荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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ららラハマップ

 ふんふんふふーん。

 ラハマにある図書館で、チカは心の中で鼻歌を歌いながら、何か面白い本がないか探していた。

 海のウーミを読めば、心に王宮が建てられるのは間違いないのだが、それ以外にも何か興味を持てるものがないかと探していたのだ。

 

 だが、どれもこれも読んだことがあるものがたくさん。

 それでも一つくらいはと、目ぼしい本を何冊か手に取っては戻すの繰り返しをしていると、ふわりと何かが舞い降りて来た。

 

 床に落ちた紙を拾おうと手を伸ばし、それを広げてみると、紙には見慣れた配置図と文字が書かれてあった。

 

「これって、ラハマの地図? まだ書きかけっぽいけど……」

 

 どうしてここにと思いながらも、その紙から目を離せずいると、ふいに声をかけられた。

 声がした方を振り返ると、そこにはケイトがいつもの表情で立っていた。

 

「チカ、それは一体?」

「あーコレ? なんか本に挟まってたみたいなんだけど、ラハマの地図っぽいんだよね」

 

 チカがそう言うと、ケイトにも見えるように近寄り、二人してその紙を覗き込んだ。

 どう見ても素人が書いたような代物だったが、地形の情報は割と最近のラハマを再現されていた。

 ただし、文字に関してはあまりにも稚拙だ。

 

 きっとどこかの子供が適当に書いたに違いない。

 しかし、だからこそ不思議なこともあるものだと、二人は顔を見合わせた。

 

「ケイト、なんでこんなのが図書館の本に挟まっていたと思う?」

「不明。たまたま挟まっただけかもしれない。または意図的に紛れ込んだのか。でも誰が?」

 

 二人で頭を悩ませている。

 そもそもこの子供の落書きのような地図は何を意味しているのだろうか? そんな疑問すら浮かぶ。

 あれこれと推測ばかりが続いていくものの、結局答えは出ないまま。

 

 そして、チカはあることを思いつく。

 

「ねねっ、せっかくだからワタシとケイトで散歩がてら、この地図を頼りにラハマを散策してみない? もしかしたら、何か秘密があるかもしれないし!」

 

 名案と言わんばかりにチカが胸を張って言う。

 確かに彼女の言うことには一理ある。

 それにチカは、ケイトとは違った視線から答えを見出すことが出来る。

 

 そう考えたケイトは、同意の意を示した。

 

「わかった。ケイトはチカに付き合う。それに今なら天気もいい。気分転換にもなるだろう」

 

 今日は快晴で絶好のお出かけ日和。

 このまま休暇を無駄に使うよりも、有意義な時間の過ごし方をしたいと考えたのだ。

 

「さっすがケイト! それじゃあ出発進行!」

 

 こうして二人は、手書きの地図を片手にラハマの街へと繰り出した。

 まずはメインストリートの十字路へ到着すると、チカはそこで立ち止まりぐるりと辺りを見渡してみる。

 町の中心地ということもあって、大通りには人がひしめき合っており、活気に満ち溢れていた。

 

「うーんと、ここを左に進むと、病院やレオナがよく行く孤児院が……うん、地図にも描かれてあるね」

 

 今、歩いている場所は、十字路から左に向かって伸びた道で、これは町外れに向かう一本道らしい。

 病院を通り過ぎると孤児院があり、その先には工場エリアと書かれてあった。

 

「この地図は予想外に精度が高い。木を目印にしてあったりと、意外と親切である」

「そうだよねー。意外と良く出来てるよね、これ。アタシらはラハマ出身じゃないからよく知らないんだけどさ」

 

 なんて言いながら、二人は病院前で一度足を止める。

 目の前には、ラハマ唯一の総合病院があり、ここはオウニ商会所属の者たちが健康診断のために訪れる場所でもあるのだ。

 

「そいやアレンも入院してる場所だよね? 寄ってく?」

「今はいい。顔を出せば面白そうだと言ってついてくるに違いない」

「別に一緒に行けばいいじゃんかー。何か理由でもあるの?」

「研究の為と言い、呑んだくれている可能性がある。今はやめておくべきだ」

「あーうん、アレンならありえそうだから笑えてくる」

 

