荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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サナトリウムにシロツメクサを

 私は、白に覆われた建物の前にして一人佇む。

 周囲から時折吹く風が、頭の横に束ねてある私の髪を、髪飾りと共に大気の中で泳がせている。

 その風には、鼻孔で感じられる消毒液の匂いも、のせられている。

 清潔という言葉を、全身で感じられる場所は、私の知る限りではここだけだ。

 この匂いが好きな人もいれば、嫌いな人もいる。

 私は、きっと……。

 

 建物内にある受付所で手続きを行う際、小さいながらも綺麗に咲き誇る白い一輪の花を、受付係の方に見せ、持ち込みの許可を頂く事が出来た。

 これから会いに行く彼女が、この花が好きかどうかは、分からない。

 ただ、手持無沙汰で会いに行くのもどうなのかなと思い、考えた末の結果が、花だったのは、少し安直だったかもしれない。

 

 待ち人がいる部屋へと足を向ける。

 一定の速度を保ちながら歩く私の足音が、建物内に響き渡る。

 それほど、静けさで満ち溢れた場所なのだ。

 しばらくして受付所で案内をして頂いた部屋の前へと辿り着く。

 扉の前で緊張を解す様に深呼吸を行えば、再び消毒液の匂いを感じ取る。

 私は、まだこの匂いには、慣れそうにない。

 

 覚悟を決めて扉に向け優しくノックをする。

 扉の先から返事が来ない事は、承知済み。

 話を聞いていたから分かっていたけれど、一応ね。

 ドアノブに手を伸ばし、ゆっくりと扉を押していく。

 私の目の前に映るのは、風によって揺れる白いカーテン。

 そして、ベッドに横たわる黒髪の一人の女性。

 

 洞窟で別れて以来の再開。

 ここへ運ばれてからも、一度も目を覚まさない眠り姫。

 あの時よりも頬がこけ、美しく綺麗な黒髪も少し痛んでいる。

 ずっと眠り続けているのだから仕方ない。仕方ないのだが……。

 やりきれない想いを胸に、彼女の生存を知った時の事を思い出す。

 

 貴女が生きている事を耳にした時は、やっぱりと思った。

 だけど、この様な状態になっているとは、思わなかった。

 貴女の事だから、あの時の様に不意に現れて、私と口喧嘩を始めるものだと考えていたから。

 一輪の花を花瓶に挿し込み、彼女の髪を一撫で。

 ベッドの隣に椅子を置き、そこへ腰を掛けて布団の中にある彼女の手を握る。

 伝わる温もりは、彼女が生きている事を証明してくれている。

 その事に安堵を覚える。

 

 反面、私が彼女にしてあげられる事は、あるのだろうか。

 彼女の生存を知り、状態を聞かされた時から思考を続け、答えが浮かばないままここへ辿り着いた。

 それが顔に出ていたのだろう。先程、受付係の方に言われた言葉が蘇る。

 

 直接触れ合い、想いを言葉にして伝え、相手を信じる事。

 

 私に伝えてくれたあの方にも、何かあったのだろうか。

 その言葉は、とても重く感じた。

 でも、頼もしくも感じた。

 何故なら、その方は微笑みながら私に伝えてくれたから。

 

 迷いを振り払う様に頭を動かして、眠り続ける彼女の顔を見つめる。

 何もせずにいるなんて、私らしくないわよね。

 再び彼女の手を握り、私は今までの出来事を伝える為、彼女に話しかける。

 彼女から返事はこない。それでも私は彼女に語り続ける。

 窓の外から聞こえる草木の揺れ動く音が、彼女からの返事だと思いながら。

 

 気が付けば日も暮れ始め、面会時間も終わりの時を迎える。

 帰り支度を終え、彼女にお別れを伝える。

 目が覚めたら、今まで以上に慌ただしい日々が待っているわよ。

 その時は、私達と一緒に仕事をする仲間になってもらうわよ。覚悟していてね。

 それまでこの髪飾りは、預かっておくわ。

 またね、***。

 

 彼女に別れを告げて、私は部屋から出て行く。

 不意に感じるのは、消毒液の匂い。

 私は、この匂いが彼女のいる証だと思えば、そう悪いものではないと思える様になっていた。

 

 閉じた扉で大気が揺れ、彼女だけが残された部屋に置かれた花瓶の中で、シロツメクサが揺れ動く。

 誰に見られる訳でもなく、ベッドの主は、目元から雫を静かに流れ落とす。




船長と一周年半記念 再々延長戦
にて書いたこの部分が好きで、改訂して改めてお出しするという
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