荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
──―イケスカ
イサオ様が穴の先へと旅立たれてから一年と少々。
相も変わらず、イケスカではイサオ様の後釜を狙う連中による争いが続き、内戦状態でございます。
イサオ様がイジツイチを自認されていたイケスカが、このような状態である事もあり、あの戦いで被害を被った町の復興作業も中々上手く進まないご様子。
民の中でもイサオ様に騙されたと主張する者、そうであったとしても生活を与えてくれたと主張する者。
イサオ様が成されようとした事の"ついで"が、我々の想定以上の出来事を巻き起こしているこの光景を見られたら、イサオ様はどうなさるのでしょうな。
「しかし、傍観者の立場でいるのもいささか"飽きて"参りましたな」
統治者を決める為とはいえ、これ以上、民へ負担を続けるのであれば、再び我々が動く必要性がございますな。
私は手元に置かれている通話機を手にし、ある人物へと連絡を入れる事にした。
──―ガドール
机の前に広がる書類。
そこには、あの戦いで被害を被ったイジツにある各町の復興作業の経過と、空賊の目撃数が書かれている。
徐々にではあるが、作業は進み、支援を続けている側としても安堵の息をつく。
問題なのはもう一つの方だ。
「ほんっっっっとに!! あいつら一体どこから湧いて出てくるのよ!!」
あの戦いで空賊を裏から支援していたイサオが消えさり、イジツ中に散らばった奴等が最近になって再び活性化し始めた。
既に飛行船の被害報告も上がり始め、イジツの物流へ支障をきたすのも遠い未来の話ではない。
「こんなくだらない事をしている暇があったら、復興作業にでも潜り込んで手伝いなさいよ!! 今ほど仕事で溢れていて人手が足らない機会なんて早々ないじゃないの!!」
全ての空賊がそうだとは思わない。
生きてゆく術を失い、どうしようもない状態に陥り、空賊に成らざるおえなかった者、普通に仕事を得て、生活を手に入れたい者であれば、こちらから支援をする事が出来る様に、事を進めてきた。
しかし、一発逆転を狙いたがる根っからのクソ野郎共が多すぎるのも事実だ。
「その無駄な体力を生かせる場所ならいくらでも提供してあげるわよ!!」
「ユーリア様、落ちついて下さい」
「はっ!! 私はいつだって落ちついているわよ!!」
「……であれば、これから報告する事も冷静に対処して頂けると信じております」
「何よ。問題でも発生したわけ?」
「イケスカよりユーリア様宛に通話許可の申し出が届いております」
「……はぁ!?」
親衛隊から告げられた町の名前は、余りにも突然すぎる場所からであった。
「私に連絡を寄こすだなんて、いい度胸してるじゃない」
『それほどでもございません。単純に物事を円滑に進める場合を考えましたら、ユーリア議員を通して頂いた方が、話が進むと思いまして』
「あれだけの事をしておいて、よくもまぁいけしゃあしゃあと言いのける事が出来るわね」
『イケスカ動乱と呼ばれている事について仰られておられるのであれば、その通りでございますでしょうな』
よくもまぁ他人事の様に言い切れるわね。
「主人が主人なら、執事も大概ね」
『そうでなければ、イサオ様に仕える事など到底不可能でしょう』
「褒めていないんだけど」
『今やこの世界に無き人物の名を出して下さるのも、当時は敵対関係であった方々とイサオ様を盲信されている方々のみ。嘆かわしい事です』
「あのカス野郎の名前ならいくらでも聞けるでしょうに」
未だイサオ信者とも言える人間が、イジツに蔓延る状況下。
その親玉とも言える人物が、一体、何の用件で私に連絡を寄こしたのか。
『我々は戦いに敗れた側でございます。敗北したその先に待ち受けている未来は、お互いに想像は出来たでございましょう』
「同情なんてしないわよ。仕掛けてきたのはアンタ達からなんだから」
『その通りでございます。迎えた結末については、いくら言葉を重ねようとも変わる事はございませんので』
「……いい加減、世話話も飽きたわ。私に何を頼みたいのよ? これでも忙しい身なんだけれど」
『オウニ商会とコトブキ飛行隊に仕事を任せたい案件がございます。取り次いでは頂けませんでしょうか?』
「……はぁ!?」
──―ラハマ
「それで連絡を寄こしたという訳ね、ユーリア議員」
『私だってこんな事の為に、ルゥルゥへ連絡を取りたい訳じゃないわ』
「たとえそう思っていたとしても、現にこうして会話をしているという事は、貴女にとって魅力的な案であった事に違いはないんじゃないかしら?」
『ぐっ!? それはそうだけど……』
図星を突かれてしまったらしく、通話機越しの声が詰まる。
こういう所は昔から変わらないのよね。
素直に感情が表に出るところは彼女の長所だと思うのだけれども。
「イサオとは二度と取引しないと伝えた事は、執事なら立場上、知っているでしょう?」
