荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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キリエさんお誕生日おめでとうございます。


キリエさんは鼻歌交じりで空中散歩道

「ふふーんふ、ふふんふふっふっふーん」

 

 誰が言ったか忘れたが、調子外れな鼻歌ほど気持ちの良い歌はない。

 何故なら自分だけが理解し、楽しめるからだ。

 空は青く、雲一つない晴天である。

 

 こういう日はとても気分が良くて、発動機の音も綺麗に聞こえるから尚のことゴキゲンなのだ。

 

「ふっふーんふ、ふっふふふふーん」

 

 トクトクと注がれていく燃料、油臭い風の匂い。

 機体箇所の確認作業だって、鼻歌混じりだ。

 車輪止めの紐を大雑把に引っ張って……やると、あとで怒られるから指定位置のピンを踏んづけて固定。

 

 確認は終わりだ。

 

「ふっ、ふんふんふーふんふんふー」

 

 エンマが「行儀が悪い」と言ってくるけれど、そんなのどうでもいい。

 今はとっても気分がいいのだ。

 何も考えず、目的もなく、隼を操縦できるんだから楽しいに決まっている! それに、鼻歌を歌うと何故かうまく操縦できる気がする。

 たぶん。

 

「ふー、ふふん」

 

 あともう少しで空中散歩を楽しめるんだ。

 始動準備だってお手の物。

 燃料加圧の際に繰り返されるレバー音で気分を盛り上げつつ、機体のご機嫌も伺ってあげないと。

 

「ふーふふーん」

 

 ご機嫌上々、あとはイナーシャハンドルを差し込んで回すだけ。

 そして、回転数を合わせたらついに発進だ。

 

「ふん! ふん! ふーん!」

 

 くっそ重たいイナーシャハンドルをなんとか回し切り、クラッチを繋ぐ。

 唸りを上げていた発動機から爆発音にも似た轟音が鳴り響き、勢いよくプロペラが回り始める。

 

「ふっふーん!」

 

 無理矢理ながら一人で始動出来ることは、オフコウ山での出来事で証明済みだ。

 ただ、班長にはメッチャ怒られるけど。

 まぁ、とりあえずは第一関門クリアだ! 

 

「ふんふんふーん!」

 

 足踏桿から足をゆっくり外せば、前進が始まる。

 機体を滑走路まで優しくエスコート。

 とはいえ、肝心の滑走路そのものは、ナカナカの年季が入ってるから、それなりに揺れるんだけどね。

 

 それでも慣れてしまえばどうということはない。

 悠々と誘導路を進んでいくと、一端停止。これで空中散歩の準備は完了だ。

 管制塔には事前通達してあるから、管制官の指示に従って、決められた手順を踏めば良い。

 

 心の中で気合いを入れて、スロットルレバーに置く手には力が込められる。

 

「ふっ!」

 

 スロットルを少し開くと、ブンとプロペラと発動機の回転数を上げていく音が心地いい。

 頑張って乗り降りした甲斐が報われる瞬間である。

 そして、フルスロットルまで回せば隼は一気に加速を始め、機体が沈み込んでいく感覚。

 

 やがて、速度計の針も上昇していき、滑走路上を滑るように走り出す。

 その途中でふと目線を上げると、青く澄み切った空が視界いっぱいに広がるのだ。

 それはまるで自分に向けられて「飛べ!」と言われているみたいで少し嬉しい気分にもなる。

 

「ふー! ふっふーん!」

 

 私は青空が好きだ。前も後ろも上も下もない、自由な空が大好きだ。

 身体に感じる重みも、肌に感じる風の心地良さも全てが愛おしい。

 今、私はイジツで一番自由なんだと実感するからだ。

 

 そしてこの青空の中には数えきれないほどの色が有って、それぞれが違う形と色を持つ光だって放つことができる。それはとても神秘的で、美しいと思うし不思議で面白いと思う。

 それが見られるのも、私が空を飛んでいる時だ。

 

「ふっひひー」

 

 この素敵な世界を見られるなら、私はいつまでだって隼に乗ることが出来る。

 多少の面倒事は有るけど、それもまたオツなモノだと考えられるようになってきているからだ。

 さあ、今日も張り切って行くぞ! 

 

「ふっふふーん」

 

 操縦桿を引いて、上昇を開始。綺麗な空が目の前に広がり、気持ちも弾む。

 高度を稼いだら少し旋回をして、ラハマの町を上から眺める。

 こうしていると、自分が人の営みを支える一端を担っているんだって実感できて嬉しくなるのだ。

 

 シオヤマの外れにあるサブジーの礎石は、まるで本人みたいにどっしりと構えている。

 彼はあの礎石から私を見守ってくれているのだろうか? 

