荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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船長と一周年半記念 おしまい

 船長室にただ一人。

 硬直した身体をほぐす為に、簡単なストレッチを行う。

 間接から骨の鳴る音が聞こえ、心地よい痛みと悲鳴を上げている。

 肉体疲労を対価として得た成果は、朝から始めていた書類整理が順調に片付いた事。

 残すはこの紙切れ一枚なのだが、これがまた重みのある内容が書かれており、おいそれとサインが出来ない状態である。

 エライ人達が寄こした最後の指令が書かれている書類である。

 どうしようかと思いながらも答えは決まっているのだが、気分的に心のもやもやは晴れない。

 このまま遅延行動でも始めるか? でも書類には既に日付が記載されているのだから無理か。

 

 回転効率の悪い脳味噌を動かしていると船内アナウンスが始まる音が聞こえてきた。

 

『お昼の時間になりました。各配置についている方々は手順に決められた通り、順次休憩に入ってください。船長は昼食を摂る為、必ず酒場まで来てください。繰り返します……』

 

 この声はエリカか。一定の間と音量で読み上げているエリカの声は聞きやすく、安らぎを感じる。

 しかし、彼女たちはついに船内放送を利用し始めたというのか。

 船内全体に放送する為の装置は、ここの船長室と操舵室にある。

 今頃はユーカ達に茶化されながらも船長席に座りながら案内をしているはずだ。

 理由は不明だが、船長室、操舵室にある船長席の人気は異常である。

 この間はヘレンが器用に寝ており、その前はシアラが笑みを浮かばせながら座っていた。

 悔しい事に、私が座っているよりも様になっていた。あれが生まれながらのマフィアの風格か。

 

 船内放送の内容を聞くに、私の食生活を知っていたのはあの場にいたアカツキの二人とお客人の二人だけだったはず。なのにここまで情報が広がるのが早いとは。

 人の口に戸は立てられぬ。とはいうが早すぎる。

 天井を突いたらレミが落ちてきたりはしないよな? 念の為に頭を上に向けて天井に視線を集中させてみるが、特に変化は無し。少なくとも天井にはいないようだ。

 ユーハングにはそういった役割を担う人がいる事は聞いた事がある。

 なんとも摩訶不思議な世界だ。だが、そのような世界から授かった技術でイジツは生き延びているのだから、なお不思議である。

 

 こんな事を考えている自分の思考にやや呆れ気味な時、心地よいノックの音が聞こえ、所属と名前を扉の向こう側から伝えてくる人物がいる。

 この飛行船で船長室前で律儀に許可を待つ人間は複数もいない。一連の動作に迷いを感じさせない人物はただ一人とも言えるだろう。

 コトブキ飛行隊の隊長を務めているレオナだ。

 

「船長、お迎えに参りました」

 

 ご苦労。

 では戻りたまえ。なんて事を言っても簡単には引き下がらないだろうな。

 だが私は行かないぞ。お昼の幸せなひと時を過ごしている時、不意に上司がやってきて昼食を摂り始める。

 場は静寂に包まれ、黙々と食べ物を口に運ぶだけの無機質な食器の音だけが周囲に響き渡る。

 そんな未来が簡単に想像できる。

 私の言葉に目じりを押さえるレオナの姿。

 

「船長、私も機微に疎いとザラ……副長から言われますが、少なくとも船長を嫌っている者はこの船にはいない様に見えますが」

 

 嘘だ。

 時折、人を射抜けそうな視線を感じる事がある。

 特定人物からというわけではないのだが、珍しく勢揃いである各飛行隊の彼女たちからなのは間違いない。

 私の言葉にレオナの身体が僅かに反応する。正直者さんめ、間違いではないようだな。

 彼女たちの狙いは何だ? 船長の座か? 船長席か? そこは既に専用という言葉からもっとも遠い場所にあるぞ。

 至って大真面目に考えている私を尻目に、レオナの溜息一つ。呆れさせてしまった。

 すまない、ちょっと神経質にならざる案件が手元にあって疑心暗鬼に襲われていたようだ。

 

