荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
ラハマにある病院の一角にある個室に、現在の僕の住まい兼研究室が存在する。
窓辺からの日差しが、身体に照らされる事で柔らかな温もりを覚える。
意識もまだ半分しか働いていないかな? 飲んだ後よりも考えが定まらないから。
それでも僕は、この感覚が好みだ。
寝起きのボンヤリとした感覚、眠気に襲われゆっくりと遠ざかる意識、あぁでも足をやられた時の感覚は、もう遠慮しておきたいな。
話を少し戻して。
脳が覚醒状態ではない場合にこそ、普段の自分からは、想像も出来ない案が浮かび上がる事も良くある。
それで研究が進む事もしばしば。
だから僕は、寝るのも、起きるのも、お酒を飲む事も好きなんだ。
残念な事に今日は、良いアイディアが生まれる事も無く目が覚めてしまいそうだ。
諦めて日頃から続けている動作を行い、本格的に意識を起こす事にしよう。
なんて大袈裟な言い方だけど、中身は至って単純。
瞼を開き、ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
これを何度か繰り返しているだけで、僕の場合は、爽やかな目覚めへと脳を導いてあげる事ができるのだ。
両手を握って開いて、動作を確認する。
「うん。どうやら僕は、今日も生きているみたいだ」
僕の主な研究は、イジツに突如として表れた"穴"についてだ。
少しだけ細かく分類すると、ユーハングと呼ばれる人達がイジツへやってくるより前に発生した頃の"穴"と、ユーハングがやって来て、去って行った頃の"穴"に、イケスカ動乱と呼ばれた争いの前後から発生し始めた"穴"と、三つに分けている。
現在、力を入れているのは、三つ目に分類してある"穴"についてかな。
過去の文献で知り得た情報を元に、情報を解読していくのは、楽しい作業である事に間違い無いのだが、それらの情報を元に自分で計算を行い自分の目で見た"穴"は、この上なく興奮をしてしまったよ。
おかげで敵機に気が付くのに遅れて、一度目は足を、二度目は迅雷ちゃんを巻き込んで撃墜されたのは、申し訳なかったなぁ。
それでも、僕の巻き添えをモロに食らったというのに、めげたりしないのは、迅雷ちゃんの素敵なところだね。
特に"穴"が開く前の状態を見て好奇心を隠さないところとか。
意外と学者とか研究者に、向いているんじゃないかなって密かに思っているんだ。
個室で一人静かに考え込んでいれば、扉から規則正しいノックの音。
時間を確認すれば、もうそんな時間になっていたとは、思いもよらなかった。
記憶の整理整頓も夢中になると、あっという間に時が過ぎてしまうね。
「いらっしゃい、ケイト」
「手伝いに来た」
素っ気ない返事をする僕の妹は、僕よりも遥かに優秀だ。
戦闘機の腕前は、既に抜かされている。
"穴"の研究にもケイトの理論が、惜しみなくつぎ込まれている。
唯一足らないのは、経験のみ。
コトブキ飛行隊で様々な経験を積んでいけば、僕を追い越す日もそう遠くないだろう。
兄として寂しさも多少ながらも、それ以上にケイトが、僕を追い越してくれる程の成長を遂げる未来がある事が嬉しく思う。
「アレン、何か良い事でも?」
「ケイトの未来が明るい事に嬉しくてね」
「理解不能」
テーブルには、ケイトが広げてくれた"穴"の発生源が書かれたイジツの地図が開かれている。
そこには、ラハマ上空で開いた"穴"に、イケスカ上空で開いた"穴"と、それ以外に短期間だけ開いたとされる"穴"についても書かれている。
この情報を手に入れるのは、とても苦労をした。もとい苦労をして手に入れてくれた人物がいたと訂正した方が正しいか。
"穴"といえば、今でもユーハングのお宝が手に入る物だという認識が、一般的なのだから見つけたとしても口を塞ぐ人の方が行動としては、正しい。
でも僕が実際に二度見た"穴"は、イジツに何の恩威も、もたらさなかった。