 ケラケラと笑うチカを横目に見つつ、ケイトは少々複雑そうな表情をしていた。

 地図に視線を落としながら、気になる文字を一つずつ拾い上げていく。

 その中でもっとも近い場所へ目を向けると、随分とくたびれた様子の建物が遠目に見えた。

 

「エンマの家が書かれている。もしかするとエンマなら何か知っているかもしれない」

「おっ、ホントだ。それじゃ行ってみる? 確か休みは家に帰るとか言ってた気がするし!」

 

 そうして、二人の足は再び動き出し、ほどなくして目的地に到着した。

 古びた建物ながら立派な家構えの庭先では、ソメイヨシノを相手に一人の女性が立っていた。

 気品を感じさせる佇まいからは想像もできないほど、長ハサミを両手に持ち、勢いよく剪定を行っている最中であった。

 

 そんな姿を見れば、誰だって声をかけることを躊躇ってしまうものだが、相手は同じ飛行隊の仲間であるのだから、そこまで気にしなくてもいいだろうと思い至り、チカは大きく手を振りながら声をかけた。

 

「エ~ンマ~! 何してるの~!?」

 

 大声で叫ぶ彼女に気づいたエンマは、くるりとそちらに顔を向け、にこやかに微笑みながら答えた。

 手には剪定鋏を持ってはいるが、その所作は無駄がなく実に優雅だった。

 彼女はお嬢様として教育を受けており、あらゆる面で完璧な淑女なのだ。

 

「あら、チカにケイトではありませんこと。わたくしの自宅に訪れるだなんて、何かありましたの?」

 

 穏やかな口調で尋ねた彼女に、ケイトは無表情のまま言葉を返した。

 

「チカが図書館で詳細不明の地図を手に入れた。これに心当たりはないかと思って聞きに来た。どうだろうか?」

 

 そう言ってチカは手にした地図を差し出すと、それを見た途端、エンマの表情が驚きに変わった。

 どうやら彼女は、何か知っているようだ。

 ならば教えてほしいと思っていると、エンマは困ったように眉を下げながら口を開いた。

 

「確かに。この地図は見覚えがある点が幾つかございますわ。ですが……」

「えーっ、知ってるなら教えてよー。勿体ぶらないでさぁ~」

 

 チカが口を尖らせ文句を言い始めると、それを諫めるようにして、ケイトが冷静な言葉を投げかけた。

 彼女もまた早く謎を解きたいと考えていたので、その気持ちは同じだったようだ。

 

「チカ、気持ちはわかる。だが、物事には順序がある。ひとまずエンマから説明を聞くことにしよう」

「むぅーっ……仕方がないなぁ。じゃあ理由を教えてよ、エンマ」

 

 チカはまだ納得できていないようで不満げな表情を浮かべていたが、結局は好奇心のほうが勝ったらしく、話を先を促すことにしたようだ。

 それを受けて、エンマは静かに頷き話を続けた。

 

 彼女は落ち着いた様子で口を開き、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「まず、これらの地図についてわたくしが説明する前に、いくつか確認しておきたいことがありますの」

 

 エンマはそう言いながら、ふと空を見上げた。

 晴天の青空が広がり、鳥たちが楽しそうに飛び回る姿を視界の端に捉えると、すぐに視線を目の前の人物に戻した。

 

「お二人はこの地図を手にしてから、誰かに見せるなどをして確かめましたか?」

 

 唐突な質問ではあったが、二人とも素直に首を横に振り、否定の意思を示した。

 それを見たエンマは小さく息をつき、言葉を続けた。

 

「わかりましたわ。わたくしの口から言うのも気が引けますが……これはラハマに隠されたオタカラを示す地図ですのよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、思わず二人揃って目を丸くした。

 まさかあの絵心のない素っ頓狂な落書きのようなものに、そんな価値があったとは思わなかったからだ。

 町の観光マップにしか見えない物にそんな価値があるのだとは、驚きを禁じ得ない。

 

 だが、ここで一つの疑問が浮かんでくる。

 一体、誰の手によって作られたのかということだ。

 

「ねぇ、エンマ? これがオタカラの地図だって知ってるってことは、誰が作ったのかもわかってるんだよね?」

 

 チカの問いかけに、エンマはこくりと小さく頷いてみせた。

 しかし、彼女は細く綺麗な指を口の前に添えると、これ以上は話せないといった意思表示をする。

 

