荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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ザラさんはぴばすでー(10月13日)


ザラさんが『あーん』される世界線

 それは年に一度の些細なきっかけから始まった。

 いつもよりも少し贅沢に、いつも以上に優しさが詰まった食事会。

 ただただ楽しいだけの幸せな時間がサルーンから溢れていた。

 

 見慣れた場所と定位置の席取り。

 気の効いたおつまみや漂う甘美な香り、軽やかに耳に伝わる会話の語列、柔らかく、にまっとした笑みの表情。

 どこをとっても最高としか言い表せない幸せな空間が、ここに存在していた。

 

 私の手を取り、導いてくれたあの日があったからこそ、この瞬間があるのだと思える。

 私がここまでやってこれたのも、この騒がしい毎日さえも、あのきっかけがなかったら起こり得なかった事なんだと、毎年訪れる誕生日を迎えるごとに改めて思う。

 

「あら、手が止まっているわよ、ザラ?」

 

 優しくも艶のあるリリコからの声を受け、私は彼女へ目を向ける。

 その手には並々とビールが注がれた樽ジョッキと、リリコの代名詞たるパンケーキを載せた皿があり、今か、今かとばかりに、キリエの視線がパンケーキに向けられているのがうかがえる。

 

 彼女はゆっくりとした仕草で私に視線を向けると、持っていた物をテーブルへと置き、ピンと指を指して一言告げた。

 

「早くそっちのジョッキを空にしなさい。おめでたい席なのに、泡が無くなるまでお預けなんて野暮はご免よ」

「あら、ごめんなさい。空気感に飲まれちゃって」

 

 私は緩む顔を隠す事もなくジョッキを口につけて飲み干した。

 すると待っていたかのようにジョッキが交換され、泡はまるで沸き立つ命の水のように艶やかに注がれている。

 

 鼻腔を抜ける麦芽の香りと、しゅわっと喉を通り抜ける爽やかで強烈な刺激。

 苦みもあるその液体を喉の奥で味わおうとすれば、少し刺激を受けてくすぐったい。

 その感覚も決して悪い物ではなく、余韻を楽しむには丁度よく、満たされた欲求をより一層煽る要因となる。

 

 喉を通っていく感覚が、快感に変わるほどの爽快感を身体全体で感じれば、ふっと言葉が出てくる。

 

「っはぁー! 生きてて良かったわぁ……」

 

 この瞬間が堪らない。つい心の底から声が出た。これを口にするだけでなんだか幸せな気分になるのだ。

 一人の時でさえも口にしないような、私に一生縁のないと思っていた言葉が自然と出てしまう。

 それは紛れもなくこの空間が原因であり、この場に集う人々が原因だ。

 

 呆れた表情、クスクス笑い、また始まったと言わんばかりの顔付き。

 それぞれ異なる表情が私を出迎えてくれた。

 

 ただ、みんな同じ気持ちなのだろうなと思える。

 胸の温かさと同調するように、ポカポカとした気持ちが広がるのを感じるのだから。

 

「相変わらずですわね、ザラは」

「ビールの美味しさは人それぞれである。ケイトはゆっくりと味わうのが好みであるが、ザラのように飲み干すのも、またひとつの楽しみ方である」

 

 呆れ口調でエンマが言えば、小さく喉を鳴らしてケイトも語る。

 その微かな音が、また心地良く聞こえた。

 

「とはいってもさ、ザラみたいに飲める人っていないよね~! ちょっかい出してきたヤツらは、そのまま酔い潰れるし。ねっ、ザラ?」

 

 カワイらしい笑顔で私を見つめながら告げるチカは、そう言いながらカレーを頬張りながら、幸せそうな顔を私に向けるのだ。

 