「お気になさらずに。私は船長の事を尊敬しておりますから」

 

 この娘子はこういう言葉をおくびにも出さずに発言してくるのだから、コトブキがコトブキたる所以だよなぁ。ザラが夢中になるのもよく分かる。

 最近は少しずつながらも隊員に頼る様になってきたと、隊員たちから話を聞いた時は嬉しかった。

 リノウチで見かけた時のレオナは、生き急いでいるとしか思えなかったから。

 ザラと出会い、隊員たちと良き巡り合わせもあってコトブキ飛行隊が今の形になったのだろう。

 イケスカ以降は知名度も名声も上昇の一途である。

 

「もし何でしたら、こちらに食事を運び致しましょうか?」

 

 それでも天狗になるような事はならず、こうして他人に気に掛ける優しさも。

 気が利くお嬢さんだ。

 結ってある髪を下ろせば、今以上の美人さんが現れるのだろう。

 彼女は自分の出身である孤児院の存続に力を入れている。オウニ商会の仲介で孤児院の消滅は間逃れたものの、今でも経営諸々で苦労しているみたいだ。

 そういった問題が解決を見出せない間は、浮いた話を気にしている余裕もないのだろう。そこは少し勿体ないなと余計なお節介を考える。

 思考に耽っていたせいで立たせたままだった。

 

 これ以上、手間をかけさせたら申し訳ない。

 ただ、どうしても処理をしておかねばならない書類が一枚残されていてな、一時間ほどずれると伝えてくれないか? 昼食を頂く為に必ず酒場へ足を運ぶよ。

 レオナも酒場に戻り、隊員たちと昼食を食べなさい。食事を抜くのは身体に悪いぞ? 

 

「船長が言える台詞では無いかと思いますが……」

 

 困った顔をしているレオナの表情は、個人的に好みであったりする。

 気を張り詰めている事が多い子だから、たまにはこういった表情をさせて息抜きをさせてあげたい。

 少なくとも、私にこの表情は見せても問題ない相手だと認識されているのか。

 だとすれば嬉しい。信頼関係を築きあげるのは容易な事ではないから。

 目を合わせると、お互いに苦笑いの様な笑み。

 それだけで私の意図を理解したのだろう。こちらに背中を向けて、船長室から退出する。

 

 

 さぁ、問題はこの紙切れだ。

 そこに書かれている文字は、部隊解散の命令書。

 ここへ私のサインを記入し、書類を本部へ送り返す。

 そして残された依頼を遂行し、アレシマへ戻ればこの数奇な旅も終わりを迎える。

 

 あの日、刑務所に突然訪れたエライ人達の部下たち。

 契約とは名ばかりの命令。一部の人間たちには影響力があるらしい私を利用して空賊掃討の旗印になれと要求をしてきた。

 何を今更と思う。私が生きて外に出れない程の懲役を与えたのは他ならぬお前たちだろうに。

 なんて言いたいけれど、戦争を仕掛けて破れたのだからこうにもなるよね。

 直ぐそこまで迫っていた瘴気による町の滅亡の危機。

 回避したいところにおとぎ話に登場する穴の発見。

 確保の為に始まる戦争。

 

 連日、繰り出される出撃の日々。

 志願者による穴への突入と帰還。

 歓喜の声と絶望の悲鳴。

 

 終わりの果てにリノウチは降伏。その後、まもなくして町全体は瘴気に包まれて足を踏み入れる事が出来ない状態に。

 私はあの戦争で目立ちすぎたのか、八つ当たりも含めて色々な理由を押し付けられ、二度と日の目も拝めない奥底へ。

 

