荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

46 / 131
笑顔の作り方

 指先から伝わる本の感触。ページをめくると、インクの匂いと紙独特の香りが鼻をくすぐる。

 この瞬間が何よりも心地よい。

 本を読み終えた後、その余韻に浸りつつ、ゆっくりと目を閉じる。

 ケイトがこのような行為をするようになったのは、間違いなくチカの影響が大きいだろう。

 

 

「ねえ、ケイトはどうして本を読むのが好きなの?」

 

 ある日の休憩時間、チカが尋ねてきた。

 

「なぜ、そのような質問をする?」

「別に深い意味はないんだけど。ただ、ちょっと気になっただけ」

「そうか」

 

 ケイトは目を閉じて思考を巡らせる。

 チカに嘘をつくのは良くないと思ったからだ。

 

「理由をあげるとするなら、知識を得られるという点だろうか」

「知識?」

「知識は人を強くする。様々な知識を得ていくうちに、自分が何をすべきなのかが明確になっていく」

「ふぅん。そういうものなんだ」

「チカは違うのか?」

「私も本は好きだけど、ケイトとは少し違うかも」

「どういう事だ?」

「私の場合、本を読んでいる間は違う世界に入れる感じだからさ。ほら、私達って戦闘機に乗って空を飛んでいるじゃん? それと同じで、本を読めば読むほど世界が広がっているっていうかさ……上手く言えないけど」

「理解出来る。ケイトも新たな知識と経験を得られた時は、高揚を覚える」

「それそれ! それと一緒だよね! それに今日のケイトはご機嫌だよね! 何か良い事でもあったの?」

 

 チカに指摘され、いつもよりケイトは上機嫌だった事に気づく。無意識のうちに笑っていたらしい。

 

「チカと話をしていたからだと思う。好きな事を語り合い、チカを通して知識が増えていく感覚が、ケイトはとても好きだ」

「私と話すのが楽しいの? 私もケイトと話すのは楽しいよ!!」

 

 チカの屈託のない笑顔を見て、ケイトは自然と頬が緩んだ。

 

(チカの笑顔は眩しくて暖かい)

 

 彼女と話していると、まるで春の陽気に包まれているような気分にさせられる。それはケイトの好きなボーっとする時間とも似ていた。

 彼女の明るさは、きっと多くの人を惹き付けるのだろうと、ケイトは思う。

 そんな事を考えていると、チカが唐突に話しかけてくる。

 

「あ!! そうだ! いいこと考えた!」

「どうした?」

「笑顔! 笑顔の練習をしようよ、ケイト! ケイトって今でもあんまり表情変わらないじゃん!」

「確かにそうだが、いきなりその様な事を言われても困惑する。練習するものでもないと思うのだが」

「えぇー、ケイトの笑ってる姿ってすっごく可愛いのに! 私とアレンしか分からないなんて勿体無いよー」

 

 かわいい、カワイイ、可愛い。

 チカはケイトと違って喜怒哀楽の表現が豊かな子であるから、ケイトには真似できない部分があるのかもしれない。だが……。

 

「それで、具体的にはどのような事をすれば良い?」

「おっ! さすがはケイト! 乗り気になってくれて嬉しいよ!」

「あまり期待は出来ないが、チカの提案ならば受け入れようと思っている」

「やった! じゃあさ、まずは鏡の前でニコッと笑うところから始めようか!」

 

 そういうと、チカは部屋の奥へと移動し、ケイトを手招きする。

 羽衣丸居住区に割り当てられた四人部屋。ケイトとチカ、キリエとエンマの四人で使用している部屋の奥には、狭いながらも多少のスペースが確保されている。

 チカの誘いに応じて移動すると、いつのまにやらエンマの私物である鏡が用意されており、そこにはケイトの姿が映っている。

 

「ケイトだってちゃんと表情を変えているんだから、それをもっと分かり易く表現できるようになれば、ケイトもみんなも喜ぶんじゃないかな」

「なるほど。しかし、どのようにして?」

「例えば、こんな風に……」

 

 両手の人差し指を口の端に当て、口角を上げてニッコリとした顔を作るチカ。

 

「こうやって、口元を横に引っ張るの。これだと、自然な笑顔に見えるでしょ?」

「……」

 

 ケイトは無言のまま、チカの顔をじっと見つめる。

 チカの言うとおりに実行してみるが、確かに口元は横に引き伸ばされており、普段のケイト自身からも分かる無愛想な雰囲気とは違う印象を受ける。

 だが、これは本当に笑顔と言えるのだろうか? 同じようにしているチカは満面の笑みを浮かべている。

 つまりは、今のケイトに足りないのはこういう事だろう。

 

