荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
ある日の休日での一コマ。
私は相も変わらず、ジョニーズサルーンでリリコさんが焼いてくれたパンケーキを頬張っていた。
「お~いしぃ~」
思わず声が出るくらいおいしい。
焼きたてのパンケーキにバターを乗せて食べるだけでも幸せな気分になるけれど、そこにメイプルシロップをかけるのもまたいいのだ。
「キリエは本当にパンケーキが好きね。美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるわ」
休憩だろうか、向かいに座るリリコさんが微笑みながらそう言った。
「うん。リリコさんのパンケーキ大好きだよぉ~! 甘くてふわっとして~、毎日でも食べたいなぁ~」
「実際に毎日食べているじゃないの」
呆れたように言うリリコさんに対して私は笑う。
「それはそうなんだけどさ~。リリコさんの作るパンケーキってすごく優しい味がして、今ではこれが私にとって一番のご馳走だなって思うんだよね~」
「はいはい。おだてても何も出ないわよ?」
リリコさんは苦笑しつつも少し嬉しそうだ。
私はおだてているつもりなんてないけど、パンケーキは好きだから嘘ではないんだよね。
口にパンケーキを運びながらリリコさんと会話を続ける。
「折角の休暇なのに、キリエは何か予定とか無いのかしら?」
「ん? うーん……今のところは無いかなぁ。リリコさんはどうなの?」
私の問いにリリコさんは少し考え込む仕草を見せた後、「私は……」と呟いた。
「キリエがパンケーキを食べ終えたら、カイチに向かう予定だけれど」
「カイチに? どうしてまた急に?」
私が首を傾げると、リリコさんは胸元から折り畳まれていた一枚のチラシを取り出し、テーブルに置いた。
それを手に取ってみると、何やら賑やかな文字でこう書かれていた。
『大ユーハング展! 開催!!』
チラシには絵や写真が載せられており、様々なものが展示されるようだ。
「リリコさんってこういうのに興味あったんだ?」
「別件でラハマを離れていた時に、偶然このチラシを受け取ってね。時間が合えば暇潰しぐらいにはなるかと思って持ち歩いていたのよ」
リリコさんは興味が無ければ見向きもしないタイプの人間だから、私にとっては意外な事実だった。
「どんなものが展示されているのかなぁ?」
「色々とあるみたいよ。今回の為に特別な迷彩を施した機体や、模型、ウキヲエ、といったものも展示されるらしいわ」
「何ていうか、いつも通りのごちゃ混ぜ感が凄いよね……」
「展示会をうたっておきながら、その実何でもありの闇市みたいなものではないかしら。まあ見る側としては面白いと思うけど」
テーブルに肘をつき、手に顎を乗せながらリリコさんがそんなことを言った。
色々なものが混ざっているのは確かだけど、なんだか楽しそうだなぁ。
「その様子だとキリエも興味がありそうね。折角だし、一緒に行ってみる?」
「えっ!? 良いの!? 行きたい!」
「別に構わないわ。じゃあ準備をして行きましょうか」
リリコさんからのお誘いに、私は喜んで乗ることにした。
◇◇◇◇
空に上がってしばらくすると、雲一つない青空が視界いっぱいに広がった。
今日は天気が良くて絶好の飛行日和だ。
とはいえ、本日の私はいつもの機体と操縦席ではなく、リリコさんが搭乗している流星の後方座席に座っている。これは普段と違う感覚で、なかなか新鮮な感じがする。
「たまには悪くないでしょう?」
機体を操りながらリリコさんが問いかけてきた。
「うん! いつもと景色が違うから、なんだか新鮮だよ!」
「楽しんでもらえているなら良かったわ」
リリコさんの言葉に、私は大きく頷いた。
普段は仕事で空を飛んでいるけれど、今回は休暇中だし、リリコさんも一緒だから気が楽だ。
流星から聞こえる誉型発動機の音が小気味よく響き、それに呼応するように私のお腹も鳴ってしまった。
「……っ!!」
恥ずかしいやら情けないやらで顔が熱くなるのが分かる。