 だが、それだけでは納得できるはずもなく、チカがしつこく食い下がると、ケイトが横から割って入り静かに首を振った。

 彼女はこれ以上、追及しても無駄だと判断したようだった。

 

 それを見ていたエンマは、少しばかりのヒントを二人に提供することにしました。

 

「まったく仕方ありませんわね。そんなに知りたいのであれば、自分で調べてみることですわ。この地図によると……この辺りですわね」

 

 彼女が地図の指差す先に書かれていた場所を確認し、二人は顔を見合わせて首を傾げた。

 そこは、ラハマで生活している者なら、誰もが利用する場所であり、同時に最も身近な場所でもあった。

 

「ここって……商業エリアじゃん。こんな場所に何のオタカラがあるっていうの?」

 

 チカの言う通り、示された場所は市場が立ち並ぶ、賑やかな商店街区画だった。

 だが、いくら考えても思い当たる節がない。

 二人が首を傾げていると、エンマは少し得意げに微笑む。

 

「普段から馴染みのある場所にこそ、大切なものが隠されていることが往々にしてありますわ。さあさあ、時間は有限ですわよ? 急いで調べたほうが良いんじゃありませんこと?」

 

 二人を急かすようにして促すエンマ。

 そんな彼女の様子を見たチカとケイトは顔を見合わせ、同時にため息をつくと、仕方なくその場を後にすることにするのだった。

 

 それからというもの、来た道を戻りながらも二人は色々と話し合ってみたが、結局のところは何も思い浮かばずじまいだった。

 メインストリートの十字路まで戻り、そこから鉱山のある右手方向へ伸びる路地へと向かう。

 途中、不意にチカが立ち止まった。

 

「チカ、どうかした。お腹でも空いたのか?」

 

 怪訝そうに尋ねるケイトに、チカは違うとばかりに首を振る。

 

「いやまぁー違うとは言い切れないけど、それよりあそこにいるのって、レオナとザラじゃない? おーい!!」

 

 少し離れた場所で立ち話をしているレオナたちを見つけて手を振ってみると、彼女らも気づいてくれたようで笑顔で手を振ってくれた。

 チカとケイトが二人に近寄ると、嬉しそうな顔で出迎えてくれた。

 

「チカにケイトか。二人は図書館に用事があったんじゃないのか? 何か買い物か?」

 

 レオナの言葉に、二人は首を横に振った。

 

「ううん、図書館にはもう寄って来たんだ。そこでヘンな地図を見つけてさ、ケイトと調べに来たんだよ!」

 

 チカは手に持っていた地図をレオナとザラに見せる。

 すると、ザラは驚き半分、困惑半分といった表情をして言った。

 

「なんだか独創的な地図ね。けど、これってラハマ近郊の地図かしら?」

「確かに。だが、これがどうかしたのか? 随分と大雑把な……実践的というか……こ、個性的な地図だな」

 

 ザラに続いて、レオナも言葉を選びながら感想を述べた。

 その言葉に反応したチカは、大きく頷き、さらに説明を続ける。

 

「でしょ!? こんな下手くそな地図だけど、エンマが言うにはオタカラの場所が書かれてるみたいなんだよ! それでね、レオナはラハマ出身だろうし、何か知ってたりしないかなぁと思って声をかけたんだけど……どう? 何かあったりする?」

 

 チカが期待を込めて尋ねると、レオナは腕を組み顎に手を当てて考える素振りを見せた。

 しばらく黙っていた彼女だったが、何かを思いついたかのように顔を上げた。

 

「……ああ、なるほど。そういうことか。だったら心当たりがあるぞ」

 

 自信ありげに答える彼女を見て、チカとケイトは互いに顔を見合わせ驚いた表情を浮かべた。

 何しろ、いきなり核心に迫る情報が手に入るとは思っていなかったのだから、無理もないことだ。

 

「ホント!? やったぁ~!」

 

 喜びのあまり、その場でケイトの手をがっしりと握り、ブンブンと上下に振るチカ。

 一方のケイトはあまり表情を変えていないものの、内心はかなり興奮しているようだ。

 これでやっと謎の地図に描かれているものが何なのか、分かる可能性が出てきたからだ。

 

 しかし、それも束の間の出来事でしかなかった。

 何故なら次の瞬間、レオナが続けて口にした言葉は、二人の予想を裏切るものだったからである。

 