 それが気が付けば紙切れ一枚で牢屋から出され、身支度を整えさせられてイヅルマへ。

 そこにあったのは立派な飛行船。その船の船長となるよう命じられる。

 任務をこなせるのならば、自由に行動をしてもよいとエライ人のお墨付き。

 ただし、戦闘機だけは操縦するなと固く言われた。

 今更、操縦できたところでブランクがありすぎて戦闘力としての脅威は無いと思うが、周りにいる人達に影響を与える方を懸念しているのだろうな。

 正直なところ、停戦命令が無ければイサオを撃墜出来たっていう幻想に、皆惑わされているようにしか思えない。

 

 溜息一つ。やめやめ、なるようにしかならん事を考えても仕方ない。

 拒否する理由も権限も無いのだから書類にサインを記入して処理済みの枠に無造作に投げ込む。

 時計を見れば約束していた時間の手前ほど。

 皆にどう伝えようか。結局は酒場に向かう道中も考え事をしながら進む羽目になる。

 

 

「はい、野菜スープ。ちゃんと残さずに飲み干すのよ?」

 

 壁際のテーブル席に座る私に料理を運んでくる人からの小言。

 左右に三つ編みを垂らし、胸元が少し窮屈そうなウェイトレス服を身に纏った女性の姿が見える。

 年齢不詳、経歴不詳、万年バイト生活を続けているこの人は、周りからリリコさんと呼ばれている。

 飛行船にいる理由は、おっかない女性二人からの命令である。

 

 この間の定例報告会後、ルゥルゥとユーリアへの挨拶をスルーしていたら、飛行船ごとラハマまで強制的に牽引された。

 お互いに最新鋭の飛行船とはいえ、まさか連結状態で連れていかれるとは。

『今すぐ私の部屋に来なさい』その命令に逆らう事が出来ず、でも飛行中の船の間をどうやって渡るかをこちら側に残っていたみんなで考えていた。

 結果、ロイグからの提案を採用し、ボウガンで飛行船の間をロープで繋ぎ、滑るようにして羽衣丸へ。

 着地に成功し、ユーカ達から喝采を浴びてちょっとドヤ顔をしていたところをナツオ班長にニヤニヤとした顔で見られた後、二人がいる部屋へ辿り着いたという話。その先は聞かないでくれ。

 

「ここで厨房を任されている子たちが必死になって考えたのよ。期待に応えてあげなさい」

 

 この人のお言葉はいつだって正論だ。暖かいうちに頂きます。

 口に運んだスープが身体に染み渡る。飲む事を前提にして作ってくれたのだろう、お野菜はトロトロになるまで煮込まれており、舌に触れただけで溶けていく。

 誰かが自分の為に行動をしてくれるのは嬉しい。スープもいうまでもなく、とても美味しい。

 ゆっくりと味わう様に、胃を驚かせないペースで頂いていく。

 カウンターに肘を置き、頬に手を当てながらこちらを見つめるリリコさん。

 正面には何故か今もいるレオナの視線を受け取りながら食事は進む。

 

 

「無事完食ね。これなら船長でも大丈夫と」

「よかった。無事に任務を果たせたようだ」

 

 なにやらご心配をおかけしているようで申し訳ない。

 でもこうして元気に生きております故、もうしばし監視を緩めて頂けると船長職を奉ずる者としては……。

 

「駄目です。最近の船長はお疲れだと皆が噂しています。それに私たちに出来る事があればお手伝いをさせて頂きたいとも」

 

 その言葉を聞いて、最近は涙腺が緩くなったと思う。

 もしくは、ここにいる彼女たちの優しさと眩しさを近くで見つめすぎていたせいか。

 でも、それもあと僅か。部隊解散の事は明確に伝えなければならない。

 酒場へ行く道中に考えた結果、同時に全員に知らせると混乱も生じる可能性も含め、まずは各飛行隊の隊長たちに話をつけておく方がいいと結論。心の準備は必要だ。

 大きく深呼吸、ゆっくりと吐き出す。

 リリコさん、すまないが酒場を閉める事は出来るか? 少しだけ誰にも聞かれたくない話をしたい。

 

「あら、私たち二人を相手に獣にでもなられるおつもりで? きゃーこわーい」

 

