ!」
その事が嬉しくて心が満ち溢れ、私はエリカやベルにも抱きついてしまうのであった。
「ただいまーっ! イオリさんから良い物借りてきた……よ?」
「ガ、ガーベラ……歩くのが早いよぉ……ってみんな何してるの?」
部屋の真ん中で其々倒れている私達を、訝しそうな目つきで見つめてくるガーベラとダリア。
「お、お帰りぃ、ダリア、ガーベラぁ」
「ユーカってば、また何かしたの?」
「ガーベラに名指しで疑われてる!? ナンデ!?」
「何でも何もこんな状況を作り出せそうなのはユーカだけだろ?」
「アカリにまでぇ!?」
「ひょえぇ……エリカもベルも大丈夫……?」
手にしていた荷物をテーブルの上に置き、二人の手を引っ張り上げて起こすダリア。イオリさんが言っていた良い物ってあれの事なのかな?
「突然、抱きつかれた時はどうなるかと思ったわ」
「ユーカ、気持ちは十分伝わったから今度から気を付けましょうね」
「ハイ! ワカリマシタ!!」
「本当に大丈夫かよー?」
「それよりも! ダリアが運んできたそれって!」
「うん! イオリさんから借りてきた、かき氷機だよ!!」
ダリアが箱から取り出したかき氷機を、ガーベラが両手を腰に当てながら自信満々に紹介をしてくれる。
「かき氷! この暑さ対策の要となる新兵器がきたで!」
「ユーカ、口調がおかしくなってるわよ?」
「でもユーカの気持ちも分かるわ。今日はいつもより暑くて大変だったもの」
「その大変な日に抱きつかれたりして散々だったけどなー」
「いいなぁー、ガーベラもユーカと抱きつきたい!」
「私は遠慮しておくよ……」
話の分かるガーベラに向けて手を広げると、あの時の様にこちらに向けて勢いよく飛び込んでくるガーベラ。
見た目同様、まさにミツバチといった様相だ。ただちょっと勢いが強くないかな?
「んぐぇ!?」
「ちゃんとシロップも用意してきたよぉ」
「やるじゃん、ダリア!」
「問題は氷だけど、どこかにあったかしら?」
「イオリさんがね、ウッズ社長がお酒を飲む時に使う氷を使えばいいって言ってたよ~」
「なるほど、確かに社長は氷入りで飲む事が多かったわね」
「それじゃアタシとベルで探してくるよ! エリカとダリアには容器の調達をお願いしてもいいかな?」
「分かったわ」
「分かったよぉ! でもあの二人はどうするの……?」
「あのままにしておいた方が準備が捗るわ。さっ準備を始めましょう」
「ひょえぇ……エリカも随分と……」
「何かしら?」
「なななんでもないよ! 一緒に容器を探しにいこっ!」
ガーベラの頭が良い所に突き刺さり、呻き声を出したにも関わらず誰も助けてくれない! みんなヒドイよ!
私とガーベラをそのままに進められていた準備が整い、ベルとアカリが調達してきた氷がかき氷機に投入される。
エリカとダリアの用意してくれた容器とスプーンがセットされ、かき氷機に装着されているレバーを私が回し始める。
何でベルじゃないんだろう? と視線を送ると、そこには鬼が見えた。
「うわぁー! かき氷だぁ!」
ガーベラの嬉しそうな声と共に、容器には削られた真っ白な氷が積み重ねられていく。
この時点で涼しげな気持ちになれてきて、身体がかき氷を求め始める!
ひたすら私はレバーを回し続け、ようやく六人分のかき氷の準備が出来た!
そこへ各々、好きなシロップをかけていく事で、赤、青、黄、緑とカラフルな色合いをしたかき氷がテーブルに並ぶ!
「それじゃ! いっただーきまーす!!」
『いただきます!!』
早速、シロップが沢山かけられた場所にスプーンを通して一口。
これ! これだよ!! 私達が求めていたものは!!!
私の思いはみんなも同じだった様で、其々に喜びを表している。
「んー冷たくて美味しい!!」
「本当に。おかげでようやく落ち着けたわ」
「イオリさんに何かお礼を考えないといけないわね」
「今度、会いに行く時にウッズマンでも持っていこうぜ!」
「そだね! 喜んでくれるといいなぁーって、ダリア、頭を抱えてどうしたの?」
「食べすぎて頭痛いぃ……」
勢いよくかき氷を掻き込んでいたダリアは、頭痛にやられたようで頭を抱えながら痛みを振り払う様な動きをしている。
その動きが面白かったのか見つめていたガーベラが笑い始め、それに抗議をする為、ダリアが声を挙げる。
何気ない日常、イジツの一ページ。私が、私達が求めていた飛行隊の隊員達と過ごす夏の一日。
こんなにも楽しい日がいつまでも続くと、いや続けてみせるんだ! そしていつかはコトブキ飛行隊の様になるまでは!
この光景を目に焼き付けるように見つめて決意を固める。口に運んでいたスプーンにのせられているかき氷の量に気づく事もなく。
「あたまいったぁぁぁ!!!」