「だが、教えてやるわけにはいかないな」

「なんでさ!? エンマと同じじゃんか! ケチ!」

 

 頬を膨らませ怒るチカとは対照的に、落ち着き払った様子のレオナ。

 まるで予想していたかのような反応だが、果たして本当にそうなのか。

 彼女の隣にいたザラも、驚きの表情でレオナを見つめていた。

 

「珍しいわね、レオナ。あなたがそんなことを言うなんて。何か事情があるのかしら?」

 

 ザラの問いかけに、レオナはゆっくりと首を縦に振り肯定の意を示す。

 

「ちょっと色々あってね。詳しくは言えないけれど……そうだな、ここへ向かうようにと教えたのは、エンマなんだな?」

「そう。チカがしつこく食い下がると、エンマが少し困ったような顔をしながら教えてくれた」

「シツコクって! ケイトってばヒドイ! エンマもレオナも含みを持たせるようなことばっか言うのが悪いんだってば! こっちは気になって仕方ないんだから! 教えてよ! ねえったら!」

 

 チカの抗議も虚しく、レオナは黙って首を横に振るばかりだ。

 

「答えを教えたらオタカラ探しにならないだろ? それにこれは自分たちで歩き回って見つけた方が楽しいはずだしな」

 

 レオナはそう言って笑うだけだった。

 こうなると簡単に口を割ってくれる相手ではないことをよく知っているチカは、それ以上何も言えなかった。

 

 ただじっとレオナの目を見つめ返していたのだが、その視線の意味を悟ったレオナはふっと笑みを浮かべると言った。

 

「──まあ、なんだ。私からもヒントを出しておくか」

 

 それを聞いたチカとケイトの顔が、ぱぁっと明るくなった。

 二人の喜怒哀楽豊かな表情を見るたびに、ザラもくすりと笑い、釣られて笑みをこぼしてしまうほどだった。

 

「レオナってば、最初からそう伝えてあげればよかったのに」

「あ、いや、決して意地悪をしたいわけではないんだぞ?」

「私に言い訳をしても仕方ないでしょ?」

 

 そう言われてしまってはぐうの音も出ない。

 レオナが申し訳なさそうに肩を落とす姿を見て、ザラはおかしそうに笑みを浮かべていた。

 

 チカは唇を尖らせながら、腕を頭の後ろで組む姿勢をとると、わざとらしいため息をついてみせる。

 それを見ていたケイトがフォローするように口を開いた。

 

「チカ、待て」

「その言い方っ! 犬じゃないんだからさ~」

 

 チカは不服そうな声色で反論するが、ケイトはそれを意に介さず平然とした態度を取り続ける。

 その様子を見たレオナとザラもまたクスクスと笑っていた。

 

「すまない、話が脱線してしまったな。簡単に言うなら、その地図は子供が描いたと思われる。ホームの子たちも似たような遊びをしてたのを見たことがあるからな」

「っていうことは、オタカラって存在しないってことにならない? チビッ子たちのオタカラしか見つけられないってことになるよね?」

 

 チカの質問に、レオナは首を横に振ることで答えた。

 彼女は続けてこう語る。

 

「それはどうかは分からないぞ。私たちにとって価値あるものが存在している可能性も捨てきれない。どちらにせよ、実際に見てみないことには何とも言えないけどね」

 

 それを聞いて、チカはさらに首を傾げる。

 何故、そのような回りくどい言い回しをするのかと疑問に思ったのだろう。

 

 そこへケイトが一歩前に出て尋ねた。

 口調は相変わらず淡々としたものだったが、真摯さが感じられた。

 

「仮に存在しないとしても、探すことに意味がある。レオナは、自分なりの考えがあるはず」

 

 その言葉を聞くと、レオナは少しだけ目を丸くさせた。

 今まで冷静沈着な態度を貫いてきた彼女が、このような直球を投げるとは思ってもいなかったようだ。

 意外な一面を見せたケイトに対して、レオナは思わず頬が緩んだ。

 

 それを隠すかのように口元を押さえ、軽く咳払いをした後に返答した。

 

「ははっ、さすがだよ。ケイトの洞察力には驚かされるばかりだ。──羽衣丸を探索してみるといい。そこで暇を持て余している隊員が、きっと役に立つ情報をくれるだろうさ」

 

