荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
十月十三日。
何の変哲もない普通の日だけれど、それでも一応、私が生まれた日でもある。
それなりに経験をして生き続けていると、他人と付き合う為の適切な距離を覚える。
傷つき傷つけあうことの無いように、一歩だけ引いて生きる方法を。
それはお祝い事があった時でも同じ。
波風立てぬよう、相手に失礼な思いをさせない為に、自分を隠しながら生きていく。
それが通じなくなったのは、レオナと出会ってからだ。
レオナは記念日を大切にするタイプであった。
理由を聞いてみれば、自分でもよく分からないと返事が来る。
「ただ……思い浮かぶことがある」
「思い浮かぶこと?」
「私がホームで育ったから。ということさ」
ラハマにある孤児院で育ったレオナ。
そこにいらっしゃる院長先生は、例えどれだけ大変な時であろうと、子供たちの誕生日だけは欠かすこと無くお祝いをして下さる方だと聞いた。
「今にして思えば、院長先生からの励ましだったんだろうな」
孤児院のみんなでお互いをお祝いをすることで、この世界に生まれたことを恨まないように、憎まないように。
例え辛い日があったとしても、一年に一度、必ずやってくる自分だけの楽しい一日を。
それを糧にし、今日よりも良い日を迎える為、新しくやってくるより良い日を迎い入れる為に。
そう語るレオナの姿に、私は羨ましいとさえ思ってしまった。
自ら距離を作り、近づくことを放棄していた私に、こんなことを言う資格は無いのだけれど。
いつの日か、再びレオナ以外から私を祝ってくれる人達と出会うことがあるのだろうか?
時が過ぎ、私はレオナと立ち上げたコトブキ飛行隊の副隊長を務めていた。
オウニ商会の仕事を受けるまでは二人体制が長く続いていたのだが、コトブキ飛行隊を正式採用してもらう為にマダムから求められたのは、六人体制への移行。
人手を伝って寄り集まり、四人体制となった今でも少々心もとないのは、私たちも同意見である。
仕事をこなしながらの人探し、現れたヤンチャな二人、六人体制となった後も編隊を組めるよう訓練の日々。
慌ただしくも目標が見える楽しい日々の中、すっかりと昔の思いも忘れかけていた頃に、突如訪れたサプライズ。
『ザラ! お誕生日おめでとう!!』
酒場に響くみんなの声。
それは、私が生まれた日を祝う言葉であった。
のちに知る事となったのだが、コトブキ飛行隊が六人体制になった時に、隊員の中でもっとも誕生日が近いのが私だということ。
お祝い会を開くという発想は、案の定レオナからの提案であった。
キリエとチカに背中を押され、ケイトの手によって引かれていた椅子の前まで連れて行かれ、優しく椅子を押されることで着席。
私の目の前に料理と飲み物を運んでくれるエンマに、隣でレオナが微笑みながら見守ってくれている。
突然の出来事と、以前レオナと語った時に思い描いていた周囲の光景に、思わず顔を伏せてしまい、みんなを心配させてしまったのも、いまでは良い思い出。
それからしばらくは私がみんなをお祝いする側に周り、再び私がみんなに祝ってもらえる日が訪れた。
最初のお祝いの時よりも、お互いのことを知ることが出来た二度目のお祝い会。
小さな子供のように待ちわびていた一年間。
良い日を求めて歩み続け、より良い日を迎い入れることが出来たことに、私の感情は喜びで爆発してしまいそうになる。
お祝いの言葉を伝えられ、前回は嬉しさの余り伏せてしまった顔も、今回は正面を向いて感謝の言葉を伝えることが出来た。
沢山喋り、沢山食べ、沢山飲んだ後、それは突如として始まった。
「ザラの可愛いところ、言ってみて! 始めるよ!」
「うえーい!」
チカの発言とキリエの妙な掛け声、エンマとケイトの拍手に驚きながらレオナに顔を向けるが、どうやらレオナも知らされていなかったようだ。
企画を考え付いた張本人、チカに直接聞く他ないようだ。
「質問いいかしら?」
「んー? なーに、ザラ?」
「一体、何を始めようとしているの?」
「そのままの意味だよ! ザラの可愛いなーって思ったところを私たち四人で順番に言い合って、レオナに判断してもらうんだよ!」
「わ、私が判断をするのか?」
「あったりまえじゃん! ザラと一緒にいる期間が一番長いのは、レオナなんだからさ!」
「それはそうなんだが……」
チカの正論を受けても、いまだ困惑が解けないレオナ。
それは私も同じであり、何が起きようとしているのか色々な意味で鼓動が早まる。
ともあれ、黙っていたままでは分からない。
「それはそうとして、なんで私の可愛いところを言おうと考えたのかしら?」
「だってザラって誰から見ても綺麗じゃん」
「キリエ、嬉しいけれどそんなことはないわよ?」
「あら、謙虚も過ぎれば傲慢になりますわよ、ザラ?」
「エンマ、貴女までそんなことを……」
「どなたから見てもザラは美しく綺麗ですもの。ねえ、ケイト?」
「エンマの発言に同意する。ザラは同性のケイトから見ても綺麗である」
「ケイトまで……」
綺麗。
言葉自体は、酔っ払い相手から幾度となく投げかけられ、その度にあしらいながら適当にお返しをしていたのだが……。
この子たちの悪意の無い、本心だと分かる言葉が真正面から投げかけられると、アルコール以外の要素で顔全体に熱を帯び、落ち着きが無くなる。
そこへ追い打ちをかけてくるのが、我らが隊長のレオナだ。
「確かに。綺麗だと思う女性は街中で見かけることはあるが、私もザラが一番綺麗だと思っているよ」
隣で私に微笑みを配りながらそう言い放つレオナ。
本当に、この人は!
