荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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空の駅セントーにて

 日も暮れかけ始めているイジツの空。

 一仕事を終えたアタシの隼一型と、リガルの飛燕が、風を裂きながら空を飛ぶ。

 眼下には広大な荒野が広がり、所々に枯れ果てた木々や草むらが見えるだけで何もない。

 こうやって空を飛んでいると、地上の喧騒が嘘のように思える。

 たまに聞こえる音と言えば、遠くから響く発動機の音や、風切り音が関の山。

 それもすぐに消えてなくなる。

 だが、それもいつもの事。アタシ達の日常だ。

 

『はぁ……なんて素敵なのかしら。私の為にあるような宝石よね!』

「そーだなー」

『ちょっとレンジ! 何なの、貴女のやる気のない返事は!!』

「仕方ねぇだろう! さっきまで追われて空戦をしていた後だ、疲れてるに決まってるだろ!! それに、今日一日ずっと付き合わされたアタシの身にもなれっての!!」

『あれぐらいで疲れるような鍛え方はしていないはずでしょうが。全く、情けないったらないわね』

「無報酬で手伝わされたアタシに、何か伝える事はないかよ!」

『美しい物が手に入れる手伝いが出来たのなら、感謝して欲しいくらいなのだけれども。むしろ光栄に思うべきでしょ?』

「オマエがアタシに喧嘩を売っているのはよく分かった……。あとでたっぷり買わせてもらうから覚悟しろ!!」

『ふふん、負け惜しみにしか聞こえないわよ?』

 

 売り言葉に買い言葉。これ以上の口論は不毛だと思い、アタシは気持ちを落ち着かせる事にした。

 しかし、今回の仕事はリガルの趣味に振りまわされっぱなしだ。

 アタシは、ため息交じりに愚痴をこぼした。正直言って、疲労が溜まる一方だ。

 けれど、リガルにはアタシの弟であるアタルの件で世話になったから、恩義を感じている。本人には絶対に言わないが。

 だからこそ、こうして文句を言いながらも、手伝っているんだけれど。

 

(まったく、アタシはいつからこんなにお人好しに……)

 

 昔はもっと冷徹で、一匹狼として活動していたはずだった。それが今となってはどうだ。

 すっかり怪盗団アカツキの色に染まり、仲間達との付き合いも良好だ。

 少し前までは考えられなかったことだが、今はもう受け入れている。

 これも全部、アイツらのせいだと思いながらも、口端が緩むのを抑えられなかった。

 

『レンジ』

 

 いつもの事ながら、リガルはアタシの名前を呼ぶ。

 誰かに名前で呼ばれる事が、少しだけ嬉しいと感じるようになった。

 ……と、素直に認めたくないが、事実だから受け入れるしかない。

 それはそうと、一体なんの用だろうか? 

 

「なんだ、リガル。また悪巧みか?」

『あら失礼ね。今日の労いも兼ねて、私の美しさを貴女にも分けてあげようと思っていたのに』

「そりゃどういう意味だよ?」

『セントーに向かうわよ』

「……はぁ?」

 

 訳が分からず、間の抜けた声が出てしまった。

 リガルはそんな事は一切気にせず、アタシの前に機体を移動させ、翼を振る。

 黙ってついて来い、という事らしいな。

 言われた通り、リガルの誘導の元、アタシ達が降り立ったのは、イジツによくある空の駅の一つ。

 だが、アタシの記憶にある限りでは、ここは寂れて誰も利用していないような場所だったはずだ。

 だというのに目の前にある建物からは、活気溢れる声が響いている。

 

「いつの間にか、随分と賑やかな所になっているじゃねえか」

 

 駐機場に機体を置き、周囲を見渡すと、幾つか見慣れた機体が目に映る。

 

「っておい! 自警団から空賊まで、いろんな連中が集まってやがるぞ!?」

「当たり前じゃない。あそこにある看板を読んでみなさいよ」

 

 隣にやってきたリガルが指さす方には、"空の駅セントー"と書かれた文字の右下に、空賊歓迎の文字があった。

 それを見た瞬間、思わず頭が痛くなった。

 確かに、イジツでは空以外、持ちつ持たれつな所はあるが、だからと言ってここまで大々的にやるか普通。

 しかも、「決まりを守って正しく楽しく空を飛びましょう。誰でも自由にご利用できる、アットホームな憩いの場を目指しています」だと。

 ツッコミどころが多すぎて、どこから指摘していいのか分からなくなってきた。

 アタシが呆れ果てていた時、リガルは笑っていた。

 

