荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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音楽の調べに乗せて、響くタイプ音と鼻歌

 ラジオから流れ出てくる音楽に乗せて、私はタイプライターを打つ。

 今はちょうどお昼時だ。

 ラジオのスピーカーからは、今流行しているらしい曲が流れてくる。

 なんだかとても明るい感じの曲だ。軽快なリズムに合わせて、私も指を動かす。

 この時間になると、習慣でいつもラジオをつけて聞き入ってしまうのだ。

 それはきっと、ラジオの向こう側にいる人が、自分の知らない世界を見せてくれるからだと思っている。

 

 

 私の仕事は、イジツの世界を飛び回り、様々な事件を取材し、記事にする、フリーの事件記者。

 毎日のように色々なことが起こるけれど、その一つ一つが私の好奇心を刺激して止まらない。

 今日もラジオから流れる音楽を聴きながら、私は原稿を書いていた。

 

「サクラちゃん。こっちの準備は終わったよー」

「はーい! こっちもあと少しで終わるからちょっと待っててね、ホタルちゃん」

 

 仕事を手伝ってくれるホタルちゃんの声に、私はそう返事をして手を動かし続ける。

 本日もイジツで起きた事件の取材に向かう為、機体の整備をサクラちゃんにお願いをしていた。

 私が現場主義者で、足を運ぶ事を労とは考えない性格だし、先程も毎日が刺激的とは言いましたよ。

 けれど連日のように発生している空賊絡みの変な事件は、一体なんなの! 暴走飛行団からチンドン屋まで、とにかく大きな音を立てればいいと思っている人達が多すぎないかな!? 

 空は自由だからいい? そんなわけあるか! 

 

「はぁ……」

 

 思わずため息が出る。

 もう慣れたけど、やっぱり変な事件ばかりだわ。

 でも、そういう事件を扱う方が、読者のウケが良いから困るし、記事にする私も面白いから更に困る。

 嗚呼、カナリア自警団を取材していた時や、怪盗団アカツキ、ムラクモ空賊団を追いかけていた時の私は何処へ。

 

「サクラちゃーん。準備できたよー!」

「はいはーい、今行くわー」

 

 ホタルちゃんが待ちわびるように再び私を呼んでいる。

 時間切れだ、一先ずこの記事はここまでにして、次の取材に向かわないと。

 私は急いで荷物を詰め込み、鞄を持って部屋を出ると、ホタルちゃんは既に玄関先で待っていた。

 

「ごめんね、待たせちゃって」

「ううん、大丈夫だよ。それじゃあ行こう、サクラちゃん」

 

 私の慌ただしさに付き合わせてしまっているにも関わらず、柔らかな笑みを返してくれるホタルちゃん。

 ムラクモ空賊団の子孫である彼女が、私に会う為に、この部屋へ訪れた時はびっくりしたなあ。

 本来なら留置所に収監されている人が目の間に現れるんだもん。

 驚かない方がおかしいと思う。

 それからずっと二人で暮らすようになっている。

 けれど冷静に考えてみると、私、捕まらないよね? 

 

 

 空の上で私の鍾馗とホタルちゃんの疾風から聞こえる発動機の音が響き渡る。

 その音に合わせるように、ホタルちゃんはいつものように鼻歌を歌い出す。

 

「ふんふふーん、はんははーん」

 

 まるで新しいおもちゃを買ってもらい、はしゃいでいる子供みたい。

 最初に聞いた時は、驚きを通り越してしまったこともあったけれど、今では空でこの鼻歌を聞かないと寂しささえ覚えてしまった。

 

「ホタルちゃんは、いつも楽しそうに歌いますよね」

「だって、サクラちゃんと一緒に空を飛べるんだよ。嬉しいに決まってるよー」

「そう面と向かって言われると恥ずかしいよ、ホタルちゃん……」

「照れてるサクラちゃん、可愛いー」

「もう、調子良いんだから!」

「えへへっ」

 

 隣で上機嫌に鼻歌を歌うホタルちゃんの歌声を聞きながら、空を駆けていく。

 目の前に広がる雲海は、地上では見られない雄大な景色が広がる中で、少し気になる事があった。

 いつもよりホタルちゃんの機嫌が良いと思うのは、私の気のせいかな? って。

 

「ねえ、ホタルちゃん。今日はなんだか上機嫌だよね?」

「あははっ、バレちゃった。それはね……」

 

 少し間を空けてから、彼女は口を開いた。

 

「サクラちゃんから貰ったお金でレコードが買えたからだよ」

「それって、ラジオで流れていたあの曲かな?」

「うん! なかなか売ってなくて大変だったんだー」

 

 ホタルちゃんの言葉に私は納得する。

 イジツでは、蓄音機と呼ばれる円盤型の音楽再生機器が一般的であり、主に酒場などで賑やかな曲を流すのに使われることが多い。

 しかし、中には自宅などに設置して、静かに音楽を楽しむ人もいるとかいないとか。

 私の部屋にも蓄音機が置かれてあり、最近ではホタルちゃんの専用機になっている状態だ。

 

