荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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レオナと後輩と孤児院と

 イジツの空に雲がかかる。

 その雲は普段見かけるものとは違い、太陽の光をもかき消す程、分厚い。

 嵐の前の静けさ。

 ラハマに停泊中の第二羽衣丸も強風に流されないよう、船体と地上を繋ぐワイヤーを張りつめる作業を行っている。

 このような天候になってしまえば我々コトブキ飛行隊の出番など無く、マダムより休暇を頂ける事となった。

 羽衣丸に残る者、外出許可を得る者、今回の私は後者だ。

 

 

「すまないが出掛けてくる。何かあれば連絡を」

「はいはい、こっちの事は私に任せておいて。でも本当に私も手伝いに行かなくていいの?」

「後輩たちの指導の意味も含めているからな。私がラハマにいない間に嵐がやってくる事も考えておかないといけないから」

「なるほどね、レオナお姉ちゃんは大変ね」

「余り揶揄わないでくれ、ザラ」

 

 私が外出する理由。それは嵐が来る前に孤児院の補強作業をする為だ。

 孤児院の後輩たちはまだ年齢も小さい子が多く、私をレオナお姉ちゃんと呼び慕ってくれる。

 時折、ヤンチャな後輩も現れるが、軽く頭を撫でてあげれば直ぐにお姉ちゃんと呼び直してくれる可愛い子たちばかりだ。

 しかし問題もある。今の孤児院にいる後輩たちは平均年齢が全体的に低い事もあり、どうしても自分たちだけでは出来る事が限られてしまう。

 もちろん、院長先生もいらしてくださるのだが、大人一人でも限界がある。

 もう少しの間だけ年長組の子たちに頼りたかったのだが、今や彼女たちも孤児院を出て立派に働いている。

 それだけではない、あの年齢で自分たちの飛行隊を結成するまでに至ったのだから恐れ入る。

 私が彼女たちと同じ年頃だった時は……思い出すだけで恥ずかしくなり、穴があったら入りたい。

 

「こーら、また眉間に皺が寄っているわよ」

「あぁ、すまない、ザラ」

「私たちは勿論の事だけど、孤児院の子たちにも自分の考えはきちんと言葉にして伝えないとダメよ? 小さな子たちはそういう事には鋭いんだから」

「分かった、気を付けるよ」

 

 私の言葉を聞いて満足そうに頷くザラを見て、気合を入れ直す。

 

「それでは、いってくる」

「いってらっしゃい、レオナ」

 

 

 ラハマの街中は、空の静けさとは違い慌ただしく人々が動いている。

 本来、この時間帯であれば窓が開けられ、干された洗濯物が太陽の光を一身に浴びている光景を目にする事が多いのだが、今日に限っては一つも見当たらない。

 皆それぞれに嵐への対応に追われているようで、屋根に上る人、窓を補強している人達が視線に映る。

 これから私も彼等と同じ様に孤児院で作業を開始しなければ、強風に煽られて飛んでくる物に窓を壊されたら後輩たちが怪我をしてしまう。

 その道中、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「レオナさぁーん!!」

「レオナさん!」

「ユーカにエリカ? いつラハマへ?」

「つい先程、配達の為にラハマへ到着したばかりです」

「そうしたらすっごく空が暗くて! 今にも嵐が来そうな気配がして!」

「配達も済んだ事だから、孤児院の様子を見に行こうってユーカと話をしていたんです」

「そうか、心配かけてすまないな」

「そんな事はありません! 孤児院にいた頃にレオナさんからして頂いていた事を自分たちにも出来れば!」

「私たちに何かできる事はないかと思って」

 

 二人の言葉を聞いて心が揺らされる。

 仕事の合間にしか孤児院の様子を見にいけない私のような者を見て、同じ想いを抱いてくれていたとは。

 瞳が揺れそうなことが自分でも分かる。

 あの動乱以降、こうした機会が増えて感情の制御が大変だと思う事は多くなったが、嫌だと感じた事はない。

 誰かに頼れるという事は、素直に嬉しい。

 

