荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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カボチャとカラメル

 タネガシの至る所で見かけるジャック・オー・ランタンを見つめていると、ある日の出来事を思い出す。

 まだオヤジがイジツに居た頃の話だ。

 

 ひょんなことから屋敷に存在する入らずの間と呼ばれた物置きの掃除をする羽目になった私と、その手伝いをしてくれたローラとレミ。

 埃まみれになるだろうからとローラが用意してくれた割烹着を身に纏い、掃除用具を取りに行ったレミを物置きの前で待つ。

 しばらくすると、とてもじゃないが掃除をする格好とは思えない姿で戻って来たレミに唖然とする。

 

「というか何だ、その恰好は?」

「トリックオアトリートっすよ、フィオ」

「とりっくおあとりーと? 一体何の言葉だ?」

「ユーハングでは、ハロウィンといって仮装をした子供がお菓子をねだることが出来る日があるっすよー」

 

 私の前で仮装した衣装を魅せつけるように一回転するレミ。

 何かの物語に出てきそうな魔女が被る大きな帽子、胸元が大胆に開かれた上半身からコルセットで締め付けられた細い腰に、赤いかぼちゃパンツからすらりと伸びる綺麗な足。

 長い髪は、三つ編みにして二つに分けられている。

 

「まるで物語に出てくる魔女のようね」

「魔女やお化けに仮装してフィオに伝えた言葉の続きに『お菓子をくれないと悪戯するぞ!』って言いながら一軒ずつ訪ねていくらしいっすよ」

「マフィアよりタチが悪いじゃねぇか!」

「本来は子供たちが主役のお祭りっすから仕方ないっすよー」

「なら、何でレミが仮装しているんだよ?」

「馴染みの薄いお祭りをいきなり子供たちだけにやらせても混乱させるだけっすから。まずは大人が手本を見せないといけないっすよ」

「だからといって掃除をする前に着る服装か?」

「それはそれ、これはこれっすよ」

「はあ……掃除を手伝ってもらう身だから文句も言えないが、折角の衣装が汚れてもしらんぞ?」

「大丈夫っすよ、汚れたら洗濯をすればいいだけっすから。それよりもー」

「何だ? まだ何かあるのか?」

「まだ感想を頂いてないっすよ。どうっすか、この衣装?」

 

 子供の為のお祭りからなのか、はたまた仮装なんてしているからなのか。

 少し浮ついた様子のレミから感想を求められる。

 笑顔を浮かべながら私の言葉を待つレミが、いつもより幼く感じるのは気のせいだろうか? 

 

「魔女だけあって掃除の為に用意してくれた箒がよく似合ってるぞ。これでいいか?」

「フィオってば素っ気ないんすからー。でもありがとうっす! 二人の姿も可愛らしくてアタシは好きっすよー」

「あ、ありがとう?」

「掃除をする為の恰好を可愛いと言われてもなあ」

「いいじゃないっすかー、それでやる気が起きるならいうことナシっすよ。手早く終わらせて二人にもハロウィンの準備を手伝ってもらうっす」

「ちょっと待て! まさか私たちにまでその恰好をさせるつもりなのか!?」

「秘密っすー」

 

 レミの言葉と共に背中を押され、私は物置き部屋へと押し込まれていく。

 

「まったく、人の話を聞かないやつだ」

「まあまあ、たまにはこういうのもいいんじゃない? それにほら、フィオも楽しそうよ?」

「そんなことはない!」

 

 ローラに言われて自分の顔に触れてみると、確かに口元は緩んでいた。

 慌てて顔を手で隠し、ローラに見られないようにする。

 

「……」

「ふふ、やっぱりフィオも楽しいのね」

「ち、違うぞ。これは、その、アレだ、あれなんだ。別に楽しんでいるわけではない、うん、断じて違うぞ!」

 

 その様子を背中を押してくるレミが微笑ましく見つめていたのであった。

 

 