『あくまでイサオとは。であり、ブユウ商事とは言っておられなかった。というのがあちらの言い分みたいよ』
「詭弁を弄しているだけじゃない。話にならないわ」
『とはいえ、彼方達は我々の敵でした。敵だった者には救いの手を差し出せませーん。なんて言ったら、それこそ共倒れするだけだわ』
「だからと言って、無差別に手を握り返していたら救える人数も限られる」
『最低限の援助で彼等の自立を手助け出来れば、イジツの治安も多少は良くなるでしょ』
「元はと言えば、彼等が始めた事では無かったかしら?」
『だからこそ、自分達でケリをつけてもらうのよ。例えその先に待ち受けているのが困難であったとしてもね』
本当に彼女らしい考えであると思う。
私には到底、思いつかない様な発想でもある。
そんな考え方が出来る彼女を少し眩しくも感じてしまうわね。
『ルゥルゥ。貴女の力が必要なの』
今の私達の状況は、偶然な出来事から始まったものでは無い。
私も、そして彼女も分かっている事なのだと思う。
この世界の在り方に一石を投じたいというイサオの考えが元にあったのは言うまでもないわ。
けれど、その石は私達が思っていたものよりも、遥かに重く大きかった。
それが、この事態の始まり。"穴"の存在から続く時代の流れなのかもしれない。
ユーリアの言葉を聞き、一つの深呼吸と一つの溜息。
こうして対話をしている時点で、私のすべき事は決まっていたのかもしれない。
私に助けを求めた人を蔑ろにしてはならないのだから。
「はぁ……。やっぱり貴女は変わり者ね。私ならその様な決断は出来ないわ」
『あら? 人を信じるという行為は、ルゥルゥから教わったはずだけれど?』
「そんな事、教えた機会は無かったはずだけれど? なんにせよ、前金だけでも高く付くわよ?」
『勿論よ。私を誰だと思っているの?』
彼女はそう言いながら、笑みを見せたのであろう事が声色からも伝わる。
相変わらずね。と思いつつ、通話機を置き、私は一人の人物を呼び出す。
あの戦いの立役者であった、コトブキ飛行隊の隊長を。
「お呼びでしょうか、マダム」
「急に呼び出してしまってごめんなさいね」
「いえ、これが我々の仕事ですから」
「突然で申し訳ないのだけれど、一つ仕事が舞い込んできたの」
「羽衣丸の護衛。で、よろしいのでしょうか?」
「それも含めてなのだけれど、オウニ商会だけでなくコトブキ飛行隊にも仕事を依頼したいそうよ」
「私達にも? 相手は……」
「イケスカに居る執事。イサオの最も近くにいた男からよ」
「なっ!?」
予想もしなかった相手からの依頼に、私は声にならない声を挙げてしまう。
「イ、イケスカの執事って……」
「えぇ。あの男だそうよ」
「……マダム。どうされるのですか?」
「依頼を受けるかどうかは、アレシマでユーリア議員を交えて内容を確認してからだけれども」
そう口にしながらも、マダムの目は真剣な眼差しそのものだ。
オウニ商会としては、この依頼を引き受けるつもりなのだろう。
イサオの一番近くに仕えていた人間からの連絡。
もし仮に断ったとしたならば、どのような手を使ってくるのかも分かったものではないのだから。
「レオナ。アレシマまでの護衛に関しては命令よ。だけど、その先については小鳥ちゃん達と話し合って頂戴」
「あくまで隊としての依頼であると?」
「ええ、内容次第では私の方から断らせて貰うけれど、許可するものだと思って話し合いを」
「了解しました。まずはアレシマまでの護衛準備に取り掛からせて頂きます」
「よろしくお願いするわ」
マダムに一礼をし、部屋から退出する。しかし、頭の中では先程の話で一杯だ。
イケスカの執事。イサオの右腕でもあった男。
一体何の目的があっての接触かはまだ分からないが……、 少なくとも警戒をするべきなのは確かだろう。
だが……、気になる点は別にある。
(あの戦いで敵対していた我々に、何故仕事の依頼を申し出ててきたのか?)
それが私の率直な感想だった。
「はあ!? 執事からの依頼!? 当然断るんだよね、レオナ!?」
「それを決める為の会議っしょ? キリエ馬鹿なの?」
「チカにだけは言われたくないんだけど!」
だって相手はサブジーを撃ち落とした連中だ。
そんな奴等から仕事の依頼だと言われても腑に落ちない!
「それにマダムだってイサオの依頼は二度と受けないって言ってたじゃん!」
「あくまでイサオとは。というのがユーリア議員を通じての言い分だそうだ」
「そんな事を言い出したら何でもありじゃんか!」
「キリエの言う通り、マダムも今回の件に関して疑問に思っているらしいが、アレシマでの会談次第では受けるつもりでいて欲しいと言われてな」
「はんたーい! 絶対に反対だからね!!」
「わたくしも、今回の依頼についてはキリエと同意見ですわ」
「エンマぁ!」
「キリエに同意。ケイト達に起きた出来事を差し引いても、この依頼を引き受けるのはリスクが高すぎる」
「ケイトぉ!!」
私の意見に賛成してくれた二人の後ろに回り込み、腕をまわして思いっきり抱き寄せる!
