荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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船長と彼女たちと そのいち

「私は一体、何者なのでしょうね……」

 

 船長室に響く覇気の無い声。

 憂いを帯びた顔をし、力を落とすその姿。

 重力に従う様になびく黄金色の髪は、実りを迎えた稲穂の様に美しい。

 深夜ともなろう時間に訪れた来賓客は、ゲキテツ一家の幹部であるローラ。

『彼女』を表す言葉はただ一つ、美しい。

 もしも『彼女』が本当に『彼女』であるのならば、それは誉め言葉として受け取ってもらえるのだろう。

 だが、現実は時として厳しく、真実は小説よりも奇なり。

 相談事の内容からすれば、美しいという言葉は、この場においては不適切だ。

 

『彼女』は誰にも言えない、胸の内を明かす事の出来ない重大な秘密を抱えて生きている。

 ゲキテツ一家の幹部たちにさえも伝える事が出来ない事であり、フィオには尚更知られたくないと考えている程に。

 私はひょんな事から『彼女』の秘密を知る事となる。

 今となっては文通相手である『彼女』の妹、ルーガから届いた手紙によって芽生えた違和感、その内容は一度読み上げただけでは信じがたく、目の前にいたローラを抱きしめても違和感が仕事を放棄する程に。

 その後『彼女』の口から自身の正体を明かされた。

 

 自分が何者であるか。

 単純に考えても、難しく考えても、早々答えは浮かばない。

 私が船長に就任する前、檻の中に入れられていた数年間、有り余る程の時間と共に幾度となく繰り返えされる自問自答の日々。

 そのような機会があったにも関わらず、相も変わらず私が一番、自分の事を理解出来ていない。

 自分自身の事ですらこれだ。

『彼女』は幼少期から続けてきた己の姿、長きに渡る偽りを打ち明けた際に、相手から向けられる視線に対する恐怖との戦い。

 喉の渇きを潤す為に、ティーカップを持ち上げると中身が空になっている事に気づく。

 ティーポットに目を配ればそちらも空。

 ローラが察し、私の代わりに紅茶を補充をする為、一時的に船長室を退席する。

 

 一人残されたこの時間、唯一のヒントとも言える、ローラが私に正体を告げてくれた時の事を思い出す。

 切っ掛けはルーガからの手紙とはいえ、あの時の『彼女』は恐怖と怯えにより瞳が揺れ動いていた。

 だが『彼女』にとっては、唯一のチャンスだったのかもしれない。

 そして打ち明けられた『彼女』の秘密。聞かされた私の素っ気ない返答を聞いて、キョトンとした可愛らしい顔。

 結局のところ『彼女』が『彼女』ではなくとも、ローラはローラなのだ。

 自身の考えについて確信を得る為、ローラの未来の為にも、ちょっとばかりのお節介を焼いてみよう。

 物事が良い方向に向けられるのなら、多少の裏工作も大切な作業の一つなのである。

 

 

 翌日、私の不用意な行動で今まで隠し通してきたローラの努力が水の泡とならないよう、聞き込みを行う人選を選ぶ。

 その中でも真っ先に頭によぎる人物がいる。コトブキ飛行隊の隊長であるレオナだ。

 飛行船内にいる人物の中で、いかなる時も一定の精神を保ち、一般常識を持ちえている大人の女性だ。

 

 先日の一件により、私のような人間を尊敬してくれている事が判明し、会話をする機会が増えた。

 その際にザラから伝えられた『船長と会話しているレオナは、いつもより少し幼く感じて可愛い。少しだけ焼いちゃう』という言葉。

 レオナからすると、私は憧れの人物らしい。

 憧れ云々は横に置くとして、そう思えた人と会話をする機会に恵まれたのなら、童心に帰るのも無理はない……のだろうか? 

