荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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荒野のコトブキ飛行隊 中編

 ──―アレシマ

 私が現在居る、オーシャン・サンフィッシュホテルからでも良く見える、オウニ商会の飛行船、羽衣丸。

 彼女らと直接会話を行うのは、これが初めてであろうか。

 しかし、私には確信があった。

 必ずや、あの飛行船に乗っている者達は、我々の願いを聞き届けてくれるだろうと。

 私はその確信を胸に秘めつつ、会談場所に指定した部屋へと向かうのであった。

 

 

「こちらの部屋になります」

 

 ホテルの係りの者に案内された部屋の扉を開け、中へと入る。

 そこは、このホテルの中では狭い場所とも言えるのだが、会談を行うのであれば人目につかずに話が出来るだろうと思ったからだ。

 室内にはまだ誰もおらず、机と並ばれた椅子が置かれているのみ。

 議長席にはユーリア議員が座るべきであろう。

 ならば、私は依頼者としてその次の席へ座るべきか。

 私はゆっくりとした足取りで歩みを進め、やがて用意された椅子へ腰を下ろす。

 

 さて、我々が提示する依頼案件を聞いて、彼女らはどのような反応を示すやら。

 ふと窓の外に目を向ければ、青空が広がり気持ちの良い風が吹いている。

 やはり、良い日和だ。

 少しの間ではあるが、待つことにしようか。

 

 しばらくして、私と同じ様に係りの者へ案内されてきた者がいるようだ。

 私は立ち上がり、彼女らを迎い入れる準備をする。

 

「失礼致します」

 

 入室してきたのは、私とオウニ商会を繋いで下さったユーリア議員、そのオウニ商会を率いる女帝、マダム・ルゥルゥ、そしてコトブキ飛行隊の隊長であるレオナ様だ。

 私は軽く会釈をし、着席を促す。

 

「お待ちしておりました。どうぞ、そちらの席をお使い下さい」

「ありがとうございます」

 

 マダム・ルゥルゥの言葉に続きレオナも一言発すると腰かける。二人とも実に礼儀正しい方々で助かるものだ。

 

「本日のご用件は?」

「焦らずともお話します故、ユーリア議員には議長席へお座り頂ければと」

「……分かりました」

 

 私の言葉を素直に聞き入れてもらえ、議長席へ腰を掛けるユーリア議員。

 疑惑の眼差しが三つ。当たり前ではあるが、警戒心を解くつもりはなさそうですな。

 仕方のない事でしょう。

 何せ、私達と彼女等とは文字通り命懸けで戦っていた間柄。

 未だわだかまりが残っているのは承知の上です。

 ですが、私達もこの局面を乗り越えねば、滅びの一途を辿るのみ。

 私も覚悟を決めましょう。

 

「それでは、申し上げた通り、私から依頼内容について説明させていただきたいと思います」

「お願い致します」

 

 マダム・ルゥルゥが応じる。

 他の者も特に異存は無いようだ。

 

「自由博愛連合を、コトブキ飛行隊に護衛をしてもらいたいと考えております」

 

 私からの話を聞くなり、レオナ様は眉間にシワを寄せ、険しい表情をされる。

 無理もありません。我々は以前、彼女達とは敵対していた組織であり、幾度も争う程でしたから。

 そのような相手を信用する事など出来ぬのもまた道理というもの。

 彼女達の立場から物事を考えていれば、ユーリア議員が口を開く。

 

「率直に言わせて貰うわ。私共は以前、貴方がた自由博愛連合に痛めつけられていた身。最終的にこちらが勝利を収めたからといって、そんな私達が、どうして貴方がたを信用できると思いまして?」

「争ったから、とも言えますな。見ず知らずの者達に任せる事は出来ませんので」

 

 私とユーリア議員のやり取りに、マダム・ルゥルゥが割り込んでくる。

 

