荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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船長と彼女たちと そのに

 胸元のポケットに仕舞ってある複数の紙。

 それらを取り出し、酒場の一角に置いてあるボードに一枚づつ貼り付けていく。

 これは賞金首とでも言えばいいのだろうか。

 イジツ中を飛び回る飛行船には、気が付けばエライ人たちの指示以外にも、様々な依頼が舞い込むようになっていた。

 空賊討伐がメインではあるのだが、時には探し人もあり、こういった依頼や情報が各町に停泊する際に持ち込まれる。

 証言と書類を照合し、ある程度の事実確認を終えた後、こうしてボードへ貼り付けて告知を行っている。

 どちらかといえば、一時的に飛行船から離れ、本業に戻る人たちに向けての情報交換用として利用しているのだが、一名、熱心に活動をしてくれている人物がいる。

 

「船長、やはりここにおられたか」

 

 噂をすればやってきた。

 淡い灰色の長い髪を後頭部で一つにまとめて垂らし、マントにも似た物を羽織り、威風堂々とした立ち振る舞い。

 イジツに名高きムラクモ空賊団の子孫である、クロエだ。

 その後ろを可愛らしい子供が寄り添っている。マドカとチヨだ。

 いらっしゃい、今日も賞金稼ぎ退治か。

 後ろのお二人に何か飲み物を。カウンター内にいる二人に伝える。

 

「感謝するのです、船長」

「ぐっじょぶなのです、船長」

 

 お礼を伝える二人に満足気なクロエ。

 すっかりと二人のお姉さんになられたご様子。

 気が付けば私と並ぶようにして、貼り付けたばかりの情報を熱心に見つめている。

 

「船長、この中で一番の悪党はどれだ?」

 

 ここに掲示してある奴等でいえば……そうだなぁ。

 悪党という意味ではマロマロ団だな。

 なんでも飛行路に突如現れ、毒々しい色の煙幕をばら撒いて飛行の妨害するのが趣味らしい。

 あと、鳴り物がやたらと装着されていて五月蠅い。

 最悪という意味ならドロドロ団だ。

 わざわざ命懸けで町の上空を飛び回ったかと思えば、後部座席に乗ってるヤツが空からションベンひっかけているらしい。

 

「頭大丈夫なのか? 此奴らは?」

「手遅れなのです」

「塗る薬もないのです」

 

 死んでも治らないタイプか、死なないタイプか、どちらかなのは私も分からん。

 何れにせよ、出没位置の提供なり退治なりをしてくれるのなら、いつもどおり賞金を渡す事は出来るけど、どうする? 

 

「ならその二つに狙いを絞り込む。人に迷惑をかける連中は許せんからな」

「耳が痛い話なのです」

「何も聞こえないのです」

 

 その話は私にも良く効くから勘弁してくれ。

 三人して凹む姿に狼狽するクロエ、その姿を見て楽し気に微笑むカウンター内の二人。

 改めて、この飛行船には様々な人間が搭乗しているのだと思い知らされる。

 

 

「では船長、また来る」

「ご馳走様なのです、船長」

「またなのです、船長」

 

 気を付けてな。空賊はバカでアホで卑劣だが、弱いとも限らないからね。

 窮鼠猫を噛むってことわざもあるぐらいだし。

 

「うむ、お祖母様から教わったユーハングのことわざ、肝に銘ずるとしよう」

 

 格納庫まで見送りをしようと考えたが、丁重にお断りされてしまう。

 なのでこの場で手を振って無事を祈るのみ。お気をつけて。

 

「ふふっ、本当の姉妹のような関係ですね」

「なんだか憧れちゃいます」

 

 妹ではないが、姉みたいな存在はいるだろう? とびきり美人でだらしないのが。

 

「あはは……日頃、もう少しきちんとしてくれると助かるのですが」

「きっとモアがいてくれるから安心して甘えてしまうのよ」

「そうなのでしょうか? 嬉しいような複雑な気持ちです」

 

 言葉とは裏腹に、嬉しそうにグラスを拭いているモア。

 ロイグの性格なら十分ありえそうな話だ。

 ところでだ、一応聞いておくが、今日の服装は一体どうしたんだ? エル? 

