荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
得てして、母校というものは卒業した後になると疎遠になってしまうものであり、他の用事でもなければ足を運ぶことが少なくなってしまうのが常であるかと。
かくいうわたくしも……いえ、わたくしの場合は一身上の都合により辞めた身ですけれど、自ら選んだ道を進む為に集中した時間を過ごすうちに、足が遠のいておりました。
それでも、こうして再び学園を訪れる日が来るとは、思いもよりませんでしたわ。
「まさか、再びここを訪れることになるとは思いもよりませんでしたわね」
そう独り言を呟くわたくしは、母校の門をくぐりながら懐かしい気持ちと共に校舎を見上げておりました。
◇◇◇◇
時は遡る。
ラハマにある実家で庭先の手入れをしている最中、電話の呼び鈴が鳴り響いた。
両親に電話を取らせてしまうと、ダニ共の甘い言葉に惑わされてしまいかねないので、わたくしが実家にいる間は余計な雑音を聞かせないよう電話の取り次ぎは、わたくしが一手に引き受けている。
壁に取り付けられた古めかしい電話機は、精一杯ベルを鳴らし主張する。
受話器を手に取り耳に当て、本体に備え付けられている送話器に向けて声を放つ。
「もし、どちらさまでしょうか?」
『あら、エンマ。丁度良いタイミングですわ』
「その声は……タミルではありませんか。わざわざ電話を掛けてくるだなんて、よほど暇なようですわね」
わたくしが送話器に向かって話し掛けると、クスクスと笑う声が耳に届いた。
彼女の名はタミル。学生時代の友人であり、現在は働きながら学者としての道を歩んでいる子だ。
そんな彼女から電話が掛かってくるということは、何か聞いてもらいたいことがあるのではないかと、予感があった。
案の定、受話器越しに楽しげな声が聞こえる。
『エンマ、貴女にご相談したいことがあるの』
「あら、何かしら? タミルがわたくしに頼み事をするなんて珍しいこともあるものですわ」
『そんなに固くならなくても大丈夫ですわ。とても簡単なことですもの』
「簡単なこと?」
わたくしは首を傾げるが、タミルは気にせず話を続ける。
『はい、わたくしの代わりに母校である学園で講演会を開いてはいただけないかしら? 急用が入りまして、指定された時間に間に合わせるのが難しそうですの』
わたくしは彼女の言葉に思わず溜息をついてしまった。タミルの言う急用というものは、大半が学術に関するもの。
申請していた場所の発掘許可が下りたのだとか、ユーハングに関する物を手にする機会と重なってしまったとか、そういった理由だろう。
学生時代、同室だった彼女を知る者とすれば、相変わらずの押しの強さと感じてしまうのも無理のない。
「タミル。簡単に申しますけれど、わたくしは学園を辞めた身ですのよ?」
『ええ、存じておりますわ。ですが、イジツにおいて今の貴女は飛行隊共々、有名ですもの。それに退学理由は素行不良ではなくご家族の為なのは周知の事実。何も問題はありませんわ』
「……口が上手になりましたわね。タミル」
『あら、お褒めに預かり光栄ですわ。エンマ』
受話器越しに聞こえる笑い声を聞きながら、わたくしは再び溜息をついてしまう。
イケスカの一件以降、コトブキ飛行隊の知名度は上がり、その活躍ぶりが新聞で取り上げられているのを目にするようになった。
もちろん、その中に自身の姿もあるのだが、母校にまで名が知れ渡っているというのは、正直複雑な気分である。
こほん、と咳払いをして気持ちを切り替える。
「ですが、生徒を相手に何を話せばよいのやら。ましては相手はお嬢様たち。教養は十分でしょうし、わたくしの話などつまらないと思うのですが?」
『いいえ、そんなことはありませんのよ。エンマの体験談は大変興味深いですもの。きっと生徒たちも喜ぶと思いますわ』
「そうかしら?」
『ええ、間違いありませんわ』
自信たっぷりに言い切る彼女の言葉に、わたくしは思わず首を傾げてしまう。
しかし、タミルはわたくしに期待してくれているようだし、その期待に応えてあげたいという気持ちもある。
それに、久しぶりに母校を訪れるのも悪くないだろう。あの頃の思い出に浸るついでに、昔の話でもしてあげましょうか。
「分かりましたわ、タミル。貴女の期待に沿えるよう、全力を尽くしますわ」