「内容の詳細を。それと、もし仮に護衛を引き受けたとしても、それで私共に利益はあるのかしら?」

 

 彼女の言葉は最もだ。

 

「ご説明させて頂くとしましょう。それが今回の会合を開いた理由でもありましてな」

「続けて頂戴」

「ご存知の通り、現在の自由博愛連合は名ばかりの残骸組織。空賊やイサオ様を盲信されている方々が、勝手に意思を引き継ぐ等と申し上げている様な連中ばかりでございます」

「……」

「イケスカもイサオ様の後釜を狙う者達が内戦まで引き起こしている事態。最初は傍観者として見守っておりましたが、いささか時間がかかり過ぎておりましてな」

「つまり、何か手を打たねばならない、というわけね」

「左様でございます」

 

 マダム・ルゥルゥがため息をつく。

 

「……それで? 私達に何をして欲しいのかしら?」

「はい。こちらから一機、機体をイケスカの上空に送り込みたいと考えており、その機体の護衛をお願いしたい」

「機体をイケスカの上空に飛ばす理由は?」

「我々が自由博愛連合の名の下、イサオ様の意思を引き継いだことを知らしめるためでございます」

 

 マダム・ルゥルゥは呆れたように肩をすくめる中、ユーリア議員が口を開く。

 

「要するに、イケスカで馬鹿をやっている連中にさっさと次の統治者を決めないと、イサオの右腕だったアンタが再び自由博愛連合を名乗り、イケスカを牛耳ると脅したいわけ?」

「そういう事でございます。が、私共はそれを望んではおりませぬ。イケスカの統治も、自由博愛連合の意思も、全てはイサオ様あっての事でしたので」

「イサオが居なくなれば、どちらも意味の無いものになってしまうのですね」

 

 レオナ様が確認するように聞いてくるので、私は首肯してみせる。

 

「その通りでございます。私共はイサオ様が目指された理想を元に集った者達であります。ですが……」

「ですが?」

「その中には戦えない者達もいるのです。イケスカに住む民をこのまま内戦に巻き込んだままにしておく訳にはいきませぬ」

「ショウトやポロッカを焼け野原にしておいて、よく言えるわね」

「イサオ様と懇意であったが為に、反イケスカ連合から攻撃を受けた町もございますが」

「アレシマはイケスカと手を組んだという明確な理由があったからでしょう? 難癖付けて無差別爆撃を行ったアンタ達と一緒にされたらたまったものじゃないわ」

「仰る通りでございますな」

 

 私とユーリア議員の間に険悪な雰囲気が流れる。

 そこにレオナ様が割って入ってくる。

 

「質問よろしいでしょうか?」

「はい、なんなりと」

「なぜ、護衛対象の機体をイケスカの空に向かわせる必要があるのですか?」

「自由博愛連合の健在を空から示してもらうためでございます」

「……一体何を飛ばそうと考えられていらっしゃるのでしょうか?」

「富嶽でございます」

『富嶽!? ︎』

 

 私の言葉に皆さまが驚きの声をあげられる。

 それも当然のこと。イサオ様の指示により復元された大型爆撃機であり、あの戦いで敵対関係にあった町を爆撃するのに使われた機体である。

 その町の中には、ラハマも含まれていたのだから。

 

「そんなものを飛ばしたら、それこそイジツ中がパニックに陥るわよ!」

「そうならない為のコトブキ飛行隊でございます」

「あの機体は……」

「はい。ラハマも爆撃対象としておりました」

「……」

 

 沈黙が辺りを支配する。

 だが、それを破ったのはマダム・ルゥルゥであった。

 

「確かに。富嶽は自由博愛連合を、イサオを象徴させるのにうってつけの機体ね。それをイケスカの上空で飛ばせれば、内戦を一時的に止める事も、後継者を名乗る連中を黙らせる事も出来るでしょうね」

