荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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ラハマ、ナンコー間における陸路調査 後日談

 ガドールにあるユーリア議員の大きな館。

 今回の依頼者であり、出資者でもある、ユーリア議員に、ラハマ・ナンコー間における陸路における調査報告書を提出しに来た。

 親衛隊の方に案内していただき、私はユーリア議員の執務室に通され、机の前に立つ。

 ユーリア議員の前にある机には、イジツの地図が広げられており、私に報告を促す。

 

「こちらが今回のご依頼内容に関する報告書ですわ、ユーリア議員」

「遠い所、ご苦労だったわね、タミル。早速だけど、貴女の見解を聞かせてちょうだい」

「はい。報告書と合わせてご説明させていただきますわ」

「お願いするわね」

「事前に航空調査を行わせて頂いた結果、上空からでもラハマ・ナンコーの道中は、所々で高低差の激しい地形となっている事が確認できましたわ」

 

 机に広げられた地図へ、私が口頭で述べた通りの内容を、報告書と照らし合わせつつ、ユーリア議員がインクで記する。

 

「道すがら、ラハマ一帯を観察させていただいた結果、ナンコー方面まで、ある一定区間は平坦な土地が続き、その先に峡谷が待ち受けておりましたわ」

 

『へえ』とユーリア議員が地図にペンを走らせる。

 報告書を覗き込みながら、私は話を続ける。

 

「この峡谷が街道を塞いでいる形となっておりましたが、遡っていきましたら、徐々に狭く、浅くなり、両側に緩やかな坂を見つける事が出来ましたわ」

「一ついいかしら?」

「何でしょうか?」

「そうも上手く峡谷を越えられる手段って見つかるものなの?」

「それに関しましては、電話で先にお伝えした通り『ユーハングの置き土産』としか」

「彼等が残した物なら、そういう事もあるでしょうけど」

「しかし、あの峡谷を越える方法は、他にないかと思われますわ」

「確かにね……」

「この場所に到着した時点で、ラハマから出発してから数時間が経過しており、上空からコトブキ飛行隊とアレンによる補給を受け取りましたわ」

「アレン? あの飲んだくれまで一緒になってくっ付いてきたわけ?」

「分野は違えど同じ学者の身ですから。妹さんに無理を言って連れてきてもらったみたいですわ」

「はぁ……」

 

 溜息を吐きながら、ユーリア議員は報告書に目を通していく。

 

「ここに書かれている内容の通りだとすれば、この日は峡谷の底で一泊したようね?」

「ええ! 太陽はまだ昇っている時間でしたが、リリコさんの判断で坂を下ったところで休む事に致しましたの。私は地質調査を行える絶好の機会であり、大変充実した一日目でしたわ!」

 

 私が目を輝かせ、満面の笑みを浮かべていると、苦笑いしながらユーリア議員が尋ねる。

 

「それで、何か面白いものは見つけられたのかしら?」

「はい! 特に興味深い地層を発見出来まして、サンプルを採取させていただきましたの」

「それは良かったわね」

 

 私は鞄の中からそこで入手した鉱石を取り出し、ユーリア議員の前に差し出す。

 ユーリア議員は興味深げに、テーブルに置かれた石を眺める。

 

「これは、岩塩かしら」

「はい。少量を持ち帰らせていただきましたわ。成分の分析などを行い、今後の研究に役立てたいと思いますの」

 

 指先でつっつくように触れるユーリア議員の仕草が、とても可愛らしくみえて、つい笑みが浮かんでしまう。

 

「かつては海があったとされるイジツで、峡谷の底でこれが見つかるのは、学者の貴女からしてみれば貴重な品ではないかしら?」

「私もあのような場所で目にしたものですから、興奮してしまいましたわ」

「ラハマで岩塩が採掘出来るのと何か関係でもありそうなのかしらね」

「その点につきましては、分析結果待ちとなりますが、いずれ判明する事かと存じ上げますわ」

「そうね、その時を楽しみにしているわ」

「はい、お任せくださいませ」

 

 ユーリア議員は私と喋りながらも、手を止めるような事はされない。

 地図の上のほんの小さなスペースに、ユーリア議員の細い人差し指と中指が持つペンが走り、地図に文字や記号が記されていく。

 それを私は、感嘆の眼差しで見守っていた。

 

