荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
この時期のラハマは、お祭り前の準備期間。
色鮮やかなテントがあちこちに設営され、カラフルな飾りつけが行われていた。
数日後には、いわゆるクリスマスというやつが訪れる。
ユーハングが残していった、いまやイジツ中で親しまれている行事。
人々は皆忙しそうにしていて、ラハマはいつも以上に活気にあふれている。
私も例にもれず、ホームにいる子供たちに向けたクリスマスプレゼントの準備に追われていた。
「相変わらずの大荷物ね、レオナ」
「私には、このぐらいしか取り柄がないからね」
商店街に併設された飲食店で、買い物に付き合ってくれたザラと休憩を兼ねて小休止だ。
プレゼントの入った紙袋をどさりとテーブルに置きながら、椅子に座る。
「そんなことはないわ。待つ人たちの事を思いやれるのは、レオナの良いところよ」
「そうかな? ありがとう、ザラ」
コーヒーに口をつけると、じんわりと身体が温まっていく。ふぅと一息つきながら、外の風景へと目を向けた。
道行く人々の足取りも軽い。子供たちはプレゼントを待ちわびてワクワクしている様子だし、大人たちも雰囲気に取り込まれているのか、どこか浮ついた様子。
皆、大切な誰かを思い浮かべているのだと思うと、微笑ましい気持ちになる。
「仕方がないとはいえ、この時期はどこも混んでいるわね。でも、私もこの人混みの一部だと思うと、嬉しくなるわ」
「みんな、それぞれ大切な人がいるから。見ているだけでも心が温かくなるよ」
クリスマスを前に色めき立つラハマを、店の窓からは楽しげな人々の様子が見て取れる。
ザラは穏やかな笑みをうかべると、静かに口を開いた。
「こうしてレオナと過ごすのも、何回目かしらね?」
「いつもありがとう、ザラ。私一人では、一日で周り切るのは難しいから」
「こちらこそ、レオナと一緒だと楽しいわ。一人じゃ入りにくいお店もあるしね」
そう言って取り出したのは、サンタ帽を被った可愛らしいマスコット人形。
トナカイが引くソリの代わりに赤とんぼへ搭乗し、後部席には白い大袋が置かれ、沢山のプレゼントが敷き詰められている。
「こんなに可愛らしい物を売っているお店があったなんてね。見落としていたわ」
「私もたまたまさ。不定期で開く店なんだが、品物の種類も豊富で見ていて飽きないし、店主も優しい方だ。子供向けのプレゼントについて相談させてもらったよ」
普段はこういった雑貨屋には立ち入らないので、こういった珍しい物が置かれてあり新鮮だ。
人形自体も、自分で裁縫した物なのか、独特なタッチの絵柄が可愛らしい。
「不思議よね、自分が子供の頃にしてもらって嬉しかったことは、意外と大人になっても覚えているの」
ザラはそう言いながら、優しく人形を撫でる。小さな頃を思い出しているのだろうか、彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。
「この時以外は、飲んだくれでどうしようもない人なんだけどね」
「……でも、そのおかげで私たちは出会う事が出来たのだから、私は感謝しているよ」
コトブキ飛行隊は、一人欠けても成り立たない。とりわけザラという存在は、皆のお姉さん役という立場から、隊内の和を保つのに一役買っている。
末妹ともいうべき三人が、おてんばで元気が過ぎると、私が諫めた後の緩衝材となってくれるのだ。
隊員は仲間であり、大切な家族なのだ。
皆が居心地が良いと思えてくれるよう努めているし、何かあった時は全力でサポートしたいと考えている。
それが隊を率いる者としての務めだと信じて。
「……そうね。レオナがそう言ってくれるのなら、私も前向きに考えるわ」
ザラの言葉に、私は頷く。お互いに知り合う前の過去については、あまり詮索しないようにしていた。
彼女なりに色々あったのだろうと察することはできるので、こちらからも聞き出そうとは思わない。
それでもこうしてポツリと話すことも、話し合うこともあるので、それらを聞き逃さず拾い上げていきたいと常々思っている。
きっと、オタガイサマなのだから。
「さて、今日中にもう少しだけお店を回っておこう。準備は早めにしておきたいんだ」
「そうね、私も誰かさんに渡したい物を見つけたいわ」
「……あまり気にしなくても良いんだぞ?」
「私が気にしたいのっ」
と、私が言うとザラはちょっとだけ不満げな表情を見せる。だが、すぐに元の優しい表情へ戻った。
「ふふっ、冗談よ」
「全く、ザラには敵わないな」
お互いに笑い合い、プレゼントが入った紙袋を手に持ちながら、私たちは店を後にする。外では、相変わらず人の賑わいを感じ取れる。
この雰囲気を味わえるのも、あと僅かな間。
街を歩く人々が、皆幸せなら嬉しいなと思いながら、私は次のお店を目指して、街中へと歩き始めた。
そして全ての買い物が終える頃には日が沈み、街灯や家々の明かりで照らされたラハマは、いつもより賑やかに輝いているようだ。
「ふう……これで、全員分のプレゼントは買えたかな」
羽衣丸にある自室に、荷物の入った紙袋を置き、額に浮かぶ汗を拭う。
朝からずっと買い物に付き合わせてしまったザラには、少々申し訳ない気持ちではあるが。
「今日はお疲れ様。これで心置きなくクリスマスを迎えられそうね」