 レオナの言葉を聞いたチカは、目を輝かせながら拳を突き上げ、大はしゃぎし始めた。

 話を聞いていたケイトも満足げな表情を浮かべ、力強く頷いていた。

 

 一方、その様子を見守っていたザラは、微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと目を閉じていった。

 それはさながら、これから起こるであろう出来事に対して、ある種の予感を抱いているかのようだった。

 チカとケイトが新たな謎解きに乗り出して、羽衣丸へ向かう背中を見送る形となったレオナとザラ。

 

 彼女たちはしばらくの間、その場に留まっていたが、しばらくして突然、ザラがこんなことを言い出した。

 

「レオナ、もしかしてオタカラの答えを知ってたんじゃない?」

「いや、知らないよ。ただ、子供のオタカラっていうのは、何も物だけとは限らなくて、大人になっても記憶に残るようなモノもあるんじゃないかなって思ってさ」

 

 少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そんなことを言ってくるものだから、レオナは曖昧な返事をすることしかできなかった。

 正直言って正解かどうかは分からないけど、レオナ自身としては、あれは思いつきでしかなかったわけで。

 

「私とザラにだってあるだろう? 草木の生える土手で一緒に呑むお酒とか、みんなで見た空の景色とか。そういったものは、何時になっても覚えてるものだ」

 

 ザラに向けてそう言いつつも、レオナは頭の片隅で感じていた。

 自分が思っている以上に時間が経ち、歳を重ねれば、少しずつ忘れていってしまうことも多々あること。

 ましてや、自分たちが赴く先は、いつ命を落とすかも分からない戦場なのだから、なおさらのことである。

 

 それでも、覚えていられることを何かに祈りたかったのかもしれない。

 いずれは自分たちの存在すらも、忘れられてしまう可能性もある。

 そうなってしまう前に、誰かの記憶の片隅に残っていたいと願ってしまう気持ちもあった。

 

 もしできるのならば、自分も少しは救われる気がした。

 ただ、それを他人に押し付けることはできないし、強制することでもないと思っているからこそ、言葉にはしない。

 代わりに出た言葉が、さっきの言葉だ。

 

 自分は不器用なのだろう。

 他者からすれば理解しがたい感性かもしれないが、今のレオナにとっては精一杯の言葉だった。

 それでも、この想いを察して欲しいというのは自分勝手なのかもしれないが、せめて少しでも伝わってほしいと願うばかりだ。

 

 空を見上げれば、赤とんぼと九七式が訓練のために飛行をしている姿が見えた。

 いつまでもどこまでも、飛んでいければいい。

 それこそ遠く彼方の先であっても。

 

 そう思ってしまうのも、悪いものではないと思えるような気がした。

 

 ***

 

 一方その頃、レオナたちの元を離れてラハマの中心街から去ろうとする二人組がいた。

 その人物とは、先ほどまでと同じくチカとケイトである。

 彼女はレオナからのヒントに従い、羽衣丸へと向かっていたのだ。

 

 メインストリートまで戻り、再び十字路から上方向の道へ進む。

 

「そういえばさ、キリエとナオミがここへ不時着したことがあったよね? よくまあ燃料切れになるまで喧嘩してたよなぁ~」

 

 唐突に思い出したように呟いたチカに対し、ケイトが淡々と答えた。

 

「おかげでストリートは一時的に封鎖された」

 

 それに対して、チカが大袈裟にリアクションを取ると、やれやれといった感じで首を振る仕草を見せる。

 その表情からは呆れている様子が窺えるものの、それでいてどこか楽しんでいるような印象を受ける。

 

「そりゃ罰として、駐機場まで隼を押していけーって、レオナに怒られるよねぇ」

「ナオミも一緒に怒られた」

 

 当時を思い出しているのか、どことなく懐かしむような表情を浮かべる二人。

 

「まっ、あの二人はなんだかんだ仲良くやってるみたいだし。いいんじゃない?」

 

 笑いながら言うチカに、ケイトも同意する形で頷いた。

 彼女たちにとっては日常茶飯事だったため、気にするようなことでもなかったようである。

 チカは不時着時の道幅ギリギリだった機体が、狭い路地に収まる光景を思い出すと、クスリと笑った。

 

 イケスカなんて分隊飛行が出来るくらい広かったしね。

 ただし、その時は町中を真っ直ぐ飛行するのではなく、途中で右往左往と蛇行を繰り返したせいで滅茶苦茶大変だったっけ。

 

