荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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ケイトと思い出とこれから

 

「珍しいですわね、ケイトから頼まれ事だなんて」

「ケイトの目的を達成する為、考慮した結果、エンマから指南を仰ぐやり方が正確かつ短時間で取得出来ると判断」

「それでわたくしにクッキーの作り方を教えて欲しいと?」

「そう。礼は必ず。ケイトにクッキーの作り方を教えて欲しい」

「そんな重たい言い方をされなくてもケイトであれば喜んで教授致しますわよ」

「エンマ、感謝する」

「はいはいどう致しまして。理由は聞いてもよろしくて?」

 

 理由を伝えるのは少し恥ずかしい。いつもコトブキの皆には世話になっている。だから何かかしらの方法で感謝を伝えたいだけなのだが。

 それだけではない、オウニ商会の人達にも。彼等が居なければ今のケイト達はいないと言っても過言ではない。

 その人達に感謝を伝える方法を考える。直接会ってお礼を伝える方法も考えたが、効率が悪いうえに、ケイトの言葉では上手く相手に伝わるか不明である。

 では贈り物。だからといって形に残る物であったりしたら相手も気兼ねする事は確かだ。最初はコトブキの皆に似せた小さなぬいぐるみでも縫おうかと思ったのだが、宿舎で共にしている以上、直に明るみに出てしまうだろう。

 大量生産が可能で比較的作りやすく日持ちがして隠蔽しやすい物。そこへ辿り着いたのがクッキーである。

 当初はアレンにも意見を伺うべきか悩んでいたが、渡す相手に質問をするのも何かモヤモヤとする。それとはまた別の理由もきちんとある。

 

 昔、アレンがケイトにクッキーを作ってくれた。サクサクとした食感、濃厚なバターの風味、どれもケイトの好みで読書後の疲労した頭脳にはとてもよく染み渡り、好んで食していた。

 大変美味しいクッキーを作るアレンに対してケイトの自作するクッキーを渡す。正直に言えばあの味を再現出来るとは到底思えない。だが今からでも作り方を教えてもらい、始めれば少しでもあの味に近づければと考えている。

 

「なるほど。ケイトなりの感謝の気持ちを皆さまにお伝えしたいという事なのですね」

「エンマには教授して頂く事もあり、先に伝えておくが、出来れば当日までは黙っていて欲しい」

「そんな野暮な事は致しませんわ。それまではわたくし達二人きりの秘密ですわね」

 

 口元の手前で人差し指を立てながら楽し気に微笑むエンマは令嬢という言葉が良く似合う。

 これでお怒りになった時の罵詈雑言がなければ完璧なのではないだろうか。

 だが思うところもある。罵詈雑言を行わなくなったエンマを少しだけ想像してみる。駄目だ、あのお怒りの際に発せられる直接的な暴言もケイトの中ではエンマの一部であり、それが無くなると違和感しか覚えなくなる。

 なにより相手に対して流暢に罵る会話術、誰であろうと怯まない度胸、そして凛と周囲に響き渡る声。どれもケイトには持ち合わせていないものであり、憧れを覚える。それをケイトに向けられるのはまっぴらゴメンであるが。

 ともあれ、暫くの間は秘密を共有する仲となる。ならば相手の礼儀に従うのも一つの処世術なのだろう。ケイトも人差し指を立て、エンマと同様の仕草で応える。

 

「あら、ケイトがこの様な仕草を真似されるとは珍しいですわね」

「今のケイトとエンマは一蓮托生の身。ならば教授してもらう側に合わせるのは合理」

「ケイトの中でクッキーを作るという行為がわたくしの想像以上で頭が痛くなってまいりましたわ……」

 

 口元に置かれていた指はこめかみへと移動しエンマは小さくため息をつく。

 しかしそれも僅かな間、意を決して気合を入れ直す。切り替えが早い。

 

「ここでアレコレと言い合っていても何も始まりませんわ。早速ですが準備を行い始めると致しましょう」

「お願いする。エンマ」

「わたくしの指導は厳しいですわよ? 依頼者が身内ですから褒めて伸ばすような事は致しませんよ?」

「かまわない。この短期間で少しでも基礎を覚えられれば理想に近づける」

「ケイトの事ですから大丈夫だとは思いますが、アレンの味に近づけさせる時は分量は少しづつ変えていってくださいまして」

「了解した。材料の無駄になるような事はケイトもしたくない」

 

 こうして始まるエンマと二人きりの秘密の特訓。

 目下目標は基礎を身につけてケイトだけでも作れる様になる事。そして最終的にあの味に近づけさせてアレンを驚かせたい。

 

 

「ともあれ、お菓子作りは体力・忍耐・正確性が必要ですわ。わたくし達であれば問題はありませんでしょうが」

 

 宿舎からエンマの実家へと移動をする際に必要な材料を購入しする。その中にはラハマの特産品である岩塩も含まれている。

 台所へと案内され、エンマが慣れた手つきで調理器具を用意してテーブルへと並べていく。無論、紅茶の準備も怠らない。

 

「本来であればしばらく寝かせた方が良い物もありますが、そこは追々と説明しつつ、まずは作ると致しましょう」

「了解した。エンマ先生」

「あら、ケイトも冗談が上手くなりましたわね」

「冗談で言ったつもりはない」

「ふふっ、そういうところも可愛らしくて素敵ですわ。ケイト」

 

