荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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雨の日に、傘と長くつと、時々ヘレンさん

 どんよりとした天気が続くイヅルマ。

 イジツでは、雨が降ることは珍しいとさえ言われているのに、ここ連日は止む事を知らない。

 しかし、例えその様な日であっても自警団は、町の安全を守る為に街中の巡回を怠るわけにはいかない。

 

「はぁ……でも今日の当番は、私なんだよなぁ」

 

 団長である私が、嫌々ながら巡回の支度を始めてしまっては、周りの士気に関わる。

 昨日の巡回を担当していたリッタさんが、幸か不幸か、食い逃げ犯と遭遇してしまい、町中を追い掛け回す羽目に。

 幸いにも捕まえる事が出来たものの、リッタさんは、ずぶ濡れの姿で詰所へと戻ってきた。

 本人は、実家の畑仕事の手伝いで濡れる事には慣れていると笑っていたけれど、エルが有無を言わさずシャワー室に連行して汗や泥を流してくれたみたい。

 制服にまで汚れが跳ねていたので、手洗いを終えた後は、室内干しをして乾かしている。

 

 エルの素早い対処のおかげか、はたまたリッタさんの身体が強いのか、翌日も元気一杯で出勤中。

 制服が乾き切らない当面の間は、ジャージ姿で我慢してもらっているけれど、とても良く似合う……と伝えるのは、流石に失礼だよね。

 支度を終えて顔を軽く叩き、気合を入れる。

 町の安全を守る為、やるからには、きちんと仕事をこなさなければ。

 

「私は、これから街中の巡回に行ってきますね。何かありましたら連絡を下さい」

「暖かい飲み物を用意して待っているわね、アコ」

「お姉様! ミントが作成した巡回路の最短ルートが書かれた紙をお持ちください!」

「ミントさん、自分の時は何も無かったですよね?」

「アコ、折角の雨よ。私の傘を貸してあげるからそれをさして行きなさい」

 

 シノさんから差し出された、可愛いが迷子中の傘を勤務中だからと言い訳をして、別の傘を借り、長くつを履いて私は、一人詰所から外へ出る。

 あれ? そういえばもう一人の声が聞こえなかったけれど……きっといつも通りソファで寝ているんだろうな。

 

 

「あ、蛙さんですね。本日もご苦労様です!」

 

 最近よく見かける蛙を相手に、挨拶をしてしまう。

 その蛙は、まるで返事をするかの様に、こちらを見つめてもう一鳴き。

 そんな姿が微笑ましくて、つい見つめてしまう。

 いけない、巡回はまだ始まったばかりだ。

 可愛らしいその姿を視線から振り切る様に、再び歩みを始める。

 

 連日、続く雨のせいだろうか、本日のイヅルマは、寒さを感じる程だ。

 いつまでもこの天気では、寒さで体調を崩して風邪を引きそうになるのでは、と不安になる。

 帰ったら熱いシャワーに、用意して貰った暖かな飲み物を口にして身体を落ち着かせなければ。

 そんなことを考えながらイヅルマの中心地へと向かう。

 通り沿いは、雨模様という事もあってか人気が少ない。

 

「なんだか寂しい光景ですね。やはり雨の所為でしょうか」

 

 思わずこぼれてしまった本音に対して、私は首を傾ける。

 だが、そうしていても晴れるわけでもなく、巡回が進むわけでもない。

 こんな天気だからといって仕事の手を抜くわけにはいかないのだ。

 頭の位置を正して、一旦深呼吸をする。

 

「よし、頑張ろう!」

 

 胸の前で握り拳を作り、気合を入れ直す。だ、誰も見てないよね? 

 

 

 天候の悪い日ではあるけれど、強風が吹くわけでもなく、大粒の雨が降り注いでいるわけでもない。

 お店自体は、通常通り営業を行っているところが大半だ。

 その中でも本日は、飲食店をメインに巡回を行っていく事を朝礼で決めていた。

 昨日の今日で再び食い逃げが発生するとは思えないけれど、事件が起きたばかりで住民の皆様が不安を感じている可能性もありますから。

 

 店舗へ辿り着くと、所属先と名前を名乗り、向えてくれた店長さんに自警団の証である腕章を見てもらう。

 以前であれば、無下な扱いをされて追い出される事もあったけれど、私達に出来る事を続けてきた結果なのだろうか。

 最近では、店内に向かい入れて下さる方や、労いのお言葉も頂ける様になってきた。

 少しずつではあるが、住民の皆様から信頼して頂ける自警団を取り戻せつつあるのかと思えば、雨が原因であった出動前の憂鬱な気持ちも、いつの間にやらどこかへ飛んでいってしまった。

 

 それらを何度か繰り返している内に、気が付けば紙に書き留めておいた巡回先は、終わりを告げていた。

 このまま詰所へ戻ってもいいのだろうけど、この心地よい気分を抱えたまま戻るのも何だか勿体ない気がする。

 帰還の予定時刻には、まだ余裕がある事だし、私が町を歩く事で町の警備にもなるのだから……少しぐらい遠回りしてから戻ってもいいよね? 