 あの時は大変だったなぁなんて思いながらも、懐かしく感じたりもするものだ。

 今じゃ笑い話だけどさ。

 

 そうしているうちに辿り着いた場所。

 広場を抜けて役場の裏手にある係留塔には、巨大な飛行船である羽衣丸が停泊していた。

 あれに乗って、ワタシ達は色々な町へ飛ぶわけなんだよね。

 

 そう思いながら船内に乗り込み、暇を持て余しているであろう人物の元へ向かった。

 行先に迷うこともなくたどり着いた、船内に設置されているジョニーズサルーンの扉の前に到着すると、チカはその扉を開けると同時に、大きな声で叫んだ。

 

「キ~リエ! ちょっと聞きたいことがあるんだけどぉ~!?」

 

 語尾を思い切り伸ばしながら、ややテンション高めに声をかけると、その声に反応した人物がこちらに視線を向けてきた。

 そこには予想通りの人物が、予想通りの食べ物を口にしていた。

 

「んぐっ!? ちょっ、いきなり大声で人の名前を呼ばないでよ! 喉に詰まるところだったじゃんか!」

 

 口の中にパンケーキを咥えながら文句を言うのは、同じ飛行隊の仲間であるキリエだった。

 もぐもぐと咀嚼を繰り返しながら、涙目になって睨みつけてきたが、自業自得としか言いようがないので気にしないことにする。

 

 それよりも今は重要なことがあるのだ。

 そう自分に言い聞かせながら、チカはずいっと身を乗り出し問いかけようとする。

 対するキリエの方はと言えば、まだ飲み込めていないものを飲み込むために奮闘中で返事はできそうにないようだ。

 

 それを見て呆れた様子を見せつつ、サルーンにいたもう一人の人物、リリコさんへ注文をお願いする。

 

「リリコさーん。飲み物二つちょうだーい」

「二人とも、いらっしゃい。今持っていくわ」

 

 リリコさんは慣れた手つきでカップを用意しながら優しく微笑んでくれる。

 やっぱり美人だなぁ。

 相変わらずスタイルも抜群だし、何よりウェイトレス服が似合っていてとってもカワイイ。

 

 以前、とあるお店の手伝いをした時に制服を着る機会があったんだけど、あの衣装も凄くカワイイかったよなぁ。

 思い出に浸りながらぼんやりと眺めているうちに、気が付けば手元に飲み物が置かれていた。

 いつの間にやらキリエの方も食べ終わっていたらしい。

 

 口の中身がなくなったところで、こちらをキッと睨んでくる。

 

「なによ? 私は大切な休暇を有効活用してるんだからさ、ヘンなコト聞こうとしたら怒るよ?」

「変なことではない。ケイト達には必要な情報だと思って欲しい」

「むう、ケイトがそういうんなら仕方がない。で、なに?」

 

 チカは一言申したくなる気持ちをぐっと堪えながら、本題に入った。

 地図を取り出してテーブルに広げてみると、キリエの様子が明らかに変わった。

 最初は怪訝そうな表情を浮かべ、首を捻りながら考え込んでいたのに、何かを思い出したかのようハッとした顔を見せた途端、焦り出したのである。

 

「ちょ! これ、どこで手に入れたの!? ってかどこにあったのさ!」

 

 身を乗り出す勢いで尋ねてくるキリエの姿に気圧されながらも、チカは答えた。

 

「ラハマにある図書館の本に挟まってた。さっき見つけてきたんだけどね、なんかすごいお手製って感じ。ほら見てよ。ラハマ周辺地図で、ここが現在地。そんでもって、この印が付いているところが……」

 

 チカの説明を聞きながら、食い入るように地図を見つめているキリエ。

 時折、頭を抱えたり、ぶつぶつ独り言を口にしたりしながら何やら呟いているようだ。

 その隣でその様子を見ているケイトの表情はいつも通り変わらないように見えるものの、どこか興味津々といった様子だった。

 

「キリエ、何か知っているのなら教えて欲しい」

 

 ケイトの言葉を聞いて我に返ったのか、一瞬ハッとしながらも冷静さを取り戻したキリエは深呼吸をしてから話し始めた。

 

「……それ、描いたの私なんだ」

「ああ、どおりで……」

「ちょっと! なにが、どおりなのさ! 納得した顔してないでよ!」

 

