荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
夕焼け空の下、ラハマの一画にある公園で私は一人、ブランコに座りながら想いに耽ってた。
ふと、顔を上げてみる。そこには木々が立ち並び、風に靡く葉っぱがヒラヒラと舞っていた。
ここ最近、特に大きな出来事もなく平和な日々を過ごしていた。平和なのはいい事だと思う。
そんな中で再び私の誕生日を迎えられたのは素直に嬉しい。ただ、一つ思う事がある。
それはザラから告げられた何気ない一言から始まったのだ。
◇◇◇◇
「レオナ、誕生日おめでとう。今夜はもちろんお祝いよ!」
「ありがとう、ザラ」
今日は私の誕生日だ。
いつもと変わらない日常だけど、この日だけはお祝いの言葉から一日が始まる。
それが何よりも代え難い大切な時間でありつつも、この年齢になると真正面から祝われると少し気恥ずかしい気持ちも浮き上がってくる。
けれど、嬉しいことは確かだ。
「ふふっ、どう致しまして」
そう言って嬉しそうに微笑む彼女に、私も微笑み返す。
「ザラから前もって言われていたとおり、今日の予定は空けておいた。何か手伝うことはあるか?」
「ありがとう、大丈夫よ。それに今日はレオナが主役なんだからゆっくりしていてね。あ、折角のお休みなんだからトレーニングも禁止だからね! いい? 分かった?」
「に、日課だから休みでもいつもどおり行うつもりだぞ……?」
そう反論するも、ザラはジト目でこちらを見つめて来る。
「ダーメ! レオナったら時間さえあればトレーニングばかりしているんだから。たまにはちゃんと休んでリフレッシュしないと身体に悪いわよ?」
確かにその通りではあるのだが、そう言われると困ってしまう。
考えていることが表情に現れたのだろうか、彼女はやれやれと言った感じで軽く溜息を吐く。
「ほら、そんな顔しないの。せっかくのおめでたい日なんだから笑顔でいなきゃ」
「わ、わかった。なるべく休むように心がける」
そう言うと彼女は満足そうに頷き、言葉を続けた。
「よろしい! さて、それじゃあサルーンに行って朝ご飯にしましょうか」
「ああ、そうだな」
そうして私達は二人で食堂に向かったのだった。
◇◇◇◇
ジョニーズサルーンでは、顔を合わせた隊の皆やオウニ商会の面々からも祝いの言葉を頂いた。
皆、今日という日に出会えたことを心から喜んでくれた。本当に幸せなことだと実感する。とても温かい気持ちに包まれるのだ。
いつもよりゆっくりと時間が経過する朝食。
そして、皆の本日の予定を聞き終えた後、それぞれが自室に戻ったり、出かけ始めたりと慌ただしく動き出し始めた頃だ。
ザラは去り際に念を押すかのように言ってきた。
「それじゃあ、準備が出来たら呼びに来るわね。過度な運動などは控えるように!」
まるで子供を言い聞かせるようなザラの言葉に、私は苦笑しながらも頷いた。
そんな私に満足したのか、彼女も小さく笑い返した後にサルーンを出て行った。
「あら、ザラに何か言われたのかしら?」
「ああ、今日は大人しくしていなさいと釘を刺されてしまったよ」
テーブル席に一人残された私に話しかけてきたのは、ウェイトレスとして働くリリコの姿。
彼女の冗談交じりの問いかけに、私は肩を竦めながら答える。
すると、リリコは小さく笑いながら言った。
「なるほどね。まあ、無理もないんじゃないかしら? 暇さえあれば身体を鍛えてばかりだし」
「否定できないが、戦闘機のパイロットとしては当然のことだぞ?」
「そうね、レオナのそういうストイックなところは良いところだと思うけどね。ただ、今日は貴女の誕生日ですもの。少しはゆっくりして欲しいというザラの気持ちも分からなくはないわね」
そう言われてしまうと返す言葉もない。
いつ、いかなる時も万全な状態で飛行するために日々欠かすことのない鍛錬と訓練。それ故の行動だった。
自分自身が納得いくまで鍛錬を続けた結果、今の結果が残せているということは分かっているし、自分の実力にも誇りを持っている。
鍛錬は私にとって日常であり、習慣なのだ。そう簡単に止めることはできない。
だからこそ、何も言い返せず困り果てたまま押し黙ってしまった。
不意に触れられる指先の感触にハッとして顔を上げると、リリコがこちらを覗き込むようにして微笑んでいた。
「不器用なのは相変わらずね、レオナは」
その笑みには、慈愛に満ち溢れていた。思わず顔が熱くなるのを感じる。
そんな私の様子が面白かったのか、彼女はクスクスと小さく笑った後に続けた。
「そういうところが可愛いのよね。ザラが夢中になるのも分かる気がするわ」
「か、からかうのは止めてくれ……頼むから……」
私が顔を赤くしながら懇願すると、リリコは悪戯っぽく微笑みながら返してきた。
「あら、そんなこと言っていいの? せっかく美味しい紅茶が入ったから持ってきたんだけど」
そう言いながら手にしたトレーを顔の高さまで持ち上げる彼女を見て、私は慌てて姿勢を正した。
「素直でよろしい」
◇◇◇◇