「お分かり頂けましたかな?」

「えぇ、理解したわ。イケスカの内戦を止めるまでの話ならば。仮に内戦を終わらせた後、自由博愛連合をどう扱うのか、お聞かせ願えるかしら?」

「簡単な話でございます。イサオ様無き後の自由博愛連合に価値はございません。始まりが主人であるならば、幕引きは私が行うべきでしょう」

「イサオが望んだ自由博愛連合はもう無いと認めるのね?」

「少なくとも、私が知っている自由博愛連合は消え失せてしまいましたので」

 

 マダム・ルゥルゥは私の言葉を吟味しているのか、目を閉じて押し黙ってしまう。

 やがて、ゆっくりと目を開いたマダム・ルゥルゥは私を見据えながら口を開く。

 

「わかったわ。オウニ商会としては協力させてもらうわ。ただ、条件があるのだけれど構わないかしら?」

「利益の話であれば、可能な限り貴女がたの要望に応える所存でございます」

「では遠慮無く。私達の安全と、これから先、イケスカで商売をする許可を貰いたいの」

 

 マダム・ルゥルゥの言葉に思わず目を見開く。

 

「イケスカで商売をすると?」

「そうよ。私達は自分達の利益の為にあの戦いに介入した訳じゃないわ。イサオの掲げた理想とやり方に反発した者達が集まり、自分達の街を護ろうとしただけ。それが間違っているとは思わないし、今でも思っていないわ」

 

 その言葉に偽りは無いのだろう。

 マダム・ルゥルゥの瞳に迷いは見て取れない。

 

「わかりました。貴女の商魂たくましい心意気に感服致しました。必ずやご期待に添える事をお約束させて頂きましょう」

「ありがとう。それともう一つお願いがあるのだけど良いかしら?」

「何なりとお申し付け下さい」

「その機体、富嶽に貴方が搭乗すること。それが条件よ」

「……よろしいので?」

「その代わり、イサオの作り上げた理想郷の最期を見届けてちょうだい。彼が望んだ世界をこの目で見るために」

「畏まりました」

 

 私は深々と頭を下げ、マダム・ルゥルゥからの申し出を受け入れた。

 

「話はまとまったかしら」

「えぇ、待たせたわね」

「後はコトブキ飛行隊ね。隊長さんはどうするつもりかしら?」

「私は……」

 

 レオナ様が少し考え込むような仕草をされる。無理も無い事でしょうな。

 

「お時間を作りましょう。こちらとしてもオウニ商会からの命令としてではなく、コトブキ飛行隊としてご協力願いたいものですから」

「あら、見た目通り紳士的なのね」

「これでも執事として長く生きて参りましたからな。待つ事には慣れておりますが、タイミングというものがございます。恐れ入りますが今夜中にお決め下され、こちらにも準備があります故」

「了解しました。配慮頂き感謝致します」

 

 レオナ様が一礼し、席を立たれると他の方々も後を追うように立ち上がり、部屋から出て行かれた。

 一人残された私は窓辺に立ち、景色に視線を向ける。

 イサオ様の掲げていた理想は潰えた。イケスカ上空に"穴"が出現すると予想された時から決められた運命だったのかもしれない。

 

 長年求めて続けていた"穴"と共にイサオ様が消え、イケスカも変わり果ててしまった。

 しかし、それでも私の役目は変わらない。

 イサオ様の執事として最後まで付き従うのみ。

 自由博愛連合の幕引きと共に、イケスカの民が築く新たな時代を見守らねばなりません。

 私に出来る事は限られております。

 ただひたすらに待ち続けるのみですから。

 

 

「富嶽をイケスカまで護衛、自由博愛連合の正式な解散。想像以上の出来事になりそうね、レオナ」

「ああ。私達の想定していた以上に大事になりそうだ」

「でもさ、私たちにもキョヒケンがあるんでしょ? マダムが引き受けたなら命令すればいいだけなんだし」

「わたくし達にまで判断を委ねるというのは、裏があるようにしか思えないのですが」

「もう少し、判断材料になりえるものが欲しい」

「……キリエは何かあるか?」

 