「二人とも、嵐が本格化する前にホームの補強を行いたいと思う。手伝ってくれるか?」

『もちろん!!』

 

 気合の籠った返事に、自然と笑みが浮かぶ。

 

 

「みんなー! ただいまーっ!!」

 

 ユーカの元気な声と共に孤児院から後輩たちが現れる、こちらに走り寄ってくる。

 両手を広げて抱きしめようと準備をしているユーカを横目に、後輩たちは私とエリカに抱きついてきた。

 

「レオナ! エリカ!」

「お帰り! お姉ちゃん!」

「レオナおば……あだだだ!!」

「あぁ、ただいま」

 

 無垢な笑顔を見せてくれる後輩たちを落ち着かせるように頭を撫で、微笑む。

 エリカも戸惑いつつも後輩たちに優しく接している。

 肝心のユーカはというと、両手を地面につき崩れ落ちている。

 心配になり、エリカに視線を合わせると『いつもの事です』と言わんばかりの視線が返ってくる。

 ユーカは大丈夫なのだろうか……。

 

 

 トントンとテンポ良く聞こえるトンカチの音。

 ガラスが割れないように雨戸を設置し、部分的な場所には木板を取り付けていく。

 強風によりガタガタと音を立てる原因にもなってしまうが、内部に被害が及ばない為には仕方のない事。

 それでも、昔はその音が怖くて夜が寝れなかった事を不意に思い出してしまう。

 

 あの後にやってきた院長先生にご挨拶をし、崩れ落ちたままのユーカに手を差し伸べる。

 煌びやかな笑顔をみせてくれるユーカと、少し複雑そうな表情をみせるエリカ。

 気になるところではあるが、我々に残された時間は少ない。

 二人に指示を出し、後輩たちには格納庫から荷物運びを手伝ってもらう事となった。

 

「エリカ! いくよ!」

「分かったわ、ユーカ」

 

 掛け声と共に雨戸を立て、設置していく二人の姿。

 私と院長先生だけでこなしていた時とは違い、遥かに事が順調に進んでいく。

 頼もしい二人の姿に心から喜ぶ。

 

「ふぃー、こういう時にベルがいてくれたら楽ちんなのになぁー」

「ユーカ、それはベルの前では言ってはダメよ」

 

 ベルは二人よりも力持ちなのか。

 二人がお世話になっている事もある、お礼も含めて今度トレーニングに誘ってみよう。

 ちょっとだけ自慢した物もある。おへやではしるくんだ。

 何故かコトブキの皆は興味を抱かず、少しばかり寂しい気持ちになっていたのだ。ユーハングの最新技術なのに……。

 

 振り下ろしたトンカチから最後の音が聞こえる。これで補強作業も終了だ。

 暗く前に終わり安堵のため息。

 

「二人とも、そちらの状況は?」

「これで最後です!」

「そちらはどうですか?」

「私の方も今しがた終わったところだ。二人ともありがとう」

 

 礼を伝えると、こちらに笑顔で返してくれた。

 

 

 全ての作業が無事に済み、院長先生から夕飯のお誘いを受けるが、一度は断り羽衣丸へと帰還しようと考えていた。

 だが、後輩たちやユーカにまで抱きつかれて身動きが取れなくなってしまい、ご一緒させていただくことになる。

 マダムへ連絡を入れたところ、そのまま一晩泊まりなさいとの返事をいただく。

 しかし……甘えてしまう事になると思いお言葉を返すが『命令よ』の一言で私の言える事はなくなってしまった。

 孤児院がオウニ商会の管理下にある事、管理下にある以上はきっちりと守らなければならない事。

 マダムの声色は優しく、私を諭すようにそう伝えられた。

 

 夕食も終わり、いつもならまだ元気一杯の子供たちも、何かを察するように大人しくしている。

 次第に強まる風の勢い、建物から伝わる振動、二人が来てくれて本当に助かった。

 何が起きても対応できるように、私は一人待機している。

 こうしていると、どうしても孤児院について考えてしまう事がある。

 