 棒読みのからかい口調でありながらも酒場の出入口を施錠をする為、移動するリリコさん。

 この美女二人のお相手させて頂けるのなら、何でもすると張り切る人は大勢いるだろうなと下種な推測をする。

 私は服の上からでも分かるご立派なお胸を拝ませてもらえれば十分だ。欲張って良い事があった試しがない。

 正面に位置するもう一人の美女は、落ち着かないように指先同士をトントンと。その表情は赤みを帯びている。

 通告前に大変良きものを見せて頂いた。手を合わせて拝ませてもらおう。

 

 

「部隊の解散……ですか」

 

 どうやらエライ人達の予想を上回る成果を上げていたらしくてな、当初の予定期間よりも早く目標を達成する事ができた。

 空賊に対して各町も、対抗する気概と手段、協力体制が整い始め、その後の道筋も僅かながらだが出来上がってきた。まだ細い獣道みたなものだけどね。

 ようやく、イジツの空に平和が訪れるのかもしれん。

 それは一時的な事かもしれない。

 だがこの数十年間、毎日が空戦だった日々も……直ぐに収まる訳はないから、精々二日に一度ぐらいにはなるのかなぁ? 

 転換期に何が発生するか分かれば苦労はしないか。まぁ多少は落ち着くという事で。

 これもみんなのおかげだ、本当にありがとう。

 

「頭を上げてください! 私たちは自分たちに出来る事をしてきたまでです! 船長直々に礼を言われる程の事は……」

 

 してきた。それだけは間違いない。断言できる。

 ひたすら地味で派手な要素は皆無。その癖、命懸けの仕事。

 依頼が下ればこちらから赴き、空賊が現れない時は、治安活動の一環として巡回で終わるだけの仕事もあった。

 街の復興イベントにも手を貸してもらった。行き場を無くした者たちに手を差し伸べてくれた子たちもいた。

 当初の飛行隊だけでは成しえなかったかもしれんな。怪盗もマフィアも意外性は重要という事で、ね。

 誤魔化す様に笑う私の姿に呆れたのか、微笑むレオナの姿が見える。

 

「ならばコトブキの隊長として、一個人として礼を言わせてください。船長、ありがとうございました。貴方と初めて出会ったリノウチの空の事を思い返すと、この場所に私が居られるのも貴方のおかげだと」

 

 私は敵側の人間だ。礼を言われる理由はないのだが。

 それにこの場に居られるのは君が努力を重ねていった結果だ。あまり自分を過小評価しない事。隊員が悲しむぞ。

 

「それは船長にも通じる話ですね。貴方も少しは自分の立場を理解した方が良いですよ」

「失礼ながら、私もそう思います」

 

 何時の間にやら飲み物を手にし、同じ席へと移動してきたリリコさん。

 自分の立場かぁ……。

 そうだな、自分の事さえ理解していないのに人に説法を解いてどうするんだという話だな。

 久しぶりのシャバは難しい。思考と無を繰り返していただけの人間には尚更。

 

「この船に来てからどうしても船長にお聞きしたい事がありました。リノウチの空で私に『この狭い空で無茶をする』と話しかけてきた方は船長ですよね? 最初は罵倒だと考えていましたが、思い返すと楽し気な声色とも受け取れるのですが、あれは一体……?」

 

 バレてる。だが、何故話しかけてきたのか本質までは理解していないな。

 余り言いたくない。レオナの飛び方がおっかなくて誰か止めろよって言い合った結果、押し付けられただけなんて。

 一心不乱とは良く言ったもので。当時のレオナの操縦技術では死に急ぐような飛び方をしていた。

 当然、そのような飛び方をされれば敵も味方さえも巻き添えを食らうのではないかと恐ろしくて近寄れない。邪魔で仕方ないわけで……。

 えーと、アレだ。私の部下も含めて面白いのが敵がいると無線で聞かされてな、興味本位で話しかけてみただけだ。

 

「興味本位……ですか」

 

 そうだ。あの空で度胸満点の飛び方で、パイロットは美少女ときたものだ。気になるだろう? 