「もうすぐカイチに到着するから、それまで我慢しなさい」
リリコさんが軽くこちらに頭を向いて苦笑してくる。
いや、だって仕方がないじゃん!! お腹が空くのは生理現象なんだし!! そんな言い訳を心の中で叫んでみるものの、余計に恥ずかしくなっただけだった。
そんな私の様子を意に介することなく、リリコさんは前を向いた。そして操縦桿を傾け、徐々に高度を下げていく。どうやら着陸態勢に入ったみたいだ。
地上に目を向けるとカイチが見えてきた。上空から見ると街の様子が良く分かる。
普段とは違い活気がある街の様子が目に映った。
「いつもより賑やかだね」
「ユーハングの展示が行われる影響でしょうね」
「やっぱりみんなもお祭り気分で来ているのかな?」
「そうじゃないかしら? 娯楽なんてほとんど無いだろうから、気晴らしにもちょうどいいのかもしれないわね」
「なるほどねぇ」
そんな話をしながらも、リリコさんは手慣れた様子で流星を着陸させ、駐機場まで機体を進ませたあと発動機を停止させた。
リリコさんと共に機体から降りると、こちらへと勢いよく駆け寄ってくる二人の少女の姿が見える。
「キーリーエーさーん!! リーリーコーさーん!!」
「うげっ、後輩ちゃん達だ」
私に向かって飛びついてくるユーカを見て思わず顔を顰めてしまった。彼女は相変わらず元気だなぁ。
その後に続いてもう一人、黒髪がよく似合う少女のエリカ。
彼女はリリコさんへの挨拶を終えると、私と目が合うなり頭を下げた。こちらは対照的に大人しい印象の子だ。
「相変わらず元気そうね、二人とも」
私達の元へと駆け寄ってきた二人にリリコさんが苦笑しつつ声をかける。するとユーカは嬉しそうに返事をするのである。
「はい! ハルカゼ飛行隊のモットーですから!」
「そんなこと初めて聞いたわよ、ユーカ?」
呆れた様子のエリカにユーカはテヘっと可愛らしく舌を出しておどける様子を見せた。
そんな彼女たちの様子にやれやれと言った感じで首を振るリリコさんだったが、どこか満更でもない様子だ。
「キリエさんたちも『大ユーハング展』を見に来られたんですか?」
「そっそー。暇していたところにリリコさんから誘われてねー」
そう言って私はリリコさんの方に目を向ける。その視線に気付いたのか彼女もこちらを見て微笑んだ。
「……ということなのよ」
「そうだったんですね! 私たちも今日の為に出店の準備をしてきたんですよー!」
「いや、そこは飛行隊らしく飛行機関係の物を出展した方が良くないかな……?」
「キリエも指摘するところはそこなの? もっと他に気にするところがあるんじゃないかしら?」
「ほらみなさい、ユーカ。社長に直訴して護衛の仕事を取りつけるべきだったのよ」
「うっ……反省します……」
しょんぼりとするユーカを横目に見つつ、エリカが口を開く。
「今回は残念ながら出店の仕事で街を盛り上げることが仕事ですけど、次回以降はしっかり依頼を取って飛行隊としての仕事を果たしますよ!」
そう宣言するエリカであったが、その横では何故か自信満々に胸を張るユーカの姿があった。
そんな彼女の姿に不安を覚えずにはいられない私なのであった。
◇◇◇◇
カイチには既に多くの人が集まっており、思い思いに過ごしている様子だった。
エリカから受け取った『案内図』を片手に歩く私達は、展示物を見ながら話を続ける。
「にしても、展示物の内容がバラバラすぎる気がするんだけど!」
「……私も同感だわ」
駐機場には、シンプルを追求したものから煌びやかな塗装が施された機体が置かれてあり、作品名と所有者の名前らしき文字が目の前に置かれている。
愛情を込めて塗装された機体、作られたであろう作品はどれも魅力的であるが、同時に統一性の無い作品群だった。
「なんかイジツって感じだよね、こういうの」
「まぁ、間違ってはいないと思うわ」
リリコの言葉に同意するように頷きながらも私は周囲を見渡した。会場には人が大勢集まっており熱気を感じる程だ。
私はもう片方の手でユーカから受け取ったウッズマンを頬張りながら話す。