 入らずの間。

 そう言われているだけのことはあり、中は積もった埃や蜘蛛の巣が張る状態で、長い間、人の出入りが無かったことが分かる。

 そこら中に物が置かれているのだが、一体何を意味するのか検討が付かない。

 無造作に置かれている提灯に手を伸ばして広げてみれば、部分的に破れており、人の顔の様にも見える始末だ。

 

「こんなものを飾っても誰も喜ばんだろ。というか誰が持ってきたんだ、こんなもの?」

「さあ? きっと誰かのお土産なんでしょうけど、ここに置いておくぐらいだから忘れられているんでしょうね」

「それ、外に持ち出しても平気っすかね?」

「破れた提灯なんて持ち出して何に使うんだよ?」

「丁度、いい感じに破れて雰囲気が出てるっすから、お祭りに使おうと思ったんすよー」

「一体、ハロウィンって何のお祭りなんだよ……」

 

 仮装をしたり、お菓子をねだったり、挙句の果てにイタズラまでしようとする。

 ユーハングの連中が考えていることは、まるで分からん。

 盛大な溜息をついていると、ローラが慌てるように発言をする。

 

「そろそろ掃除を始めましょうか」

「……そうだな。突っ立っているだけじゃ終わらないからな」

「じゃあ最初は埃落としから始めるっすよー」

 

 箒を手にしていたレミが、どこからともなくはたきを取り出して私たちに手渡していく。

 まるで本物の魔女みたいなことをすると思いながら、私たちはレミに従って掃除を進めていくことにした。

 

「フィオ、こっちの棚の上にあるのを取ってくださいっす」

「分かった」

「その戸棚の上の物をお願いするっす」

「はいよ」

「そこにある壺を向こうへ持って行って欲しいっす」

「へいへい」

 

 レミから指示を受けて素直に身体を動かしていると、不意に視線へ映り込んできたのは、嬉しそうな表情を浮かべているローラの姿。

 

「フィオ、なんだか今日の貴女は素直ね」

「うるさいぞ、ローラ。手伝ってもらっているから指示に従っているだけだ」

「ふふっ、そういうことにしておくわね」

 

 私の照れ隠しの態度は、ローラからすればいとも簡単に見破れるようだ。

 ガキの頃からの付き合いもあり、隠し事なんて出来た試しがない。

 口元に手を当て楽しそうに笑うローラの姿に、背中がムズムズとし始めて落ちつきを失いかけているのが自分でも分かる。

 

「二人とも、イチャイチャするのは終わったっすかー?」

「なっ!? そんなことしていないぞ!」

「いやいや、手を止めて二人だけの雰囲気を作り出しておいて、それはないっすよー」

「ごめんなさいね、レミ。すぐに続きを始めるわ」

 

 そう言って止めていた手を再び動かし始めたローラ。

 私とローラを交互に見つめるように視線を動かし、ニヤニヤとした表情を浮かべているレミ。

 二人の様子を見ていると、先程まであったムズムズが無くなる変わりに、疲労感がどっと押し寄せてくる。

 私も手を動かしてさっさと掃除を終わらせてしまおう。

 

 

 埃を落とし、箒で掃い、雑巾がけを。

 三人で黙々と掃除を続けた結果、入らずの間は入室する前とは見違えるほど綺麗に仕上がった。

 オヤジめ、私一人でこれをやらせようとしていたのか! 

 

「何はともあれ助かった。ローラ、レミ、ありがとな」

「どういたしまして。困ったときはお互い様だもの」

「ゲキテツ一家は家族っすからねー。ということでアタシの手伝いもお願いするっすよ」

「ハロウィンの手伝いだっけか。何をすればいいんだ?」

「話が早くて助かるっすー。フィオとローラにしてもらいたいのは、カボチャのくり抜きっす」

「カボチャとハロウィンに何か関係があるのかしら?」

「大アリっすよー。象徴とも言える物で切っても切れないほど重要な要素っす!」

 

 そういうと、レミは手にしていたあの提灯を広げて私たちに見せつけてくる。

 

「もしかして、人の顔みたいなカボチャを作れってことか?」

「ピンポーン。ご明察っすよ、フィオ」

「うげえ……なんか嫌な予感がしてきたぞ」

「はいはい。じゃあ、さっそく取り掛かるとするっすよー」

「おい、ちょっと待て! 人の話を聞け!」

 