いつだって私の心に翼を与え、大空へ飛び立たせるようなことを躊躇なく言いのける。
私は喜びで破顔しないよう必死に顔へ力を込め耐えている間にも話が続く。
「しかし、何故、可愛いところなんだ、チカ? 綺麗ではないのか?」
「ザラが綺麗なのは、ここにいるみんなの共通した意見じゃん? 当たり前のことを言っても新しいことが分からないから、あえて可愛いところにしたんだよ!」
「なるほど。四人から見たザラの可愛いところを言い合うことで、ザラのことをもっと知りたい。ということでいいんだな?」
「そういうこと! さっすがレオナ!」
「であれば、私が止める理由はないのだが、ザラはどうする?」
本人の了解を得てから。
レオナの気遣いに嬉しく感じながらも、四人からの『お願い!』というキラキラとした視線を受けながら断りを入れられるほど、私は強くない。
その結果、チカの提案を受け入れるしかなかったのである。
一時的に席を離れる四人。
そこでは秘密の作戦会議が行われているようだ。
そんな彼女たちの後ろ姿を見つめていると、愛おしさが溢れんばかりに湧き出す。
私の可愛いところを探そうとしてくれているけれど、いまの貴女たちがとても可愛らしいことに気が付いているのかしら?
お祝い会が終わったら、全員を抱きしめて頬にキスをしても怒られないわよね?
戻ってきた彼女たちが席に着き、チカが確認の声を挙げる。
「よーし、それじゃルールの確認だよ! 私たちが順番にザラの可愛いところを言うから、レオナはそれを判断して! レオナが違うかなって思ったらその時点で終了!」
「これは誰かの勝ち負けの判定になるのか?」
「何巡出来るかが目的だから協力戦だよ!」
「了解した。ザラとの付き合いが長い私を相手に、どれだけ納得させられるか勝負といったところか」
「そんな感じ! それじゃ準備はいい?」
駄目よ。
対象である私が、先程からみんなのやりとりを聞いているだけで、喜びと恥ずかしさに耐えきれなくなっているのだから!
「じゃ! 一番槍は私から! んーとね、お酒を美味しそうに飲んでいる姿!」
「あーっ! それ、私が言おうとしたヤツ!」
「へっへーっ! 先に言ったもん勝ち! レオナ、どう?」
「そうだな、ザラが酒を飲んで顔を緩ませている姿は、幸せそうで可愛いな」
その言葉に合わせて自分の顔を両手で包む様に触れる。
自分でも分かる程、笑みが止まらない。
「じゃあじゃあ! お酒で酔うわけないのにフニャフニャーってなっている時とか!」
「みんなと食事が出来て嬉しいのだろう。樽ジョッキを抱えたまま幸せそうな笑みを浮かべてテーブルに伏せている姿は、可愛いぞ」
……次からはレオナの方ではなく、キリエたちの方に顔を向けようと心に誓う。
「チカもキリエもお酒の話ばかりではありませんか。ザラは普段から可愛いですわ」
「なら、エンマが言ってみてよ!」
「もちろんですわ。容姿端麗にも関わらず家庭的で美味しいお弁当が作れるほどの料理の腕前。空の駅で頂いたのを覚えていますでしょう? 普段とのギャップの差とでもいいましょうか」
「ザラの家庭的なところは、出会った頃から助けてもらったことが多い。エンマの言うことは理解できる。鼻歌交じりに料理を作ってくれたザラは、可愛いぞ」
両腕を組みながら神妙な顔つきで頷くレオナに対して、へえーという声が挙がる。
飛行隊を結成したての頃は、金銭面で厳しい時期があったものね。
外食なんてそう簡単に出来るわけもなく、私が作ったお弁当を仕事の合間に二人で食べていた頃を思い出す。
でも、このタイミングで暴露されると、懐かしさ以上に恥ずかしさが勝るのだけど!
