荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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キリエさん誕生日おめでとうございます。


楽しく嬉しく乾杯を

 ──時は再び巡り、私の生誕祭が行われる当日。

 この日ばかりは、馴染みの人もそうでない人からもお祝いの言葉をかけられる日だ。

 いろんな人達からの『おめでとう』の言葉を受けて、またひとつ年齢を重ねたのだと実感する。

 大人になっても誕生日が嬉しいと思えるなんて、我ながら子供っぽいとは思うのだけれど……それでもやっぱり、自分の生まれた日というのは特別だと思うのだ。

 

 私は皆の祝いの言葉に笑顔で応じながら、感謝と共に喜びを感じていた。

 それは夜に行われたコトブキの皆とのパーティーまで続いていた。

 パーティーと言っても、いつもの店を一部屋借りて食事や酒などを飲み食いしながら楽しむというものだけれど、それが私にはとても幸せな時間だった。

 

 皆の笑顔を見ていると、私も自然に笑みが浮かんでくるのだ。

 そう、私は浮かれて油断していたのかもしれない。

 普段であれば滅多に口にしないお酒に手を出したのがよくなかったのだろう。

 でなければ、あのような失態を犯すこともなかったかもしれないのだから……。

 

 ◇◇◇◇

 

「キリエ~、おめでと~!」

 

 酔っ払った装いをするザラが、顔を赤くしながら私に抱きついてきた。

 彼女が酔い潰れることなんてありえないのは、周囲では常識なので誰も気に止めない。

 普段は頼れるお姉さんなのだが、お酒が入ると途端にダメ人間になるのがザラなのだ。

 

 でも、こうして抱きつかれると良い匂いがするし、お酒で火照った柔らかい体つきの感触はとても心地良くて、つい頬が緩んでしまう。

 

「はいはい。ありがとね、ザラ」

 

 私が適当に返事をすると、ザラは少し不満げに頬を膨らませた。

 こういった仕草一つで綺麗から可愛いへと変貌を遂げる辺り、彼女は凄いと思う。

 普段の凛々しい雰囲気からは想像できない可愛らしさがあるのだ。

 

「ザラ、キリエが困ってるぞ。それぐらいにしておけ」

 

 そこに助け舟を出してくれたのはレオナだった。

 彼女もお酒を飲んでいるが、そこは個性的なコトブキの面々を束ねている隊長だけあって自制心を保っているようだ。

 もっとも、口調がいつもより気さくな感じになっているところは、酔っていることを表しているのかもしれない。

 

「おめでたい日なんだから、たまにはいいじゃない~」

 

 そう言いながら、ザラは私を抱き締めたまま離さない。

 

「珍しいですわね、ザラがこんなにも誰かに絡むだなんて」

「同意。アルコール度数はいつもと変わらない。可能性としては本人の心境の変化かと思われる」

 

 私達の様子を観察して感想を漏らすエンマとケイトに対して、レオナはやや呆れ気味に言う。

 

「いや、どう見ても単なる絡み酒だろう……」

「でも珍しくない? ザラって大体は笑顔のままテーブルに伏せているだけじゃん?」

「確かに、チカの言う通りですわね」

 

 四人が視線を向ける先にいるのは、相変わらず私に抱きついているザラの姿がある。

 普段から笑顔が絶えない彼女ではあるが、今はその比ではないくらいに上機嫌であるように見える。

 

「……といいますか、何か企んでおりませんこと、ザラ?」

 

 エンマは怪しげにザラの表情を伺いながら呟くように言う。

 しかし、彼女の指摘を受けたザラは動揺する素振りも見せず、平然と言葉を返す。

 

「別に何も企んでなんかいないわよ~。ただちょっと、キリエとお酒を飲みたい気分なだけよ~」

「私と? まあいいけど、飲み慣れていないからお手柔らかにね?」

 