 私の制止の声も届かず、二人は準備に取り掛かり始める。

 もうこうなったらやるしかない。

 諦めたようにため息を一つ吐いて、私は二人の後を追うのであった。

 

 

 目の前に用意された大きなカボチャ。

 表情を作る為にカボチャへ顔を描く筆と墨、中身をくり抜く為のナイフを準備し、大まかな作り方をレミに教えてもらいながら筆を動かしていく。

 こういう時は自分の顔を描くのが一番だな! そしてもっとフィオ様を称えろ! 敬うがいい! 

 なんて考えながら黙々と手を動かす事、約十分ほど。

 ふむ、中々上手くできたのではないか? ローラとレミは何か言いたげな表情をしているが、口には出さない。

 ふっふっふ、自分の才能が恐ろしくなるな! 

 

 次はくり抜き作業だが……これは案外難しいな。

 レミ曰く、このカボチャはジャック・オー・ランタンと呼ばれる物らしい。

 お化けの顔を模したものらしく、空洞部分に灯りを入れる事で夜道を照らしてくれるという。

 でもよお、レミとローラが作っている本来の表情だと逆に怖くないか? そう思うのは私だけなのか? 

 まあ、それはそれで面白いから別に良いんだけどよ。

 

「よし、こんなもんか。後は灯りを入れて……」

 

 完成したジャック・オー・ランタンを持って、蝋燭とマッチを探す。

 んー、確かここら辺にあったはずなんだが……おっ、あったあった。

 それを手に持ち、蝋燭へ火をつけてっと。

 

「これで完成だな! ほら、出来たぞ!」

 

 私の顔を模したジャック・オー・ランタンが蝋燭の光によって輝き始めた。

 我ながら初めてにしては良く出来たのではないかと自画自賛をしてしまうのだが……。

 

『……』

「どうしたんだ、二人とも? 呆れた顔をして?」

「いやぁ、想像以上の物が出来上がって驚いているっすよ……」

「あはは、なんだか負けた気がするわね」

 

 二人の態度に私が首を傾げると、レミが笑い出す。

 

「まっ、フィオらしくてアタシは好きっすよー」

「ええ、とても個性的で素敵だわ」

「お、おう? そんなに褒めても何も出ないぞ!」

 

 そう言葉にしてみても、本心ではとても嬉しく照れ臭い。

 視線が中へと泳ぎ、焦点をどこへ合わせればよいのか悩んでいると、くり抜いたカボチャの中身が目に止まる。

 

「そういや中身はどうするんだ?」

「折角だから配るお菓子にでも使おうと思っているっすよ。無駄には出来ないっすから」

「なら少し頂いてもいいかしら、レミ?」

「どうぞどうぞっすよー」

「何か作るつもりなのか、ローラ?」

「ええ、フィオの好きなプリンでも作ろうかと思って」

「プリン!? 本当か!? 絶対だぞ!!」

「ええ、頑張った子にはご褒美をあげなければいけませんから」

「せめてハロウィンらしくフィオに『お菓子をくれないと悪戯するぞ!』って言わせて欲しいっす」

「あら、フィオの悪戯ならきっと可愛らしいと思うわ」

「いやあ、何というか……アタシの負けっす」

 

 ご馳走様と呟き、両手を挙げて降参のポーズを取るレミ。

 そんなことよりもプリン、プリンだ! 

 

「カラメルたっぷりで頼むぞ! ローラ!」

「分かったわ、フィオ。腕によりをかけて作るわ」

 

 今日の始まりは、散々だと思っていたが、ローラやレミに手伝ってもらうことができ、ハロウィンとかいうよく分からないお祭りのおかげでプリンが食べることが出来る。

 そう考えれば、悪い日ではなかったな! むしろ良い日だ! 

 

「あっ! 掃除を押し付けてきたオヤジには絶対ナイショだからな! プリンを食べていいのは、このフィオ様だけだ!」


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