「あら、私は純粋にお酒を楽しんでいるだけよ? 節度ある飲酒。ちゃんとこの辺りは弁えているもの」

「顔も名前も知らない誰かさん達には同情するよ。仕掛けた相手が悪かった。まさか返り討ちに合うなんて、彼らからすれば想像もしていなかっただろうしさ」

「レオナってば。まるで私が大酒呑みで無慈悲な女みたいじゃない」

「いや、そういうワケじゃなくて……。ザラと飲み比べを始めれば、その時点で相手が相当な手練れじゃない限りは逃げ切れないって意味だよ。相手にとって良い勉強になっただろうさ」

「なんだか言いくるめられている気分だけど、まぁ良いわ。今日はトクベツに許してあげる!」

 

 私は心優しき隊長に寛大な心を向け、目の前に並ぶ食事をレオナの口に運んであげた。

 すると、彼女は困惑の表情を見せながらも、あむっと素直に食べてくれる。

 その様子が可愛らしくて、つい、にこっと笑みを零してしまった。

 

 するとレオナは、少し照れたように私から視線を逸らすのだ。

 こういった仕草が私を虜にする要因のひとつなのかもしれない。

 普段は落ち着いて余裕のある彼女だが、時折見せるこういった姿は格別に愛らしいのだ。

 

「ほんと、レオナってザラに弱いよね。普段は気を張り詰めているのにさ」

 

 パンケーキを器用にフォークで受け止め、ぱくりと一口で食べるキリエが言う。

 彼女も普段以上の穏やかな笑みを滲ませており、とても幸せそうだ。

 

「レオナは真面目過ぎるから、息抜きの時ぐらいゆっくりしなよ。たまにはリリコさんお手製のパンケーキはどう? 折角なら美味しいものを堪能すべきだよ!」

「美味しいことは否定しないが、ビールとの相性が悪くないか?」

「それならさ、カレーにしようよ! コッチなら相性いいよね?」

「それだとビールの味わいが薄くなるのではないか? やはり、どちらも単品で味わってこそ真の美味しさを感じられるものだと思うぞ?」

 

 レオナの言葉に、キリエとチカが首を縦に振って頷く。

 好きな物を好きなだけ食べる二人にとって、彼女の発言には同意できる部分があるのだろう。

 

「レオナの意見も、二人の言い分も、的を射ているわ。提供する側としては、どちらも最高の美味しさを追求しているつもりですもの」

 

 微笑みながらリリコがそう言うと、キリエとチカの間にグラスを置き、お酒を注いでいく。

 ビールとは違う果実の爽やかな香りが、鼻孔をくすぐった。

 

「これは……ワイン、とはまた別か。一体何のお酒だ?」

「リンゴで造ったシードルよ。店の主が目利きしていた時に偶然見つけて、仕入れた物なの。流通品ではないから、市場には出回っていないのよ」

「そんなに貴重なお酒を頂いても良いのかしら? なんだか悪い気がするわ」

「気にする事はないわよ、ザラ。お祝いですもの。美味しく飲んでくれたらそれで十分。ねぇ、ジョニー?」

 

 カウンター内でグラスを磨いていたジョニーが、いつもと変わらない表情のまま頷き、その様子を見ていたリリコはクスッと笑い、言葉を続けた。

 

「味に幅が生まれるのは、良い事よね。このグラスの中だけでも様々な組み合わせがある。どれが一番美味しいかなんて言えないけれど、それもまた面白いんじゃないかしら? さぁ、どうぞ召し上がれ」

 

 注ぎ終えたグラスには、三種の彩りが煌めいて見えた。それぞれ違う魅力が伝わると同時に、調和していく不思議な感覚に包まれる。

 私たちはそれぞれのグラスを手に取り、レオナの合図と共に目の前へ掲げ、改めて乾杯をする。

 

 そっとグラスを口元に寄せれば、しゅわっと弾ける炭酸の刺激、甘味よりも酸味が際立ち、味覚に広がる豊かな味わいは、とてもシンプルでありながらも贅沢に感じるのだから不思議だ。

 あまりお酒を飲まないキリエやチカにとっては刺激的だったようで、余韻に浸りながら笑みを浮かべていた。

 