「自警団はともかく、空賊まで利用が許可されているのなら、怪盗が利用しても問題はないわよね。ほら、行くわよレンジ。私についてきなさい」

「へいへい」

 

 リガルの後を追う途中、一〇〇式輸送機から降りてきた子供が、駐機場に置かれている機体を見て興奮しながら母親と会話をしていた。

 送迎あり〼と看板に書かれていたから、おそらく家族で旅行でもしているのだろう。

 

「しっかし、ここの治安は誰が守ってんだよ。あの親子の他にも、ちらほらと観光客らしき姿が見えるぜ」

「レンジが知らないのも無理はないわね。何せ、この駅は最近になって再建されたばかりだから。なんでも噂だとユーハング人が経営しているみたいだけど、詳細は不明。一つだけ分かっている事は……」

「意味深に言うんじゃねぇ。気になるだろ。勿体ぶらず、早く言えっつうの」

 

 アタシが急かすように言うと、彼女は嬉々として言葉を続けた。

 

「ここでおいたが過ぎると、火炎放射器を担いだモヒカン頭に消毒されるそうよ!」

「……はぁ?」

 

 盛大に溜め息を吐くと、リガルは不服そうな顔をする。

 そんな髪型をする奴、空賊でさえいるのか怪しいのに。

 

「まっ、治安が保たれてんのは何よりだ。ところで、セントーってあれだろ? ラハマとかにある公衆浴場だろ?」

「そうよ。けれど、ここのセントーは他と違う点があるの。それは天然温泉が湧く事。つまり、健康促進から美容効果も期待できるというわけ。まさに私の為に存在するようなものよ!」

「お前の美に対する執着心は本当に凄いな。それだけのもんがあれば、もっと別の事に使えば良いのに」

「これ以上ないほど有効活用しているでしょう? それにここのセントーは他と違う点があって、サウナからお風呂上がりの飲み物が豊富にあるのと、卓球台があることくらいかしら! 後はマッサージチェアもあるわね。売店も充実しているから、レンジも満足するはずよ!」

 

 そこまで言われると、ちょっと興味が沸いた。

 折角ここまで連れてこられたんだし、付き合ってみるとするか。

 

「わーったよ。せっかく来たんだし、一風呂浴びていくとするかね。ただ、入る前に一つ言っておく事がある」

「なによ、改まって」

「堂々とするな。多少はタオルで身体を隠せ」

「あら? 私の美しさをわざわざ隠す必要性なんて……」

「あるんだよ。少しは恥じらいを持て。いくら同性とはいえ、目のやり場に困るんだよ」

「ふ~ん。そういうものなのかしら。まあいいわ、そろそろ行くわよ!」

「元気だな。まったく……」

 

 リガルは楽しげに、鼻歌を歌いながら前を歩く。

 建物に入り、番台に料金を支払い、脱衣所で服を脱ぎ始める。

 その際にチラッとリガルの方を見ると、あれだけ着こんでいながら、あっと言う間に裸になっていた。

 

(コイツ、絶対に常連だろ……)

 

 そう思いながらも、アタシも衣服を全て脱ぎ終え、浴室へ続く扉を開けると、目の前に広がった光景に驚いた。

 そこには、巨大な浴槽と複数のシャワーと椅子があり、壁には立派な山の絵が描かれていたのだ。

 

「うおっ!? なんだこれ!!」

「ふふん、どう? なかなかのものでしょう。私も初めて見た時は感動したものだわ」

「確かに。アタシでも凄さが分かるな。あと、前を隠せ」

「嫌よ。さてと、まずは体を洗わないとね。ほら、あんたもそこに座りなさい」

「へいへい。分かったよ」

 

 アタシはリガルに促され、シャワーの前に移動する。

 リガルは蛇口を捻り、勢いよく出てきた湯を浴び始めた。

 

「石鹸まで付いてるのか。至れり尽くせりだな」

「きっとユーハング人にとって当たり前の事なんじゃないかしら? 私達にとっては、とても贅沢な事だと思うけれど」

「そうだな。よし、これでいいか」

 

 アタシもリガルと同じように、頭から全身にかけて洗い終えると、リガルがこちらへ近寄ってきて、隣に腰掛ける。

 そして、手に持ったタオルで背中を流してくれた。

 

「おっ、サンキュー。じゃあ、次はアタシが流してやるよ。ほら、後ろ向け」

「肌が痛まないように、優しく丁寧にお願いするわ」

「はいはい。分かってますよっと」

 