 その時のパイロットがこうして私の目の前に現れるとは想像できなかったが、美人に育つ予想は当たっていたな。

 綺麗な瞳を世話しなく動かし始めたレオナを見て、無事に話題を逸らせた事に安堵する。

 

「気を付けなさい、レオナ。船長が人を褒める時は必ず隠し事をしている時よ」

 

 リリコさん。言うてはならぬ事を。

 視線を合わせて訴えてみたものの、軽くあしらわれる。

 やはりイジツの女性はお強い。せめてもの反撃がお胸を注視する事ぐらいしか出来ない。

 しかしそれさえも相手にされず。確実にセクハラ案件なのに鼻で笑われるってどういう事だ。

 三者三様。それぞれ思考も態度も違うこの空間に、突如もう一人の乱入者の声が聞こえる。

 

『話は全て聞かせてもらったぁ!!』

 

 その台詞と共に酒場の扉から大きな音が響く。

 だが、扉はリリコさんの手によって施錠された状態であり、開くわけもなく。

 拳を握りしめて連打をしているのか、繰り返して扉が叩かれている様子が聞こえる。

 ため息を付くリリコさんから対応を求める視線を感じるが、今はレオナと部隊解散についての話を優先しておきたい……のだが、その張本人は気になる模様。

 仕方あるまい。早かれ遅かれ言わなくてはならない相手だ。解錠をしてお招き致しますか。

 扉の傍に近寄ると、先程までとは打って変わって弱弱しく扉を叩く音と共に、泣き声にも似た何かが聞こえる

 声の主は言うまでもなくフィオである。これがゲキテツの未来か。

 考える事は盛り沢山ではあるが、解錠をし、そっと扉を押して外の住人を伺う。

 

「開けてよぉ……船長ぉ……」

 

 そこには半べそをかく親分の姿。本泣き前でよかったと言うべきか。

 もう片方の扉を手前に引き、押していた扉も同じようにする。迎え入れる体勢は万全。

 両腕を広げた私の体勢と半べそのフィオが目の前。訪れる未来は予知出来たのだろうか。

 突撃するように私の身体へ飛び込むフィオ。ガッチリと腕を回されて身動きがとれない。

 小柄な体格に大きなオタカラ。見た目の愛らしさと違い腕力は桁違いの強さ。幸せと苦痛の混ざり合い。

 

 本来であれば物申すべき事態であるが、彼女の事情も考えると難しいところもある。

 フィオはオヤジと慕っていた首領と別れてまだ間もないのだ。

 彼女自身もすべき事は多い。

 ゲキテツ一家の仕事として、タネガシ一帯を支配、管理を行いながらも、飛行船に搭乗してからは私たちの仕事をこなす日々。

 寂しさは忙しさで誤魔化す事は出来る。幸せに満たされていればなお良い。だが不意に訪れる空虚感は誰も回避出来ない。

 今日がその日だったのか、それとも……下手な勘繰りは止めておこう。

 小さな子をあやす様に軽く背中を叩いて落ち着かせる。ここで拳が飛んでこない時点で心がお疲れなのだ。

 きっと私のシャツとベストはフィオの涙でベトベトだろう。けど、ここは受け止めてあげなければ。制服を着てこなくてよかった。

 

 

 しばらくして落ち着いたフィオを席へと案内する。

 リリコさんからオレンジジュースを受け取り、いつもとは違いゆっくりと飲み進めている。

 彼女が何故、このタイミングで酒場に来たのか不明な点が残る。

 こういう時は同じゲキテツの裏方組に聞くのが手っ取り早い。その中でも呼べば直ぐ現れるであろう人の名前を呼ぶ。

 手を挙げて二拍手、レミちゃんちょっと出て来なさい、怒らないから。

 その瞬間、二階部分のテラスから飛び降りてくる人の影。己はニンジャかね。

 