ここに書かれている、短期間だけ開いた"穴"についても同様だ。
タネガシとイヅルマ。どちらもほんの僅かだけ"穴"が開いたか開きかけて閉じたという情報を得た。
この二つの情報は、僕の中で定まりつつあった理論が、否定された瞬間でもある。
「"穴"ってなんだろうね、ケイト?」
「それを調べるのがアレンの仕事。ケイトは、それを手伝うだけ」
一からやり直し中の兄に対してもうちょっとだけ優しくしてくれても良いんじゃないかなぁーなんて思ってみたり。
「アレンが過去に"穴"は、ユーハング以外とも繋がりがある可能性が残されている言っていたが?」
「勿論、今でもその可能性は、捨てていないよ」
「だが、現状では、ユーハングのみ繋がりを保っている」
「確かに"穴"からもたらされた恵みは、僕らでも分かる物から、全く分からない物まで盛り沢山だ」
「共通して分かっているのが、ユーハングの物では無くとも、ユーハングと同じ世界の物である可能性が高い事」
「僕らがこうして使っている言葉や文字も、まだイジツに海があった頃に開かれた"穴"からやってきた訪問者によってもたらされたのかもね」
「ケイトの発言には、断言できるものは、一つも無いが?」
「それがいいんじゃないか。有ったかもしれない、無かったかもしれない、その発想が生まれなければ、調べようと行動に移せないのだから、思った事は口に出してみたり書き留めて忘れない事が、大切だよ」
たまには、兄らしくケイトの考えを褒めながら頭を撫でてあげる。
随分と表情が豊かになってきたケイトを見て再び笑みが零れてしまう。
それでも他人からみれば、まだケイトの表情を読み取れる子は……一人だけ可能性のありそうな子がいたなぁ。
ケイトとは真逆のタイプだけど、それが良い方に向いているんだろう。
レオナからのあの連絡の際に、僕が飛行隊の手伝いをするのではなくてケイトを預けて正解だったよ。
お昼をやや過ぎた辺りで一旦休憩を挟む事にした。
何故、イジツに"穴"が発生するのか? 発生した"穴"の中は、即別世界に繋がっているのか、はたまた"穴"から"穴"の間には、道筋があり辿り着くまでには、タイムラグが発生するのか。
今日は、数字の話よりも"穴"の可能性について沢山語ったせいだろう、ケイトが眠たそうにしている。
「いつものケイトならぼーっとする時間じゃなかったかな?」
「好奇心が湧き立つ内容で忘れていた」
「僕は、今までの会話内容をノートに記載するつもりだから、しばらくそこのベッドを使いなよ」
「分かった」
僕の言葉にすんなりと従い、布団に潜り込むケイト。
そういえば、寝つきが悪くて苦労している話を聞いたなぁ。
昔から本の虫で一度読み始めると終わるまで本を離さない性格だったから、宵っ張りになりがちにしてしまったのは、僕の反省点か。
そんな生活から脱却すべく屋敷から出て現在に至るまでの間は、まだそれ程経っていない。
にも関わらず、僕の世界も、ケイトの世界も、針が進むのが早く感じている。
どれだけ僕達が、あの世界に閉じこもっていたか分かる程だ。
でも、たまには戻ってみるのも良いかもしれない。
なんであろうとあそこは、僕たちの原点だ。
別に、嫌気が差して屋敷から離れた訳でもないしね。
せめて荒されていない事を祈りたいけれど、元々が僕の酒瓶が転がっていて荒れてる様なものか。
自分のしでかした事で笑いながらノートに本日の出来事を書き込んでいれば、誰かさんの寝息の声が聞こえる。
振り返ってベッドを覗けば、顔半分まで布団を被り眠りについているケイト。
どうやらケイトにとって僕は、まだ甘えられる兄でいられているようだ。
その事に安堵しながら再びケイトの頭を撫でてあげる。
僕は、ケイトのおかげで兄をしてあげられる。
その事が、何よりも嬉しく愛おしい。
ケイト、僕の妹として生まれて来てくれてありがとう。
アレンと枕と車椅子
今書いたらどうなるか、こうなった