 

「船長がお悩み中と聞きまして、急遽この場をお借りして出張おでん屋エルちゃんを開かせていただきました」

 

 これが最近イヅルマで噂となっている、神出鬼没の屋台なのか。

 だが、目の前にいる人物の姿は、噂とはかけ離れている。

 日頃、身に着けている自警団の制服とは正反対の色合いを持つベストを着用し、首元にはネクタイを。

 先程までいたマドカとチヨの為に飲み物を作っていた名残なのだろうか、手元には銀色の容器が置かれており、柄の部分が長くねじれたスプーンを使用し、指先だけを動かして器用に中身を混ぜる。

 時折、耳に伝わるスプーンの音が心地よい。

 一つの疑問と一つの問題、何故おでん屋なのにバーテンダーの姿をしているのか、そして悩みを抱えているのは私ではないのだが。

 

「こちらをどうぞ、船長」

 

 差し出されたグラスに注がれているのは混濁のリンゴジュース。

 折角なので頂くとしよう。

 グラスに口をつけて喉を鳴らす。果実の甘みが脳と身体に染み渡り、身体中が喜びの声を挙げている。

 

「お口に合ってよかったです」

 

 何も言わずとしても私の好みを出してくるのだから、察しとおもてなしの心が素晴らしい。

 これで何人の男性を篭絡してきたのやら。

 

「そんな事はしておりませんよ、皆さんお疲れで、私はそっとその背中を撫でているだけですもの」

 

 エルから後光が差し込むのが分かる。余りにも眩しすぎて太陽を見つめているようなものだ。

 一時的に、隣にいる月を見つめて瞳を落ち着かせる事にしよう。

 ってモアもその姿なのか。

 

「はい、少し恥ずかしいのですが、エルさんからどうしてもと言われまして」

 

 いつもより大人びた雰囲気を纏うモア、日頃の可愛らしい姿とのギャップが、より一層、格好良さを引き立てている。

 絶対にニコに見つかるなよ? 心にグッときて一切反応しなくなるからな。

 しかしどうしたものか、この広い酒場、視界の隅に映る二人、樽の上で器用に睡眠中のヘレンの姿と、食べかけのおでんと共にテーブルでうつ伏せ状態でいびきをかいているカミラ。

 話を聞かれたとしても、口の堅そうな二人ではあるのだが、いかんせん場所が広すぎる。

 ローラについて聞き込みをしようか悩む私の姿に思うところがあったのか、エルが口を開く。

 

「船長、私では船長のお悩みを聞いて差しあげる事もできないのでしょうか……」

 

 悲しそうに口元を隠す仕草と共に顔を背けるエルを、モアが必死にフォローしている。

 あ、いや、そういう訳ではないのだが、何て言えばいいのだろうか。

 

「些細な事でもよろしいのです。船長のお力になりたい気持ちに嘘偽りはございませんから」

 

 うーん……一先ずローラの話は横に置くとしよう。

 そうなると私のお悩み相談になるのか、あると言えばある。今更でどうしようもない人間の悩みだけど。

 傍から見れば本当にしょうもない話だぞ? それでもいいのか? 