『ふふっ、ありがとう。エンマ。では、日時なのですけれども……』
わたくしの返答を聞いた彼女は嬉しそうに声を弾ませた後、更に細かい部分を詰めていく。
それから予定についての相談を進めていったのだが……。
◇◇◇◇
こうして、今に至る。
校門の前では守衛が立っており、たとえ家族であっても許可が下りてなければ通してもらえぬ、厳しい警備態勢が取られている。
それは外部の者だけでなく、生徒にも適応される。
蝶よ花よと育てられたお嬢様は、学園という狭い世界でコミュニティを形成しており、その社会には明確な規則が存在している。
しかし、いつの時代にもおてんば娘というのはいるもので、外の世界に憧憬を抱く者も現れてしまう。
そういった子たちを守る為の処置でもあるのだが……在学中は窮屈に感じてしまうことだろう。
それでも学園に入ることが出来れば、世間の荒波に揉まれる前の貴重な時期を過ごすことが可能なのだ。
だが、忘れてはいけないのは、ここはあくまで学園であって家ではないということである。
実家を離れ、生徒になった少女が憧れる夢と期待、不安に緊張。色々な気持ちが混ざり合い戸惑いながらも、共に学び、成長して過ごさなければならない。
出会いも、別れも、そして、絆も……ここで育まれるものなのだ。
守衛に許可証を見せて敷地内へと足を踏み入れると、そこには立派な校舎がそびえ立つ。
その景色は学生時代のそれと何も変わっていない。懐かしさに思わず笑みが溢れてしまう。
わたくしだけであれば、このまましばらく感傷に浸っていたい所ですけれども……後ろの三人にとってはそうではないらしい。
「ここがエンマの手紙に書かれてた学校かぁ。こんなに大きいんだ。それに綺麗で立派な建物ばっかりだし、なんか緊張してきたかも」
「エンマってばキリエなんかに手紙を送ってたんだ。どうせ読みもしないでほったらかしにされるのがオチなのにさ!」
「なんかって何さ! 私だって手紙ぐらいちゃんと読むし!」
「だが、エンマと再会した時のキリエの態度は素っ気ない態度であった。エンマの性格から考えれば、手紙で先にラハマへ戻ることを伝えてもおかしくないはずだが?」
「そ、それは……その……」
「うはっ、その反応は自覚あるんだ!」
ケイトからの指摘に言葉を詰まらせるキリエの反応を見て、意地悪な笑みを浮かべるチカとのやり取りを聞いていると、まるで学生時代に戻ったような錯覚に陥ってしまう。
しかし、いつまでも立ち話をしているわけにはいかないでしょう。わたくしは咳払いをしてから三人に声を掛ける。
「三人とも、そろそろ中に入りますわよ? 本日はわたくしの付き人なのですから、大人しくしていて下さいね?」
「分かってるって! エンマの邪魔はしないから安心してよ!」
わたくしの言葉に元気よく返事をするチカ。その隣ではキリエとケイトが頷いているのが見えた。
全く、どうしてこの様な状況になったのやら。
元をたどれば休暇の申請をした際に、彼女たちに話を聞かれてしまったのが始まりであった。
学園という言葉に興味津々といった三人から根掘り葉掘りと質問攻めをされ、根負けしたわたくしが付き人としてなら同行してもよいという許可をしてしまったのが運の尽き。
キリエやチカが興味を抱くのは想定内だったが、そこにケイトが加わるとは思わなかった。
理由についても学問に関したことではなく、特殊な環境下における生活や文化といった事柄に惹かれたのだとか。
……あまり知られたくない文化というのも存在するのは確かですが、ケイトが気付かないことを願うばかりですわ。
そんなわたくしの思惑とは裏腹に、彼女たちは初めて見る物の数々に心躍らせていた。
建物内とは思えない開放的な空間、暖かな光が降り注ぐ吹き抜けを見上げれば、先にある大空がどこまでも続いている光景を目にすることが出来た。
壁に掛けられた絵画や飾られた彫像、装飾や造りに至る細部までこだわり抜いており、建物一つにどれだけの労力がかけられたのかを考えると、溜息が出てしまいそうになる。
「すっご! ここって学校なのに、アレシマで入ったホテルみたい!」
辺りを見回しながら感嘆の声を上げるチカ。彼女の言う通り、ここは生徒が勉学に励む場であるのだが、その印象は真逆と言わざるを得ない。
まるで美術館や博物館といった施設に足を踏み入れたかのようだ。
