荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
船長と一周年半記念
はぁ。
仕事を捌いている途中にため息にも似た呼吸が漏れる。
本日は何時にも増して処理をしなければならない書類が多い。彼女たちから怒涛の要望書が机の上に積み上がっている。
この事に文句を言うつもりはない。私は彼女たちとは違い後方任務担当、彼女たちは空賊退治の為に最前線。命を賭けているのはどちらかと問われれば言うまでもない。
彼女たちが飛行船から出撃し、無事に帰還出来るようにするまでが私の仕事のようなものだ。
他にも飛行船に必要な物資の補給であり、乗務員のご機嫌伺いだったりと細々としたお仕事が沢山あるが、それはまた別の機会に。
まずは手を動かそう。そうしなければいつまでもこの書類の山が視界から消えない。
そう思いながら再び書類に手を伸ばそうとしたところ、こちらへと向かう足音が複数聞こえる。走らなければここまでの騒音にはならないだろう。
飛行船でこの部屋まで走り抜ける人は幾人か。その中でもっとも可能性が高いのは言うまでもない。新米ながらも着実に成果を上げているあの飛行隊だ。
勢い良く、という言葉を通り越して開かれる扉は壁に叩きつけられ力尽き、音を立てて床に倒れ込む。それを行った当人は素知らぬ顔。
「せーんちょ!! 提出した申請書、見てくれましたか!?」
「ユーカ! 船長に対して失礼ですよ!」
「えー、でも船長からは特に怒られた記憶が無いけどなぁ」
「それは船長が寛大な心で対応してくれているからであって! あぁもう! 本当に申し訳ありません!」
室内に勢いよく進入してきたのはハルカゼ飛行隊。
ユーカの頭を掴み、下げながらこちらに向けて謝罪をしているのはエリカ。
扉を在るべき場所に必死に戻そうとしているダリアとガーベラの姿を、ベルはどうしましょう。アカリはどうするんだよコレ。といった感じに見つめている。
頭を下げられたままでは話も出来ない。一先ずは元の位置に戻す様にと伝えるが、エリカの頭の中ではユーカの日々の言動と行動が過っているのだろう。中々頭が上がらない。
仕方ない。中々どうして良い位置に頭を下げている二人が悪いのだ。椅子から立ち上がり二人の前に立つ。
ユーカの頭を掴んでいたエリカの手を取り、ゆっくりと引き離す。
頭を上げるようにと再び指示を出してようやく上げられるエリカの頭。ユーカは即座に元の位置に戻したのでカウントはせず。
エリカに対して落ち着くようにと伝え、頭を撫でる。
本来ならダニ虫を見るような目で見られても仕方ないのだが、事を起こした罪悪感と船長権限をフルに活用しているおかげでその様な視線は感じず。悪いのはエリカではなくてユーカなのだが、責任感が人一倍強いのだ。この子は。
事の張本人であるユーカの額には私の指が向かっている。親指で人差し指を力溜め。解き放たれる指先から聞こえてくる会心の音と悲鳴。
「いったぁぁぁ!! 船長!! ヒドイ!!」
「いやいや、どう考えても扉を破壊したユーカが悪いって」
「アカリまで!? 私の味方はいないの!?」
自分の味方になってくれる隊員を探す様に周囲を見渡すが、露骨に視線を外される。
この事実を受け入れられないのだろうか、床へと膝から落ちて両手をつく。
その姿勢はうら若き乙女がこちらに向けるものではない。せめて背中をあちら側に向けてから倒れ込んで欲しい。
エリカの頭に置いていた手を戻し、自身のこめかみを軽く押し込む。
解放されたエリカだけはユーカに近寄り励ましている。だけどね、エリカもエリカで自身の膝に手を置きながらユーカの顔を覗き込むような体勢を取る訳だ。
何故に君たちはそこまで警戒心が無いのだろうかと思う。無論、見つめ続ける訳にもいかないので顔を上に向けて天井を眺めながら頭痛と戦う。
彼女たちがここにやってきた理由は、先日提出された申請書の許可が下りるかどうかの確認であろう。
