荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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キリエとあの子とお茶会と

 エンマからの招待状。

 律儀に封筒へ入れられていた便箋を取り出して日時を確認する。

 毎日会うのだから封筒を手渡しするくらいなら、その場で伝えてくれてもいいと思うんだけど、こういう所がエンマらしいといえばらしい。

 

 

 用意された椅子に腰を下ろしながら、紅茶とお菓子が置かれたテーブルを挟む形で目の前にいるエンマと他愛の無い話を続けている。

 私の座る椅子から後方に位置する桜の木は、あの日以来、花を咲かせる事がなくなってしまった。

 それでもエンマは、時間を見つけてはこの子の手入れを欠かさずに行っている。

 きっと私の知らない間でも、時間を見つけてはあの頃の様に。

 

「キリエ、桜を見つめてどうしましたの?」

 

 突如エンマから問いかけられて、身体がビクっと反応してしまう。

 考え事をしていたみたい。その様子をおかしそうにクスクスと笑っている。

 エンマからすれば、きっと私の考えている事なんて全部お見通しなんだろうなぁ。

 

「別に、見てのとおりこの子を眺めていたんだよ。エンマの誕生日にあれだけ肉体労働をさせられたのだから、そろそろ咲いてもいいじゃんってね」

「それで熱心に見つめていらしたのね。でも残念ながらつぼみらしきものは見当たりませんわ」

「そうなんだよねぇ、あれから結構日にちが経つのに、一つも見つけられなくてちょっとがっかり」

 

 自分でも分かるぐらい子供っぽく頬を膨らませて抗議の声を挙げる。

 そんな私の横へ椅子を持ってエンマがやってくる。

 綺麗な指がそっと伸びてきて、私の頬から空気がゆっくりと抜かれていく。

 口元に手を当ててクスクスと笑うエンマ。一時は眉間に皺を寄せている事が多かったけれど、こうして笑顔を見せてくれると私の心も楽し気になる。

 

「仕方ありませんわ。ソメイヨシノについてケイトに集めていただいた文献を再び調べて、勉強を仕直し始めたばかりですもの」

「前回は一年ぐらいで咲いたっけ?」

「キリエがつぼみを探し当ててくれましたからね。今回は本当に一からの始まりですわ」

 

 紅茶が注がれたカップに唇を当てて一口、そのまま二人並ぶように桜を見つめている。

 横目で見つめる先にいる、優雅に紅茶を飲むエンマのその姿は、背丈以外はあの頃から何一つ変わっていない。

 本当にお嬢様なんだなぁという考えと、そのお嬢様が何で私みたいなのと今に至るまで腐れ縁の様に関係が続いているのかなって。

 チカが言っていたとおり、私に合わせてくれているんだろうけど。

 

「あら、飲みませんの? キリエの好みの紅茶を用意したつもりですが」

「いや! 頂きます!」

 

 指摘されて慌てて飲み始めたものだから、予想していたより紅茶が熱くて慌てふためく。

 服に零してしまった紅茶をエンマが呆れながらもハンカチで拭いてくれる。なんだかそわそわとして落ち着かない自分がいるのがよく分かる。

 

「そう慌てなくても冷めたのならば入れ直しますから、ゆっくりと味わっていただきたいものですわ」

「うん。ありがと、エンマ」

「あら珍しい、お礼を申し上げるだなんて」

「珍しくないし! ちゃんとお礼ぐらい伝えられるし!」

「日頃からこの様に素直になられていれば、無駄な喧嘩沙汰にならないでしょうに」

「言い方にトゲがあるよね!? エンマこそもう少し私を労わってくれてもいいと思うんだけど!」

「これ以上ない程、キリエには優しく接しているつもりですこと?」

 

