荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
───不意に目が開く。
感覚的にまだ日が昇る時間ではないと理解し、再び目を瞑るが妙に意識が冴えて眠れない。
元々、睡眠が浅い方であった為か、完全に覚醒してしまったようだ。
ほんの数時間前までケイトの生誕祭の為に、コトブキの皆から盛大な祝いをされ、楽しい時間を過ごしていた。
コトブキに加入するまでは、アレン以外から祝われる事が無かった為、少々むず痒くもあるがとても嬉しかった。
それは他の隊員を祝う立場の時も同じである。
「ふぅ」
ケイトは小さく息を吐き、二段ベッドの天井を眺める。
上段ではチカが寝言を言いながら、すやすやと寝息を立てている。
隣のベッドからは、エンマやキリエの寝息も聞こえてくる。
その声を聞いていると、落ち着いた気分になるのだから不思議なものだ。
ケイトは布団を掛け直し、再び眠りにつこうと試みるが……覚醒した意識はそう簡単には眠ることを許さない。
結局、また目を開けてしまう。
仕方なく起き上がり、三人に迷惑をかけないよう寝間着の上に防寒用のジャケットを羽織って部屋の外に出る。
深夜なので羽衣丸の内部も最低限の灯りだけで薄暗いが、歩くには困らない程度に明るい。
とはいえ、どこへ向かおうか。……しばし考えたのちに、娯楽室へと向かうことにした。
サルーンが営業を終えている今、ケイトの求めているものがあるとしたらあそこしか無い。
◇◇◇◇
目的地に辿り着くと、ゆっくりと扉を開く。
そこは予想通り、誰もおらず静まり返っていた。
だが、室内は所々で明るみが灯っているので、暗闇ではない。
誰もいないはずの空間で何故、灯りがついているのか? その問いに答えるのは、ケイトの目の前にあるハンブルグサンドの自動販売機だ。
ジャケットの中から取り出した小銭を入れ、商品を選択する。
しばらくするとガコンッと音がなり、お目当てのものが出てくる。
手に取れば暖かな温もりを感じる。それと共に香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
この匂いに抗える人間などいるわけがない。深夜であればなおさらだ。自然と頬が緩む。
そのまま近くのテーブルに腰を掛けて包装紙を破ると、食欲を刺激する香りが広がる。
ハンブルグサンドは、本来ならフライ部分は魚を使用するのだが、イジツでは魚の調達が非常に難しい。
しかし、本来の食感を再現しようと専門家たちが努力をした結果、すり身にした肉に何かを掛け合わせることで代用させる事に成功した。
発想力たるや素晴らしいものだが、当然ながら問題点もある。
それはやはり味だろう。本来とは似て非なる物であるのだから当然だ。
だが、それでも皆に喜んでもらいたいという人たちの心意気により生まれた一品が、ケイトは好物なのである。
昔、二人きりの生誕祭でアレンが振舞ってくれたことも影響……していないとは言い切れない。
◇◇◇◇
自動販売機から入手出来る食べ物というのは、妙な高揚感を手に入れてしまうものだから不思議である。
早速、中身を齧り付く。薄いパン生地の中にフライや玉ねぎなどを細かく刻んだ具材が入っている。さらに胡椒のアクセントが加わり、良い味わいになっている。
深夜に食するジャンク品。背徳感も相まって普段以上により美味しく感じるのは、気のせいではないはずだ。
「至福」
思わず声を漏らしてしまうほど、気分が高揚しているのがケイト自身にも分かる。
このまま一気に食べたいところだが、それでは中身の具材が崩れてしまい勿体ない。
そんな葛藤を繰り広げながら、少しずつ残りのサンブルグサンドを口に運んでいく。
(これを食べ終わったら部屋に戻ろう)
そう考えながら最後の一口を食べ終え、残った包み紙を丸める。ゴミ箱へ捨てに行こうとした時だった。
「あら、ケイト。こんな時間に何をしているのかしら?」
そこには赤いドレスを身に纏った美女が立っていた。
彼女はオウニ商会の社長であり、コトブキ飛行隊の雇い主でもあるマダム・ルゥルゥその人である。
いつも余裕のある笑みを浮かべているが、今はやや呆れている様子である。
「明かりがついていたので何かと思えば、貴女だったのね」
「見苦しい姿を見せた。謝罪する」
「別に責めてるわけじゃないのよ? ただ、珍しいと思っただけよ」
「……ケイトもそう思考する。突然、目が覚めて寝付けなくなった」
「そうなのね」
そこで一旦会話が止まる。マダムは歩み始めて別の自動販売機の前へ立ち、飲み物を購入する。
そして、ケイトの元へとやってくると、そっと差し出してきた。
「……これは?」
意図が分からず質問するケイトに対して、マダムは微笑みを見せながら口を開く。
「私からの誕生日プレゼントよ。大した物でなくて申し訳ないけど、受け取ってちょうだい」
金銭以外のやり取りなんて珍しい。ただ、それを口にする理由もない。素直に受け取ろうと思う。
「感謝」
礼を述べて受け取ると、銘柄を確認するまでもなく飲み口に口をつける。ケイトの知っているいつも通りの味が広がり安心する。
「ケイトは随分と美味しそうに食べるのね」
視線を声の主に向けると、少し意地悪そうな笑顔が見える。
どうやらケイトの行動の一部始終を見られていたようだ。今更ではあるが羞恥心が込み上げてくる。
しかし、ここで狼狽えてしまえば相手の思う壺であろう事は想像がつくので平静を装う。
こういう時こそ冷静に行動することが大切である、と心の中で呟く。
「でもよかったわ。羽衣丸を新造する際に意見を聞いた時、ケイトが自動販売機の設置を熱望してくれて」
「自動販売機の存在によってサルーンが閉められた夜間の過ごし方がより充実した」
「従業員たちからも好評で、私の報告を聞いた時のジョニーの焦る姿が見られた時は楽しかったわよ」
「確かに、愉快である」
サルーンと自動販売機では役割が違う為、焦る理由など一欠けらも存在しないはずなのだが、そこまで考えが回らない程に動揺していたのだろう。
そういう所も含めて愉快な人物であることに間違いはない。
「さて、私は部屋に戻らせてもらうわね。ケイトも程々になさい」
「了解」
引き留める理由もない為、見送ろうとしたその時、不意にマダムが振り返った。
「改めて誕生日おめでとう。私の小鳥ちゃん」
そう言って満足したように微笑みながら去って行った。
コトブキの皆から伝えられたお祝いの言葉とは、また違った感覚を受けるものだ。
これが所謂、大人の色気というものなのだろうか? などと思考しながら受け取った飲み物に口を付ける。
普段から飲みなれているはずなのに、それは先ほどまでとは、違う味に感じられたのであった。