荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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ケイトさんは明晰夢の世界で希望を見つめる

 イジツのどこかで、一人の女性が日向ぼっこをしていた。

 空は雲一つない快晴で、青一色で限りなく広がり、彼女は心地良い風に身を任せて目を閉じている。

 このような日は、時が経つのを忘れて何か夢中になれるかもしれないと、女性は淡い期待を抱いていた。

 

 薄れ行く意識の中で、何かがゆっくりと女性を包み込んでいく。

 やがて、彼女は夢の世界へと旅立った。

 

 ◇◇◇◇

 夢の世界はどこまでも広がっていた。

 果てが見えない程に広く、それでいて空は色彩豊かで鮮やかに輝いていた。

 それは地面さえも。

 

 鏡か何かの様に空を反射している、見渡す限り平坦な世界が広がっていた。

 

「これは夢、明晰夢。ケイトもちゃんと理解できている」

 

 確認の為に、頬を抓ったり、飛び跳ねたり、と一通りのアクションを起こした後、ケイトは頷いた。

 

「ケイトが熟睡をしているという非常に珍しい状況。なら、この状況を楽しむのが賢明」

 

 一昔前の自分であれば、そのような思考は持ち合わせていなかっただろう。

 だが、今は違う。

 今まで見てきた出来事や学びから、ケイトは少しずつではあるが、変化を遂げている。

 

 アレンと二人だけの世界から一歩、また一歩と前に踏み出し、その範囲を広めている。

 喜びは分かち合える事、怒るのも誰かを想っての事、哀しい時や苦しい時は話せばいい事、楽観的になるのも一つの手、余裕が生まれれば見える物もある。

 

 どれもアレンや周囲の仲間から学んだ事であり、共有したいと思える程に大切だと感じている。

 

「澄んだ水がどこまでも続く大地。本当に存在するのならば、どれだけの幸せが詰まっているのだろうか?」

 

 パシャパシャと音を鳴らしながら、ケイトは足を進める。

 水面の上に立つような錯覚に一瞬だけ陥りつつも、歩を進める度に地面は揺れ動き、波紋が広がる。

 まるで大地そのものが呼吸をしているようだ。

 

「妄想の産物にしてはあまりにも鮮明。確かにケイトの見ている夢ではあるが、この場所がいったい何なのか? 目的は何であろうか?」

 

 周囲を見渡し、何度も瞬いてから首を傾げ、息を吸い込む。

 

「少々難しい。想定外の事態」

 

 考え込むケイトは一歩、また一歩と足を進めていく。

 歩く度に水を踏む音が響いていく。

 耳に残る音は、何とも言えず心地よい。

 

「夢は脳が記憶を整理する為に生み出す映像、感情、空想等々を視覚的に処理するもの。この世界に該当するモノは」

 

 腕を組み、空を見上げる。

 

「星の海」

 

 ポツリと呟いた言葉は、空へと溶けていく。

 明るさが残る世界でも、星々は主張しあいながら輝いている。

 星々の輝き、手を伸ばしたところで届く事は無いのだが、自然と左手は何かを求めるように天へと掲げられていた。

 

「真昼の星々、名も無き星々、どれも光輝いていて美しい。手を伸ばしても届かない事が遺憾である」

 

 普段では口にしない事をぼんやりと吐き出すが、空には手が届くはずもなく、虚しさから俯いてしまう。

 そこで、ケイトは気づいた。

 

「ん、星……? 水に反射した星。大地に広がる星の欠片。これならばケイトの手でも届く。希望は満ちた」

 

 沈んだ顔が一転、期待に満ち溢れた表情へと変わる。

 ケイトは再び歩み始め、手の平を広げて前へ突き出す。

 先程よりも強い意志を持って、意識を集中させ、大地に広がる星の欠片に触れようと手を伸ばす。

 

 すると、ケイトの指先が何かに触れた。

 それは温かく、柔らかい感触だった。

 

「……柔らかい?」

 

 ゆっくりと指を動かして、輪郭を確かめるように掴むと、ケイトは少ししてその正体を理解した。

 

「ヒトデ。星の形をした海の生物。海のウーミで見た。つまり……」

 

 明晰夢は深層心理と繋がり、自分が求める世界を構築できる。

 だからこそ、人それぞれに夢は形を変え、捉え方によって変わりゆくもの。

 ならば、自分の見たいモノを映し出す事も可能なのでは? と、ケイトはそう解釈した。

 

 瞳を閉じ、視界を遮断し、自分が欲している願望、感情、想像力を総動員させる。

 すると、手を引っ張られる感覚を感じたケイトはゆっくりと瞼を開くと、確かに居た。

 二つの足で自立している男性と、その隣には器用に尾を使い、こちらを見上げてくる不思議な生物の姿を。

 