「これって誰が描いたんだろう?」
目の前にあるそれは、幾つもの色鮮やかなイラストが描かれた紙であり、ウキヲエとはまた違った趣きがあるものだ。
「……その中の一つは、イヅルマのカナリア自警団の子が描いたものらしいっすよ~」
横から聞こえてきた声に反応してそちらを見ると、大雑把に地面へと品物を並べた露店があった。
大きなヘアバンドを巻き、細い三つ編みが幾つもある髪型をした女性が人懐っこく楽し気に話しかけてきた。
「最近ではウキヲエ以外の画風の作品も増えてきているんすよ~。これもその一部っすけど、どうっすか?」
取り扱っている商品の一つを指さしながら話しかけてくる女性に、リリコさんが苦笑しながら答えた。
「ごめんなさいね、私たちはそういった芸術方面は詳しくないの」
「ありゃ残念っすね~! であればコレなんかどうっすか? なんでもユーハング由来品らしいっすよ~」
そう言って差し出されたのは、何やらボタンが付いた厚みのある長方形の箱のようなモノだった。
表面部分は焼き焦げており、透明部分が僅かに確認できることから何らかの装置であることは理解できたが、それ以上は不明だ。
「なんだこれ?」
「持ち運びの出来るゲームみたいっすよ~。アタシはピコピコって呼んでるっす~」
女性は笑みを浮かべると箱の一部を指で押してみせた。どうやら何か作動するようだ。
「空の駅に置かれているようなピンボールとは別物なのね」
「そうっすね~。ピンボールと違って煌びやかさは無いっすけど、中毒性はなかなかのものっすよ~」
「……今のキリエを見ていれば説得力がありそうね」
「むぐぐ……!」
女性から手渡された箱を前に、ひたすら指を動かしていた私に対し、リリコさんの視線が刺さるのを感じた。でも仕方ないじゃん!! 楽しいんだもん!!
ブロックを一掃出来た時の快感と言ったら……! 病みつきになっちゃうよ!! そんな私の姿を見ていたリリコさんは呆れたように息を吐く。
「はい没収」
「あー!! 私のゲーム!!」
私が必死に操作していた機器を奪い取ったリリコさんは、そのまま女性へと返却してしまった。
「今度こそ売れると思ったっすけど、保護者同伴じゃダメっすね~。次は別の奴を用意するんで、その時はどうぞご贔屓にお願いするっす~」
女性は残念そうにしつつも、次の機会を楽しみにしているといった様子で笑顔を見せた。
「次っていつになるか分からないわよ? こんなご時世だしね」
「確かにそうっすね~。でもアタシのカンが言ってるっす! この先もまだまだ機会は訪れるはずっすよ!」
「……だと良いわね」
女性の元気な姿に呆れつつも微笑むリリコの表情を見た私は小さく呟く。
「(あの顔は本当にそう思っている時の顔だ)」
なんだかんだ言ってリリコさんもこの展示会を楽しんでいるんだなと思いながら、私は空を見上げたのだった。
◇◇◇◇
「あづいぃ……もう無理だぁ……」
「……暑いわね」
額から滴り落ちる汗を拭いながらぼやく私に、ハンカチを手渡すリリコさんの姿が見える。そんな姿すら様になっているのが羨ましい。
「どこかで一息ついた方がよさそうね」
その言葉に大きく頷いた私は彼女と並んで歩き出す。ふと視界に入った喫茶店が目に入ったので立ち寄ることにしたのだが……。
「大変申し訳ありませんが只今満席でして……相席でしたらお受けできるのですが……」
店員さんの言葉を聞いた私とリリコさんは目を合わせる。別にそこまで拘っているわけではないので問題無いだろう。
「構いませんよ。それでお願いします」
「分かりました。それではこちらにどうぞ」
そうして案内された先の席に座っていた二人の女性は、リリコさんを見るなり声を上げた。
「あら? リリコじゃない!」
「久しぶりね。元気にしてたかしら?」
「えぇ、二人とも元気そうで何よりだわ」
笑顔で語り合う彼女たちの様子を傍目に見つつ、私は空いている椅子に座る。すると白髪の女性から声をかけられた。
「貴女は確かコトブキ飛行隊の子よね?」
「え!? は、はい。そうですけど……」