 私は苦笑いを返しながらも、少しだけ嬉しさを感じていた。

 いつもはどこか一歩引いたような立ち位置にいることが多い彼女が、自ら絡んできてくれたことが純粋に嬉しかったのだ。

 

「じゃあ、早速飲みましょう!」

 

 ザラは嬉しそうに笑いながら、私の樽ジョッキに酒を注いでいく。

 その様子を見た他の面々は、顔を見合わせて肩を竦めるだけで特に何も言わなかった。

 

「それじゃあ改めて、乾杯ー!!」

 

 私達はそれぞれの飲み物が入った樽ジョッキを掲げると、それに口をつけて一気に飲み干した。

 その後、しばらく和やかな雰囲気の中、料理を食べながら再び雑談を交わすことになるのだが……。

 普段飲み慣れていない人間が、浮かれた気分のまま一気にお酒を飲み干したのだから、訪れるべき未来は決まっているも同然のことだった。

 

 ◇◇◇◇

 

「エンマぁーかんぱいしよーっ!」

 

 私は陽気な口調で言いながら、空になった樽ジョッキを手に持ちエンマの席へと向かう。

 すると、何故かエンマは驚いた表情を浮かべていた。

 

「あら、珍しくキリエの方から誘ってくるなんて、一体どういう風の吹き回しですの?」

「えぇー? いいじゃん別にー! 細かいことは気にしないでさぁ!」

「はぁ……まぁ、そういうことならいいですけれど……」

 

 釈然としない様子のエンマであったが、結局はそのまま私を受け入れてくれたようだった。

 私達は互いにジョッキを持ち上げると、同時に軽くぶつけ合う。

 

「かんぱーい!」

「乾杯ですわ」

 

 そのままお互いにお酒を口にすると、程よい苦味が口内に広がる。

 そして、喉を通り抜けていく熱い感覚と共に鼻へ抜ける独特の香りを楽しみつつ、小さく息を吐く。

 

「エンマぁーいつもありがとねぇー」

「はいはい、どういたしまして」

 

 すっかり出来上がった私は、隣に座っていたエンマに寄りかかっていた。

 酔った勢いで抱きつく私に対し、彼女は優しく微笑みながら頭を撫でてくれる。

 何だかんだ言いながらも私の面倒を見てくれるところが好きだなぁとしみじみ思う。

 

「えへへー、エンマー」

 

 私はだらしなく頬を緩ませながら、エンマのことを呼ぶ。

 

「……まったく、キリエったら困った人ですわね」

 

 彼女は呆れたように微笑むと、私の手を取った。

 そしてそのまま、その手を自らの頬にあてがう。

 

「あったかーい」

 

 手を通して伝わってくる温もりを感じつつ、幸せそうな笑みを浮かべる私。

 そんな私を見てか、エンマは頬を緩める。

 

「ふふ、なんだか小さな子供のようですね」

 

 そう言って笑う彼女の顔はとても穏やかで優しいもので、まるで聖母のようだと思った。

 

「むぅ、子供扱いしないでよー」

 

 少し膨れっ面になりながら抗議するも、その言葉とは裏腹に甘えたい衝動に駆られてしまう。

 

「あら、キリエも立派な淑女なのですから、そういった行動は控えた方がよろしいかと」

「そんなこと言わないでよぉ、もっと構ってほしいなー?」

 

 甘えるように彼女に抱きつきながら懇願すると、やれやれといった様子で溜め息を吐くエンマ。

 だけどすぐに笑みを浮かべて頭を撫でてくれるあたり、満更でもない様子に見えた。

 

 ◇◇◇◇

 

「ケイトぉーこっち来て一緒に飲もうよぅ」

 

 次に私が目をつけたのはケイトだった。

 

「キリエ、まずは水を飲む事をすすめる。でないと翌日、大変な事になる」

 

 彼女は真剣な表情で忠告してくれたが、酔っぱらった頭では言葉の半分くらいしか理解できなかった。

 

「いいからおいでぇ~ほらぁ~ケイトの分もあるからさぁ~」

 