「これは面白いな。アルコール特有たる刺激も確かにあるが、リンゴの酸味で緩和されている。なるほど、確かに味の幅が広がるという感覚がよく分かるよ」

「えぇ、本当に。ビールだけではこうはならなかったでしょうし、わたくしも思わず顔が緩んでしまいますわ」

「ケイトの飲み方とも相性が良い。『酒は飲むものではなく味わうものだ』と、どこかで読んだ記憶がある。このお酒であればそれも納得できる」

 

 エンマとケイトもまた、新たな味わいに上機嫌なようだ。満足げに笑みを浮かべながら、料理に手を伸ばしている。

 

「この甘さ! もしやパンケーキとも相性が良いのでは? 早速頂いてみよう!」

 

 凛々しい顔をしたキリエが笑みを浮かべながらパンケーキを切り分けていき、それをフォークで口に運んだ瞬間、ぱぁっと顔を輝かせた。

 

「おぉ! 素晴らしい! リリコさん、この組み合わせも最高だよぉ!」

「それは良かったわ。元々が果物と合う料理だから、あまりお酒を飲まないキリエも喜ぶと思ったのよ」

「さっすがリリコさん! 分かってるぅ!」

 

 キリエは満面の笑みを浮かべながら、次の一口をフォークで刺して口に運ぶ。

 その幸せそうな表情はとても可愛らしく、見ているだけで心が豊かになる。

 

「ちなみに、カレーの隠し味としても使われるほどリンゴとは相性が良いのよ。チカも試してみたらどう?」

「そうなんだ! それじゃワタシもいただきます!」

 

 元気よく手を上げ、スプーンを手にしたチカがカレーを一口。

 もぐもぐと美味しそうに食べ終えると、とびっきりの笑顔で答えた。

 

「ん〜っ! なんかさっきと違う味がする! 不思議だけど美味しい!」

「ふふっ、上手くいったみたいで嬉しいわ」

 

 リリコが見守るあいだにも、二人はそれぞれ美味しそうに食べる。

 お酒との良い付き合い方を心得た二人にとって、この組み合わせは、まさに至福のひと時なのかもしれない。そんな二人を肴にしつつ、私も改めてグラスを傾けた。

 

 頭の中でお酒との組み合わせを楽しみながら、どの料理から口にしようかと迷っていると、じっと私を見つめる視線に気付く。

 視線を感じる方に顔を向ければ、エンマが私を見つめながらくすりと優しく笑い、一口サイズに切り分けられたバウンドケーキを私へと差し出していた。

 

「エンマ?」

 

 不思議そうに問いかけると、彼女はまたクスッと笑う。前屈みになりながら、『あーん』と言いフォークを差し出してきたのだ。

 その仕草と言動に驚きつつも、私は素直に口を開いた。

 すると、程よい甘さのバウンドケーキが口の中へ運ばれる。

 

 生地はサクサクとした食感で、濃厚なバターの香りがふわりと鼻を通り抜ける。

 噛むたびに微かに感じられるのはレモンの皮だろうか。

 とてもさっぱりとしており、爽やかな酸味が心地良い。

 

 その余韻を味わいながら飲み込むと、エンマは満足そうな笑顔を浮かべながら口を開く。

 

「パンケーキでは甘すぎるかと思いまして。それに、日頃の労いも兼ねていますから、このぐらいは。いかがです?」

「最初は驚いたけれど、素直に嬉しいわ。ありがとう、エンマ」

「どういたしまして、ですわ」

 

 彼女はグラスを静かに傾けながらも、耳元がほんのり朱に染まっている。恥ずかしさを誤魔化すような仕草が可愛らしい。

 

「なるほど。時には言葉よりも行動で示すことが重要である場面があると聞く。感謝するエンマ。この機会をケイトも活用しよう。ザラ、『あーん』」

 

 エンマの横にいるケイトから声を掛けられ、今度は綺麗に切り分けられた、食欲をそそる焼き色が付いたお肉を差し出してきた。

 

「もう……ケイトまで?」

 

 困ったように声を掛けると、彼女は小首を傾げながら口を開く。

 