 だが、頼られる事とはまた別の話だ。

 

 やはりレオナにとって必要不可欠な人物はザラだよ。私が言うのも変な話だが、これから先もずっと傍に居てあげてくれ。

 開かれる瞳と驚きの表情。

 そんなに驚かれるような事は言っていない。生涯を通しても自分と通じ合える人に出会える事なんて早々無い出来事だから。

 ザラからは返答は無かった。だが、私の視界に映ったのは、可憐な笑みを浮かべたもう一人の少女がそこにいた。

 

 

 事前にこちらから用件があり、部屋に赴く事を連絡で伝えておく。

『こちらから参ります』という立場から考えれば至極真っ当な返事を頂くが、事が事だけに難しい。

 船長室でこの話をする場合、まず天井から通気口まで何者かがいない事を確認しなければならない。

 大概、そのような場所を好んで侵入する人物は決まっているもので、レミやロイグが常習犯である。

 稀にだが、変わった侵入者も現れる。

 チカとケイト、ガーベラとアカリ、リッタとシノといった組み合わせが通気口から落ちてきた時は驚いた。

 前者の好奇心に駆られる行動を止める事が出来なかった後者、かどうかは分からないが。

 そしてお尻が引っかかった人物が数名。

 非常用とは別の通気口から無理矢理出てこようとするからだ。

 

 

「ローラについて、ですか」

 

 部屋へと迎え入れてくれたレオナとザラ。

 二人とは対面状態になるようにして座り、本題について聴取を始める。

 こちらから幾つかの質問を問いかけ、それに対して二人から返答をもらう。

 大まかではあるが、こちらが想像したとおりの返事が聞けて安堵する。

 ローラ自身の日頃の対応が実を結んだ結果ともいえよう。

 片手を挙げて質問の許可を求める律儀なレオナ。

 

「船長自ら聞き込みとは、彼女に何かあったのでしょうか?」

 

 特に理由は無い。と言って通じる訳もないよな。

 あれ以来、皆と接する機会が増えて、会話を重ねていくにつれて気になる事が幾つか浮上してきてね。

 個人的に少し不安な子が幾人かいるから、私以外の人から見たらどう感じているか意見を聞いてみたかったんだ。

 この先にある未来、部隊解散後はどうなるか分からないからね。

 

「私は船長から見れば、自立出来ている様に見て頂けているのでしょうか……?」

 

 そのつもりだけれど。

 憂いを帯びた顔でこちらを見つめてくるレオナ。

 一連の騒動が終わりを迎えた後に外へ出された私の目から見ても、コトブキ飛行隊の名はイジツ中に知られるほど有名であり、地位と名誉は確立されている。余程の事が無い限り仕事に困る事はあるまい。

 その姿に憧れて飛行隊を始めた子がこの飛行船内にいるほどだ。

 私はそう思うのだが、レオナは自身の生真面目な性格もあり、自分たちの立場と重責を天秤に乗せてしまうタイプのようだ。

 

 争いを少しでも減らそうとする為の処置とはいえ、昔の様に自由気ままというのは、確かに難しい時代。

 品行方正になれとまでは言わないが、実力はあるが性格に難アリで通じる世界は、きっと終わりを迎えるのだろう。

 そういえば『管理社会だ!』なんてキリエもぼやいていたな。色々と仕出かした側の人間からすると耳が痛い話である。

 

 しかし、何て返事をしようか。

 今もこちらを不安げで見つめてくるレオナ、その姿に喜びを隠しきれないザラ。

 この様子を見る限りでは、少なくとも両人から信用されているようであり、嬉しい気持ちは湧いてくるのだが……。

 ん? もしかして私はレオナに頼られているのか? 

 リノウチで団長をしていた時でさえ、私たちがいないと何も出来ない団長様だと部下に罵られていた私が? 

 これはまずい、こんな事になるのならエースだとか担がれていた時に招かれていた立食会で、もう少し経験値を積んでおけばよかった。

 他の奴等に押し付けられる形で渋々出席していただけだから、言葉を求められた際には『楽しんで下さい』の一言で終わらせていたよ。どこの英雄伝説だ。

 

「あ、あの……変な質問をしてしまいました、忘れてください」

 

 私が無言のまま思考に耽ていたら、尚の事、項垂れていくレオナ。

 隣のお姉さんは、先程までの喜びに満ち溢れた表情から豹変し、角が見えるのではないかと錯覚する程の強烈な視線を私に浴びせる。

 これはマズイ、大なり小なり人から好意的にみられている内が華だといえるのに、自らそのチャンスを潰しかねない状況に。

 何かないか、自分の中で答えを必死に探すが、結局のところはいつもと同じ内容になってしまう。

 仕方ない、繰り返しになってしまうが、これが私の本心なのだ。それを伝える他ない。

 