突然話しかけられたことで驚きつつも返答すると、彼女は嬉しそうな顔を見せた。
「やっぱり! 仲間たちから話に聞いていた通りの子ね。会えて嬉しいわ」
「仲間たち? それって一体……?」
「自己紹介がまだだったわね。私はリガル、そしてこっちにいるのは……」
「ロイグよ。リリコやアレンから話をよく聞いているから初対面な気がしないのよね」
「アレンのことも知ってるの!?」
思いがけない出会いに驚く私だが、二人は笑いながら答える。
「ええ、もちろん知っているわよ。ロマンを分かち合った仲ですもの」
「ロマン?」
「そうよ。私たちの仲間はみーんなロマンを求めて生きてるのよ」
「ロイグは相変わらずね」
呆れた様子を見せるリリコさんとは対照的に、ロイグさんはさらに続ける。
「ロマンのない人生なんて生きている意味が無いわ。そうでしょう?」
「いや全く分からないんですけど……」
「つまりね、夢を追うことが大事なのよ」
「なるほど……? 分かるような分からないような……?」
いまいち納得していない様子の私に対し、リガルさんが補足するように口を開いた。
「この子の言うことを真に受けちゃダメよ。ただの気分屋だから」
「失礼しちゃうわねー。ちゃんと私なりに考えているわよ」
不満そうに頬を膨らませるロイグさんを宥めながらリガルさんが言う。
「二人がココにいるって事は『大ユーハング展』を見に来たのかしら?」
「まぁそんなところね」
リガルさんの問いに答えながら運ばれてきた紅茶を口にするリリコさん。私の目の前にはいつの間にかパンケーキが!
「確か好物なのよね? 勝手に注文しちゃったけど大丈夫かしら?」
「全然大丈夫です!! むしろありがとうございます!!」
「それは良かった。それにしても、こうして直接会うのは初めてだけど想像通り面白い娘みたいね」
「あまりからかわないであげて頂戴。根は素直だけれどちょっと頑固なところがあるの」
そう言って苦笑するリリコさんの言葉に反論しようとしたら、パンケーキに突き刺していたフォークを口に誘導されてしまった。うまっ! 最高かよ!!
もぐもぐしながら二人を見つめると、何故か微笑ましいものを見守るような視線を向けられた。なんでさ。
◇◇◇◇
リリコさんというクッションや共通の相手と知り合いということで、自然と会話が弾む私たち四人。
パンケーキを食べ終わったところで話題は『大ユーハング展』の話になっていた。
「何か興味深いものはあったかしら?」
「まだ全部回り切れていないのだけれど、相変わらずって感じで安心したわ」
ロイグさんからの質問にそう答えるリリコさん。私も似たような感想だったのでとりあえず頷いておくことにした。
「それでも、新しい風を感じ取れる展覧会になっていると思うわ」
「イジツの騒動もひと段落したことだし、新たな試みをするのならこういう時期にやるのが丁度よいってことなのでしょうね」
感慨深げに言うロイグさんに同意するように頷くリガルさん。
そこで何かを思い出したのかハッとした表情を浮かべるロイグさんが再び口を開く。
「いけない、お喋りに夢中になってしまって待ち合わせ時間をすっかり忘れていたわ!」
「あぁ、そういえばそうだったわね」
思い出したかのように言葉を発したロイグさんとリガルさんを見ながら、私は首を傾げていた。
そんな私を見て苦笑を浮かべたリガルさんが口を開く。
「実はね、今日は私たち以外にも同行者がいるのよ」
「他にもですか?」
思わず聞き返す私にリガルさんは微笑みながら答えた。
「そうなのよ。見た目は可愛らしいのに怒らせたら私たちの中でも一番怖い子なのよ。ね、ロイグ」
「はい、すみません」
ニコニコとしているリガルさんと対照的に、本人がいるわけでもないのに頭を下げるロイグさんの姿が何だかおかしくて笑いそうになるけれど、なんとか堪えることに成功した。
でもきっと顔には出ていたのだろう。
「ふふっ、楽しかったわ。またいつか会いましょ!」
そう言った後、ロイグさん達は出口へと向かっていったのだけど、その途中で振り返り私の方に向かってウインクをしながら小さく手を振ってきたのだった。