「レコードを買うのに結構使ったんじゃない? 大丈夫だった?」

「うん、大丈夫。まだ余裕があるから心配しないで、サクラちゃん」

「そっか、なら良かった」

 

 彼女の言葉に、私は安心した。

 レコードという媒体は、イジツに住む人々にとってはまだまだ珍しい存在であり、ラジオと同じぐらいの値段が付けられている。

 一つ、二つの曲を聴く為にレコードを購入するのなら、ラジオを購入して聴く方がお得と思う人も少なくない。

 聴く為には蓄音機も必要だし、仕方ないよね。

 

「この取材が終わったら、サクラちゃんと聴きたいなー」

「あはは……帰宅しても私はまだ仕事が残っているんですけどお……」

「そんなこと言わないで一緒に聴こうよ! ねっ?」

「うーん、原稿を書きながらでいいなら付き合うけれど」

「ほんと? やったー!」

 

 ながら作業となってしまうのは余りよくないのだけれど、ホタルちゃんがとても嬉しそうに疾風を操縦している姿を目にしてしまうと、今更否定もしにくい。

 なによりホタルちゃんが購入したレコードの曲は、私も好きな曲だ。

 一人でいた時ではあり得ないであろう、自宅に戻る楽しみ。

 ホタルちゃんが来てから、今まで以上に毎日が楽しいのは、私だけの秘密だ。

 

 

「さてと、今日の仕事は終わりっと」

「お疲れ様、サクラちゃん」

「ホタルちゃんこそ、今日もありがとうね」

「どういたしまして」

 

 取材を終えて、機体を駐機場に置き、私とホタルちゃんは夕暮れ空の下を並んで歩き、我が家へと帰る。

 職業柄、私もホタルちゃんも、この光景にはすっかり慣れっこになってしまった。

 本日の取材は、残念な事に空振りに終わってしまったが、毎回当たりを引く訳でもないし、何よりも悪い事が起きていなかったと考えれば良いのだ。

 辿り着いた自宅の鍵を開けて、いつも通りホタルちゃんが一番乗りで部屋へ駆け込み、私の方へと振り向く。

 

「おかえりなさい、サクラちゃん」

「ただいま、ホタルちゃん」

「今日の夕食はなにかなー?」

「うーん、冷蔵庫の中に何かあったかな? 確認してくるね」

「あ、手伝うよ」

「いいの? それじゃあお願いしようかな」

「うん!」

 

 二人で仲良く台所へ向かうのも、いつも通りの日常。

 

「うわぁ、見事に空っぽだねぇ」

「うぅ、ごめんなさい……」

 

 冷蔵庫の中を確認した私は、思わず声をあげてしまう。

 ここ数日は忙しく、買い物に行く暇がなかったのは事実だ。

 でもまさか、ここまで中身がないとは思わなかった。

 

「買い出しに行かないといけないねー」

「そうだね。ホタルちゃん、ごめんね。お店が閉まる前にささっと買い出しをしてくるから、少し待っててくれる?」

「いいよー。準備して待ってるね」

「お願いね」

 

 ホタルちゃんに留守番を任せ、私は急いで来た道を戻っていった。

 

 

「ごちそうさまー」

「はい、お粗末さまでした」

「美味しかったー」

「ありがとね、ホタルちゃん」

「ううん、私は何もしてないし」

「それでもホタルちゃんは、食器を用意してくれたじゃない」

「だってサクラちゃん、私が何もしていないと怒るでしょー」

「まあ、それはそうなんだけどさ……」

「それよりも、一緒にレコードを聴こっ?」

「はいはい」

 

 私はタイプライターが置かれた机の椅子に座り、作業を再開している。

 ホタルちゃんはテーブルの上に蓄音機を置き、レコードを設置して、針をそっと上に置いた。

 ゆっくりと回転を始めるレコードは、やがて溝をなぞるように曲が流れ出す。

 

「ふんふふーん、はんははーん」

「ホタルちゃん、鼻歌が聞こえてくるよ」

「あ、また出ちゃった」

「ホタルちゃんは本当に、歌うのが好きなんだね」

「うん、大好き。きっとサクラちゃんが聴いてくれるからだよ」

「ホタルちゃんってば、平然とそういうことを言うよね」

「だって本当だもん!」

 

 発言した本人よりも、聞いた私の方が恥ずかしくなってしまう。

 そんな私をお構いなしにホタルちゃんは、曲に乗せて鼻歌を歌う。

 その調べに乗せるようにして、私はタイプライターを打つ。

 お互いの発している音が不思議と交じり合い、心地よさを感じる。

 この曲が好きな一番の理由は、きっとホタルちゃんと一緒に聴くからなんだろうなあ。

 

「ふんふふーん、はんははーん」

「あははっ、サクラちゃんも鼻歌を歌っているよ」

 

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