「いや~バレちゃったっすね~。いつから気づいていたんすか?」

 

 船長室からずっと。

 天井には居なかったけど、通気口にちゃっかりと忍び込んでいたのは、なんだか妙に力強い視線を感じ取れたおかげで気が付けたのだ。

 あそこは非常事態用の移動通路なのだから、早々使ってはダメと言ったでしょう。

 あとシャツのボタンは全部閉めなさい。

 

「船長が怒らないって言ったのに怒るっす~。フィオ、助けてっすよ~」

「ヤダ」

 

 毎度の如く私がシャツを閉めている間に、フィオに助けを乞うも拒否されるレミ。

 あからさまな態度でガッカリという仕草をする。

 フィオに書類の内容を漏らしたのはレミなのか? 

 

「そうっすよ~。フィオには事実確認の為に酒場へ向かってもらってたっす。あ、途中でロイグとすれ違ったっすから、その内ここに来ると思うっすよ」

 

 途中ってどこの途中だよ。通気口内か? 

 飛行船だから人が通れる程の大きさではあるけどさ。

 やはり怪盗だけあって一度は通りたくなる場所なのか? ロマンを感じるといえば感じるけど。

 前からでも後ろからでもいいから、匍匐前進で進むロイグのロマン溢れる姿を見て拝みたい。

 

「アカツキの次はきっとハルカゼっすね~。ユーカは正面から船長室に入り込む子っす。カナリアは自警団って役職柄、あの書類に気づくのは最後じゃないっすか?」

 

 サラッと順位付けするけどね、私の中の信頼度は逆順からの方が高い事に気が付いてくれ。

 そもそも許可無く侵入するな。返事をする前に扉を開けるな。コトブキとカナリアが普通なのを覚えてくれ。

 親指の間接をレミのこめかみに当ててグリグリ。言葉では痛みを訴えているのに笑顔を崩さない。

 なんともスキンシップに飢えてる子たちばかりだ。この飛行船は。

 そのやりとりを見ていたのか、どこからか漏れるような声。

 発生源に二人して視線を向けると、その先にはレオナの姿があった。

 

「いや! その! す、すまない、笑うつもりはなかったのだが、二人のやりとりがおかしくてつい……」

「別に構わないっすよ~。アタシと船長はいつもこんな感じっすから」

「おい待てレミ。それは一体どういう事だ!?」

「どうもこうもないっすよ。完全に消したはずの気配を察知していなければ、さっきみたいな呼び出し方は不可能っす。つまりアタシと船長は一心同体ってわけっすよ~」

「レミぃぃぃ!! まさか私に見せつける為にわざと待ち構えていたな!!」

「そこは秘密っす」

 

 席から立ち上がり、レミを捕まえようとするフィオ。

 それをうまい事いなして逃げ回るレミ。

 ゲキテツはあの様な感じで上手くまわっているのだろう。俯いていた顔が前を向いているのだから。

 フィオの相手をレミに任せて再び定位置に座る。

 横からリリコさんからそっとリンゴジュースが差し出される。

 その笑顔は私をからかっていた時とは違い、微笑ましいものを見るかのように。意図してないからね、アレは。

 

「船長。無理を承知でもう一つだけ質問をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」

 

 いいよ。騒がしい子たちが来るだろうから手短にね。

 

「ではお言葉に甘えて。リノウチの空で撃墜されて無事だった者たちは、私も含めて皆空を見上げていました。イサオと船長の一騎打ちを見る為に。機体性能の差もあったのでしょうか、船長は後手に回り続けていましたよね?」

 

 あれはどちらかといえばイサオの操縦がおかしい。

 機体の重量差でいえば、旋回能力はこちらが圧倒的有利なはずなのに振り切れないのだから。

 

「ですが、あの空戦を見た者たちは口を揃えて言います『こんな空戦、二度とお目にかかれないと』私もそう感じた一人でもあり、自分の無力さを実感させられた場面でもあります」