「ザラが嫌と言うのなら無理にとは言わないが、せっかくの機会であるからケイトもやってみたかった」

 

 ケイトらしい真っ直ぐな言葉に、思わず笑みが零れてしまう。

 

「それなら仕方ないわね、『あーん』」

 

 恥ずかしさを堪えながら、私は口を開けた。中で広がる香ばしい香りと肉の旨味に舌鼓を打ちつつ、私はしっかりと味わった後に飲み込んだ。

 

「味はどうだろうか、ザラ?」

「とても美味しいわ。ありがとう、ケイト」

 

 心の底からの感謝の言葉を伝えると、ケイトは普段よりもあどけない様子で微笑み、嬉しさを表現するかのごとく耳を小刻みに動かした。

 

「ワタシもザラに食べさせたいものがありま~す! はい、『あーん!』」

「ちょっ、ちょっと待って、チカ。流石にその量のカレーは……」

「え~、カレーと合うのに~」

 

 不服そうなチカの対応に困っていると、誰かがスッとチカの袖を摘まみ、自身の前へ引き寄せると、差し出されたカレーを大きく広げた口でパクリと食べる。

 もぐもぐしながら飲み込んだあと、『美味い!』の一言。

 

「あぁー! キリエ! 勝手に人のカレー食べるなよ!」

「勝手じゃないですー。食べて欲しそうに差し出されたから食べただけですー」

「ソデを引っ張っておいてよく言うよ! もぉ~! せっかくザラに『あーん』しようと思ったのにぃ!」

「残念でしたー。ほら、折角だから私にも『あーん』してよ」

「なんでだよ!? 今したばっかじゃん! 意味わかんない!」

「チカのけちー。けちけちケチんぼ、ケチカ」

「うっざ! ほんっと可愛くない! 喧嘩売ってんのなら買うぞコラぁ!?」

「先手必勝! おりゃ!」

 

 今にもじゃれつきそうなチカに対して、差し出したフォークにはパンケーキが刺さっている。

 

「はい、『あーん』」

 

 突然の出来事に目を丸くしていたチカだが、次第に落ち着きを取り戻すと、差し出されたパンケーキを口に含んだ。

 

「もぐもぐ……モグモグ……まぁ……悪くはないかな」

 

 照れくさそうに頬を赤らめながら、そっぽを向いて素直に感想を伝えるチカに、キリエも満足そうな表情を浮かべている。

 

「もう一口いる?」

「……いる」

 

 キリエの問い掛けに即答するチカ。エンマが呆れつつも、穏やかな声で二人に声をかけた。

 

「キリエも、チカも、お酒を嗜んでいるのですから、程々になさい」

『はーい!』

 

 まるで長女とお転婆な妹たちのようで、本当の姉妹のように息の合った二人は同時に返事をし、その光景がどこかおかしくて私はクスリと笑っていた。

 

「……ふふっ」

「ザラが楽しそうで何よりだ。それと……私からもお返しだ」

 

 少し酔いが回ってきたのだろうか、レオナが普段よりも大胆な行動に出る。先ほどのお返しとばかりに星型の塩クッキーを指でつまみ、私の口元へ運んできたのだ。

 

「えぇっ!?」

 

 思わず声を上げたが、彼女は楽しそうに微笑みながら言葉を続ける。

 

「さぁ、口を開けるんだ」

 

 優しく囁くような声に心を乱されつつ、私は覚悟を決めて口を開いた。

 恥ずかしさのあまり目を瞑ってしまったが、塩クッキーはゆっくりと私の口へと押し込まれ、レオナの指が私の唇に触れ、ドクンと心臓が大きく跳ねる。

 

 ゆっくりと目を開けると、満足そうに微笑むレオナと目が合った。

 彼女はふっと微笑むと、小さな声で囁いた。

 

「美味しかっ……どうした、ザラ? 顔が赤いが?」

「うぇ!? あ、いや! なんでもないわ!」

 