そんなチカの隣ではケイトが興味深そうに周囲にある物を見回している。そして、二人の様子を一歩引いたところから眺めているキリエの姿があった。
彼女は物珍しそうに周囲を見回す二人とは対照的に、落ち着いた様子である。
「あら、キリエはこういったものには興味ありませんの?」
「別に興味がないわけじゃないけど、なんか場違い感があってさー。それに……」
わたくしの問いかけに小さく呟いたキリエは、溜息をついてから顔を上げると、困ったような視線を向けてくる。
何かを訴えかけるような視線が気になったわたくしは、視線の意味を察せずに首を傾けていると、ケイトが代わりに口を開いた。
「キリエはこの場所に苦手意識を持っているようだ」
「苦手、どうしてですの?」
「エンマは分かってないなー。折角、出来た友達が学校に通うためラハマを離れちゃったんだよ? 寂しいに決まってるじゃん!」
わたくしの疑問に答えたのはチカ。彼女は腕を組みながらウンウンと頷くように何度も頷いている。
隣でケイトは納得がいったとばかりに手をポンと軽く叩くような動作をしていた。
「なるほど。点と点が繋がる。キリエが手紙を読まない理由、再会した際のそっけない態度、自分がいない場所で友人が知らない世界へ一歩を踏み出していること。その溝と寂しさに堪え切れなかった。という……モガモガッ」
「ケーイートぉー? それ以上言ったらはっ倒すからねー?」
頬を赤く染め、鋭い目付きでケイトの口を両手で塞ぐキリエ。あまりの剣幕にケイトは表情を崩さないまでも、コクコクと素直に頷いている。
そのやり取りを見ていたチカはケラケラと笑い、わたくしはそんな三人のやり取りを微笑ましく思いながら眺めている。
……が、そろそろ止めないと。注目を集めてしまいますわね。
お互いに譲れない部分があるのでしょうけれど、わたくしは主催者と話を通さなければならないし、ここは間に入るのが無難ですわね。
小さく咳払いをしてからキリエとケイトの間に割って入ると、そのまま笑顔で微笑みかける。
二人もこれ以上は不毛と理解したのだろう、素直に頭を下げた。
ふふっ、この件については改めて。ひとまず一件落着ですわね。
さて、本題に戻りましょう。
◇◇◇◇
学校の敷地内に存在する大きな講堂。
そこはまるで舞台のようであり、客席とステージの間には幕が下ろされており、お互いの様子を確認することは出来ないようになっている。
エンマは既に控室で待機しており、私たちもその場に居たのだが……こちらが壇上に上がるわけでもないのにウロウロと、ソワソワと、落ち着きのない私を見てエンマが溜息をつく。
「ケイト、チカ。キリエを連れて学園内を探索でもしてきなさい」と、体よく追い払われてしまい、今に至る。
「もう! キリエが大人しくしてないから、エンマに追い出されちゃったじゃん!」
「……ゴメン」
「素直に謝るな! 調子狂う!!」
ちぇっ、と唇を尖らせて拗ねるチカ。正直、自分でも分かるぐらい調子が上がらない。
何でだろう……と思いながら考えてみても答えは見つからなくて、それでもモヤモヤとした思いが晴れることは無くて。
ぼんやりとした思考の中、ケイトが口を開いた。
「ケイトが口にしたことで、キリエの気分を害してしまったのであれば謝罪する。軽率な発言だった」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだ。実際にケイトが言ってたことは、半分くらい当たってると思うし。だけど……さ。なんか、こう……私の心がモヤモヤしてるっていうか……」
自分の胸に手を当てて確認するように呟くと、二人はお互いに顔を見合わせた。そして、同時に溜息をつく。
「はぁ……もう、仕方ないなぁ。今のキリエに言葉で伝えても納得しないと思うし。どうしよっか、ケイト」
「エンマの講演をしている姿を一目見れば理解出来ると思う。だが、一度退出した以上は生徒ではないケイト達が再入場出来る可能性は低いと考えられる」
「エンマと同伴だったから通してもらえたもんだしなぁ。うーんどうしよ……って、あれ?」
ケイトの言葉にチカが頭を悩ませていると、ふと視界の端に気になるものが映り込む。
それは講堂の入り口付近で、生徒たちに声を掛けながら中へ誘導している女性教師の姿だった。
エンマが打ち合わせをする際に、再会できたことを喜んでいた恩師の一人だ。名前は確か……。