 

「ふっふー、ふふっふーん」

 

 機首を上げて、ラハマの上空をぐるりと一周。やはり空の上は気持ち的に自由になれるから好きだ。

 たとえ今この瞬間に機体が墜落したとしても私は笑顔で……いやいや、流石に安全圏まで飛ばしたら脱出するからね! でも、隼となら落ちる覚悟だってある。

 実際に何度も落ちているので、私の操縦技術と生存本能は図太くなっているのかもしれない。

 

 ……いや、イジツの人間なら大半がそうかもしんないけどね。

 なにはともあれ、今日も順調に空の散歩が出来ているのは良いことだ。

 

「んあ?」

 

 その時、視界に大きな雲が見えた。あれは……何か見慣れた形をしているな。そう、まるで……。

 

「パンケーキ? これまた見事で段々な円形型をした雲だねぇ」

 

 これが本物ならどれほどの大きさに匹敵するのだろう? 羽衣丸ぐらい? いやいや、この距離だともっと大きく見えるはずだ。

 

「っと、雲に侵入しないように回避しないと……ん?」

 

 ふと、その雲がほんの少し膨らんだ気がした。

 いや、気のせいじゃない。あれは……。

 

「ちょ! ふぉあ! なんかこっちに接近してきてる!」

 

 慌てて操縦桿を手前に引き、旋回しつつ緩上昇。

 高度は十分有るし、速度も失速する程じゃないはずだけど、雲を引きながら突然近づいてくる謎の機体には恐怖を覚えてしまう。

 こちらに対して射撃が無いあたり、敵意がある機体じゃないと思いたいけれど……。

 

「あれ? あの尾翼は……ん? んー?」

 

 思わず目を擦ってもう一度接近してくる機体の翼を凝視する。

 そして気づいたのだが、この機体は間違いない……。

 

『やっほー、キリエ。元気してた?』

「ナオミ! どうしてここに!? ていうか何で雲の中から!?」

『ラハマに用事があったから。あとは調子外れの鼻歌を広域無線で垂れ流してるキリエを驚かせてあげようかなって』

「……え? マジで?」

『マジで。無線機を確認してみたら? たぶん周波数が違うから』

 

 慌てて操縦席の脇に付いている無線機を確認してみると……ああ、ほんとだ。羽衣丸との通信に使っている周波数じゃないや。

 でも、なんで? ってそうか。ラハマの駐機場に機体を降ろしたから、その時に変えたままだ。

 

「あああああ!! 恥ずかしい! めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!!」

『別に良いじゃない。アタシはキリエの下手な鼻歌好きだし』

「下手じゃないし! ってか『聞かせてる』のと『聞かれた』のじゃ全然違うんだよぉ!」

『聞かせてる時は、自信あるんかい』

 

 恥ずかしさのあまり顔が真っ赤に火照っていくのが自分でもわかる。あ、涙出てきたかも……。

 そんな私をよそに、無線越しにナオミがケラケラと笑う声が聞こえる。くそぅ、私をからかって楽しんでるな! 

 

「もう、そんなに笑わないでよ! あーもう、顔があっつい!」

『ごめんごめん。ってかキリエが一人で飛ぶなんて珍しいじゃない。どしたの?』

「休暇中で暇……じゃなくて! 機体の調子を確認に来たんだよ!」

『なーんだ。キリエのことだから良い天気だから飛ぶか! とか言い出すのかと思った』

「ギクッ! そそそんなわけないじゃん! こうみえても休みの日は忙しいんだから!」

『へぇ、例えば?』

「そりゃあ……。ご飯食べたり、洗濯したり、パンケーキ食べたりして、あとはラハマの街を散策したり」

『暇してるじゃん』

「うっさいなぁ! いいでしょ別に! それに、ナオミはどうなのさ!」

『アタシ? んー、そうねぇ。用心棒の仕事で忙しかったし、温泉巡りしたくらいかな』

「お・ん・せ・ん! 羨ましい!!」

『羨ましいって、キリエは人前で裸になるのは嫌がるじゃない』

「ソレとコレとは話が別! ゆっくりと足を伸ばせる温泉は良いものなの!」

 

 大きな浴槽の中で両手足を伸ばす。湯舟から伝わる熱がじんわりと全身を温め、筋肉の強張りが解けていく。

 シャワーとも違い、ゆったりと身体を湯に浸けることができるのは、やはり温泉ならではだろう。

 

『でも一人じゃないとイヤなんでしょ? 変なところ生娘みたいな反応するんだから』

「純真な乙女ですが!! ゼッタイにイヤとまでは言わないけどさ! ほら……誰かに裸を見られるのって恥ずかしいじゃん……」

『野郎相手じゃないんだから気にすることないのに』

「そ、それはそうだけど! ナオミはいいかもしれないけどさ……」

『スタイルでも気にしてんの? 大丈夫ダイジョーブ、誰もキリエの裸なんか気にしちゃいないわよ』

「余計な一言、どうもあ・り・が・と・う!!」

 

 機体の翼を大げさに振りながら、発言とはうって変わり猛抗議。ああもう、確かに自分の身体的特徴を気にしてないと言ったら嘘になるけどさ! 

 ナオミの言い方だと、私がまるで貧相な身体付きとでも言いたげじゃん! ぷんすか! 