「あのウェイトレス、リリコを同行させたのは、貴女の指示かしら?」

「はい、コトブキ飛行隊を通じて護衛をお願いしていただける事になりまして。結果的に今回の調査では大変お世話になり、私の知識と経験不足を補ってくれましたわ」

「ルゥルゥもどこから見つけてきたのかしらね」

「さあ? ですが私自身もまだまだ勉強の余地があることは確かであり、私にとって良い刺激となりましたわ。ありがとうございます。ユーリア議員」

「別に感謝を言われるような事はしていないわよ。それよりも報告の続きをお願いするわ」

「はい、では、二日目の報告をさせていただきますわ」

「その前に。適当にそこら辺にある椅子を持ってきなさい。予定よりも長い報告になりそうだから。あと、紅茶でいいかしら?」

「ユーリア議員のご厚意にお礼申し上げますわ」

「別にそこまで畏まる必要はないわ。私も喉が渇いていたところだから、ついでよ」

 

 顔を横に向けてそう私に伝えるユーリア議員は、何かを誤魔化すかのように親衛隊の方へ命令するのであった。

 

 

「ふぅ……」

 机の上に置いていたティーカップを手に取り、一息付けさせていただいた。

 ユーリア議員は、紅茶の香りを楽しんだ後、優雅な仕草で口元へ。

 

「いい香りですわね。ユーリア議員は、いつもこのようにお茶を嗜んでいますの?」

「仕事の合間に飲むことが多いわ。ここ数日は書類作成ばかりで、肩が凝って仕方ないのよ」

「そうなのですか?」

「ええ、それに」

 

 ユーリア議員は棚の奥にしまい込んでいた箱を取り出す。

 蓋を開けると、中には色とりどりのマカロンが詰め込まれており、私にも勧めてくる。

 

「甘い物は疲れた体に効くわ。特にこういう時は」

 

 ユーリア議員は、その中から赤紫色をした物を選び出し、口に放り込む。

 私も一つ頂き、口に含むと甘さが広がり、幸せを感じられるのが分かる。

 

「んー……美味しいですわ!」

 

 私の緩んだ顔を見て、ユーリア議員は微笑んでいる。

 

「あら、そんなに喜んでもらえるとは思わなかったわ」

「お気遣い感謝しますわ」

「どう致しまして。さあ、続きを始めましょうか」

「はい、ユーリア議員。二日目の移動も早朝から始まり、峡谷の坂を登る事から始まりましたの」

「よく戦闘機乗りに車の運転をさせたものね」

「何事も経験。ですの」

 

 その言葉を聞きながら苦笑いをしつつも、ユーリア議員は報告書を捲っていく。

 

「峡谷の底で一泊し、翌朝も問題なく出発。坂を上り切った先には、舗装された形跡のある道を発見」

「坂に続いて道まで何者かの手が加わっているようでしたの」

「確かに気になる話ね」

「進行ルートを作成の際に、気になる場所がありまして、事前に上空から目印として杭を投下しておきましたの。その結果、予定されていたルートから逸れた場所に、偽装されたユーハングの採掘試験所を見つけましたの!」

「あんな辺境の地でユーハングの試験場だなんて。その場所について詳しく教えてもらえるかしら」

 

 ユーリア議員の広げた地図を、視線で滑らせながら、指を差す。

 

「この辺りになるのかしら?」

「間違いありませんわ。建物の中には、ユーハングが残した資料と七十年前の地図、それに幾つかの鉱石が残されておりましたの」

「鉱石は一先ず置いておくとして、その資料や地図はタミルが持ち帰ったのよね? 何か目新しい情報でもあったのかしら?」

「もちろんですわ! あの位置に採掘試験所が設置された理由から、ナンコーへ向かう為の陸路など様々な事が分かりましたが、口頭でお伝えするのはいくらお時間があっても足らないため、報告書を読み上げていただけますと……」