 ケイトの手を強引に引っ張り、椅子に座らせると目の前に空の樽ジョッキを置いた。

 そこにお酒を注ぎ込み、彼女が手に取るのを待ちわびる。

 ケイトは私の様子を見て小さく嘆息すると、諦めたかのようにお酒の入った樽ジョッキを手にとった。

 

「かんぱーいっ!」

「乾杯」

 

 カチンという澄んだ音が響き渡るのと同時に、二人同時に口をつける。

 ゴクゴクと喉を潤していく感触に、何とも言えない幸福感を感じる私。

 一方、隣に座るケイトは相変わらず表情が読めないまま、淡々とお酒を口に運んでいた。

 

「おいしいねぇ、ケイトぉ」

 

 樽ジョッキをテーブルに置くと、ケイトは小さく頷いた。

 

「キリエとこうして飲むのも、たまには悪くない」

「えへへ。そうだねぇ、楽しいねぇ」

 

 私はケイトの肩に頭を乗せながら、ニコニコと笑っている。

 そんな彼女の表情は変わらないものの、心なしか雰囲気が柔らかい気がした。

 普段のケイトなら考えられない行動だが、今日は無礼講だから問題ないだろう。

 

「キリエは悪酔いすると、幼く見える」

 

 不意にそんなことを言われてしまったので、思わず口を尖らせる私。

 

「もう! ケイトまでそんな言い方しなくてもいいじゃん!」

「悪いとは言っていない。むしろ可愛らしいと言った」

 

 無表情のまま答えるケイトの言葉を聞いて、嬉しくなってしまう自分がいることに気付いた。

 普段はクールな彼女から褒められるということは、それだけ心を許してくれている証拠だと思えるからだ。

 

「そうかなぁ? あんまり可愛いって言われることないから分かんないや」

「少なくとも、ケイトには可愛く見えている」

 

 ストレートな言葉に照れてしまい、俯いてしまう私。

 そこへそっと頭を撫でてくる感触がしたので視線を上げると、そこには穏やかな表情を見せるケイトがいた。

 彼女の優しさに触れ、胸の奥底から暖かい気持ちが溢れ出してくるような感覚になる。

 

「ありがとっ、ケイト!」

 

 感謝の気持ちを込めてお礼の言葉を述べると、彼女の腕に抱きついた。

 

「どう致しまして」

 

 素っ気なく答える彼女であったが、その表情からは喜びの色が読み取れた。

 

 ◇◇◇◇

 

「キリエ、少し飲み過ぎだ。一度休んだ方がいい」

 

 突然、背後から聞こえてきた声に振り向くと、レオナが立っていた。

 

「レオナ! かんぱいしよっ!」

「駄目だ。これ以上の飲酒は認められない」

 

 きっぱりと断言されてしまい、頬を膨らませる私。

 不満げな態度を露わにする私に、レオナは苦笑しつつ私の隣に腰を下ろした。

 

「レオナも一緒に飲もうよぅー」

 

 そう言いながら肩に寄りかかると、レオナは少し困ったような表情を浮かべている。

 その間になにやらエンマとケイトがレオナに目配せをして頷き合っているのが見えた。

 何だろうと思い首を傾げつつも、二人の行動を見守っているとレオナがおもむろに口を開く。

 

「分かった。ただし中身は水に変えさせてもらうぞ?」

 

 レオナの提案に、私は元気よく頷く。

 それを見たレオナは満足そうに頷くと、手に持っていた瓶の蓋を開けて水を樽ジョッキに注ぎ込んだ。

 

「はやく! はやく!」

 

 私は待ちきれないとばかりに目を輝かせながら、急かすように声を掛ける。

 

「そう慌てるな、すぐ終わる」

 

 呆れた口調で窘めてきた後、ゆっくりとした動作で樽ジョッキに水を注ぐレオナ。

 やがて十分な量を注ぎ終わると、お互いに視線を交わす。

 