 すかさずツッコミを入れてくるあたり、いつもと変わらない元気の良さを発揮しているようだ。

 チカもケイトも、これまでの含みを持たせたヒントの答えが予想通りで、安心してしまう。

 それにしても、キリエがこの地図を描いたとなると、その理由を聞きたくなるというものだ。

 

 そのためにわざわざ貴重な休日を使っているのだから、聞かないわけにはいかなかった。

 

「キリエ。どうしてこの地図を描いたのか、教えてくんない?」

「……はぁ、隠しても意味なさそうだからいいよ。どうせエンマからも話を聞いたんでしょ?」

 

 ため息をつきながらも承諾してくれたので、飲み物を片手に続きを促すことにした。

 話題の中心にいる彼女は、どこか諦めたような表情を浮かべながら語り始めた。

 

「それさ、ちっさい頃にラハマで宅配便の仕事をやっていた頃に描いたやつなんだよね……」

 

 俯きがちになりボソッと呟くように言ったかと思うと、顔を上げてこちらを向いてくる。

 そこで一つ疑問が湧いたので質問をしてみることにした。

 

「あれ、でもキリエってラハマ出身じゃなかったっけ? それなら地図なんて必要なさそうじゃんか」

 

 チカの言う通り、ラハマ出身者であれば、わざわざ自分の足で調べる必要はないように思えるのだが、実際はそうでもないのだろうか。

 それとも何か別の理由があるとでもいうのだろうか。

 

 不思議に思って聞いてみたところ、思わぬ答えが返ってきた。

 

「あーまぁそうなんだけどさ、私って小さい頃からたらい回しにされたというかなんていうか。とにかく転々としていたからね」

 

 なんとも歯切れの悪い物言いではあるが、イジツにおいてはさほど珍しい話でもないため、深く聞くつもりはなかった。

 ただ、その後の言葉が気になった。

 

「で、仕事が出来る頃……っても、手伝いの延長みたいなものだったけど、お金になる仕事は全部やってきたよ。大抵はラハマの町中を配達して回るものでさ、あそこには行っちゃいけないーとか言われてた場所もあったりで、それを覚えるために描いておいたってわけ」

 

 ほうほうと相槌を打ちながら話を聞く。

 やはり行動力の高いキリエならではのエピソードだと思えた。

 彼女の場合、親がいないのも含めて、自立心が旺盛で一人で生きていく術を身につけていたということだろうか。

 

 それはそれで凄いと思うし、尊敬に値するものだとも思う。

 もちろん、本人にはそんなことは言わないけれど。

 

 それから話は進み、ついに核心部分へと突入することになった。

 

「多分、聞きたい部分ってオタカラの場所だよね?」

 

 当然といえば当然だが、案の定その通りだったので黙ってうなずく。

 その反応を見て察したのか、キリエは少し照れ臭そうに話しだした。

 

「エンマってば、未だに私が子供の頃のこと覚えてんのなー。ちょっと恥ずかしくなってきちゃった。ま、その話はさておき。大体見当ついていると思うんだけど……あそこかな」

 

 そう言いながら彼女が指差したのは、鉱山の上だった。

 ラハマの原産品である塩が取れる山だ。

 普段は上り道の近くに廃墟があるため、人が訪れることは滅多に無い。

 

 そこに隠されたオタカラがあるということなのだろうか。疑問が浮かぶ。

 チカとケイトは、頭の上にハテナマークを浮かべ、お互いに見つめ合った。

 そこへすかさず補足が入る。

 

「せっかくだし、一緒に行ってみる? 言っとくけどそんな大げさなもんじゃないから、期待しないでよ。それでもいいなら案内するけど」

 

 キリエの言葉に二人は即座に首肯した。

 例えささやかなものでも構わない。

 むしろそんなものがあるとも最初から思っていないので、気負わずに行くことに決めた。

 

 リリコさんにごちそうさまを伝えてから、三人で向かうことに。

 道中、雑談を交えながらも歩みを進める。

 ユーハングが残した工廠の跡地や、立派な灯台が見えた。

 

 普段はあまり意識しない風景だけに、新鮮味を感じざるを得ない。

 こういう景色が続くだけで、何だか楽しくなってくる。

 ケイトも同様なのか、いつもより饒舌になっているようにも見える。

 