 

 あの時はもう駄目かなって思った。何をしても後ろを取れないし、何をしても振り切れない。

 イサオがイケスカのエースとは聞いていたが、想像以上だったよ。

 あれが天才か、いや鬼才かな。秀才と天才は何度か落とせたが、鬼退治は無理だと思わされた一件だ。

 

「それでも! 最後に船長が見せたあの技と停戦命令が出なければ今頃は……と考える人も少なくありません!」

 

 イサオは君の恩人で王子様だろう? その相手を落とし損ねたって各所で言われ続けて私の心はもうボロボロよ。

 

「す、すみません! ですがイサオはあくまで恩人であり王子様では……ってそういう話ではありません! 船長が最後に魅せた技について聞きたいのです! 私は未だあの光景が心に残り、謎に包まれたままなのです」

 

 アレなぁ。どうしたものだろうか。今のレオナなら無茶しないと信じるけれど。

 でも真似するのは止めた方がいいぞ、博打だからな。

 練習で試した時は失敗して墜落したあげく足の骨を折ったぐらいだ。それでも聞くか? 

 

「是非お願い致します!!」

 

 机に手を置いてこちらに前のめりになるだなんて、こんなに好奇心旺盛でハキハキと喋るレオナは流石に初めてみる。

 なるべく話しを盛らない様に伝えたい、理解ができれば余りにもあっけない技なのだ。

 レオナはワタリドリって知っている? ユーハングの鳥に関する言葉なのだけれど。

 

「すみません。分かりません」

 

 そうだよね。

 ユーハングって海に囲まれた島国でね、そこへ鳥たちが羽休みの為に海を渡って往来してくるのだけど、まぁ長時間飛行していられる鳥たちが居る程度で考えて。

 鳥は常に風を利用する。イジツのアホウドリだってね。それを観察していた時に、不意に上空へと舞い上がる鳥がいた事に気が付いた。

 それを調べていたら風にも様々な種類がある事に気づかされた。

 その内の一つが気流。リノウチ周辺は地形が原因で突風が多い地域ではあったのだけど、それが功を奏した。

 幾度となく吹く風、発生する気流。これらを利用して鳥と同じ様に戦闘機でも舞い上がる事ができないか考えた。

 地形調査を行い、秘密裏に練習を。そしてなんとか博打レベルにまで使える様に仕上げた。

 それを最後の実戦で使用し、上手い事イサオの真上を取る事が出来た。

 だがしかしって奴だな。成功したのを見せてしまったおかげで、イサオの奴は頻繁に私のいる刑務所に訪れて根掘り葉掘り聞きだそうとするのだから面倒な奴だったよ。

 

「船長は地形だけでなく風をも利用して、鳥になられたと?」

 

 随分と詩的な表現をするね。

 でもそうだよ。そこまでしてでも守りたかった場所があったんだ。

 レオナ。私みたいにはなるな……とは言わない。だが、後悔だけはしないように。

 あとはちゃんと隊員たちと話し合いをする事。無い知恵も六人居れば何か絞れて出てくるだろうしな。

 恥ずかしさを隠す様に笑い、リンゴジュースを口につける。酸っぱいよりも甘い物が好ましいのはムショ暮らしが長いせいだな。

 私の言葉で何かを思い出したのか、口元を手で覆う様に笑い始めたレオナ。

 楽しそうに笑う彼女を見て何一つ確信はないのだけど、大丈夫だなって思う。

 

 

 気が付けば酒場は人で溢れ返っている。

 聞こえる内容は、部隊解散後に私がどこでお世話になるかについてだ。本人の意思をガン無視で。

 

 ハルカゼは指導員として是非とも! 

 カナリアは特別顧問として私たちに是非ご指導を! 

 アカツキは船長は怪盗になれる素質があるわ! とかなんとか。

 ゲキテツは私を幹部にすると言ってきかない。

 ではコトブキは? 