なんでもお祝い事をしたいから会場として使われる酒場に飾り付けをして盛り上げたいと書かれていた。
無論、却下する理由は無い。お祝い事を行われる日はラハマに停泊する期間でもあり、何かと用意も必要だろうと思い外出許可書も書いた記憶がある。
分類されていた書類の中を探り、ユーカから提出された申請書を見つけだす。飾り付けの許可のサインと六人分の外出許可書もセットに。
その書類を手に取り、未だ嘆き悲しんでいるユーカの隣へと移動する。この名演技、本格的に女優を目指しても良いのでは。
片膝を付き、未来の名女優の肩を叩くと、こちらへ顔を向けるユーカ。
許可をした申請書を目の前に出すと、じっとその申請書を見つめる。自身が書いた物だと気が付いたのだろう、徐々に視線が下へと向かって行き、すんでのところでギュッと目を閉じる。
きっとユーカの頭の中ではドラムロールでも流れているのだろう。掲げている身としては早く見て欲しいのだが。
見開かれるユーカの目。視線に映る許可のサイン。笑顔を超えて破顔と言っても過言ではない程に表情が変化する。
「船長!! ありがとぉ!! しかもみんなの分の外出許可まで!!」
私の手から申請書を奪い取るような勢いで受け取り、立ち上がる。
余程嬉しかったのだろうか、その場で足踏みを行い全身で喜びを表現をし始める名女優。
それに応えるようにユーカの髪やスカートがふわふわと揺れ動く。
片膝を着いたままの私には色々とお辛い状況。留まる理由もないので椅子へと戻ろう。
立ち上がる時につい一言出てしまうところで別の意味で再びお辛いが発生し掛けたが、これだけ喜んでくれるのなら些細な事だ。
所定位置へと戻ろうとした瞬間、手が伸びて来る。もう少し詳しく言うならばこちらに飛び込まんとする勢いで向かってくるユーカからである。
残念な事に私は俳優ではなく船長である。名女優の演技にお付き合い出来る程のものは持ち合わせていない。
こちらに差し出された手の片方を内側に引き込み、勢いそのままに半回転させる。勿論、怪我をさせてはいけないのできちんとユーカを支える。
私の腕の中にすっぽりと嵌まり込んだユーカ。その姿からは甘い香り……ってパンケーキの匂いだ。この子もパンケーキからの使者であったか。着実に勢力を伸ばしているなぁ。
周りからは吐息が漏れる音が聞こえる。何が起きたのか理解していないのは腕の中に居るユーカだけ。このまま理解するまで放置をしても、それはそれで楽しそうではあるが、彼女たちが楽しみにしていた時間を奪うつもりはない。
何よりこの名女優には相性ピッタリの相棒がいるのだ。ユーカの両肩を掴み、エリカに向けて押し出す。
好き放題動かされたせいだろうか「あーれー」というユーカの声が部屋に響き渡るが無事にエリカの腕の中へと着艦。うんうん、良きかな良きかな。
正気に戻ったユーカがみんなに向けて許可が下りた事を報告している。若干、呆れ顔をしながらもユーカの言葉に耳を傾けているハルカゼ飛行隊。
隊長であるユーカの行動力によって手を差し出された子も、背中を押された子もいる。理由はそれぞれあるが隊として形と成し、着実に成果を伸ばしている。彼女たちがこの場に居る事がその証明とも言えるだろう。
「よーしっ!! 準備を始めなくちゃ!! ハルカゼ飛行隊!! 一機団結!! 船長! また後でね!!」
船長室で気合の一声。勢いをそのまま口にして部屋から出ていくユーカに対し、エリカとアカリがこちらに一礼をし、ユーカの後を追う。
全員付いて行くのかと思いきや、ちょうど半分に分かれたハルカゼ飛行隊。大丈夫なのだろうか。一抹の不安を感じる。
それを感じ取ったのだろうか、ダリアが口を開いた。
「あ、あの。私たちでなんとか直そうと思ったんだけど……」
「ガーベラたちじゃ扉を起こすだけで精一杯で……ごめんなさい!!」
「すみません、船長。ユーカも悪気があった訳では無いのですが」
残った三人から謝罪を受ける。元より後で直そうと思っていた事なので問題ない事を伝え、早くユーカの後を追う様に指示を出す。
