荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
私はいつもこう思っていた。
手を繋いでいれば、離れることはないって。
だから私はあの人に手を差し出し、共に歩んでいこうと決断した。
あの人はちょっと困った顔で笑った後、私の手をそっと握り返してくれた。
その日から私達は、同じ時を過ごし、共に行動し、そして支え合って生きてきた。
どこまでも続く荒野を。どこまでも青い空を。いつまでも変わらない景色の中を。私達は飛び続けた。
私達にはイジツの空がある。私達の行く先を遮るものなど何もないのだから。
◇◇◇◇
いつものように仕事を終えたその日の夜は、特別なものだった。
あの人が準備をしてくれたお店では、普段の食事会よりも豪勢な料理が並び、あの人から、そして隊員のみんなからの祝福の言葉。
それが、何よりも嬉しかった。
幸せだった。
それからのことは、嬉しさと照れくさいのを誤魔化す為に、いつも以上のペースでお酒を飲んだ気がする。
それでも私が酔い潰れることは、無いのだけれどね。
◇◇◇◇
「さて、そろそろお開きにしようか。会計を済ませてくるから先にザラを連れて、夜風にでも当たってくるといい」
あの人はそう言うと席を立ち、お店の会計へと向かっていった。
入れ違いになるように、赤いコートを着た女性がこちらにやってくる。
「ザラ、大丈夫? ほらしっかりして。立てる?」
そう言って彼女は私の腕を取ると、自分の肩に回し、腰を支えるようにしながらゆっくりと立ち上がる。
「ふふっ、ごめんなさい。なんだか少し気分が高揚しちゃって」
「ザラのお祝いの日なんだから気にしなくてもいいよ。主役なんだし、こんな時ぐらい羽目を外してもいいと思うよ」
そう言いながら彼女は、私を店の外まで連れ出してくれる。
まだそれほど遅い時間ではなかったが、辺りは既に暗くなっていた。
「ザラもお祝いの日ばかりは、いつもより飲む量が増えるものですのね。それでもお酒で酔っているとは、とても思えませんが」
お嬢様口調が特徴の彼女は、普段と変わらない様子で話しかけてくる。
「確かにお酒で酔うことは無いけれど、幸せな気持ちに酔いしれることは、まだ慣れなくて。ついつい」
私は苦笑いを浮かべながら答えるが、彼女は小さく微笑んだように見えた。
「なるほど、そういうことでしたの。隊長組はお互いに似て不器用な性格ですものね」
彼女がそんなことを言った直後、背後から軽い衝撃と聞き慣れた声が聞こえた。
「そうだそうだ! 二人とも、もっと素直にならなきゃ! 今更変な遠慮なんかいらないっしょ!」
声の主は隊員の中でも最年少で小柄な女性だ。
両腕を私の腰回りに巻き付かせ、まるで抱き着くような格好のまま、こちらに向けて話しかける。
私が顔を彼女に向けると、彼女はいつもの調子の良さそうな笑顔を浮かべている。
先ほどまで私を支えてくれていたコートを着た女性は、距離を取りながらもう一人の隊員でもある、表情の変化が少ない女性に話しかけていた。
「ザラって普段はあんまり顔や態度に出さないけど、本当はすっごく分かりやすい性格してるよね」
「同意。それに意外と素直ではない」
二人が私に視線を向けながらそんなことを言うものだから、頬が熱くなっていくのが分かる。
だけど、今の私には何も反論できない。あながち間違いでもないと自覚している部分があるからだ。
「もう、そんなに言わなくてもいいじゃない。恥ずかしいわ」
照れ隠しをするように視線を逸らしてしまう私を見て、他の二人も可笑しそうに笑っていた。
そして、四人の視線はこちらに向けられる。
「だから、ザラはこれからもずっと変わらずそのままでいてほしいかな。そんなザラのことをみんな好きなんだしさ」
コートを着た彼女は、屈託のない笑顔で言う。
「ええ、わたくしもそう思いますわ。いつもわたくし達を優しく見守ってくれる貴女に、わたくし達は何度も助けられてきましたもの」
穏やかな表情で話すお嬢様口調の彼女の言葉を、私は黙って聞いていた。
「たまーに注意される時はおっかないけどさ、そんなの気にならないくらい優しいから私らはずっとついていけるんだよね」
からかうような口調で言いながら、小柄な彼女は相変わらず私と密着したままだ。
「ザラ、ありがとう」
表情を変えぬ彼女から伝えられた感謝の言葉を受けたところで、私の感情値が振り切れそうになる。
なんとか抑えながらも、私は平静を装いつつ、精一杯の笑顔と共に返事をする。
「キリエ」
「ほい!」
「エンマ」
「はい、ですわ」
「チカ」
「うんっ!」
「ケイト」
「んっ」
私の言葉にそれぞれ反応を見せる四人。そして最後はあの人だ。
あの人はゆっくりとお店から出てきて私に近づき、手を差し伸べた。
『手を繋ぐという行為』は、離れたり離されたりしないようにするためであり、また離れそうになった時に再び繫ぎ止める為のものでもあるのだと知った。知っていた。
私は差し出された手をそっと握る。少しだけ固いが温かいあの人の手の感触が伝わってくる。
この手を離したくない。いつまでも握っていたいという気持ちが強くなっていく。
幸せだ。どうしようもなく心が満たされていくのを感じる。
繋ぎ止めるだけと思っていた行為には、もう一つ意味があったのだと気付いた瞬間だった。
あの人の手を、レオナの手をぎゅっと握りしめる私を見ながら、レオナはどこか嬉しそうな表情をしていた。
この人に出会えて良かったと、心の底から思う。
そしてコトブキの隊員のみんなも、私にとってかけがえのない存在だと感じている。
私は一人じゃないんだと、教えてくれる大切な仲間がいる。
そんな人達だからこそ、私達は互いに手を取り合い支え合いながら生きていくことができるんだと思う。
例えそれが先行きが不透明のイジツでも……いえ、きっとイジツだからこそより強く感じるのかもしれないわね。
「レオナ」
「どうした、ザラ?」
「これからもよろしくね」
「……ああ、こちらこそよろしく頼むよ」
私達のこれからの歩み方は、誰にも分からないと思う。
もしかしたら平坦な道ではないだろうし、再び大きな障害が立ち塞がるかもしれない。
でもどんな困難があっても私達は飛び続けるだろう。
それこそ終わりの無い地平線の彼方までも。
その先にあるのは決して悲観だけじゃない。希望だってあるはずなのだから。