「チカに質問がある」

「ん? なーにー? なんでも聞いてよ!」

「チカは笑顔を作る時、何を考えている?」

「考える? 笑顔になる時って考えるものだっけ? う~ん、なんにも考えてないかなぁ。なんか勝手にニコニコしちゃうんだよねぇ。多分、無意識にやっちゃってるとは思うんだけど」

「意識せず、自然に?」

「そうそう。気付いたら出来てるの。だからケイトも深く考えずに、楽しいことを思い浮かべながらやってみたらどうかなって」

「楽しい事……」

「ほら、今みたいに。ね?」

 

 チカが再度、人差し指を口の端に当て、笑顔を作ってみせる。チカは凄い。ケイトに出来ない事を簡単に成し遂げてしまうのだから。

 ケイトにとっての楽しみ、喜びとは、一体なにか。

 

(……)

 

 その時、ケイトの中に一つの答えが浮かぶ。その瞬間、チカの言葉が脳内に蘇る。

『意識せずに出来る』

 これが正解かどうかは分からないが、少なくともケイトにとっては大切な事であるように思えた。

 そして何よりも重要な事は、ケイトがチカの笑顔を見た時に、心の底から温かい気持ちになっているということ。

 それがケイトにとっての「楽しさや嬉しさ」なのだろうと思った。

 だからこそ、ケイトもチカのように笑顔を作りたい。

 ケイトは、ゆっくりと深呼吸をして、自分自身に言い聞かせるように言葉を口に出す。

 

「……分かった。ケイトも試してみる」

「うん! 頑張れ!」

 

 チカが応援してくれる。それに応えるためにも、ケイトは笑顔を作る事に集中する。

 彼女から視線を感じつつ、ケイトは目を閉じてイメージをする。頭の中で楽しい事を想像するのだ。

 ケイトは本を読む事が好きだ。ハンブルグサンドを食べている時も、美しい景色を見る事も。

 それに、仲間と一緒に過ごす時間も。

 楽しい事を想像すると、自然と口元が緩んでしまう。

 だからケイトも、笑顔になれるはずだ。目を開くと、目の前には満面の笑みを浮かべたチカの姿があった。

 

「……どうだろうか?」

「すっごく綺麗だよ! ケイト! さっきまでと全然違うよ!!」

「自分ではよく分からないが」

「もう! 分かってるくせに! さっきまではいつもどおりだったけどさ、今はすっごく素敵な笑顔をしてるよ!」

「そうなのか?」

「絶対そうだって! 私、嘘つかないもん!」

 

 正直に言えば、先程までの自分を振り返ると、チカの言うような変化があるとは思えない。

 だが、それでも彼女は自信を持って断言してくれた。

 

「チカがそこまで褒めてくれるなら、きっとそうなのだろう。ありがとう。チカのおかげで、ケイトも笑顔になれた気がする」

 

 ケイトがお礼を言うと、チカは少しだけ頬を赤く染めて照れた様子を見せる。

 

「べ、別に大したことじゃないし! ただの事実だし!! それよりも早くご飯食べないと冷めちゃうから! はやく酒場に行こっ!?」

「分かった、急ごう」

 

 チカに手を掴まれ、そのまま引かれる形でケイト達は部屋を出て酒場へと向かう。

 ケイトの手を引くチカの手には力が込められて、伝わるチカの体温が心地よく、彼女の優しさが伝わってくるようであった。

 

 

 何事も経験だとアレンから伝えられ、戦闘機に搭乗し、コトブキ飛行隊に加入したケイトであるが、その経験に基づいて理解出来た事がある。

 経験とは一つと限らず、幾つも存在している。それらは、積み重ねる事で大きな意味を持つのだと。

 戦闘機に搭乗する事だけでなく、仲間達との会話でも言える事だ。

 コトブキの皆が楽しげにしている姿を見ると、ケイトの心は温かくなっていく。

 そんな彼女達の傍にいると、不思議と自分も楽しくなってくる、仲間と共にいる時間をより大切に思えるようになった。

 この感覚は、他の仲間たちも感じているに違いない。だからこそ、皆は互いに支え合いながら日々を過ごしているのだと思う。

 コトブキ飛行隊の仲間達に出会ってからというもの、毎日がとても充実していると思うのだ。

 それを皆にも理解してもらう為、ケイトは新しい経験を重ねる事にした。

 言葉だけでは上手く想いを伝えられないのであれば、笑顔を。せめて微笑みだけでも良い。自分が感じている感情を仲間に伝えたいからだ。

 それを一番最初に見てもらいたいのは、ケイトの手を引きながら前を歩く、先程よりも顔を赤くしているチカに。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告