荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
局地戦闘機、雷電。
このラハマにおいて守り神として扱われており、代々ラハマの町長専用機として受け継がれてきました。
しかしながら、町の守り神は、この一年で起きた出来事によって随分と酷使された姿になっておりました。
「いやぁ、さすがにボロボロになってしまったね」
恰幅の良い町長は、そう言って苦笑いします。
確かに、町のシンボルであった機体は、至る所に塗装が剥げ落ちています。
このままでは、町の人々に示しがつきません。
「使用を続けるのであれば、本格的に修理に出すしかありませんわ」
「うん。しかしだねぇ……」
「何ですの? まだ何か問題があるのですか?」
「この雷電は、イジツで生産されている機体とは、少々違うみたいでね。全面整備となると技術屋さんが限られていて、頼もうにも伝手が無くて困っているんだよ」
「それをわたくしに言われましても……それこそ、オウニ商会に所属するナツオ整備班長ぐらいしか、思い当たりませんけれど」
「そうだよねぇ」
オウニ商会は、ラハマでも指折りの商会で、その影響力は絶大。
町の有力者もオウニ商会には頭が上がらず、下手な事はできません。
「そもそも、何故わたくしは町長に呼ばれたのでしょうか? マダムから依頼があると聞いておりましたが」
「うん。実はね。近々行われるラハマのお祭りで、司会進行を君にお願いしたいんだよ」
「わたくしがですか? それは構いませんが……確か、雷電も展示されるのですよね? この状態で?」
「そこなんだが、この機会を利用して大々的に町の人達や観光客にも見せたいんだよ」
イケスカ動乱にも参戦した、ラハマの守り神。
確かに展示をすれば、町の宣伝や町民の自信にも繋がりますが、雷電の内部損傷が不明なのも事実。
……って、あら? そういえば……。
「確か、雷電そのものであれば、ギュウギュウランドの方々が、大量に使用されていたと思いますが……彼等に整備をお願いしてみては如何ですの?」
「うん。それも考えて技術者を呼んで見てもらった事があるんだけど、ギュウギュウランドの人達の話では、ラハマにある雷電の発動機部分だけ、どうしても分からないらしくてね」
「発動機が分からない? そんな事あるんですの?」
「ユーハング製の機体だと、そういう事があるみたいなんだよ」
「不思議な話ですわね」
ユーハングの機体は、未だ謎が多いと聞いたことはありますが、こんな所で疑問符が付くなんて。
とはいえ、わたくしは技術者ではありませんからこれ以上は分かりかねます。
「自警団のみんなが今まで以上に頑張ってくれているし、一先ず機体については置いといて。お祭りの打ち合わせを始めようか」
「分かりましたわ」
こうして、わたくしと町長による、打ち合わせが始まりました。
ここまではよかったのです。ええ、ここまでは。
開催当日──―
空の上では、自警団率いる九七式戦闘機が、編隊を組んで飛行しております。
いつもより少しばかり視線が高くなったこの位置からは、見知らぬ顔もそれなりに。
観光客で賑わいを見せるラハマの町並みを、カッポカッポと音を立てながら歩く。
「わたくしの仕事は、司会進行役だけではありませんでしたのかしら……」
思わずため息が出る。
今しがた聞こえた足音は、勿論わたくしのものではありませんわ。
わたくしを背に乗せて歩く蹄の音。
「全く、なんでこんな事に」
「ヒヒーン」
「ヒヒーンじゃないでしょう、ヒヒーンじゃ。あなた、実は分かっていてやってるのではなくて?」
「ブルルルッ」
「……」
ほぼ無毛ともいえるこの馬は、このお祭りの為にギュウギュウランドから提供された馬。
名を「ウシウマ」と言い、名前通り、牛によく似た特徴を持つ小型の馬であるが、とても大人しい性格をしている。
わたくしの知っている馬は、もっと凛々しい姿でしたわ。
「わたくしは、お嬢様学校の生徒であって、騎士学校の生徒ではないのだけれど……」
「ブモォ~ン」
「……」
「……ヒヒン!」
「分かったから、前を向いて歩きなさい。危ないから」
ギューギューランドからは、貴重なユーハング製の雷電を見せて頂いたお礼という事で、提供されたのだが、まさかこのような形で乗る事になるとは思わなかった。
雷電の傍に繋いでおけば良いのに、わざわざわたくしを乗せて歩かせる必要はあるのかと、言いたい。
まぁ、これも経験だと思いましょう。
「それにしても、この辺りは人が大勢いますわね」
「ブモモッ」
ここは丁度、屋台が立ち並ぶエリアに指定されている。
道の両脇にズラッと並ぶ店の数々。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を刺激する。
祭りの空気感も相まって、つい買い食いをしたくなる衝動に駆られるが、グッと堪える。
「美味しそうな香りがしますわね」
「ブルル」
「そうですわね……食べてみたい気持ちはありますが、今はお仕事中。我慢致しませんこと」
「ブフゥ~」
「えぇ、我慢です。わたくしだって我慢しているのですから」
「……エンマ、誰と会話してんの?」
「キリエ!?」
声のする方向へ振り向くと、そこにはキリエの姿が。
「どうしてここに?」
「いや、どうしても何も、お祭りだから来たに決まってるじゃん。エンマは?」
「わたくしは、町長からお仕事の依頼を受けまして」
「あーそっか、マダムが確かそんなこと言ってた様な気がする」
「はぁ。キリエらしいですわね」
キリエが興味を持つ物と言えば、パンケーキぐらいでしょうか?
