荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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船長と一周年半記念 再々延長戦

 憂鬱だ。

 原因は、本部から渡された一機の機体によるもの。

 イケスカから流れ着いたニセモノ。もとい模造品か。

 震電。イサオが搭乗したあの機体だ。動作確認と性能評価を行えとの命令が下り、格納庫の隅に置かれている。

 誰かを搭乗させ、評価試験を行い、報告書を提出しなければならない。

 だが、気乗りがしない。彼女たちは自分たちの愛機を所有している。それ以外の機体に乗りたがる子は早々いない。

 例外として、器用な子であったり、機械好きな子もいるので、そういった人達にお願いをすれば、評価試験は問題なく行えるのだろうが……。

 本部に対して不信感、罠が仕掛けられている、そういった類の事ではないな。

 単純に、私がイサオ以外の者が震電を乗り回す姿を見たくないだけなんだろう。

 

 

 またひとつ、船長室で大気を揺らす。

 カラカラと音を立て、何者かの手よって私が座っている椅子が引っ張られていく。

 飛行船でキャスター付きの椅子は間違いだったか。今更悔やんでも仕方ない。船長に任命された時点で備品は全て揃い終わっており、指示できる状態ではなかったから。

 壁際まで連れて来られ、正面を向かされる。

 確認の為か、触れるのではないかと思う程、顔を寄せられる。おでこに触れる彼女の髪がくすぐったい。

 肘置きに立てられた腕に乗せられた頭。組まれた両足。その正面にはカメラが置かれており、こちらを見つめている。

 

「サクラちゃん。こっちの準備は終わったよ~」

 

 私が座る椅子を引っ張り、ここまで連れてきた張本人。

 ムラクモ空賊団の子孫であり、元囚人仲間であるホタルだ。

 黒色を基本とした薄くて長めの半纏の様な上着を身に着けている。

 あの頃もよく笑っていたが、その時とはまた別の、心の底から楽しそうに笑っている。

 サクラさんとの同居は楽しいかい? 

 

「うん! 一緒にお出掛けしたり、シャワーを浴びたりしてるよ~」

「ちょ!? ホタルさん! 誤解を招きそうな事を言わないでぇ!?」

「誤解? 本当の事なのに」

 

 慌てふためく姿に、揺れる長い赤髪、動きやすさを重視した服装、記者を表す腕章。

 時折、取材も兼ねて飛行船へとやってくる、記者のサクラさんだ。

 本日のご予定は、私の写真撮影だそうで。

 

「いやぁー船長! お会い出来て光栄ですよ! 本当に、本当に……」

 

 そんなに愚痴りたかったのだろうか。とはいえ、ムラクモを追いかけ始めたのはサクラさん自身だしなぁ。

 子孫と呼ばれる人達を見つけ出し、交流を深める事が出来たのだから凄い。流石、熱血記者。

 その調子で記者を辞めて、サクラさんが隊長の新生ムラクモ空賊団でも作ったら? 支援するよ? そんでウチ来る? 

 

「そんな事、出来る訳ないじゃないですか! 空賊団ですよ!? しかも敵対関係になりそうな隊をサラっと引き入れる船長もどうなんですか!?」

 

 そんなガチで嫌がらなくても。

 人手が足らないんだ。飛行隊も個人契約者にも頑張ってもらっているが、根本を潰さないと終わりが見えない状況だ。

 力業で潰すか、ユーリアが推進する法案が浸透しない限り、無理だろうな。

 この間にも写真撮影は続く。私は体勢を変える事無く憂鬱な気分のまま。ホタルは笑顔でレフ版を手に持ち、サクラさんのお手伝いをしている。

 

「あのー、つかぬ事をお聞きしますが、船長ってユーリア議員と仲が良いですよね? どういったご関係で?」

 

 幼馴染だよ。昔ガドールに居た事があってな。

 とはいえ相手は大金持ち。こっちは孤児。本来なら接点なんかあるはずもないのに気が付いたらコレだ。

 

「おほぉー! お二人は間にあった大きな障害を乗り越えて今の仲へと進展していったんですね! これはスクープですよ!」

「クレープ? サクラちゃん、お腹でも空いたの?」

「いやいや、そんな初歩的なボケをされてもツッコまないよ? ホタルさん」

 

 しかし、身体は素直のようでサクラさんのお腹から可愛らしい音が聞こえる。

 時間を確認すれば、お昼を少々すぎた頃。

 昼食を取り忘れてたな。お二人とも、よろしければランチでも如何でしょうか? 