 自分への言い訳とちょっぴり感じる罪悪感を抱えながら、軽い足取りで私は、この雨のイヅルマを歩き始めた。

 

 

 いつもと同じ建物、だけど僅かに違う変化。

 目を閉じれば、雨の音に負けじと滅多に聞く事のない鳴き声が、町中に響くのが聞こえてくる。

 同じイヅルマなのに、雨が降るだけでまるで別世界の様だ。

 足元に気を付けながら遠回りで詰所へと戻るその時に、視線の端で一瞬何かが動いたのが見えた。

 

「何でしょうか……?」

 

 こんな天気だというのに、わざわざ好き好んで外を出歩く人などいるのだろうか? 思わず身構える。

 その場所へ足音に気を遣いながら近づいて行くが、私の心配を他所に今のところ何の反応も起こらない。

 不審に思いながらも目標地点へと辿り着き、角から脇道をゆっくりと覗き込むと、そこにいたのは、傘をさしたまま立つヘレンさんの姿があった。

 

「え? あ、あの、ヘレンさん……?」

「やほー」

「やほー……じゃ、ありませんよ! 驚きましたよ!」

「そんな事を言われても、立ってただけだしー」

 

 こちらへ抗議をする様に、わざとその場でクルクルと傘を回し始めるヘレンさん。

 水滴が飛沫となってこちらに向かって来るのを必死に避ける。

 

「子供みたいな事をしないでくださいよ、ヘレンさん!」

「だって雨の日じゃなきゃ出来ないじゃん? それに上手く傘を回せると綺麗な円が出来て楽しいよ?」

「ヘレンさんがその円を作る為に、こちらは水滴から避けるので精一杯なんですけど!」

「あーいえばこーゆー」

「どの口が言うかー!!」

 

 ヘレンさんからの理不尽な言葉に対して私は、ヘレンさんに向けて同じ様に傘を回して猛抗議。

 しかし、ここで予想外の出来事が発生する。

 ヘレンさんは、私の傘から放たれる水滴を一切避ける動作も行わず、逆に私の傘から発生した水の円を見て拍手さえ行っている。

 

「団長、すごいすごい」

「褒められたくて行ったわけではないんですけど……すみません、結果的にヘレンさんの制服を濡らしてしまいました」

「んー気にしない気にしない、乾けば同じだし」

 

 ポケットから取り出したハンカチを静止する様、こちらに仕草を送るヘレンさん。

 一度、濡れてしまえば同じだと考えたのだろうか、傘を下ろして全身を雨に委ね始めるヘレンさんを見て驚いてしまう。

 肖像画にも出来そうな程、現実離れをした光景に思わず息が止まる。

 いつもは、ふわっとした触り心地の良い髪も雨に濡れて、普段は見る事のないストレートヘアとなり、身体に貼り付く。

 それがまたヘレンさんのスタイルの良さをより一層、際立てる役目を担う。

 同性である私でさえ見惚れるものがあり、同時に羨ましさも沸いてくる。

 そう、もし私の目の前にいるのが、ヘレンさんでなければ、そう思い続ける事が出来たのかもしれない。

 

「ヘレンさん! 口を開けたまま雨水を飲もうとしないで下さい! お腹壊しますよ!!」

「のどが乾いたからつい」

「つい、で飲まないで下さいよ! 詰所に戻ればエルが暖かい飲み物を用意してくれてますから、一緒に戻りましょう?」

「うえーい。ついでにシャワーも浴びなきゃねー」

 

 こちらに視線を送りながらそう伝えるヘレンさん。

 ヘレンさんは、言うまでもなく全身が濡れていて、身体を拭いた程度では、風邪を引いてしまうだろう。

 私といえば……さしていたはずの傘が、いつの間にやら身体の中心から外れていたせいで、半分以上が濡れている状態に。

 きっとあの時のせいだ。一瞬とはいえ意識を持っていかれた自分が恥ずかしくなる。

 何とも言えない気持ちに悩まされていると、張本人であるヘレンさんが、私から傘を取り上げる。

 

「ここまで濡れちゃえば、全部濡れるのも変わらないよ」

「……はぁ、そうですね。もう一層の事、このまま戻りましょうか」

「お、団長もイケる口だね」

「誰がそうさせたんですか! そんな事を言うヘレンさんにはこうです!」

 

 私が身に付けていてヘレンさんが身に付けていない物、それは長くつだ。

 濡れてしまえば変わらないと言うのなら、私の長くつ攻撃でも受ければいいんだ! 

 

「それはまずい」

「何がまずいんですか!?」

「服が汚れちゃう」

「今更、何を言っているんですか!!」

 

 逃げ纏うヘレンさんの背中を追い掛け回した結果、私達は、エルにこっ酷く叱られる羽目になった。

 昨日のリッタさんの如く、強制的にシャワー室へ連行され、ヘレンさんと汚れを洗い流している最中、気になる事を思い出した。

 

「そういえばヘレンさんは、あそこで何をしていたんですか?」

「べーつにー、何となく?」

「何となくで雨の中を出歩いていたんですか……」

「まー、ほら? イヅルマには、人間以外もいるからね」

「つまり……」

「それ以上は、団長でもダメ。恥ずかしいから」

 

 隣にいるヘレンさんの表情は、シャワーから出る湯気によって遮られてしまっているが、一瞬だけ見えた赤みを帯びた肌が、全てを物語っているのだろう。

 やはりヘレンさんは、私の知っているヘレンさんだ。

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