いつもより長めの朝食を終えた私は、いったん自室へと戻った。
これから何をしようかと考えるものの、これといって思い浮かぶこともなく途方に暮れる。
仕方ないので、とりあえずベッドに腰かけて背もたれに身を預けると、そのままぼんやりと天井を見上げた。
付近に取り付けられた電灯が目に入る。
(そういえば、一人になるのは久しぶりかもしれない)
ここ最近は常に誰かが傍にいて賑やかに過ごしていたからか、一人の時間が新鮮に感じる。
こんな時間は今までにあっただろうか? いや、ない……とは言い切れないが、あったとしても数えるほどだろう。
それだけ自分が周りに恵まれていたという証拠でもある。改めて感謝の念が込み上げてくる。
(しかし、だからと言ってずっと一人で部屋にいるのもなぁ……)
さすがにこのままジッとしているのは性に合わないというか落ち着かないので、何かないかと考えを巡らせる。
(そうだ、確か戦術本があったはず……あれなら多少なりとも時間を潰せるだろう)
そう思い立ちベッドから立ち上がると本棚へと向かう。
そこには、これまでの戦いで得た知識を記した資料などが数多く収められていた。
中にはケイトから借りた本もちらほら見受けられる。
その中から目当てのものを探すと手に取ってパラパラとめくる。
そこに書かれた文章を読みつつ自分なりに噛み砕き頭の中で整理していくと、自然と口元が緩むのを感じた。
そうしてしばらく読みふけっていると部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
時計を見ると、いつの間にか一時間近くが経過していることに気付く。
「今開ける」
そう返事をしながら扉を開けると、そこには見慣れた二人組の女性が立っていた。
「あーっ! ザラさんの言ってたとおりじゃないですか! レオナさん!」
「駄目ですよ、レオナさん!」
「アンナにマリア? 二人揃ってどうしたんだ?」
いきなり大きな声で名前を呼ばれたことに驚きつつも尋ねると、二人は互いに顔を見合わせてから口を開いた。
「生誕祭の準備をしている間、レオナさんがひっそりとトレーニングをしていないか注意するようにってザラさんから頼まれてきたんです」
「レオナさんが手にしている本って、戦闘機に関する本ですよね? やっぱりトレーニングをするつもりだったんですね!?」
「いや、流石に本を読むぐらいは……」
二人が口にした内容に対して弁解しようとする私だが、二人はさらに続けてきた。
「ダメですよ、レオナさん! 今日はお仕事から離れないと! ね、マリア!」
「そうですよ、レオナさん。本日の主役なんですから。ね、アンナ」
そう言って二人の圧に負けて一歩下がってしまう私。
確かにそう言われればそうなのかもしれないが、こうして部屋でボーっとしていると逆に落ち着かなくなってしまうのだ。
とは言え、それを素直に言うわけにもいかず返答に困ってしまう。
どうしたものかと考えあぐねて困惑していた時だった。
二人の背後から声をかけられたのは。
「何しているんだ、お前ら?」
声がした方に視線を向けると、ナツオ整備班長の姿があった。
どうやら私達のやり取りを見かけて気になったらしい。
「班長! ちょうど良かった! 実はですね……」
アンナが事の詳細を説明していく中で、私は内心助かったと思ったのだが……。
「なるほどな……今日ぐらいは休ませたいと思うザラのお願いを守ると、レオナのする事が無くなってしまうってわけか」
話を聞いたナツオは腕を組みながらウンウンと頷きながら話をまとめてくれたのだが、そこで話が終わらなかった。
「そういうことなら話は簡単だ。要するに今日一日ぐらい運動をしたり仕事のことを気にしなくても平気だって思わせればいいんだろ?」
「何か良い方法でもあるんですか、班長?」
「なーに、お前らがアレシマで私にした事と似たようなものさ!」
そこまで言うと班長はこちらに視線を向けてきた。
そして不敵な笑みを浮かべながら告げたのだった。
◇◇◇◇
真上には光り輝く太陽の姿があり、その光を受けてイジツの大地を照らしている。
地上では風がそよそよと流れており、穏やかな天気であることが分かる。
そんな空の下、私は手元にあるビッシリと文字が書かれたメモ帳を見つめながらラハマの街を歩き回っていた。
『何もするなってのも大変だろ? なら久しぶりにラハマを探索してみたらどうだ? これならザラとの約束は破らずに身体を動かせるし、ついでに二人からおススメの店でも教えてもらって色々と見て回ってこい!』
班長の提案は素直にありがたい申し出だったし、私自身も興味があったので二つ返事で了承すると、アンナとマリアは目を輝かせて喜んでくれた。
その様子を見て私も嬉しくなったものだ。
とはいえ、メモを片手にいざ外出してみると普段見慣れているはずの街並みや風景なのに何故か新鮮な感じがして不思議な感覚に陥ったりもした。
まるで自分の知らない世界に来ているような……そんな気がしてしまう。
(これもまた、いい機会なのかもしれないな)