 

「ご飯を食べさせてくれるの? わぁい、サクラちゃん、一緒にご飯だよ~」

「ハイ……ソウデスネ……」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめているサクラさん。

 ダイエットをしているのかもしれないが、朝食を抜くのは逆効果みたいだよ。

 飛行船内の酒場で正規職員が作る料理ではないが、奢るから許してくれ。

 

「職員ではない? どういう事ですか?」

 

 この飛行船は人手が足らん、そして料理好きの子たちがいる、両者の思惑が一致した結果という事さ。

 

 

「船長も、たまにと言わずに毎日食べに来てください。朝も昼も食べないなんて身体を壊してしまいますよ!」

「え″船長、その話し詳しく。どうすればそこまで燃費が良くなれるんですか!?」

「モアちゃんのカレー美味しい~」

 

 朝食を食べれば身体が重くなり、昼食を食べれば眠気に襲われて起きていられなくなる。

 結果、夜以外は物を口にする事が出来なくなり、今に至る。

 小さい頃は食べれない日の方が多かったし、生きてはいけるんじゃないかな。

 

「とはいえよ、周りに心配かけさせないのも船長の役目なんじゃないのか?」

 

 カレーをのせた木のスプーンをこちらに差し出してくれる人からの忠告。

 素直に口を開けてスプーンを向かい入れる。

 舌に載せられた甘口のカレーは、作り手の性格と同じ優しい味がする。

 幾度かもぐもぐと口を動かして飲み込む。美味しい。

 この仕事が終わったら本格的にお店を構えても、商売を続けられる味を持っていると思うんだ、モア。

 

「私なんてまだまだです。でもこうして皆さんに食事を振る舞うのはとても楽しいです。ありがとうございます、船長」

 

 こちらこそ。契約項目に無い事をさせて申し訳ないが、大変助かっております。

 二杯目のスプーン。素直に餌付けをされていく。

 

「船長。今日は頑なにその体勢のままですね。写真撮影は捗りましたから問題は無いのですが……」

 

 文句ならホタルに言ってくれ。私は椅子に座っていたらここまで連れて来られたのだから。

 しかし、その写真は何に使われるんだ? こんな干からびた人間を見て喜ぶような人種がいるとは思えん。

 インタビューを掲載する際にでも使われるんだろうけどさ。

 

「いやいや! 勿論そちらでも使用させて頂きますが、今度パイロットカードの復刻版が発売されるんですよ! そちらで私の写真が採用されないかなぁーって。後はごく個人的なお願いをされていたり」

 

 あれか。確か各町にいる自警団を紹介する為に、広報用として発売されたんだっけ。

 それが交換アイテムなり、投機の対象にされ、最初に考えた人もびっくりな展開に発展していったと聞いた記憶がある

 あの時の何気ない写真撮影がこのような事になるとは夢にも思わなかった。

 せっかく復刻されるのなら、今の人達を紹介すればいいのに。

 

「そこは大丈夫です! 第一弾では復刻版を、第二弾では今や時の人、コトブキ飛行隊やカナリア自警団の皆さんも予定されているようですよ!」

「アタシらには一生、縁のない出来事だな」

「分かりませんよ! 今まで変な物ばかり盗むと謎に包まれていた怪盗団アカツキ! その真の姿は麗しき美女たちであった! 本来ならこんな特ダネ、公表しない手はないのですが……」

「怪盗が目立ってどうすんだよ!」

「ロイグの場合、いの一番に自分のカードを購入してきそうですね……」

「モアちゃんもカードになるの? 私、欲しいなぁ~」

 

 ホタルに顔を合わせて照れるモア。仲良きことは美しきかな。

 きっとリガルならリテイクの嵐で撮影する方が先に謝り始めるんだろうな。

 しかし、自分でも驚くほどのやる気の無さ。ヘレンはいつもこの様な調子なのだろうか。

 本来なら惰眠を貪りたいところではあるが、そうも言っていられない。

 このイジツでも、事務仕事はそれなりに多いのだ。

 みんな最前線主義で後方担当を希望する人間が少ないのも、一つの課題でもある。

 つんつんと口先に当てられるスプーン。もう食べれん、後は頼んだ。

 

「本当に大丈夫かよ。アタシでよければ話ぐらい聞いてやるぞ?」

 

 スプーンを戻し、自分の口へと運んでいく。

 私が処理しなければならない問題だ、気持ちだけありがたく受け取っておくよ、レンジ。

 肉体をこの場に置いたまま、心ここに在らず。

 なんだろうね、何かが起こる前触れなのかな。それなら尚の事、気合を入れて身体を動かさないと。

 こういう時にだらけていると、必ず後で後悔に見舞われるから。

 

「そういえば他のみなさんは、どうなされたんですか?」

「カランは医務室、ベッグは機体整備、アタシらは此処、ロイグとリガルは病院だ」

「何か御病気で?」

「二人とも見舞いだよ」

 

 

 病院内でリガルとは一旦お別れ。レンジの代わりにアタルの様子を見に行くリガルの後ろ姿を見送る。

 さて、私もあの子が眠る部屋へ向わなくては。船長の真似をして、一輪の花を手にしながら廊下を歩く。

 部屋の前に辿り着きノックをする。返事がこない事は分かっているけど、一応ね。

 

「中々現れないから、会いに来ちゃったじゃない」

 