それ以外に興味を示すところを見たことがありませんわ。
「他の皆はどうなされてますの?」
「んー? 確かレオナとザラは孤児院の子達を連れて歩くとか言ってて、ケイトはアレンとこ。チカはさっきまで一緒にいたけど、はぐれちゃった」
「はぐれたって、貴女は子供ですか」
「はぁ!? 私がはぐれたんじゃなくて、チカがどっか行ったんだよ!!」
「はいはい、そういうことにしておきますわよ」
「本当なんだから! チカが急に居なくなって、探してるうちに人混みで迷子になって、気付いたら一人で歩いてて、なんか疲れてきたなーとか思った時に、エンマを見つけたの!」
「あら、わたくしを見つけてくれましたのね。ありがとう、キリエ」
「むぅ、全然信じてないなー」
「ふふっ、冗談ですよ、キリエ」
頬を膨らませるキリエが可愛らしく見えてしまい、思わず笑ってしまう。
キリエと一緒にいる時は、楽しい事ばかり起こるのですから、不思議ですわね。
でも確かに、この人の多さでは仕方ないのかもしれません。
「ねぇ、エンマはこの後、何するの?」
「式典の司会役は済みましたし、こうしてこの子の背に揺られていれば、後はもうする事はございませんわ」
「そっか、じゃあさ、私と遊ばない?」
「遊ぶ、と言いますと?」
「ほら、そこに射的があるっしょ、あれやろうぜ!」
「ちょ、ちょっと、キリエ、お待ちなさい!」
わたくしの返事を待たず、駆け出すキリエ。
全く、人の話を聞かないんですから……。
と、思いつつも、彼女の後を追いかけてしまう自分がいる事も事実。
「見てみて、エンマ! パンケーキ無料券だってさ! 絶対ゲットするぞぉ!!」
「はしゃぎすぎですわよ、キリエ。落ち着いてくださいまし」
目の前には、景品が並べられている棚があり、その隣には木箱に入った銃が並んでおり、そこから好きなものを選んで撃つ、という仕組みになっているようです。
そして、景品の中には、パンケーキの無料券も置いてあり、キリエはそれを狙い撃ちしようとしています。
しかし、無料券はなかなか倒れず、キリエは何度も挑戦していましたが、ついに力尽きてしまったようで……。
「うぐっ……絶対に何か仕掛けてあるよぉ……」
「お店の方に失礼ですわよ。ほら、わたくしに貸してみなさない」
「えぇ〜エンマがやっても無理だと思うんだけどな〜」
「いいから貸してみなさいな」
キリエが手にしていたライフルをお借りして、構える。
「うえぇ!? エンマ! その子に乗ったままでやるつもり!?」
「本日のわたくしのお仕事は、この子に跨りラハマを巡回することですから、問題ありませんわ」
「そ、そうだっけ……?」
「えぇ、忘れていたのなら、今思い出させて差し上げましょうか?」
「い、いえ! ダイジョウブでアリマス!」
そう、これはお仕事の一環なのでありまして、決してサボっているわけではないのです。
「よろしい。それでは参りますわよ、キリエ」
「うん。分かったよ、エンマ!」
わたくしが銃を構えると、周りから歓声が上がり、キリエも応援してくれています。
こういうのも悪くないものですね。
キリエも、この無料券を欲しがっていましたし、ここで入手出来れば、きっと喜んでくれるでしょう。
わたくしは、慎重に照準を合わせ、無料券が倒れるように重心を考えて撃ってみるものの、惜しくも倒れませんでした。
「ならば、同じ個所に連続して当てるのみ!」
「あ、あの。エンマ……? あまりムキにならない方が……」
「大丈夫ですわ、キリエ。わたくしに任せておいてくださいな!」
「う、うん、わかった。エンマを信じてる! エンマ、頑張れー!! 当たったら、私が食べに行くからねー!!」