「準備はいいか?」

 

 その言葉に笑顔で答えながら、お互いの樽ジョッキを打ち付け合う私達。

 

「じゃあ、かんぱーい!!」

 

 樽ジョッキをぶつけて小気味よい音を響かせた後、勢いよく中身を口にする。

 喉を通り抜けていく冷たい感覚が心地良く、一気に気分が晴れ渡っていくのを感じた。

 

「はぁ……やっぱりお酒は最高だよねぇ……」

 

 レオナが私に何かを言いかけた時、それを制止するエンマとケイトの姿が目に映ったのであった。

 

 ◇◇◇◇

 

「チカぁ──!!」

「うわっ! ウザいのがこっちに来た!!」

 

 大声をあげて飛びついてきた私に対し、あからさまに嫌な顔をするチカ。

 しかしそんなことはお構いなしと言わんばかりに、チカに向かって絡みつく私。

 

「酒くさっ! 離れろ! 酔っ払い!」

「やだぁーっ! もっとチカとお話ししたいぃー!」

 

 駄々をこねるように首を横に振る私を見て、大きく溜め息を吐くチカ。

 それでも何とか相手をしてくれる辺り、なんだかんだ言っても優しいと思うのだ。

 

「キリエってば、こんなに酒癖悪かったっけ? ……まったく仕方ないなぁ。今日ぐらいは付き合ってあげるよ」

 

 呆れたような表情をしながらも付き合ってくれるあたり、やはり根はいい奴なのだと感じる私である。

 チカは渋々といった様子で、私に向けて樽ジョッキを差し出してきた。

 

「ほら、乾杯するんでしょ?」

 

 私は満面の笑みを浮かべながら、差し出された樽ジョッキに自分のものを打ち付ける。

 

「かんぱぁーい!」

 

 乾いた音を立ててぶつかり合った後、中身を一気に飲み干す私とチカ。

 

「ぷはぁっ! おいしいっ!」

「あーもう! ほんとうるさいんだけど!」

 

 文句を言いつつも楽しそうにしているあたり、本当に付き合いがいいのだと実感させられる。

 

「あっ! いま私のことめんどくさいって思ったでしょ!?」

「酔っ払いの相手なんて誰でも面倒くさいって思うのが普通だろ!」

 

 ジト目で私を睨んでくるチカに、思わず笑みが溢れてしまう。

 

「むっ……何笑ってんだよ、この酔っぱらい!」

「でも、そんな私に付き合ってくれるチカはダイスキー!」

 

 私は思いのままに叫ぶと、そのままチカに抱きつき頬をすり寄せた。

 

「……ったく。キリエってば、ほんとにどうしようもない奴だな!」

 

 口ではそう言っているものの、満更でもない様子のチカは抵抗する素振りすら見せないのだった。

 

 ◇◇◇◇

 

「あぁ~もう飲めないよぉ~」

 

 既に出来上がってしまった私は、ザラと同じようにテーブルに突っ伏しながら情けない声を上げていた。

 そんな私とザラの視線が交わると、彼女は微笑みを返してくれた。

 

「たまにはいいものでしょ? こういうのも」

「うん! とってもいい気分だよぉ~!」

 

 上機嫌な返事をしながら、ふにゃりと微笑みで返す私。それを見たザラの表情はとても穏やかだった。

 そんな彼女の表情を見ていたら、なんだかとても温かい気持ちになっていくのを感じる私。

 

「えへへ~ザラだいすきぃ~。もう! もう!! みんなだいすき!!」

 

 自然と口からこぼれ出た言葉を聞いたザラは目を丸くし、そして可笑しそうに笑い出す。

 

「ふふっ、私も大好きよ。みんなはどうかしら?」

 

 ザラの言葉に賛同するように全員が頷いてくれるのを見て、嬉しくてたまらなくなる私。

 私達は互いの顔を眺め合いながら微笑んだ後、私の意識はゆっくりと沈んでいったのだった。

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