 ベッドに横たわる一人の女性。

 彼女の名前はラムダ。私の学生時代の同級生であり、あの洞窟で別れて以来の再開。

 頬がこけ、綺麗な黒髪も痛んでいる。あの日以来、ずっと眠り続けているのだから仕方ない。

 始め、貴女が生きている事を聞かされた時は、やっぱりと思った。

 だけど、この様な状態になっているとは思わなかった。

 貴女の事だから、あの時の様に不意に現れて、口喧嘩を始めるものだと考えていたから。

 

 布団の中にある手を握る。温もりはラムダが生きている事を証明してくれている。

 私に出来る事は何だろうか。この話を伝えてくれた船長に聞いた事がある。

 肌に触れて、想いを言葉に、信じる事。

 あの人にも何かあったのだろうか。その言葉はとても重く感じた。

 でも、頼もしく感じた。

 家を飛び出し、仲間たちと出会い、自分の好きな事をして生きてきたけれど、大人に頼る事は初めてだったかもしれない。

 少しむず痒い。

 

 気が付けば面会時間も終わりを迎える。

 そろそろ行くね。目が覚めたら、今まで以上に慌ただしい日々が待っているわよ。

 その時はきっと、私と一緒に仕事をする仲間になるんだから。

 それまで髪飾りは預かっておくわ。

 またね、ラムダ。

 

 そっと扉を閉める。

 大気が揺れ、花瓶に刺さるシロツメクサが僅かに揺れる。

 誰に見られる訳でもなく、ベッドの主は目元から雫を静かに流れ落とす。

 

 

 お仕事が終わったぞぉぉぉ!! 

 グデグデのあの状態から良くぞ持ち直した。珍しく自分を褒めてあげたい。

 心だけではない、肉体にもご褒美を与えなければ。確かここに秘蔵のチョコレートが置いてあったはず……。

 

「ただいま~」

 

 ちょ、ノックしてから入ってきてよ! えっち!! 

 

「ちゃんとしたわよ、それにそのテンションは何なの? 船長」

 

 す、すまん。今朝の状態では今日の分の仕事をこなす事も出来ない程、心が死んでいてな。

 そこから持ち直して仕事を終わらせられたおかげで、気分が変な方向へ飛んでいたみたいだ。

 出来れば見なかった事にして頂きたいのですが……よかったら食べる? チョコだけど。

 

「それって賄賂なんじゃないかしら? でもありがたく頂くわ」

 

 粒状になっているチョコを一掴みして口にするロイグ。

 仕草一つが色っぽい。でも中身はだらしねぇのはモアから散々聞かされている。

 私も一口、程よい甘さに脳味噌が歓喜の声を挙げる。

 酒もタバコも駄目だった身としては、甘さこそが幸せだ。モゴモゴと口を動かして幸せを堪能する。

 

「船長、外出許可を出してくれてありがと!」

 

 どう致しまして。アカツキのみんなは最近働き詰めだっただろう? 

 停泊時以外では何も言ってこないからちょっとだけ不安だったんだ。

 夜遅くまでご苦労様。帰投報告は受け取ったから、今日はもう休みなさい。

 

「……船長、私に何も聞かないの?」

 

 聞かない。

 でも、ロイグは信じているんだろ? なら大丈夫さ。

 その内、ひょっこりと現れてウチの部隊の戦力になってくれれば、なお言う事はないな。

 ってなんで笑うんだ。変な事を言ったつもりはないぞ。

 

「だって! 船長ならそう言うんだろうなって思った事をそのまま伝えてくるんだもの!」

 

 部下に言動まで読まれていた。恥ずかしい。

 火照りだす顔を隠す様に両手で覆う。今日は感情が良く働く日だ。

 私の情けない姿が愉快なのか、ロイグの笑い声は止まらない。

 あー恥ずかしい。賄賂をもう一つ差し出して今日の事はご内密に。

 それ食べたらはよ寝ろ。

 

「酷いわ、船長! 私、今日は帰りたくないの……」

 

 飛行船まで戻ってきて何を言っているんだ。

 モアを抱き枕にしていいから寝ろ寝ろ。私が寝たいんだ! 

 深い溜息をつかれてしまうが、渋々船長室から出ていくロイグ。

 後はお布団敷いて寝るだけだ。寝るのが最近の唯一の楽しみなんだ。

 紳士の嗜みも行えないこんな飛行船じゃ、ポイゾン。

 扉の方から声がかかる、まだいたんかい。

 船長室の外から器用に首だけ出してこちらを見つめる。

 

「ありがと! 船長!」

 

 伝えるだけ伝えたら、颯爽と去っていったロイグ。

 あんなに義理堅い怪盗なんて聞いた事も無い。

 でも、傭兵、正規兵、怪盗団にマフィアを抱える部隊があるのだから、そんな怪盗がいても不思議じゃないか。

 それなら仕方ない。言い聞かせるのか、諦めなのか、自分でもよく分からない。

 やはり寝るべきだ。睡眠こそ人類に必要な行為。たくさん寝れば良く育つ。

 扉を閉めてお布団の中へ潜り込む。これこそ至高のお時間。

 今日も含めて色々と大変だったけど、明日もまた頑張れそう。

 

 自分のお節介で喜ぶ、ロイグの笑顔を見る事が出来たから。

 

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