◇◇◇◇
その後に続くよう休憩を終わらせた私たちは、会場内をぐるりと一周し終えそうな時のことだった。
どこからともなく威勢の良い男性の声と何かを殴打する音が聞こえてきたので、その音の発信源へと向かったところ、そこには人だかりが出来ていて、その隙間から騒ぎの中心となっている人物の姿を確認することが出来た。
「このドラム缶を所定の位置まで運んだ奴が優勝だ! 挑戦者はいるかぁ!?」
どうやら力自慢大会のようなものが開かれているらしい。
真っ赤に塗装されたドラム缶を所定位置まで運ぼうと悪戦苦闘している参加者たちの姿を見ながら思うことがある。
「(ドラム缶って押すものだっけ……?)」
それは当然の疑問であるはずなのだが……力自慢大会ゆえか、誰もそれを指摘しないのか不思議である。というかツッコんでも良いのではないだろうか?
しかしそれがまかり通ってしまうところが、この世界で生きる人々にとっては常識なのだろうなと思い直すことにして、目の前で繰り広げられている光景から目を逸らしてみることにする。
端には敗れた屈強な男性たちが横たわっており、呟くように「ドっ、ドラムかん……」「おっ、おす、おす……」という奇妙な言葉を発していた。
まるで何かに取り付かれているのではないかと思う間にも状況は変化し続けているようで、参加者が一人、また一人と脱落していく様子を眺めていると、一人の女性が声を高らかに張り上げてきた。
「うーっし! このフィオ様の出番がようやく来たってわけだな!!」
意気揚々と歩み出た女性に対し、周りからはどよめきが起こる。
小柄で華奢な体型をしている女性であり、お世辞にも体力があるとは言えないように見えるのだから、それも無理はないことだろう。
そんな周りの声や反応などどこ吹く風と言わんばかりに堂々と歩く彼女に向けて男性が声を張り上げる。
「おい嬢ちゃん、悪いことは言わねぇから止めときな! 怪我してからじゃ遅いんだぜ!」
彼の言っていることはもっともだろう。実際私だってそう思っていたし。
実際に私の隣からも女性を心配する声が……ってあれ? どこかで見たことがあるような……。
「……ローラさん? どうしてここに?」
「……キリエさん? お久しぶりです。奇遇ですね、こんなところでお会いするなんて」
「キリエの知り合いかしら?」
「ほら、以前ショウトで美人パイロットコンテストがあったでしょ? その時に知り合ったんだ」
本来ならザラが出場するはずで私は付き人だったんだけどね。ザラの代理で! 私が!! 出場!!! クツジョク!!
「あの時は本当にお世話になりました」
深々と頭を下げてくるローラさんに対して、私は慌てて頭を上げるように言うのだが、彼女はなかなか頭を上げようとはしない。
いや本当に感謝されるのは嬉しいんだけどさ、そこまでされると逆に困るっていうかなんていうか……。
そんな私を見かねたのかリリコさんが助け舟を出してくれた。
「それよりも、彼女を止めなくて良いのかしら?」
その言葉にハッと顔を上げるローラさん。
彼女の視線を辿るようにしてドラム缶へと目を向けると、すでに先程の女性が所定の位置にスタンバイをしていた。
「フィオ! 危ないからやめなさい!」
「大丈夫だってローラ! フィオ様に任せな!」
言葉をかけるローラさんの制止を振り切り、ついに女性は動き出した。
「行くぜっ!!」
大きく息を吸い込んだ後に気合の入った声を上げ、一歩を踏み出した女性、フィオさん。
掛け声と同時にドラム缶を押し始めると、徐々にではあるが、確実に動き始めるドラム缶。その光景を目にした誰もが感嘆の声を上げる中、私たちはそっと呟く
「(やっぱり押すんだ……)」
「(押さないといけないルールなんて無いのにね)」
「(もう、フィオったら……)」
ローラさんは呆れ顔になりながらもどこか嬉しそうにしている。
そうしている間にもフィオさんが押すドラム缶は、徐々に所定位置へと近づきつつある。
あと少しでドラム缶が一列に並ぶ! そうすれば軽快な音を立てて消え……ない!
