荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
ラハマにある病院の入院棟。寝ぼけ眼で見る視線の先は、おなじみの壁と窓が存在する。
ここにはずいぶんと長くいる。そのおかげかすっかり慣れてしまい、この部屋はとても心地が良い。
それもそのはずだ。贅沢に個室部屋で入院しているのだから。既にここは僕の研究室と言っても過言ではない状態になっている。
穴に関する資料。ユーハングにまつわる本。それらをまとめる為に必要な活力源であるお酒。
幸いにして、足以外は健康なのが救いだ。お酒が飲めない身体になったらどうしようかと思ったが、杞憂で済んでよかったよかった。
起きがけに一杯といきたいところではあるが、今日はケイトが見舞いに来てくれる日だ。
朝から飲んでいる事がバレたら秘蔵のお酒まで取り上げられてしまう可能性がある。仕方ない、今日は我慢しよう。
まだ寝ぼけている頭をどうやって目覚めさせようかを考える。
不思議と寝る直前であったり、起きた直後の頭が霧に覆われているような時に、発想が浮かぶ。自分で自分を褒めてあげたくなるものから、とても馬鹿らしくてあり得ないけれど、発想は好きだなぁ、と思うものまで。
その時に浮かんだ発想を点とし、脳が覚醒状態の時に資料を漁り、現地を視察し、時には聞き込みもして、線として結んでゆく。
足がこのような状態になってしまってからは、一人で現地視察が出来なくなった事がはがゆいかな。パッと思いついてからの行動が出来なくなってしまったから。
まぁ、その行動のせいで足は動かなくなってしまったのだけどね。好奇心は猫を殺す。だっけ、ユーハングの人達は面白い言葉を思いつくものだ。
見舞いにやってきたケイトを出迎える。うん。顔色も良い。僕と違ってきちんと健康管理が出来ているようだ。
幼少の頃から僕に手間をかけさせてくれない妹。兄としてはもう少し頼って欲しいなぁと考えていたら、自分がこのような状態になってしまった。反省。
コトブキで過ごす日々を僕に語り掛けてくれる。本の虫であった頃と少しずつではあるが、変わってゆく姿を見れて胸をなでおろす。
最近では創作本も読むようになったみたいだ。この間、窓から挨拶をした二人の影響かな。ケイトの口から海のウーミの話を聞ける日が来るとは思わなかったよ。
まだ、本質がうまく理解できていないようだけど、諦めずに読み続けて欲しい。
人が生み出した物語は、時として自分の人生を変えてしまうほどの力を持ち合わせているのだから。
お喋りの途中、ケイトから車椅子に乗る様にと指示される。
こういう機会にでも部屋の外に出さないと、一日中研究に没頭してしまい、身体に毒だと。正論を言われてしまえば反論もしようがない。
自分で車椅子に移動をして、いざ出発かと思いきや、枕を押し付けられる。
ケイトに押された車椅子で連れてこられた場所は、病院の中心にある造園。そこに立派な樹木がある。昔とは違い、今となってはラハマでも貴重な緑だ。
なるほど、どうやらここでケイトはひなたぼっこをしたい気分のようだ。
ケイトの手助けもあって僕も木の根の当たりに腰を掛ける。辺りには芝生があり、柔らかなクッションのような感覚を覚える。
僕の持ってきた枕を要求し、ケイトは早々に芝生の上でゴロゴロとし始めた。
先程までの会話とは違い、当り障りのない、家族同士の話を語りだす。それを子守歌のように聞いていたケイトは次第に目を細め、睡眠に入っていった。
その間に考え事はいくつか。
僕もケイトにこれ以上の心配をかけさせない為、本格的に足の治療を考えなければならない。
一つ思い浮かんだのが、ラーナという町にイジツイチの外科医がいると聞いた事がある。
その人に診察をしてもらえれば、僅かでも可能性はあがるのかもしれない。勿論、僕を治療してくれたラハマの先生方には感謝の言葉以外、見つからないが。
問題として、いつ行くかだ。この数ヶ月でイジツの世界は治安悪化の傾向にある。
空賊達の乗る機体も、以前の物とは違い、より良い性能の機体に乗り換えをされていたとケイトから聞いた。
誰かが空賊側に裏から手をまわしている。きっとそいつらが僕を撃墜した奴等と同じであるのは違いない。
僕は穴とユーハングについて知りたいだけなのだが、残念な事に彼等から見逃してもらえそうもない。
いやはや参った。別に研究を隠している訳ではないが、相手からこうも目の敵にされてしまうのだから、きっと彼らは穴そのものを独占したいのだろうね。
そうなると、黒幕は一体誰かなぁ。現状でここまで身動きが取れる人物は……、一人しか浮かばない。
はぁ、情勢が一段落しなければ、治療もままならないって事か。
それでも一つだけ確認をしなければならない事がある。これは重要な事だ。僕の研究の集大成とも呼べる事。
ラハマで開くであろう穴の予兆をこの目で調べに行かなければならない。
その為には、ケイトに協力してもらうしかないかな。都合が合わなければマダムに相談して、コトブキから誰かを借りる事にしよう。
隣で僕の枕を抱えながらお昼寝をしているケイト。器用にうつ伏せになりながら寝ている姿は、昔と変わらずとても可愛らしい。思わず頭をそっと撫でる。
願わくば、ケイトが僕の足をこのような状態にした相手に対して過度な執着心を持たない事を祈りたい。
憎しみの連鎖だとか、そういった難しい事は他の誰かに任せるとして。ケイトにはケイトの人生を歩んで欲しい。
様々な出会い、出来事を経験して、それを見聞録……なんて大げさな言い方はしなくとも、日記に認めて、時折、思い出として振り返る事が出来れば。
その時に想いを共有できる友達、仲間と呼べる人達がいてくれたならば言う事はない。
イジツは広い。僕とケイトだけの世界ではないのだから。
しかし、自分で考えておいてなんだけど、ケイトに恋人が出来る可能性もあるんだよなぁ。どんな人と一緒になるのだろうか。
ケイトによく似て理論に基づいた行動を取るタイプか。無口ながらも気遣いを怠らないタイプか。はたまたお喋りで引っ張りまわすタイプか。
どちらにせよ、その姿をこの目で見る日が訪れるのであれば、とても幸せな一日になるだろうね。
顔を上げ、空を見つめる。本日のイジツは雲一つない快晴。僕の研究ではそう遠くない日に、この青空に穴が出現する。
それにより発生するのは青天の霹靂か。訪れるものは幸か不幸か、それはまだ分からない。
もしかしたら、ケイトのお相手はあの穴の先からやってくるのかもしれない。なんてね。