「ちょ、キリエ! やめなさい!」
「キリエ、苦しい」
「んふー! これで反対が三人! たとえ賛成が三人でも意見が半分に割れれば、依頼は引き受けられない!」
「確かに。依頼内容が不透明な以上は賛同しかねるが……」
「私は引き受けてもいいと思ってるよ」
「チカ!? なんで!?」
可能性の話はしたけれど、みんな反対するものだと思っていたのに、予想外の意見が出てきて私は混乱する。
「まだ何をするのか分かんないんでしょ? もし私たちを利用して悪い事を仕出かそうとしてるなら、その場で私達が叩き潰せばいいじゃん」
「つまり、この依頼の意図が判明するまでは、我々が監視をしていた方が良いと?」
「それそれ! アイツらを相手に出来るのって今のところ私たちぐらいじゃん? 他の奴らに任せるよか良いと思うんだけど」
チカの言った事は一理ある。
もし何か企んでいるというならば、返り討ちにすれば済む話なのだが……。
ただ、それでも、私は素直に首を縦に振ることが出来なかった。
サブジーの事を思い出すだけで、どうしても気持ちが沈み込んでしまうのだ。
「チカの考えは理解出来た。しかしキリエの言い分も正しいだろう」
「そこなんだよね。理解出来るし納得も出来ちゃうから……、難しいなあ……」
ため息をつくチカに、エンマも苦笑いを浮かべている。
感情を表に出さないケイトでさえ、言葉に詰まっている様子だ。
イサオの行いは決して許すことは出来ない。
もしもまたあんな風に、大切な人を奪われてしまったらと考えた時に、私は果たして耐えられるだろうか?
……私も受け入れなければならないんだと。分かってはいるけれど、やはり感情は追いつかないのである。
だから今はまだ……もう少し時間が欲しいのだと、私は思う。
「レオナとザラの意見がまだでしたわね。二人はどう考えているおつもりで?」
落ち込み気味の私の手に触れながら、エンマが二人に話を振る。
その行為によって私達の会話が中断された事で少しだけ心が落ち着く。
「私からいいかしら?」
「ああ。お願いするよ、ザラ」
「先に意見を言うと、保留にさせて欲しいの」
「依頼内容聞いてから。という理由でしょうか?」
「半分当たり、半分外れってところかしら、エンマ。キリエだけでなく私達全員が因縁のある相手であるけれど、チカの意見にもう少しだけ付け加えた感じかしら」
「私の? 他に何か思いついたとか?」
「ええ。何故、執事は直接私達に依頼を申し込まなかったのか。ユーリア議員を通じてマダムの許可を得て、私達を動かそうとしているのか」
「単純に、私達が敵だった事とか、信用していないからじゃないのかな?」
「それは違うわ、キリエ。逆よ」
「へ? 逆?」
「ええ。私達は信用されているのよ、キリエ。あの戦いで自分達を打ち破った相手だからこそ、この依頼を受けて欲しいと思っているの」
「それじゃあ、チカの予想が当たっていた場合はどうするの?」
「その場合は、私達が確認してから判断しても遅くはないでしょう? なんといっても私達はコトブキ飛行隊なのだから」
ザラは微笑みながらも、自分達であればどんな苦難が待ち構えていても乗り越えられる。
そう思っているのが分かる程、自信満々にそう言い切った。
ザラの言う通りだ。私だって、あの時とは違う。
「私もザラと同じ考えだよ。どんな敵が来ようとも、私達が負けるわけがない!」
「キリエ……」
エンマが心配そうな表情を私に向けてくる。
私はそんなエンマに、大丈夫だよと笑顔を見せる。
「キリエの言う通りですわね。わたくしもキリエに同意しますわ。二人が仰ったように、まずは相手の意図を伺うべきではありますが、それでも、わたくしはキリエに同意いたしますわ」
エンマは私が言いたかった事を全て言ってくれた。
本当に、エンマは頼りになるし、とても優しい。
「分かった。では私の意見だが、ザラと同じだと思って貰っていい。意図が分からない間は、簡単に引き受ける事は出来ない。だが、相手は対話をする姿勢を見せている以上、かつての敵だからといって無下に扱う訳にもいかない。なによりも」
「なによりも?」
「マダムやユーリア議員までも動く事態だ。用心棒である我々が、意見の食い違いで動く事が出来ない等という状況に陥ってしまったら元も子もない。まずは羽衣丸をアレシマまで無事に到着する事に専念しようと思う」
「まっそうだよね。いま話を続けても何も分からないままじゃ進めようがないし」
「チカに同意する。ケイト達に出来る明確な仕事をこなしてからでも遅くはない」
「わたくしも異論はありませんわ」
「私もよ、キリエは?」
「……うん。先の事なんか分からないし、レオナの言う通りだと思う!」
私達は互いに顔を見合わせ、うんと一つ大きく首肯する。
こうして私達は、依頼を引き受けるかどうかの判断は保留という結論に達したのだった。