 突然、エンマに褒められてどう対処すれば良いのか分からなくなる。

 ケイトがもう少し感情表現が豊かであればエンマの希望通りの表情を作れるのだろうが、だが如何せんこの顔は生まれつきのものだ。仕方ない。

 じっと思考に耽っていると、指先でケイトの頬を突いてくるエンマの姿。

 目を細めながら微笑むその姿は容姿も相まってとても美しい。これで中身が一部の相手に対してステゴロ気質になるとは誰が想像できるであろうか。

 先程までケイトに触れていた指は二本になり、摘ままれる形で引っ張られていくケイトの頬。

 伸びていく自身の頬を横目で見つつも痛みが発生してきたのでエンマに伝えようとするが、相手の方が行動が一歩早かった。

 

「今、何か不穏な事を考えておりませんこと?」

「えんま、はへひははひほはふふはひ」

「嘘おっしゃい! もう! わたくしはそんなに過激的だと思われているのかしら」

 

 エンマの指先からケイトの頬が離れ、摘ままれていた場所を優しく撫でてくれる。指先から労わりが伝わるが、撫でるなら摘まむ前にして欲しい。

 

「峻烈可憐のエンマと呼ばれるだけの事はある。特に空賊たちからはそう思われても仕方ない」

「それなら問題ありませんわ。ダニ虫共から何を言われましてもわたくしの邪魔立てはさせませんもの」

「同意する。任務の邪魔をするのであれば尚更」

「えぇ。ですが今すべき事はケイトにクッキーの作り方を教え、この材料を無事に食べられる物へと変化させる事ですわ」

 

 エンマの言葉に頷き、指導が始まる。

 

 

「さて、この生地を少し休ませましょう。その間に紅茶を用意致しますわ」

「感謝する」

 

 あの後、始まったクッキー作り。

 エンマの発言通り、お菓子を作ると言う行為はとても労力が必要な事が身を持って分かる。

 材料を混ぜ続ける為の体力、生地がしっとりとするまで繰り返し行われる作業に耐えるだけの忍耐、グラム単位で分ける材料と投入のタイミングを見計らう正確性。どれも欠かす事が出来ない。

 

「流石はケイトですわ。初めてとは思えない程に手際が良くて、教えているわたくしの方が見惚れるぐらいに」

「褒められても何も出ない」

「あら、既に出ていますわよ」

 

 何となく自分の頬を触ってみる。特に変化はない。いつも通りのケイトの頬だ。

 その様子がおかしかったのか、エンマが上品に笑う。

 

「ケイトは感情表現に関して自分でも気にしているのかしら」

「出ると言われて思いついたのが表情だ」

「わたくしは立派な生地が出来上がりましたという意味で言いましたわよ?」

 

 意地悪なエンマが目の前にいる。

 エンマの発言に対して反論も思い浮かばないぐらいに、その表情は実に楽し気で怒る気も湧かない。

 出して貰った紅茶を頂く。赤みの薄いオレンジ色、芳醇な香りと豊かな風味。お菓子作りで消耗した身体に染み渡るのが分かる。

 

「落ちつく」

「お菓子作りの時はダージリンと決めておりますの。体力勝負ですから」

「同意する。これ程大変だとは思わなかった」

「ですが、上手く出来上がった物を美味しいと言ってくださる方がいますと、この疲労感も心地良くなりますわ」

 

 美味しい。アレンもそうだったのだろうか。

 味わった感想をそのまま伝えていただけなので、毎回同じ内容であったと記憶している。

 でも食した時に感じる思いはいつも変わらず「美味しい」の一言だ。

 素っ気なく聞こえるかもしれないが、シンプルに表すこの言葉が一番的確に表しているとケイトは思う。

 

「ケイトもアレンに美味しいと言って頂けると良いですわね」

 

 確かに。アレンの味を再現するのは先の話しになってしまうだろうが、ケイトの味付けによるクッキーも気に入ってくれると嬉しい。

 ケイト味とでも表現すべきだろうか。まだ焼き上がりすら終わっていないのに想像が膨らむ。

 

「アレンにそう言ってもらえると嬉しい。だけどその前に感想を頂きたい人が出来た」

「あら? どなたでしょう? まさかケイトに良い方が!?」

「エンマに美味しいと言ってもらいたい」

 

 何かを勘違いしていた様なので正直に伝える。

 エンマの口元に置かれていた手が頬へと移動し、しばらくして俯くように頭を下げて顔全体を掌で隠す様にしている。

 小刻みに震えている。勘違いを指摘されて恥ずかしいのだろうが間違いは正しておかなければ。

 エンマには悪い事をしたが、ケイトはアレンの世話で精一杯だ。

 そもそもケイトにはまだ理解の出来ない感情だ。そういった話の類であればザラが適切ではないだろうか。

 経験豊富で私たちが知らない事もあるだろう。昔、ちょっとあった人は強い。

 

「エンマ、大丈夫か?」

「ケイト、早とちりしたわたくしも悪いのですが、そのタイミングで伝えるのは卑怯ですわ」

「卑怯? それはどういう意味?」

「なんでもありませんわ! 生地も十分休まったでしょう! オーブンに投入して最後の仕上げに入りますわよ!!」

「了解した」

 

 これ以上の追求は良い結果にならないだろう。エンマ先生の指示通り従うのが一番だ。

 だが一つだけ気になる事がある。指摘しても良いものか悩む。

 

 顔が茜色に染まっている。

 

 ケイトが勘違いを指摘したせいで羞恥心が強まり、体が火照りだしたせいだ。

 

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