 

『ごめんってば、お詫びに後でパンケーキ奢ってあげるからさ』

「ぶー! 物で釣ろうったってそうはいかないもん!」

『あら、残念。フルオプション付きで食べてもよかったのに』

「ぐぬぬっ! ……っていうか話を逸らすな!」

『あははっ! 悪かったってば。それだけキリエが一人で空にいるのが珍しいってだけ』

「そうかなぁ? うーん、まあ……たまに一人で飛びたくなるんだよ」

『分かる。コレもアレよ、サブジーの影響だろうね。空の上で一人だと、頭空っぽにして何でも出来る気がするっていうか』

「あー……分かるかも」

 

 決してコトブキのみんなと飛ぶのが嫌というわけではない。ソレはソレ、コレはコレという感覚とでも言えば良いのか。

 それぞれが背負うものや、成し遂げたいことを胸に抱き、互いに協力しあって共に戦う。

 時には言い合いもするけれど、それも大切な想いや絆が有るからできることなのだと思う。

 

 その心地良さと安心感は、間違いなく私を後押ししてくれる。

 でも、一人きりで飛ぶ空の魅力も捨てがたいのだ。

 

 誰も私の行く末を知らないし、決して道を遮らない自由さは、誰にも縛られず空を舞うのに最適だと言えるだろう。

 そして何より、この高度一千クーリルからの光景を独り占めできるという点が大きい。

 誰であろうと入り込む余地のない自分だけの世界と優越感に浸れるのである。

 

 贅沢な話かもしれないが、コレばかりは自分では変えようがない。

 

『編隊飛行も楽しくはあるんだけどさ。金魚のフンでも良いから誰かと一緒に飛びたいって気持ちも分かるわよ』

「およ? ナオミでもそういう気持ちになったりするんだ」

『そりゃあね。まっ、自分の腕だけで生活していくって決めたのはアタシ自身だし。たとえ一人でも、この空で自由に生きていく覚悟は出来てるわよ』

「わっお。カッコイイー」

『キリエ、アンタには居場所があるでしょ? ラハマに羽衣丸、そこにコトブキがいてさ。必ず帰ってくる場所があるじゃない』

「……うん」

『それだけ忘れなければ、どこへでも自由に飛んで、帰って来れるわよ。変なところまで偏屈ジジイに似る必要なんてないって』

「あはは、確かにそうかも。サブジーが聞いてたらいつもの表情で大目玉だね」

 

 そうだ。この環境が何よりも楽しいし、私の居場所でもあるんだ。

 コトブキ飛行隊に入隊して、何も不自由のない、刺激的な毎日が私の周りで渦巻いている。

 昔だったら絶対に味わえなかったかもしれない。

 

 もう、何も心配しなくて良いの? 正直に言うと、不安はまだ残っている。

 私が変わったのか、それとも新しい世界に触れすぎているだけなのか……もしかしたらまたイジツが大変なことになるかもしれないという懸念は、少なからずあるからだ。

 

 だけど、ソレを上回るほどに、みんながいてくれることが嬉しい。

 一緒に飛べる楽しさは何よりも代えがたいモノで、それがいつまでも続くことを願わずにはいられない。

 

『とはいっても、小競り合いはまだまだあるし、先の事を考えるとキリがないけどね』

「んもー、ナオミってば。前向きに行こうよ、ね!」

『あははっ。そうね、そうよね。よっし、久しぶりに模擬戦でもやる?』

「おっ、いいねー! やろうよ!」

『オッケー。前みたいに燃料切れで落ちるんじゃないわよ?』

「はぁ!? あの時はナオミだって燃料切れで不時着したじゃん!」

『アレはキリエが悪いんでしょ? 勝手に勝負を吹っ掛けてさ』

「着陸時に割り込んできたあげく、煽ってたのはドコのどいつよ!」

『さぁ? 誰だったかしらね』

「オイこらぁ!!」

 

 それを合図に、私たちの機体は旋回を始め、空を舞い踊る。

 模擬戦という割には妙に気合いが入り過ぎている。

 だけど、刺激的で心躍るこの瞬間がたまらなく好きだ。

 

 そして、一度飛んだらもう止まらないのもまた事実なのだ。

 

『へぇ。キリエ、また腕を上げたんじゃない?』

「ナオミは相変わらずイヤらしい飛ばし方をして!」

『そりゃあね!』

 

 負けず嫌いはお互い様だし、遠慮するような仲でもない。いがみ合うのはしょっちゅうだ。

 でも、無線越しの会話は楽しくて仕方がない。少しくらいムカついたって、絶対に嫌いにはなれない。

 だからこそ負けたくないし、本気で戦うことができるのだ。

 

「いくよ、ナオミ!」

『かかってきなさい! キリエ!』

 

 この空に不可能なんてないと信じ続けよう。私たちは風に乗って羽ばたく鳥のように。

 そして、笑い合う仲間として、今日もまた私は空を渡るのだ。

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