 驚きのあまり変な声が出てしまい、慌てて取り繕う私を不思議そうに見つめるレオナだが、そのまま自分の指を自身の口元に近づけ、ペロリと舐めた後、微笑みながら呟く。

 

「うん、甘味のあとは塩味だな」

 

 この人は、『ズルい』。本当に『ズルい』。

 普段は凛々しく、頼りになる我らがコトブキ飛行隊の隊長なのに、時折見せるいじらしさが『ズルい』のだ。

 

 二人きりのお酒の場では、当たり前のように飲み比べをしているのだから、そういった行為も慣れているはずなのに、意識をしてしまった瞬間から、心臓がドキドキと鼓動を速めていく。

 レオナも酒が入っているせいなのか、いつもよりも熱を帯びた瞳で私を見つめていて、それがさらに私の鼓動を激しくする。

 

 そんな私たちの様子を察したのか、ケイトが私たちに告げた。

 

「飲み慣れないお酒で、珍しい方向へ酔いが回り始めたと推測する。リリコ、水を頼みたい」

「そうね。面白いものを見れたし、これぐらいにしておかなきゃバチが当たるわ」

 

 リリコは悪戯っぽくウィンクをすると、カウンターへ水を取りに行く。

 冷静なケイトの助け船によって、私は落ち着きを取り戻すことができた。

 小さくため息を吐き、深呼吸をして鼓動を落ち着かせると、それからレオナの方へ視線を向けてみると、変わらずこちらを見つめていた。

 

「大丈夫か、ザラ? どこか悪いところでも」

「な、なんでもないの! 大丈夫だから!」

 

 心配そうにこちらを見つめるレオナに、私は慌てて取り繕う。

 貴女が原因で鼓動が収まらない。なんて言えるはずもなく、誤魔化すように目を逸らして頬を掻いた。

 

「ほら、水を持って来たわよ」

 

 リリコからコップ一杯の水をもらい、一気に飲み干す。

 冷たい水が喉を通り過ぎ、火照った身体に染み渡った。

 恥ずかしすぎて顔から火が出そうで、熱くなった頬を隠すように手で覆いながら、私は彼女に礼を言うと、リリコは興味深そうな目で私を見つめ、小声で聞いてきた。

 

「ねぇ、ザラ。酔っているの?」

「……リリコ、まさか狙ってあのお酒を?」

「さぁ、どうかしら? ふふっ」

 

 私の質問に対してリリコは不敵な笑みを浮かべるだけだった。

 それが、肯定か否定かはわからないけれど、恐らく前者だろう。

 こちらの反応を面白がっていたに違いない。

 

「ザラを酔わせるには、お酒よりも場の雰囲気に頼るべきね。それを出来るのは、レオナだけで……」

「あぁ! もう! その話は終わり! ね! お願い!」

「からかいすぎちゃったかしら? ごめんなさいね。でも、たまには素直になっても良いと思うわよ」

「いいの! 私が恥ずかしいから!」

 

 私の必死な言葉に、リリコは笑いながら返す。

 

「はいはい、わかったわ。次からは気を付けるわ」

 

 全く反省していない口調で返されて少しムッとしてしまうが、ここでまた何か言えば余計に弄られ続けるのは明白なので、ぐっと堪えることにした。

 そんなやりとりをしている間もレオナはずっと私を心配そうな眼差しで見つめていた。

 その目を見つめてしまえば、余計に意識して鼓動が高鳴るのは目に見えている。

 

「本当に大丈夫か? 熱でもあるのではないか?」

 

 私の気も知らずにレオナは、その長い指で私の額に触れた後、自身の額にそれを当てた。

 彼女の顔が間近に迫り、思わず息を吞んでしまう。

 至近距離で見つめるレオナの表情は真剣そのもので、本人としてはホームの子と接する感覚なのだろう。

 

 それでも、意識してしまった私には、少々刺激が強すぎた。

 

「ち、近い……! 大丈夫だから! 心配させてごめんなさいね!」

 