 孤児院は、今も子供たちが増え続ける一方だ。

 空賊が減る様子もなく、小競り合いは止まる事を知らない。

 物資も人の手も足らず、孤児が増えていく。手を差し伸べられる命にはどうしても限りがある。

 だが、それらを無視して全てに手を差し伸べてしまえば、いま救える命をも危険に晒す事になる。

 これは命の選別と言えるのだろうか。

 自分の無力さをどうしても感じてしまう。

 今日の様に一人の時は、嵐の夜は特に。

 

 イケスカの一件以降、コトブキ飛行隊は大袈裟とも思える程の名声を得る。

 途切れる事のない仕事。

 日々、生きていく為に必要な物を手にする事が、それ以上も望めば手に入れる事が出来る収入。

 飛行隊として十分に成功を収めたと言えるだろう。

 それでも、私の心にはまだ何か足りないようだ。

 

 いつから自分はここまで欲張りになったのだろうか。

 考えを振り切るように椅子から立ち上がり、夜回りを始めた。

 嵐が訪れた様だ。発生した強風に孤児院全体が震え、軋む音が聞こえてきた。

 

 廊下を歩いているところ、ある一室から子供たちの声が聞こえる。

 外は雷まで鳴るほどの荒れ模様、寝付けないのも仕方ない。

 落ち着かせる為に一声かけようと、子供たちの寝室部屋の扉をそっと開く。

 私の視界に映ったものは、一ヶ所に固まり山となっている布団であった。

 声を掛けようとした瞬間、その中から子供たちから声がかかる。

 

「遅いよ! レオナ!」

 

 頭に疑問が浮かぶ。こんな夜更けに後輩たちと会う約束をした覚えはない。

 見慣れた顔を見渡すと、どうやら怖くて寝付けないようではなさそうだ。

 むしろ皆、楽しそうに一つの場所へ固まっている。

 その中にはエリカの姿も。

 

「みんな、レオナさんが来るのを待ちわびていたんですよ」

「私を? 何故?」

 

 問う様に口を開いた時、ふと思い出した事がある。

 

 私がまだ嵐に恐怖を抱いてた年頃のこと。

 私よりも先に孤児院に居た先輩がたは、恐怖に怯えていた私に手を差し伸べて、布団の中へ導いてくれた。

『今日だけは夜更かしをしても先生に怒られないから!』

 嵐という特別な日を利用して、夜通しおこなわれるお喋り会。

 孤児院の一室の片隅で始まる子供たちだけの世界。

 

 差し出された後輩たちからの手、それに触れた瞬間、布団の中へと引っ張られる。

 次々に重なるように、隙間なく後輩たちが布団へ入り込み、頬が触れあう距離。

 せーのっ、という掛け声と共に私をお祝いする声が聞こえる。

 

「レオナさん、お誕生日おめでとうございます」

 

 少し早いですが、と付け加えるエリカ。

 突然の事で対応しきれない、だが私の心は飛び跳ね歓喜に満ち溢れている。

 本来であれば夜更かしをさせない為にも寝かしつけるのが正解なのだろう。

 けれど、当時の先生方も嵐の夜は私たちが起きている事を知りつつ、注意をせずに見守っていてくださった。

 なにより、こんなにも嬉しい出来事を私が注意できるはずもない。

 何故ならば、自分も元はこの世界の住人だったから。

 お祝いの言葉と共に、今も続いている風習に、笑みが浮かぶ。

 

 小さな手によって導かれたお布団の中の世界。

 満面の笑顔で迎えてくれる後輩たち。

 大人の世界があるように、子供だけの世界がある事を忘れていたようだ。

 それを思い出させてくれた後輩たちには、なんてお礼を伝えようか。

 

 

 私の心には、まだ足りないものがある。

 だが、それは既に過去で手に入れているものであり、現在手にしているものでもあり、未来で手に入るものかもしれない。

 それを知る為に、後輩たちを守る為に、孤児を増やさない為に、私はこの空を飛び続けるのだろう。

 私が飛ぶ事で、救える人達がいる限り。




布団が暖かくてユーカは起きていられませんでした。
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