 ただ、一点だけ問題があるとすれば、それなりに勾配がきつい道のりであることだろうか。

 普段ならなんてことないのだが、町中を歩き回ったあとの運動だと、さすがに息を切らさずにとはいかないもので。

 

 そんなこんなでようやく目的地に到着したらしく、キリエの足がピタリと止まった。

 

「ほい、とーちゃーく。お疲れさまでしたっと」

 

 軽い調子で労いの言葉を口にする彼女を余所に、辺りを見渡すと、そこは更地になっていて何もない場所だ。

 これでは到底、金銀財宝が眠っているようには見えない。

 チカが正直にそのことを告げると、キリエが二人を手招きしてきたので、近づいていくと地面を指差してみせた。

 

「ほら、ここ座りなよ。オタカラがよく見える場所だからさ」

 

 言われたとおり腰を下ろすと、目の前に広がる景色が一変した。

 眼下に広がるラハマの町並み、更にはその先に広がる雄大な荒野と自然までもが見え、とても気持ちが良い眺めとなっていた。

 しかもちょうど雲間から日が差し込み始め、それがより一層幻想的な雰囲気を作り出していた。

 

 自然と感嘆の声が漏れる中、そんな様子を嬉しそうに眺めるキリエの姿もあり、より素敵なものになっていたことだろう。

 しばし無言で景色を眺めていた三人だったが、ややあってキリエがポツリと呟いた。

 

「小さな頃に、エンマを連れてここに来たことがあるんだ。気分転換か何かだったのかなー」

 

 若干の誤魔化しが入った言い回しではあったが、嘘ではないだろう。

 キリエは何かを誤魔化そうとする時は、必ずと言っていいほどに目を逸らす傾向があることを知っているからだ。

 その証拠に今もこちらを見ようとせず、真っすぐ地平線の彼方へと視線を向けるばかり。

 

 おそらくは照れ隠しなのであろうが、その行為は余計にこちらが訝しむ結果となるだけなのであるが。

 

「キリエのことだ。エンマと友達になったからと、自分の好きな場所を紹介したかったのだろう」

「んなっ!?」

 

 こういう時にズバッと言えるのは、頼りになるケイトだけだ。

 本人を前にして平気で言うところはどうかと思うが、それだけ信頼を寄せている証でもあるし、裏表の無い性格を表しているとも言えるだろう。

 

 ぐぬぬと悔しそうな顔をするキリエであったが、反撃する気力もなく観念したのか、嘆息交じりに言った。

 

「……そーですよ。私の一番好きな場所を教えてあげたかったんですー。文句あっかぁ!」

 

 逆ギレ気味だが、本心を語る姿には好感が持てる。

 こういうところは見習っていきたいところだなと思いつつ、チカも素直に自分の気持ちを伝えることにした。

 

「べっつにぃ~。私もケイトが好きそうなところを連れて行きたいって思うし、一緒ってことでいいじゃん。ねっ」

 

 隣のケイトに微笑みかけながら言うと、コクンと小さく頷く姿が目に入った。

 心なしか機嫌が良さそうに思えるのは、自分の気のせいだろうか。

 キリエも同じようなことを考えていたらしく、頬を緩ませながら三人で笑い合う。

 

 ひとしきり笑いあった後、キリエは立ち上がり、大きく伸びをしながら言った。

 

「日中もいい景色だけど、夕焼け時が一番キレイだったりするんだよ」

「へぇーそうなんだ! 見てみたいかも!」

 

 その言葉に俄然興味が湧いてきたので、このままもう少し滞在していくことにした。

 きっとここから見る夕焼けに染まる町並みも綺麗だろうが、夜の帳が落ちた後の星空というのも、また違った趣があって素晴らしいものになるに違いない。

 

 なるほど、確かにオタカラというものは、決して物だけではなさそうだ。

 それに、オタカラを共有できる仲間がいるということは、何よりも心強いものであるということを改めて実感した。

 

 たとえどんなに辛いことがあっても、楽しいことや嬉しいことがあれば乗り越えられるというものだ。

 そして今日、チカたちは間違いなく忘れられない一日を過ごすことになるだろう。

 なぜなら、ここにいる三人が揃いも揃って笑顔を浮かべているのだから。

 

 きっとこの先も、ずっと忘れない思い出になるだろう。

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