 これ以上一緒にいると心臓が持たないと思い、私は仰け反るように顔を逸らすと、レオナは少し驚きながらも、残念そうに言葉を零す。

 

「そうか……体調が悪いわけではないのなら安心した」

 

 その言葉に申し訳なく思いつつも、このままでは心が蕩けて思考さえままならない。

 私は気を取り直すように咳払いをした。

 

「ん! コホンッ! お腹もお酒も満たされたことだから、そろそろお開きにしましょう。明日に備えて体調管理は大事よ!」

「えぇ~、まだ一緒にいた~い! もっとお喋りしようよ~」

「明日になれば、また顔を合わせるんだし、その時でもいいじゃん」

「キリエの言う通りですわ。こういうのは、名残惜しい気持ちがするからこそ、最高の時間なのでしょう?」

「でもさ~! このままお開きにするの、なんか勿体ないよ! せっかくの機会だし、もっと色々と話したいし」

「チカの気持ちは凄く嬉しいわ。でも、いつまでも続けるわけにもいかないでしょう? また次の機会に、その時にたっぷりとお話しましょう?」

「あぁ~! もうわかったよぅ! ザラがそこまで言うなら仕方ないなぁ……」

 

 少し不満そうではあったが、なんとか納得してくれたようで安心だ。

 全員のお皿も空になり、コップの水を飲んで一息つくと、ケイトが声を上げた。

 

「それでは、ケイトたちはこの辺りで失礼する。ザラ、改めてお誕生日おめでとう」

「ザラ、おめでと~! また来年も祝わせてね!」

「ありがとう、みんな。今日はとても楽しかったわ」

 

 私はみんなにお礼を言うと、彼女たちは笑顔で答えてくれる。

 本当はもっと話したいことがあったけれど、それはまたの機会に。

 キリエに背中を押される形で、チカがサルーンを後にすると、それに続いてエンマとケイトも席を立つと、ふふっと小さく笑みを零しながら、エンマが小声で話し掛けてきた。

 

「惜しかったですわね。最後まで我慢して下されば、それはそれは面白い光景が見られましたのに」

「もう、エンマ! なんでそう意地悪なこと言うのかしら?」

「素直になれない誰かさんだからこそ、ですわ」

 

 くすくすと笑いながらエンマは歩き出す。それに続くかのように、ケイトからも一言。

 

「アルコールで酔えないのは強みだと思っていたが、こういう場ではそれが仇となるのを理解した。リリコの手法はとても勉強になる」

「あら? 私はお酒を提供しただけよ? そこに添えたちょっとしたスパイスを活かすも殺すも、お客様次第なのだから」

「なるほど。つまり機会を流したザラはヘタレ……」

「はい! このお話はおしまい!! チカにも言ったけど、また次の機会にね!」

 

 強引に話を終わらせると、ケイトはこくりと小さく首肯した。

 

「またのご来店をお待ちしております」

 

 リリコの言葉にエンマが深々とお辞儀をする。ケイトも軽く一礼すると、サルーンを後にした。

 名残惜しいが仕方がない。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのだから。

 みんなもまた会える日を楽しみにしてくれている。

 

「さて、私たちも戻りましょうか」

 

 私がそう言うと、レオナは少し考えた後、私の目をじっと見つめて口を開いた。

 

「ザラ」

「うん?」

 

 私の名前を呼ぶ彼女の声に耳を傾ける。

 一体どうしたのだろうか? そう思いながら首を傾げていると、彼女は優しい笑みを浮かべてこう言った。

 

「よければ、もう一杯だけ付き合ってくれるか? いつもどおりの薄麦ビールで」

「……ええ、もちろんよ!」

 

 断る理由なんてどこにもない。

 私は満面の笑みで答えると、カウンターへ移動した彼女に、そっと寄り添うように立った。

 

「喜んでお付き合いさせて頂くわ、レオナ」

 

 そうして、私たちはいつものように杯を交わした。

 それは長いようで短いひと時であり、今日という特別な日を締め括るに相応しい時間であった。




中の人もご結婚おめでとうございます。
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