「了解したわ。次の報告を聞かせてちょうだい」

「それでは、二日目に関しましては、そちらで手に入れた資料の解析にお時間を使わせていただいたので、寝泊まりもその中で行う事ができ、安全でしたわ」

「この報告書にある『道の駅』って言葉は何かしら?」

「ラハマ・ナンコー間の真ん中に位置する建物、かつてユーハングが使用されていた形跡が残され、人々が陸路で行きかう事が出来るように整備された道。いつしか再び『空の駅』同様、陸路でも人々が憩いの場として利用出来るように、何か良い名前はないかとエンマと相談していたところ、リリコさんに名付けていただきましたの」

「普段はお金に煩そうな事を言う割に、そういうところは甘いのね、彼女は」

「リリコさんらしくて、とても素敵ですわ」

「そういうものかもしれないわね」

 

 私の報告を聞きながら、ユーリア議員は報告書に目を通していく。

 時折、分からない単語があると質問をしてくるが、概ね問題はなさそうである。

 紅茶を一口含み、ゆっくりと渇いた喉に通していく。

 

「三日目は、万全の体制で挑む為にその場でもう一泊。問題は四日目みたいね」

「ユーハングの方々が作り上げたナンコーまでの道筋を見つける事が出来たまではよかったのですが……」

「その道は、山沿いに作られた危険な道でもあったと」

 

 その言葉に私は頷く。

 道を見つける事ができ、通行が可能であっただけも幸運な事で間違いはないのですけれど、その先で出会った生物が問題でしたわ。

 

「アノマロカリス。相変わらず何処にでも出没して面倒事を押し付けてくるわね」

 

 ユーリア議員は、報告書に記載されている生物の絵を見て、うんざりとした表情を浮かべる。

 

「私と致しましては、あれほど間近で観察する事ができ、それと同時に仮説としていた事を立証するチャンスでもありましたの!」

「貴女も随分と無茶をするものね……」

「ですが、その時は仮説を立証させる事が、穏便に事を済ませる唯一の方法でありましたの」

「それで、ガソリンと火を使用して悪臭で追い払う。見かけによらず大胆な提案をするものね」

「お褒めに授かり光栄ですわ」

「褒めてはいないわよ」

「そうでしたか。ですが、実際に上手くいきましたし、あの時の判断は間違っていなかったと思っておりますの」

「私の目の前で五体満足、報告書を提出してきたのだから、そうなんでしょうけどね」

「もしかして、ご心配していただいているのかしら?」

 

 私の言葉に視線が動くユーリア議員。

 それでも意を決したかのように、口を開く。

 

「当たり前でしょう。援助したとはいえ、このような無謀な依頼を引き受けてくれた貴女の身に、もしもの事があったらと思うと、気が気ではなかったわ。無事に帰ってきてくれて本当に良かったわ」

 

 これは、ユーリア議員の本心であろう。

 依頼者として無理難題を押し付け、自身の信念の為にも見つけ出さなければならない道を探そうとしている。

 その答えを見つける為に、誰かが亡くなる様な事が起きてしまえば、流石のユーリア議員でも揺らぐ事でしょうから。

 でも、私はそのような難しい話よりも、素直にユーリア議員から労いのお言葉をいただけたのが嬉しかった。

 

「こうみえましても、私は頑丈に出来ておりますのよ?」

「そういう問題ではないわ」

「ふふっ、ありがとうございます」

「お礼を言われるような事はしていないわ」

「私が言いたいだけですわ」

「はぁ……。まあいいわ」

 

 溜息一つ吐き出し、ユーリア議員は報告書に目を通す。

 

「アノマロカリスを追い払った後、壁がくり抜かれた直線道を歩き続け、その先でナンコーの光を見た。そしてその道には……」

「魚の化石を見つける事が出来ましたの。あの時は感極まって涙が出るくらい嬉しかったですわ!」

「その化石は、持ち帰らなかったのかしら?」

 

 その問い掛けに、私は首を縦に振る。

 

「あの化石は、中途半端な思いでは、とてもじゃありませんが採掘出来る心境になれなかったですの」

「イジツに海があった証拠にもなりえる物だものね」

「えぇ。なので、今は胸の内に大事にしまってありますわ」

「もし、発掘したくなったらいつでも言ってちょうだい。資金援助は惜しまないわ」

 