そこまで考えたところでチカが颯爽と駆け出し、何かを話している姿が見える。
最初は部外者だと追い払われるかとも考えていたのだけれど、そうでも無さそうだ。
その証拠に二人は少し言葉を交わした後に、こちらへ手招きをしてくれた。
頭に雪が積もったような白髪の女性教師が穏やかな笑みを浮かべている。
近くまで歩み寄り、ケイトと共に頭を下げる。
そうだ。確か親しみを込めておばあちゃん先生と呼ばれてるって話だけど……流石に面と向かって呼ぶ勇気はない。
挨拶をした後、ケイトが私の代わりに質問してくれたので、それに答えるように話し始めるおばあちゃん先生。
結果として、私たちは再び講堂の中へと入ることができ、案内された席へと腰を下ろしたのだが……。
「だからといって、制服に着替えなきゃダメとか聞いてないんだけど!」
「仕方ないじゃん。周囲に紛れ込むには制服が一番なんだし、カワイイ服が着れるぐらいの感覚で我慢しようよ」
「そりゃそうだけどさ! スカート短くない? スースーするし!」
「別に普通だよ? エンマだってこのぐらいの長さだったし。ケイトなんかキュロットパンツからスカートだぞ。それに比べたら楽勝っしょ」
チカが指差す先には、いつもと変わらない表情で席に着くケイトの姿。対して私は顔を赤らめながら、必死にスカートの裾で足を隠そうと奮闘中だ。
「キリエ、恥ずかしがることは何もない。良く似合っている。自信を持つべき」
「どーいう自信なのさ!? そういう問題じゃないっての!」
ケイトは真面目な顔してドヤ顔してるけど、私が恥ずかしがってる理由分かってないじゃん。着こなせている人と一緒にするなっての。
チカは……まぁ、チカだし。おばあちゃん先生と小声で楽しそうに話してる辺り、こういうの結構好きだったりするよね。
そんなことを考えながら溜息を零していると、徐々に周囲から雑談が消えて行き、やがて講堂内の空気がピンと張り詰める。
壇上にエンマが堂々とした足取りで現れ、拍手をもって迎えられた彼女は、一礼して生徒たちの顔を見渡す。
そして、少しだけ間をおくと緩やかな笑みを浮かべ、口を開く。
「ごきげんよう、みなさん」
エンマのハッキリとした聞き取りやすい声が講堂内に響くと、一瞬で静寂が訪れた。その様子に満足した様子で頷くと、そのまま話し始める。
彼女のスピーチは、とても分かりやすくて聞きやすいものだった。
学校での出会い、共に過ごし、別れ。学び舎での思い出や苦労話、そしてこれからの人生について。
様々な経験を織り交ぜながら語られる内容は、いつの間にか私の緊張を解いていった。
エンマとの思い出が走馬灯のように駆け巡り、自然と口元が緩む。
暖かい笑みを浮かべて見守ってくれることもあれば、時に厳しい一面を見せることもあった。怒ったこともあるし、言い争ったこともある……でも、最後には笑い合って仲直りするんだよね。
そんな私を見てチカとケイトがクスリと笑った気がしたけど、気にしないことにする。
だってさ、仕方ないじゃんか! エンマの思い出の中に私が居たし、私の思い出の中にもエンマが居たんだから。
エンマが壇上で一礼し、話を終えると割れんばかりの拍手が起こった。
私も慌てて立ち上がり、精一杯の感謝を込めて拍手を送ると、彼女は嬉しそうに微笑んでくれた気がした。
◇◇◇◇
講演を無事に終えたわたくしを待ち構えていたのは、キリエ達……ではなく、生徒たちからの熱烈な歓迎だった。
予想だにしなかった状況に驚く暇もなく、四方八方からお姉様と慕ってくれる彼女たちを無下にも出来ず、一人一人に丁寧な対応をしていく。
そんな私の複雑な心境を生徒たちは全く気にした様子もない。むしろ、この状況を楽しんでいるかのように見えるのは気のせいでしょうか。
そんな状況を見かねたのか、一部の生徒方が列を形成して下さり、急遽握手会のようなイベントになってしまいました。
思わぬ形で生徒たちとの交流を深めることが出来たのはありがたいことですし、感謝の気持ちも込めまして、一人一人と握手をさせて頂きました。
その反応は様々であり、満面の笑みを浮かべる子や積極的に手を差し出してくる子。顔を赤らめながら俯いてしまう子など、様々な反応が見られて楽しかったですわ。
ですが、解放された時には、空に朱が混じりつつあった。