当たり前だがどうやらピコピコのやりすぎで私の頭は少しおかしくなってしまったのかもしれない。
『ガコッ』という音を鳴らして綺麗に並んだドラム缶。沸き立つ観客たち。それに応えるかのようにフィオさんがドラム缶の上に飛び乗り高笑いを始める。そして頭を抱えているローラさんの姿が目に入った。
「このフィオを称えよ! フィオ様を敬え! なーっはっはっはっ!!」
そんな彼女の偉業を目の当たりにした人々の声援に応えるように再び高笑いをあげるフィオさんの姿は、実に楽しそうであった。
だが、そんな幸せの時間は長くは続かなかったようだ。
「コラーっ! 一体何の騒ぎですか!? 説明しなさい!」
「げっ! またアイツかよ!? ローラ! 逃げるぞ!」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい! フィオってば!」
聞こえてきた赤髪の女性の怒号を耳にした瞬間、フィオさんの体は反射的に動いていた。隣にいたローラさんは私たちへの挨拶もそこそこにしてこの場を去っていく。
観客たちも我関せずと散り散りになっていく様子を眺めながら、私とリリコさんはお互いに顔を見合わせていた。
「なんか大変そうだね……」
「えぇそうね」
あの様子ではおそらく今後も色々と巻き込まれていくんだろうなと思うと、少し気の毒になる気持ちもあるけれど、これもひとつの縁だと思って諦めてもらうしかないのだろう。
そんなことを考えているうちに彼女たちの姿が遠くに見えるようになり、そのまま二人は会場を後にしたようだった。
「あーもう! またおじさんしか捕まえられなかったー!」
「休暇中でも勤めを忘れないお姉様は素敵です!」
◇◇◇◇
会場をぐるりと一周し終えた頃には、太陽は下り坂に差し掛かろうとしていた。
西日を背に浴びながらリリコと並んで歩きつつ、今日一日を振り返るようにして言葉にする。
「なんだかんだで一日が終わったわね」
「結局さ、ユーハングって何だったんだろうね?」
「……さぁ?」
改めて考えてみるとよくわからなかったりもするわけで、その事についても深く考えることをやめた。
そもそも考えても答えが出る類のものでもないわけだし。
それにわからないことを考えるよりかは、今を楽しんだ方が得だと思うんだよね。
まぁでもひとつだけわかることはあるかな。
「ユーハングの人達って楽しいことが大好きだったんだなーって思う」
「同感だわ」
「あ、あと、ユーハングの人ってさ、きっとみんな笑顔だったんだと思うよ」
「……私もそう思うわ」
だって、こんなにも大勢の人を集めて素敵な笑顔をさせる人たちが悪い人のはずがないもん。
それにパンケーキを伝えて回ったりしてさ、悪い人ならそんなことしないだろうし!
「あ、そだ。帰る前に寄り道していってもいいかな?」
ふと思い出し、隣で歩くリリコに声を掛ける。
「構わないわよ? どこに行きたいの?」
「えっと……後輩たちの出店に顔を出しておこうかなって……」
「別に照れる必要はないと思うけど、可愛いところあるじゃない」
うっさいなぁもう! 恥ずかしいんだからわざわざ言わなくてもいいじゃん!! 心の中でリリコさんに向かってそう叫ぶ。勿論声に出す勇気はないからだ。
「ほら、顔を赤くしていないで行くわよ」
まるで子供をあやすように頭をポンポンされることにより、私の表情は夕焼けに負けないくらいに赤くなっていったことは、言うまでもないことだろう。