「夢とは摩訶不思議である。極めて独創的でいて興味深い」

 

 目を見開き、興味津々といった様子で見詰めてくる謎の生物に、ケイトはしゃがみながら改めてその短い手を掴んだ。

 生物は驚き戸惑う様に身体を膨らませ、ジタバタとその場で身動ぎ、困惑の表情を浮かべている。

 その様子が面白く、ある言葉を思い出した。

 

「かわいい、可愛い」

 

 思わず口から出た言葉に反応して、生物はプイと横を向く。

 それでも、握られた手は放そうとはしないのが、余計に可愛らしい。

 

「チカに伝えたら想像に容易い」

 

 また新しい感情、感覚が芽生えるのを感じながら、ケイトは柔らかく微笑んだ。

 そして、隣に居る男性が視線を同じ位置まで下ろし、ゆっくりと口を開いた。

 

「残念だけど、そろそろ時間みたいだよ。ケイト」

 

 男性の言葉を聞いて、ケイトは残念そうに溜息をつく。

 まだまだ話をしたい事があったが仕方がない。

 ケイトは立ち上がろうとするが、足に力が入らず倒れそうになるも、男性が支えてくれた。

 

「大丈夫かい? 夢を見過ぎて少し疲れたんだろう。ここまで連れて来てくれてありがとう、ケイト」

 

 男性に優しく頭を撫でられるケイトは、目を細めて笑みを溢す。

 こんなにも心地よい感覚に包まれたのは久しぶりだ。

 

「それで良いんだよ。瞳を閉じて、ゆっくりと息を吸って……またね」

 

 その言葉を耳にするとケイトはゆっくり頷き、深呼吸して瞳を閉じる。

 そして瞼が開くと同時に夢から覚めた。

 

 ◇◇◇◇

 ケイトが目覚めると、イジツにある空には真っ赤な夕焼けが広がっていた。

 理屈では説明できないどこか幻想的な光景に、ケイトの意識は完全に覚醒する。

 

「夕焼け、綺麗」

「そうだねぇ、ケイト」

 

 ケイトは驚きながら振り向くと、そこには車椅子に座るアレンが笑みを浮かべている。

 

「……どうしてここに?」

「レオナから妹が帰って来ないって連絡があればね。心配するのは当たり前だろう?」

 

 アレンはケイトが何かを言おうとする前に、手をヒラヒラと動かして告げる。

 

「妹の可愛い寝顔を見れて得した気分さ」

「アレンは意地悪」

「ははは、ごめんごめん。熟睡していたようだけど、夢でも見れたのかい?」

 

 少し考える素振りを見せた後、ケイトはゆっくりと頷いた。

 

「以前のケイトでは辿り着く事が出来ない世界であった。とても興味深い」

 

 アレンは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに笑顔に戻り、優しくケイトの頭を撫で始める。

 これだけは、どの世界でも変わらない。

 

「へぇ、それはいったいどんな場所だったの?」

「……曖昧すぎて表現が難しい。ただ、アレンの手は夢も現実でも温かいと感じた」

「おや、僕も夢の中に出ていたのかい?」

「ウーミの隣に居た」

 

 あまりに非現実的なケイトの言葉にアレンは目を丸くし、珍しく声を出して笑った。

 

「そうか、それは随分と大胆な夢だね」

「夢は深層心理の表れ、ケイトが見たいと思う様に解釈すれば、これは自然な事。アレンはケイトの兄なのだから」

「うんうん、その通りだよケイト。また夢でウーミと一緒にケイトと出会えるのを楽しみにしているよ」

「からかわないで欲しい」

 

 抗議するようにジッと睨みつけるケイトに対し、アレンは笑みを絶やさない。

 全てお見通しの様だ。

 

「ごめんごめん。それで、今日は楽しかったかい?」

「んっ」

「それは良かった。夢を見ることは心身共に成長する良い兆候だよ。また見たいと思うのなら、起きたままでも見る事も出来るから。そうすれば、新しい発見があるかもしれないね」

「……是非とも実現したい。楽しみにしている」

 

 ケイトはそう告げて、アレンと星の海が広がり始める空を見上げた。

 

「さぁ、僕たちも帰ろうか。帰りが遅いと皆が心配するからね」

「帰りながら考える。夢で見た世界を」

「そうだね、僕も付き合うよ。良ければ教えて欲しいな、ケイトが夢の中で何を見聞きしたのかを」

「分かった」

 

 夕日が沈むのを見届けてから、ケイトはアレンの車椅子を押し、帰路につく。

 言葉少なげの会話ではあるが、穏やかな時間を過ごす兄妹の声は、星の海へと吸い込まれていった。

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