「そうだな、ザラのおかげで良い買い物ができたよ」
「喜んでもらえてよかったわ」
彼女がホッとしたように胸をなでおろす。プレゼントの相談役と、荷物持ちを手伝わせてしまったが、ザラは嫌な顔ひとつせず着いてきてくれた。
いつもこうして力を貸してくれる彼女には、頭が上がらない。
「よければ飲みに行かないか? 礼も兼ねてご馳走させてほしい」
「あら、いいのかしら? 隊長直々のお誘いだなんて」
冗談めかした口調で笑う彼女だが、その表情を見れば嬉々としているのは一目瞭然だった。
「それじゃあ、お言葉に甘えようかしら……あ、そうだわ」
何かを思い出したかのような仕草に首を傾げると、ザラは微笑みながら言葉を続けてきた。
「よかったら、私に付き合ってくれるかしら? 良い話を聞いたの」
「へえ、どんな内容なんだ?」
彼女の言葉に私が尋ねると、ザラは満面の笑みを浮かべて言葉を返してきた。
「お楽しみは最後まで取っておくものよ。さあ、行きましょ?」
そう言って歩き出した彼女の背中を追っていくと、途中でサルーンに寄り、幾つかの酒瓶を慣れた様子で手に取り、紙袋の中へ放り込んでいく。
そして進行方向は、船外へ。
「ちょっと待ってくれ、ザラ。どこへ行くつもりなんだ?」
私の質問にザラは振り返ると、人差し指を唇に当てて、ウインクしながら答えた。
「それは着いてからのお楽しみよ」
鼻歌交じりに歩き出す彼女の後を追いながら、私は首を傾げた。
ザラがどこへ行くつもりなのか見当もつかないが、ただ黙って着いていくしかなさそうだ。
道中、こちらに振り向きながら度々話しかけてくる彼女の姿と、周囲の明かりを視線に映しながら辿り着いたのは、街の中心から外れた場所にある草木が生えた小さな丘だった。
「ここで飲みたかったのなら、そう言ってくれれば良かったのに」
「あら、それだけじゃないわよ。見せたいものがあるの」
ザラは私に草原の坂へ腰掛けるよう導くと、紙袋をそっと置き、次の瞬間には、私の両眼を手で覆うように隠してきた。
「ザラ? いったい──」
急な事に動揺する私の姿を見て、彼女の優しい声が聞こえてくる。
「ちょっとだけ我慢してくれるかしら? 光に慣れた目を落ち着かせたいの」
「ザラがそう言うのなら……分かった」
そうして暫くの間、私はザラの腕の中で身を委ねていた。時折、夜風が頬を撫でるも、どこか心地よい。
揺れる柔らかな草と、彼女の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、穏やかな気分になっていく。
「ふふっ」
ふと、耳元から聞こえた笑い声に、こそばゆいものを感じる。
「ザラ?」
「ごめんなさい。レオナの耳がピコピコと動いていて、可愛らしいなと思ったの」
「……あまりからかわないでくれ」
恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをする。
自分が感情を隠しきれていないのは自覚しているが、改めて指摘されると気恥ずかしいものがあるのだ。
私の反応を楽し気に見ていたザラは、ゆっくりと手を広げていくと、その指先を夜空に向けた。
その先に視線を向けると、数え切れないほどの星が静かに煌めいていた。
「……とても綺麗だ」
目に映るのは美しい煌めきの数々。
普段から見慣れているはずの夜空は、こんなにも輝いていたのかと思わされるほどに。
「あら、これだけじゃないわよ。あそこを見て?」
頬に手を当てられたまま、彼女の指さす先に目を向けると、一際大きな光を放つ星が目に映った。
その瞬間、幾つもの星が夜空を渡り、尾を引いている。
「これは……流れ星か」
私は思わず声を上げる。瞬きする暇もないほどの速度と迫力で、光の軌跡が描かれる様子は、圧巻としか言いようがなかった。
言葉を失い、ただ空を仰ぎ見ることしかできない私に、ザラはそっと語りかけてきた。
「レオナを驚かせたかったの。今夜は流星群が良く見える日だから」
その言葉に私は頷くことしかできなかった。
これほどまで美しい光景を見られたのだから、それ以上の言葉は不要だと思えたからだ。
それからしばらくの間、私たちは夜空を眺めていた。
ただ静寂だけが包み込む空間だったけれど、不思議と居心地の悪さはなかった。
むしろ穏やかで、心が落ち着くような時間であったように思う。
どれくらいの時間が経っただろうか。不意に彼女の手が私の頬から離れるのを感じた。
それを少しだけ名残惜しく感じながらも姿勢を正すと、彼女はこちらを見つめてきた。
「どう? 気に入ってくれたかしら?」
ザラの言葉に私は素直に頷いた。これまでに見た星空の中でも、今回のものは本当に特別だと思えたからだ。
「ああ、とても綺麗だったよ。素敵なプレゼントをありがとう、ザラ」
素直に感謝の言葉を述べる私に、彼女は満足げに頷くと、紙袋から取り出した酒瓶を手渡してきて、空に向かって掲げた。
「それじゃ、乾杯しましょ!」
その一言を合図に、私たちは互いの酒瓶をぶつけ合うと、祝杯をあげた。
夜空に流れる星々を眺めながら飲む酒は格別で、普段よりも美味しく感じたのは、気のせいではないだろう。
きっと隣にザラがいてくれるからかもしれない。そんな事を考えながら、私はもう一度、夜空に目を向けた。
──この景色を忘れないようにと、心に誓いながら、二人で過ごす夜に浸っていった。