わたくしは、キリエに笑顔で返し、再び引き金を引く。
無料券に当り、僅かに揺れるが、倒れる程ではない。
「今度こそ!」
引き金を引いていた指を素早く奥へと移動させてレバーアクションを行い、弾を装填する。
そのまま再び弾を発射すると、無料券がゆっくりと倒れたのである。
「やりましたわ! キリエ!!」
「やったー! エンマ、すごいじゃん!!」
銃を掲げ、小さくガッツポーズをしていると、周りの人達からも拍手が沸き起こり、少し恥ずかしくなってしまいましたが、悪い気はしませんわ。
「ブモモっ!」
どうやら、この子も嬉しかったらしく、鳴いて喜びを伝えてくれました。
本当に、この子は馬ではなくて牛なのでは……? と考えている間にも、キリエは颯爽と景品を受け取りホクホクとした表情を浮かべている。
そんな様子を微笑ましく眺めていれば、突然キリエがこちらに振り向き、何か言いたげにしているのが分かりました。
「どうかしましたの、キリエ?」
「ねぇ、エンマ。よかったら一緒に食べにいかない?」
「珍しいですわね。いつもなら一人で行かれるのに」
「今日はエンマと一緒に行きたい気分なの!」
普段なら、「一人が寂しくなって誘ってきたのではないかしら」と考えてしまいますけれど、今日のキリエは何だか違っていて……。
何が違うのかと言われると説明しづらいのですが、あえて言うなら雰囲気でしょうか。
「ともかく! この子も連れて一緒に行こうよ、エンマ!」
「そうですわね、わかりましたわ。それじゃ、さっそく向かいましょうか」
「やった! 早く行こっ!」
キリエは、まるで子供のようにはしゃいでいますが、理由は彼女の小さな呟きによって判明します。
(にへへっ、今年の誕生日は、二人でお祝いだっ!)
キリエの独り言に、思わずクスッと笑みがこぼれてしまったわたくしに、彼女は慌てふためきながら手を振っていました。
「あっ、ちっちがくて、その、何でもないのっ!」
「ふぅん……まぁ、そういう事にしておきますわね」
「な、なんのことかなー?」
あら、とぼけるつもりですの? キリエは、隠し事が下手でして、わたくしがからかい過ぎるせいもあるかもしれませんが、それでも隠そうと必死になる姿はとても可愛らしいものですわ。
でも、わたくしだって鬼ではありませんから、彼女が素直になってくれたのなら、それに越したことはありませんわ。
わたくしは、彼女に優しく語りかけ、諭していきます。
「キリエ、わたくしに伝えるべき言葉があるのでは?」
「えっと、その……もうちょっと後でもよくない?」
「よくない。ですわ」
「むぅ~……わかった、言うから。エンマには敵わないなぁ……」
キリエは観念したのか、頬を薄く赤で染め、わたくしをじっと見つめてくる。
そして、意を決したかのように、言葉を紡ぎ始めた。
「お誕生日おめでとう、エンマ! これからもよろしくね!」
「ありがとうございます、キリエ。こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」
わたくしは、キリエにお礼を言いつつ、頭を下げていく。
慌ててキリエもお辞儀を返してくれて、顔を上げると、お互いに笑い合いました。
「あはは、なんだろこれ。変な感じ!」
「確かに、おかしな光景ではありますわね。でも、わたくしは嫌いじゃないですのよ」
「そうだよね。こういうのもいいかもね、エンマ!」
「えぇ。悪くはないと思いますわ」
いつまでも変わらず、キリエが傍にいる限り、この願いは叶うでしょう。
だから、わたくしはキリエの言葉に同意する。
それは、わたくしにとって、とても幸せな時間でした。