 腰掛けていたベッドから立ち上がり、レオナの前で両膝をつく。

 突然の私の行動に驚き表情を変えるが、それを半ば無視する様に、行儀よく両手を両足の上に置いているレオナの手を取る。

 私の頬を包み込むように触れされ、視線を合わせ、手を重ね合わせる。

 レオナの手は暖かい。

 生真面目で、不器用で、失敗を重ねても、それでも前へ進むことを止めない。

 彼女の背中を押しているものはなんだろうか? 不意にそんな疑問が頭に浮かぶ。

 

 私はこの飛行船に搭乗している彼女たちについて知っている事は、ほんの僅かばかりだ。

 その様な状態でローラの件について行動を始めては、秘密が洩れる危険性が高い。

 自分自身の事ならまだしも、私のような者に秘密を打ち明けてくれたローラに対して、博打となるような行動は起こせない。

 残された時間は少ないが、私も正面から彼女たちと向き合い、内部の人間だけでなく外部の人間にも聞き込みをした方が賢明であろう。

 伝えようとする側が、逆に諭されてしまう。

 

「せ、船長。私のような者でも、そこを見つめられるのは恥ずかしいのですが……」

 

 いけない、また考え事をしていた。

 視線を合わせていたはずの顔は、思考に耽る事によって当初より顔が下に向いており、視界に映るのはレオナのご立派なお胸。

 上半身に身体を締め付けるようなベルトを身に着けているせいなのだろうか、それにしても素晴らしいの一言。

 しかし、今はそれを堪能している場合ではない。好意を抱いてもらえている内に伝えなくては。

 視線を再びレオナの瞳に向け、私の頬からレオナの手を離し、元の位置に戻す。

 

 すまない、誤解をされない為に言葉を選んでいた。

 レオナ、自立とは一体何を指す言葉なんだろう? 

 

「それは……」

 

 レオナが言いたい事は僅かながらだが分かる。

 自分の事は自分でする、行動には責任を伴い、他者に失礼のない振る舞いを行う。

 それが組織に所属していれば尚更、飛行隊を指揮している者は、最終的な判断を下さねばならない時もある。

 だけどそこはこの際いいんだ、人の生き方だから。

 レオナ、今の生活は楽しい? 

 

「充実しているか、ではなく?」

 

 うん、楽しいかどうかを聞いている。

 君が空を飛び始めた理由は知らない。今もこうして飛行隊を率いている理由も分からない。

 ただ、私はレオナと空以外で会えた事は嬉しく思う、今こうして会話が出来て楽しく思う。

 こうして出会えたのも君が、君たちが前を向いて飛び続けてきてくれたおかげだ。

 答えを伝えていなかったな、レオナは自立している、断言する。

 飛行隊の隊長として、一人の人間として、私はレオナを尊敬しているよ。

 

 自分からこんなことを言うとは予想外であり、照れくさい。

 その姿を隠す様にレオナの両肩を軽く叩き、立ち上がる。

 視線をザラに向けて、後は託すと念じる。頷き返してくれるその表情は、母性に包まれている。

 危ないところであった。一刻を争う、まさに船長の決断ともいえる一時であった。

 よし、逃げよう。違う、撤退だ。それも戦略的なヤツだ! 

 

「船長!!」

 

 ドアノブに手をかけ、動かす瞬間に後ろから聞こえるレオナの声。ビクっとしたのは内緒。

 手はそのまま、少しだけ身体を声の方向に動かすと、ベッドから立ち上がりこちらを見つめるレオナの姿がある。

 

「船長はこの任務を、私たちといて楽しいですか?」

 

 楽しいよ、とってもね。

 でも、この任務が終わりかけの今になって、自分の立場による周囲への振る舞い方、君たちとの接し方について学ばなければならない時が来たと考えている。

 だからさ、よければレオナの力を私に貸してくれないか? 一人で悩むより二人の方が良い案が浮かぶと、ケイトも言っていただろう? 

 

「ッ! 喜んで!」

 

 レオナらしい覇気のある声、その声とは裏腹にリノウチの空で見た、幼い彼女の顔が目に映る。

 日頃の美人さんな姿も素敵だが、今のレオナもとても魅力的だぞ。

 それを最後に伝えて部屋を出る。

 

 さて、次は誰に聞き込みをしようか。

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