 リガルから受け取ったタオルで彼女の背中を擦っていく。

 程よい力加減で擦っていると、リガルは気持ち良さそうな声を出した。

 

「はぁ……。やっぱり他人にしてもらうと、自分でするのとは全然違うわね。意外と手慣れているじゃない」

「そりゃアタルがいた時に、何度もやってたからな」

「ああ、なるほどね。弟さんのために頑張るだなんて、お姉ちゃんしてるわね」

「してるも何も、姉なんだがな。こんな感じで良いか?」

「えぇ、十分すぎるくらいに丁寧よ。ありがとう」

 

 アタシは泡を水で流し落とすと、桶に入ったお湯でリガルの肩から下にかける。

 身体を綺麗にしたアタシ達は立ち上がり、ゆっくりとした足取りで、浴槽へと向かっていく。

 

「それじゃ早速入りましょうか。まずはかけ湯をして、それからゆっくり浸かるのがマナーよ」

「おう。了解したぜ」

 

 リガルに言われた通り、アタシは掛け湯をしてから、広い浴槽に浸かった。

 すると、身体中にじんわりとした温かさが伝わってきて、思わず感嘆の声が漏れてしまう。

 

「あぁ~。なんか癒されるな。これが天然温泉の力か……」

「でしょう? これを体験してしまうと、もう病みつきになってしまうのよね。それにサウナも最高だし、このセントーには感謝しているのよ」

 

 アタシが視線を向けると、リガルは嬉しそうに微笑む。本当に幸せそうな表情を浮かべていた。

 そんな彼女を見て、アタシも自然と笑ってしまう。

 

「なに笑ってるのよ。ほら、次はサウナよ! 行きましょう!」

「おい、ちょっと待てって。慌てんなっての」

 

 アタシはリガルに手を引っ張られ、サウナ室へと向かうのであった。

 

 

 温泉を満喫し、片手にはフルーツ牛乳を持ちながら、アタシは休憩所のベンチに腰掛けた。

 

「はぁ、美味いな。風呂上がりの一杯ってのも、また格別だ」

「本当ね。ここに来た甲斐があったというものよ」

 

 リガルが言うように、ここに連れて来てもらって本当に良かったと思っている。

 普段はアジトにあるシャワーを使っているが、こうして湯船につかると、いつもより疲れが取れる気がするのだ。

 特にサウナは格別だった。汗をかいた後の爽快感は、妙に癖になる。

 源泉から湧いているお湯の熱を、そのまま利用しているらしい。

 

「しかし、ユーハングの技術は凄いわね。まさか、温泉まで作れるだなんて。一体誰が考え始めたのかしら?」

「それは分からねぇが、アタシらなんかより技術力が桁違いなのは確かだろうな。そもそも、なんでユーハングはイジツにやって来たんだろうな」

「恐らくだけど、空の果てを目指して旅をしていたのかもしれないわ。空は無限大に広がる世界だもの。そこに何があるのか、見てみたいと思うのは当然の欲求じゃないかしら?」

「そこで"穴"と言わないのは、ロイグのヤツに感化されたのか? アイツが聞いたら喜びそうだ」

「あの子はロマンチストだから。でも、そういうところも可愛いのよ。私は嫌いじゃないわ」

 

 アタシが苦笑いすると、リガルはクスッと笑う。

 

「さてと、そろそろ出るか。あまり遅くなるとモアに叱られちまう。アイツ、怒らせると怖いんだよなぁ」

「それもそうね。モアに叱られるのは、ロイグだけで十分だわ。それじゃ、帰りましょうか」

 

 カラになった瓶を所定の位置に戻すと、アタシとリガルはセントーを後にした。

 空に上がり、機体からは、雲一つない夜空が広がっているのが見える。

 

「星が綺麗に見えるわね。まるで宝石箱の様よ」

「手元に新しい宝石があるってのに、今度は星まで手に入れようとわけか。まったく、どこまで貪欲なんだかな」

 

 呆れながらも、アタシはリガルに返事をする。すると、彼女は楽しげに口を開いた。

 

「あら、私を誰だと思っているの? イジツイチ美しい女怪盗・リガルよ。欲しいと思ったものは、必ず手に入れないと気が済まないの。それが例えどんなに小さな石ころだろうと、絶対に見逃さないわ」

 

 自信たっぷりに言い放つ彼女に、思わず笑い声がこぼれる。

 それと同時に、コイツのこういうところが面白いと思えた。

 だからこそ、一緒にいると退屈しないのだ。




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