 キリエの方を向くと、パンケーキにフォークを刺したまま呆けている姿が見える。

 

「キリエ?」

「んぁ!? な、何?」

「話を聞いていなかったのか?」

「ううん、ちゃんと聞いていたけど。ちょっとボーッとしていただけだってば」

「それなら良いが……。で、何か意見はあるか?」

 

 キリエはしばらく考え込み、口を開く。

 

「なんとなくだけど、大丈夫だと思うよ」

 

 キリエにしては珍しい返答だと思ったが、根拠の無い発言ではないようだ。パンケーキを頬張りながら説明を続ける。

 

「だってさ、コトブキ飛行隊をイケスカに連れてくるのが目的なら、わざわざ護衛をさせる必要なんて無いよね。幾らでも手がありそうだし。それにさ、マダムはこの依頼を了承したんでしょ? ならサイアクの事態だけは避けられそうだし」

「驚きましたわ。あれほど嫌がっていたキリエからその様な言葉を聞けるとは」

「いや、確かにそうなんだけどさ……。私もいつまでも子供じゃないんだしさ……」

 

 キリエは顔を赤らめながらもじもじとしている。

 

「では、わたくしも賛成という事でよろしいですか? クソ野郎共が自主的に解散して頂けるのであれば手間が省けますもの」

「はいはーい! 私は最初からさんせー! 止めるって言ってるのをわざわざ引き止める理由なんてないし!」

 

 エンマとチカも同意している。

 私はもう一人、キリエ側の意見を述べていたケイトを見つめる。

 

「ケイトはどう思う?」

「……ケイトは反対である。だが、あくまでケイト自身の意見である」

「どういう意味だ?」

 

 ケイトは普段と変わらず、淡々と言葉を述べる。

 

「アレンの足を動かせなくした彼等を直ぐに許す事は出来ない。しかし、それはケイトの気持ちの問題であり、アレンがもしこの場に居たらどうするのか考えていた」

「……」

「アレンならきっと賛成すると思う。自分の足の事よりもイケスカに眠る書物の探求心の方が勝るはずだから」

「……アレンならそうかもしれないな」

 

 私自身、アレンの性格をある程度理解しているつもりだから、ケイトの言う事も分かる気がする。

 

「だからケイトは賛成する。イケスカが落ちついた際に、アレンを連れてイケスカを探索してみたい」

「それそれ! 私たち戦ってばっかでイケスカの事はほとんど分かんないんだよね!」 

「イジツの経済の中心地でもあったイケスカ。わたくし達が知らない物も沢山ありそうですわね」

「パンケーキ! パンケーキあるよね!?」

「キリエってそればっかじゃん! たまには違う物でも食べたら?」

「チカ、イケスカにまだ見ぬカレーが存在していたら、どうする?」

「そんなん食べるに決まってんじゃん! ……はっ!?」

「ほら、やっぱり!」

 

 キリエとチカのやりとりは相変わらず続いている。

 こんな状況なのにいつも通りなのは、キリエとチカの良い所でもある。

 一方で、ザラが私に近づいてきて耳打ちをする。

 

「レオナ、私も賛成よ」

「ありがとう、ザラ。助かる」

「お礼を言われるような事は何もしていないわ。レオナが考えている事が私と同じだというだけの話よ」

 

 ザラの表情がどことなく緩んでいる様に見えて、微笑ましい気分になる。

 そして私自身も同じ表情をしているのだろう。

 私は皆に声をかけて「よし」と言って話をまとめる。

 

「全員の意見が揃ったな。我々はこの仕事を引き受け、富嶽をイケスカ上空まで護衛する。そして、自由博愛連合の正式な解散を確認しよう。その上で私達は私達の道を歩もう。それでいいな?」

 

 全員が『了解』の言葉を口にする。

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