 

「マダムと特にユーリア議員から何かしらのお誘いがあるかと思われますが」

「そういうのはいいんだよ。コトブキとしてはどうなんだ?」

 

 フィオから答えを問われて困惑するレオナ。

 そこへ助け船を出すのはいつだってザラだ。

 

「レオナ。思った事を口にして良いのよ。まだ決まった訳じゃないんだから」

「そうか……私の希望だけで決めるのは良くないが、こうなってくれたならと思う事はある」

「レオナさんも船長に何かご希望が! ついにハルカゼとコトブキは袂を分かち、違う道へと歩む時が……!」

「悪ふざけもそれぐらいにしなさい、ユーカ」

 

 エリカに叱られたユーカは大人しく引き下がる。

 その間に言おうとしている言葉を見つけ、発する時がきた。

 

「船長には模擬訓練の相手を務めて欲しい。あの頃の私と今は違う事を船長に知って欲しいんだ」

 

 なんとも言えない空気が漂う。

 そういう事を言うタイミングなのだろうか、そうは思うがそこはコトブキ飛行隊。隊員たちから総ツッコミを食らうレオナ。

 

「レオナってさ、時折抜けてるところがあるよね?」

「あるある! 本人は至って真面目なんだけど、そこが面白いというか!」

「場の空気、ケイトもまだ分からない」

「それも魅力の一つですわ。無理に変える事などありませんよ」

「私は安心したわ。出会ってから今までレオナの傍にいて、良い方向に変化してきたと思ったけれど、昔の様ながむしゃらなレオナも好きだから」

 

 だってさレオナ。良い仲間に巡り合えてよかったな。

 部隊解散後、私の身元がどうなるか分からないが、シャバに居られそうなら訓練相手ぐらい喜んで。

 あとそこの怪盗とマフィア。駄目だった場合の刑務所から救出作戦とか練り始めないように。後で怒られるの私なのだから。

 この様子では、まだまだこの騒ぎが続き、旅の終わりを迎えた後でさえ慌ただしい日々を送る事になりそうだ。

 

 すまないな、友よ。会いに行くのはしばらく先の話しになりそうだ。

 とか言いたいが、何の気なしに調べたら当時の私の部下はそれなりに元気にしていやがった。私も含めて生き残った奴等は皆、悪い奴ばっかだな! ホントに! 

 一番下っ端だった部下は、今じゃウガデンで飛行隊の顧問をやっている。確かサクラガオカ騎士団だったか。

 勝手に騎士団の名前借りちゃいました。てへぺろ。それを聞いた時、コイツをどうしてやろうか悩んだ。末っ子気質めぇ。

 

 昔の人間も、今の人間も、良い奴も、悪い奴も、この世界は色々な物がごちゃ混ぜになりながらも、掴み取り、受け取り、生きている。

 息を吸って、水が上手いと感じられる間は、頑張って生きてみますかね。

 

 

 

 船長、黙っていた事があります。

 あの時、人を射抜けそうな視線を感じる事があると仰られていましたよね。

 私は知っているのです。皆が船長を見つめる視線とその理由を。

 

 ハルカゼからは、尊敬の眼差しを。

 カナリアからは、敬意を込められ。

 アカツキからは、信頼と振る舞い。

 ゲキテツからは、忠義の心を誓う。

 コトブキからは、……すみません、船長。その視線は私からだと思います。

 

 貴方とこうして出会う事ができ、心が浮かれてしまい、いつの日かあの空の事を聞いてみたくて貴方を見つめていました。

 あの空で交わした言葉、一騎打ちで魅せた技を思い出す度に、貴方に憧れる私の想いは強くなり、月日が経過してお会い出来た後も、私の想像通りのままの人柄でいてくれたから。

 そして今日、ついにお話を伺う事ができ、尚の事、貴方を見つめる時が長くなってしまうと感じました。

 

 船長、貴方は私の英雄です。

 これからも、この先も、ずっと。

 私がいつか、空から降りる日が来たとしても。

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