 勝ち誇る様に私へ微笑みながらそう言い放つ。

 エンマの言う通りだ。私とこれだけ長い間、付き合いがあるのはエンマだけだもん。

 でもなんか悔しい、けどエンマと口喧嘩をしても勝てる気が一切しない。

 チカが相手であっても、勝った! と思えた時はほんの僅かだ。

 温かい紅茶に息を吹きかけ、もやもやとする感情と悔しさを一緒に胃へ流し込む。

 一息ついて、顔を上げれば枝ばかりのこの子が視界に映る。

 

 今はつぼみの一つもつけていない子だけど、この子がいなかったらエンマと出会う事なんてなかっただろうなぁ。

 椅子から立ち上がり、この子の傍へと近寄る。

 以前、チカと二人で撒いておいた肥料は土へと馴染み、この子の一部となっている。

 よく見れば枝も剪定されているのか、すっきりとした印象を受ける。

 キミには一体何が足りないのだろうね? 幹の部分に手を当てて問いかけるが、答えが返ってくるわけもなく。

 

「キリエったら、私の事を笑えませんわよ?」

「げっ、もしかして声に出してた?」

「えぇ、憂いを帯びた顔でブツブツと独り言を申しておりましたわ」

「うわぁー、一番見られたくない人に見られちゃった気がするよ」

「良いではありませんか、昔わたくしがそうしていた時に心配して声をかけてくれたのはキリエでしょう?」

「なんでその話を知ってるの!?」

「ケイトとチカが教えてくれましたわ」

 

 恥ずかしいから内緒だって言ったのに! 

 今度二人にあったら口にテープでも貼り付けてやる! 

 頭を抱えながら恥ずかしさに悶えている。

 

「キリエ」

「……なにさ」

「そんなに不貞腐らないの、伝えたい事がありましたの」

 

 私に伝えたい事? 何かあったっけ? 

 

「キリエ、お誕生日おめでとう」

「あーそういえばそうだった気がする」

「相変わらずですわね、キリエらしいといえばらしいですけど」

「今までそんな余裕なかったしなぁ、エンマは毎回祝ってくれたけど」

「当たり前でしょう? 幼馴染ですもの」

 

 私と同じようにこの子に手を当てながら微笑んでくれる。

 照れ臭いのも通り越して、じっと見つめてしまうほどに。

 そうだ、私もエンマに伝えたいと思っていた事があったんだ。

 

「ありがとね、エンマ」

「……本当に珍しい、雪でも降るのかしら?」

「素直に感謝を伝えているのにすっごい失礼だよね! それに雪って寒い場所で降るもんでしょ? イジツで降るわけないじゃん!」

「分かりませんわ。今のイジツならば何が起きても不思議ではありませんもの」

 

 確かに、最近はおとぎ話だと思っていた穴が開いたりとか、イジツ全体がなんだか不安定になっている気がする。

 あれ? でもそう考えると今まで諦めていた事も出来ちゃったりするのかな? 

 

「ならさ、この子がまたあの時の様に綺麗な花を咲かせるのも、ありえない話ではないって事だよね?」

「……そうですわね、きっとわたくし達の期待に応えてくれますわ」

 

 私の問いかけに答えるエンマ。愛おしそうにこの子を撫でながらそう伝えてくれる。

 その姿に私もつられてポンポンと応援する様に軽く叩く。頑張れ! 

 

「さて、折角ですから久しぶりにパンケーキでも焼きましょうか」

「ホント!? いやーわざわざエンマの家に来た甲斐があるよ!」

「ジョニーやリリコさんの作るパンケーキの方が好きなのではありませんこと?」

「パンケーキはみんな好きだよ! もちろんエンマも好きだし!」

 

 顔を赤くするエンマの姿をみて誤解を招く言い方をした事に気づいた。

 しまった。言葉が足りてないせいでなんか告白したような返事になってるし! 

 慌てて身振り手振りを使いながら意味が違う事を伝えようとするが、笑い始めるエンマ。揶揄われている事にようやく気づく私。

 はぁ、やっぱりエンマには敵わないなぁ。

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