学園から謝罪とご厚意により、「部屋を用意しましたのでお使い下さい」とのありがたい申し出に甘えさせていただき、案内されたのは懐かしき寮と同じ間取りの部屋。
それを二部屋も確保していただいたのですが、三人が同室を希望したこと、わたくしも同室を希望したため、このような形で落ち着くことになりました。
「エンマ、今日はお疲れ! いやー、大成功だったね。みんなエンマに釘付けだったし!」
「始まる前までキリエってば不安がってたけど、いざ始まれば誰よりも熱心に聞いてた癖に!」
「それだけ、エンマの講演に心打たれたことの証明」
「わたくしと致しましては、制服姿で現れた三人に驚かされてしまいましたわ」
夕食やお風呂など、今日一日の疲れを癒してから部屋に集まったわたくし達は、口々に感想を述べ合っている。
笑顔で話すキリエ、チカ、ケイトを見て、わたくしは内心で安堵の溜息を零していると、ケイトがゆっくりと口を開く。
「エンマの人気はケイトの予想以上であった。お姉様と慕う声に最初は耳を疑ったが、エンマの姿を見れば納得せざるを得なかった」
「ケイト、誤解をされないよう申し上げておきますが、あの呼び方は上級生に対する敬意を表したものですわ。あくまで学園の規則に従った上での行動。わたくしを慕っているわけではありませんの」
「握手をしていた生徒の熱視線。あれは尊敬や憧れなどの類いで済むものでは──」
「ケイト? 見ていたのなら助け舟の一つぐらいは出して欲しいものですけれど? あと、それ以上の発言は禁句ですわよ」
ケイトの発言を遮り、笑顔で圧をかけると彼女は小さく頷く。
学園という世界で過ごしていると、同性に好意以上の感情を抱く場合も有り得るということは理解していますが、この話はデリケートな部類に入るものですわ。
ケイトが口ごもったのを察したのか、チカとキリエが話題を変える。
「そういえばさ、おばあちゃん先生が言ってたよ。時折、ふっと現れたかと思うと、気づけば誰をも魅了する子が現れるんだってさ。まるで魔法みたいに!」
チカが唐突に口にした言葉に、わたくしはクスッと小さな笑い声を上げる。
「聞いたことがあります。長らく教師を務めていると、そういう存在と縁があるらしいですの。長く燻ぶって本質を隠している子、渇望しているものがある子、学園は待ち人が持っている力を引き出す場所だとも言われていますわ」
三人は感心した様子で頷きながら話を聞いているけれど、キリエが何か思い当たることがあったらしく、スッと手を挙げる。
「確か、背が高くて桃色の髪をまとめていた子? だっけ。エンマも会ったことがあったりして」
「どうでしたかしら? 短い在学期間に見かけた方は、学園でもほんの一握りですわ」
思い出してみるものの、強い印象に残るほどの方に出会った覚えがありませんわ。ただ……一人だけ挙げるとするなら、そうですね。
「淑女に相応しい方なら一人。キリエに似た黒髪を長くした女性ですわ。とても気品のある方で、立ち振る舞いが優雅でしたの」
わたくしがそう口にすると、チカとケイトは興味深そうにキリエへ視線を投げかける。
対するキリエは二人の視線に気づき、腰に手を当てて満面の笑みを見せると胸を張るが……。
「ぷっ、あはは! キリエが淑女とか、ないない!」
「チカに同意する。キリエは淑女という言葉から遠い存在」
「ちょっ! それどういう意味よ!! 喧嘩売ってるなら買うけど!?」
案の定、チカとケイトの軽口にムキになったキリエは二人へ飛びかかるが、軽くあしらいながらじゃれ合う。
その様子に思わず笑みがこぼれる。本当に仲が良いですわね。
「エンマ? なに笑ってんのさ?」
「いえ、仲睦まじい姿を見ていると、癒されると思いまして」
「あっ! その言い方! 子供扱いしてるならエンマからの喧嘩も買うんですけど!」
すかさず言い返すキリエに、わたくしも言い返す。
「あら、それは奇遇ですわね。久しぶりにお相手して差し上げますわ。返り討ちにされても文句はなしということで、よろしいですわね?」
「言ったなー! エンマ! 今日こそ決着つけるよ!!」
「ふふっ、望むところですわ!」
こうして開催される枕投げ大会。深夜まで続いた戦いは、全員が力尽きるまで続いた。
本当に、一緒にいると退屈しないですわね。
素直に辞めたでよかったじゃんね。
ということで掌クルーしました。ごめんね。