そう思った私は手始めに近くにあった商店へと足を向けた。目的はもちろん二人のおススメ品を見て回るためである。
(そう言えば最近はあまり自分の買い物とかをしていなかったからな、たまにはこういうのもいいかもしれない)
店内に入ると独特の雰囲気に包まれた内装が目に入った。
そこは、いかにも老舗という感じを漂わせていて思わず感心してしまったほどだ。
だが、それと同時に店員から声を掛けられたこともあって慌ててしまったことは、ここだけの秘密である。
(こういう店で品定めするのは久しぶりだな……なんだかワクワクしてきたぞ)
逸る気持ちを抑えつつ店内を歩くと色々な商品が置かれている棚が見えてきた。
早速それらの品々を眺めていくと、やはり目を引くものが多いようでついつい視線が向かってしまう。
そんな中で特に気を引いたものを見つけた。
それは写真立てだ。
写真か……思えば取材などで撮影されたことはあっても、手元に残る形で撮ったことはない気がする。
この写真立てにコトブキの皆と撮影した写真を飾れたら……うん、きっと素敵な思い出になるに違いない。
そう思うと自然と笑みがこぼれてくるのを感じた。
そうと決まれば早いもので、私は迷うことなく購入したのだった。
◇◇◇◇
その後、メモに従い別の店に立ち寄ったりして楽しい時間を過ごした後、最後に訪れた場所は町中にひっそりと存在する公園である。
たまたまであろうか、人の気配が無く、砂場には大きな山が出来上がっていたり遊具が放置されている状態だった。
しかしそれが不思議と魅力を感じて、気がつくと誘われるように公園の敷地内へと足を踏み入れていた。
そのままゆっくりと公園内を歩いているとふと足を止めてしまう。
目の前にはブランコが存在しており、つい懐かしさが込み上げてきてしまったのだ。
少しだけ悩んだ末に座ろうと思い、誰もいないことを確認してから近くにあるブランコまで歩くと、そのまま腰かけて軽く地面を蹴りあげて揺らしてみることにした。
ゆらゆらと揺れるたびに鎖がこすれる音が耳に入ってくると共に、懐かしい気分になって心が安らいでいくのを感じた。
同時に心地よい風に撫でられて身を任せるようにして目を閉じる。
そうすると瞼の裏にこれまでの出来事が次々と浮かび上がってくるようだった。
初めて戦闘機に搭乗した時のこと、仲間が出来た時のこと、戦争に参加した時のこと、そしてザラやオウニ商会、コトブキの皆と出会った時のことだったりと様々な記憶が蘇ってくる。
(本当に色々なことがあったな……いや、ありすぎたと言ってもいいかもしれないな)
我ながら無茶なことをしたものだ……と今になって振り返ってみて苦笑する私だったが、それ以上に充実感を得ている自分に気づくことが出来たので良しとする事にした。
(これから先どうなるかは分からないけれど、今こうして生きていることだけは事実なのだから精一杯頑張っていこうと思う)
そう心に誓って再び目を開けてみる。
その時、風に揺られてブランコが少し大きく揺れ動いたような気がした。
まるで私を励ますかのように……なんてことを思った瞬間、私の名前を呼ぶ声が聞こえてきたのである。
「ここにいたのね、レオナ」
そこには笑顔を浮かべたザラと、両隣には彼女と手を繋いだソウヤとミユリの姿もあった。
「ザラ? それにソウヤとミユリも? どうしてここに? もしかして私を探していたのか?」
突然の事に驚いた私が質問を投げかけると、ザラは微笑みながら答えてくれた。
「ええ、そうよ。みんなで探しにきたのよ」
「みんな?」
「ここにいる三人以外だと、他の隊員達もレオナの事を探しているわ」
そう言われて耳を澄ませてみると、確かに複数の人影が私の名前を呼んでいるのが聞こえてくる。どうやら聞き間違いではなかったようだ。
「レオナ、かくれんぼしてたの?」
「レオナがかくれたりするわけないじゃん! レオナはオニ役なんだよ!」
「そうなの? レオナがオニさんなんだ! すごいすごーい!」
「え!? ちょっと待って、それは……」
慌てる私に対してソウヤとミユリは顔を見合わせて笑い、少し離れた場所まで走るとこちらに顔を向けて足踏みをしながら手を振ってきた。
「レオナ! こんどはオニごっこしようぜ!」
「はやくしないとおいてっちゃうよ、レオナ!」
その声を聞いた私は思わずため息を漏らしてしまった。
……よし、こうなったら仕方がない。
鬼役の意地にかけてソウヤとミユリ以外の皆も全員見つけて捕まえてやろうじゃないか。
そう思い立った私は、小さく笑みを浮かべるとブランコから立ち上がり、ザラに向けて声を掛ける。
「子供たちは何時だって自分たちが主役だな。ザラ、私達も負けていられないぞ?」
「ふふっ、そうね。それじゃあ全員捕まえて、本日の主役が誰なのか教えてあげましょう?」
そう言うとザラは満面の笑みを浮かべて私の手を取り駆け出す。
目指すはソウヤとミユリを追いかけるために。
彼女の手の温もりを感じながらこの日常の中で、私は新たな誕生日を迎えることになったのだった。