 報告書に目を通しながら、ユーリア議員は唐突にそのような言葉を私に伝える。

 突然の事で、私が反応に困っていると、少しばかり呆れた様子でこちらを見つめるユーリア議員の姿。

 まるで、何を驚いているんだと言いたげである。

 

「どうしてそんな顔をしているのかしら?」

「いえ……、まさか資金提供を申し出られるとは思いもよらなかったものでしたので……」

 

 私の返答に対し、ユーリア議員は『なるほどね』と一言呟いてから答える。

 

「確かにそうね。だけどタミルなら、何れは資金を用意できると思っていたわ」

「買い被り過ぎですわ。私のような者に、一体どれほどの価値がおありになるのでしょうか?」

「価値を決めるのは、私やあなたではなく、投資したものに対してどう生かす事ができるか。それだけの話だわ」

「私には、まだそれができませんわ」

「だったら、これから学べばいいだけの話じゃない」

「簡単に仰いますわ」

「簡単だと思うのだけれど」

「……」

 

 思わず黙り込んでしまう。

 

「それにしても」

 

 報告書に目を通したユーリア議員は顔を上げると、机に置かれた紅茶を口に含み、一呼吸置いてから話し出す。

 

「調査能力の高さといい、アノマロカリスを追い払った時の手際の良さといい、予想以上の成果を見せられたものだわ。正直なところ、もう少し時間が掛かると思っていたのだけれども」

 

 その言葉を聞いて、私は胸を張る。

 

「お褒めいただき光栄ですわ! ですが、私一人ではここまでの成果は挙げられませんでしたわ。仲間達の協力があってこそですの」

「その様子だと、協力してくれた子達の事もしっかりと評価してくれているようで安心したわ」

「あら? それはどういう意味でして?」

 

 私の言葉に、ユーリア議員は微笑むと、報告書のページを捲り、指差す。

 そこには、様々な調査結果が記載されている。

 

「貴女も含めて、彼女達が優秀なのは分かっていたわ。優秀なだけではなく、自分の意思を持ち、自らの力で問題を解決しようとする意志を持っていることも」

「自ら解決しようとしなければ、何時まで経っても何も変わりませんもの」

「確かにその通りね。でも、それがなかなか出来ないのが現実というものよ」

 

 ユーリア議員の言葉を聞き、私は小さく笑みを零してしまう。

 この人は厳しい言葉を投げかける事はあっても、その根底には優しさがある。

 だから不思議と嫌な感じはしない。むしろ心地良さすら感じる。

 それは、彼女が私を令嬢としてではなく、一人の人間として見ているからなのか。

 それとも、ただ単に彼女の人柄がそうさせているのか。

 私の視線を受けても、ユーリア議員は動じることもなく、静かに佇んでいる。

 私は、改めて口を開く。言わずにはいられないこの気持ちを。

 

「私は、まだまだ未熟者ですわ」

「そうかしら?」

「はい。ですから、この先もご迷惑をおかけしてしまうかもしれません」

「自覚しているからこそ、貴女に期待をしているのかもしれないわね。私には持ち得ないものを手にしている貴女だからこそ……」

 

 寂しげな表情をされるユーリア議員であったが、それも一瞬、瞬きを終えれば先程と同じ表情をされていた。

 

「なんでもないわ。それよりも報告ありがとう、タミル。大変だったでしょうけど、無事で何よりだわ」

「ありがとうございます」

 

 ユーリア議員は親衛隊の方を呼び、運び込まれた大きなケースを机の上に置くように指示を出す。

 

「これは?」

「報酬よ。中身を確認してから持っていくことね」

「こんなにも! よろしいのですか?」

「後日、この報告書を元に事業開拓の相談を依頼するでしょうから、貴女に対しての先行投資みたいなものよ」

「まあ……」

 

 一つ訂正しなくてはいけませんわ。

 ユーリア議員は優しい方ですが、狡猾さも持ち合わせているということ。

 だが、それと同時に私個人の能力も買っていただけているという証拠でもある。

 ならば私も、期待にお応え出来るよう、精一杯務めさせていただくだけですわ。

 

「今後とも、末永くご贔屓に。ですわ」

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