そんな雰囲気の中、次は自分の順番だと主張するように、スッと手を挙げるケイトの姿。
「ヘタレ」
私を含めた数人が、その言葉をきっかけに咽る。
立ち直ろうとしている間にも、レオナが困り顔で話を続けていく。
「ケイト、誰しも弱い部分は持ち合わせているものだぞ?」
「だからこそである。ケイトたちにその姿を見せてくれるようになったザラは、可愛い」
「つまり、信頼関係を築くことにより、自分たちに新しい一面を見せてくれた。ということか?」
「そのとおりである」
ケイトを諭すようにしていたレオナであったが、意思疎通により明確な理由が分かると、組んでいた両腕を広げて大きな丸を作る。
他の三人から大きなどよめきが発生し、私はレオナの行動を見て『レオナ、貴女が一番可愛いのよ!』と叫びたくなるのを我慢しているところであった。
「確かにそうだよね。キリエが遭難した時のザラの落ち込み方は凄かったもん」
「あら? そういうチカこそ、誰よりもキリエを心配していたじゃありませんこと?」
「え、そうだったの?」
「そんなことなかった! キリエが帰ってくるなんて当たり前だと思ってたし!」
「終始、身体の動きが止まらず、キリエの安否を気にかけていた姿をケイトは記憶している」
ケイトの追撃を耳にしたキリエは『にへへー』という声が聞こえてきそうなほど、嬉しそうに顔をほころばせる。
必死に否定をするチカの姿を、呆れながらも笑みを浮かべているエンマ。
それを見つめる、レオナと私。
何ものにも代え難い、私たちコトブキ飛行隊が経験してきた出来事の一片を映し出す情景を、私は忘れないよう目に焼き付ける。
「無事に一巡出来たね! それじゃ二巡目いってみよー!」
無事ではない。決して無事ではないのよ、チカ。
妙なテンションで盛り上がる四人に当てられたのか、普段のレオナでは行わないはずの動きを目にしたばかりだ。
続けようとするチカを必死に静止する私の姿を、みんなは楽しそうに眺めているのであった。
「こんなに褒められたのは、人生で初めてかもしれないわ」
「良い経験になってよかったじゃないか」
「もう、他人事の様に言うんだから。レオナも経験してみれば分かるわよ」
「御免被るよ」
笑いながらそう言い、お酒に口を付けるレオナ。
あの嬉しくも恥ずかしいイベントを乗り越え、みんなへお返しの抱擁と頬にキスをし終え、それぞれの部屋へと別れたあと、もう少しだけ続くお祝い会。
「ザラから見て今のコトブキ飛行隊はどうだ?」
「良い飛行隊になったわ。寄せ集まりだったとは思えないぐらいに」
「私も思い描いていたよりも、上回る結果になって驚いているよ」
「だからあの時、言ったでしょ? コトブキという言葉は幸せを運んでくれるって」
隼一型へ乗り換える為、別れを告げた九七式戦闘機。
あの子に積まれていた発動機、ハ一乙の別名である寿。
その名前のとおり、今も見知らぬ誰かに幸せを運んでいるのだろう。
私たちに、幸せを与えてくれたように。
少しの間、黙り込みながら過去を振り返っていると、レオナが口を開く。
「考え事をしているザラも、可愛いよ」
「もう! からかわないでちょうだい!」
「そんなつもりは無いのだが、私だけ言わないのも悪いからな」
「変なところまで律儀なんだから」
しばしの間が空き、なんだかおかしくて二人で笑い出す。
「そんな可愛らしいザラに改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとう、レオナ。でも今日のように、偶には綺麗だと褒めてくれてもいいのよ?」
「善処するよ」
私の意地悪な問いかけに、苦笑いをしながら酒瓶に口を当てるレオナ。
あまり待たせていると、私から仕掛けちゃうからね!