理由は単純明快である。今のユーカをエリカとアカリだけで抑えきれるかどうかという不安である。アカリはともかく、エリカはユーカに対して厳しいようで甘いから。
その事を伝えると何かかしら合点したのだろう。あーと言ったため息にも似た声が船長室に響く。
だがそれも僅かな時、直ぐにこちらに一礼をして残りの三人もユーカの後を追う様に出て行った。
あれだけ騒がしかった船長室も今では静寂に満たされている。
残されたのは溜息をつく私、積み上げられていた書類が雪崩となり机の全面に広がる光景と、本来の役割とは別の形で立て掛けられている扉。
一先ずは紅茶でも飲んで落ち着く事にしよう。分け与えて貰った元気を小分けにしないと消化しきれない。
紅茶を飲み、悩んだ末に始めたのは扉の修理からである。決して書類から逃げ出した訳では無い。ほら、掃除は初めていないから。
ユーカの手によって見事にひん曲がった蝶番の付け替え作業を行っている。この作業も船長になってから手慣れて来た感覚さえある。
何故なら扉を破壊する人間は他にもいると言う事。
現在、この飛行船には複数の飛行隊が搭乗している。
イサオ率いる自由博愛連合によるイケスカ動乱を阻止した後、檻から解き放たれた様に増え続ける空賊により、各町への物資輸送が停滞しつつある。
これを良しとしない町の代表たちが評議会を開き、考えた末に出来上がった案が、各町から一時的に戦力を預かり飛行船に搭乗させ、空賊退治を専門に請け負う部隊の結成である。
コトブキ飛行隊、ハルカゼ飛行隊。この二つはアレシマで登録されている傭兵部隊でもあり、飛行隊の隊長と所属先の許可が得られればこういった無理も効くのだろうけれど。
カナリア自警団はイヅルマによって結成された自警団である。町の戦力を預かると言う意味では最も正しい位置にいるのだろう。
問題は残りの隊である。
怪盗団アカツキ。イジツでは金にならない変な物ばかり盗むと有名なあのアカツキである。
ゲキテツ一家。泣く子も黙ると恐れられ、タネガシ一帯を支配しているマフィアの幹部たちだ。
何故こうなった。どうしてこうなった。頭の中では華麗に片足立ちをして躍り上がる自分がいる一方で、彼女たちから聞かされた建前は「自分たちだけでは空賊共の勢いを押さえられない。戦力として扱っていいからこちらの治安維持にも協力して欲しい」との事。
はい、そうですか。と素直に受け取れる訳が無い。だからと言って戦力を預けなかった町は守りませんなんて事をしたらイサオと同類の扱いになってしまう。
エライ人に対応を求めれば、現場による迅速かつ柔軟で多様性のある行動を取って貰いたいと命令される。そして一方的に切られる無線。ガチャ切りだ。
つまり、あの時の判断は全て自分に委ねられ、何かが発生しても責任は私のせい。うん、暗黒時代の到来だ。
結果としては現在も五部隊が可動可能な状態。個人契約をしている人達も含めればもう数隊は無理矢理ながらも動かせるであろう。その後はきっと非難轟々だろうけど。
自分の判断と努力は多少なりとも認められても良いはずだ。なんて強気な事を言うとフラグが立ってしまうので止めておこう。
何故なら一度、慌ただしい日々の中でつい口に出してしまった「今なら墓の中からムラクモ空賊団が現れても驚かない」という発言が後に現実のものとなってしまったからだ。事実はちょっとだけ違ったけれど。
其々に思惑はあった。だが各隊の人達は積極的に意志疎通を図り、協力しあえてきたからこそ今があるのだ。
それだけは忘れずに。私は私に出来る事をしていこう。
しかし、リノウチ大空戦でイサオを撃ち落とせていれば、この未来も変わっていたのだろうか。
あの時、町の降伏による停戦命令を無視していれば何かが変わっていたのだろうか。
変わる事の無い過去について考えてしまう事がある。
ハルカゼというには少しばかり熱い風に当てられたせいだと、自分に言い聞かせる様に。