 

「悩みに大小はありませんよ。こちらを摘まみながらで良いですから、ゆっくりと喋ってくださいね」

 

 皿に乗せられた幾つかのおでんの具材。

 その中にあったダイコンを一つ頂く。

 形は崩れず、それでいて固さは一切感じさせない。中まで味が染み込んでおり、胃に納まる事で優しさが伝わり、全身の力が抜けていくのが分かる。

 美味しい。

 

「よかった、モアにお手伝いをして頂いた甲斐がありますね」

「そんな! 私はエルさんの指示通りにしただけです!」

「あらあら、なら二人の共同作業という事で、ね」

 

 格好可愛い二人の微笑ましい姿を余所におでんを摘まむ。

 気が付けば皿は空っぽになる。そこへエルが追加で足そうとしてくれるが、相談事に乗って欲しい事を先に伝える。

 自身の指を重ねてトントンと。タイミングを見計らって口を開く。

 最近、皆と会話をする機会が増えて大変嬉しいのだが、その反面、罪悪感も感じている。

 

「罪悪感? それは一体どういうことなのかしら?」

 

 立場上、エライ人たちから君たちの事について書かれた名簿を受け取っている。

 その中には、きっと本人からすれば他人には知られたくない内容も書かれているのだ。

 これを利用して余計なお節介を何度か焼いた事もある。

 だが、この間、コトブキ飛行隊のレオナとザラと喋る機会があった時に、咄嗟に嘘をついてしまった。

 本人たちだけでなく、自分自身にも。

 

「そのお節介って、ラムダさんの件も含まれているのですか?」

 

 あぁ、含まれている。

 アカツキが監視対象とされる前の話だけどね。

 

「私たち、船長から監視されていたのですね……」

「落ち込んでは駄目よ、モア。船長が秘密を打ち明けてくださったのですから。それにラムダさんを救出されたのは、アカツキが監視対象とされる前の話ですよね、船長?」

 

 概ねそれで合っている。協力者となってくれる人たちがいてくれたおかげでね。

 

「す、すみません! 船長! 失礼な事を言ってしまいました!」

 

 いや、この話を聞いてモアに思うところがあるのは当然だ、謝るのはこちらの方だ。すまない。

 ペコペコと二人して頭の下げあいは、エルの言葉で終わりを告げる。

 

「船長はどうされたいのですか?」

 

 どうしたい、か。

 率直な思いとしては、手渡された名簿に書かれていた内容を忘れたい。

 だが、名簿が無ければ任務を遂行するのに支障をきたす事も事実。

 今の私に出来る事といえば、一人一人と正面から向き合い、対話と行動を積み重ねる事で信用を得たいと考えている。

 必要な時もあるが、嘘をつくのは疲れるから。

 頭をよぎるのは、ガドールの高飛車女。このレッテルは誰かに押し付けられたんだっけ。

 

「船長はそのままでいてくだされば大丈夫ですよ。そのくらいで嫌いになるような人はこの飛行船にはいませんもの。エルちゃんが保証しちゃいます。私たちカナリア自警団がパロット社と対峙していた時も……」

 

 やめて! 自分の醜さで悶えそうなんだから! 

 もう……ハルカゼ飛行隊と関わり始めた頃だろうか、あの子たちが持つ全身から感じられる熱を、自分には既に失われた何かを強く感じた日の事。

 その熱に当てられ、自身の手元にある情報を駆使し、次の世代に託す為の下準備。とはいえ、手あたり次第やりすぎた。

 だってなぁ、私たちの世代が大馬鹿をしたせいで、次の世代に迷惑をかけているのだから、せめて……って考えが既にお節介か。

 

「一人で悩み過ぎですよ、船長。私たちがいますから!」

 

 両手を握り締めたままグッドポーズをとるモアの姿。格好良い姿から一転して可愛いに全振り状態へ。

 次世代やべぇな。同世代が肉食動物すぎて尊い存在に見えてきた。

 目元が熱くなるのを誤魔化す様に、追加で出されたおでんを摘まむ。

 

 ローラが自身の正体を私に明かしてくれたのは、偽りの自分に限界がきていたのだろうか。

 私は『彼女』を受け入れる事が出来たのだろうか。

 人の心ばかりは自問自答をしても答えは返ってこない。

 見て、聞いて、触れ合う他ない。

 何度失敗しても、繰り返す事になっても、その人が大切であるのなら、その人の事が知りたいのであれば。

 

「あらあら、よしよし」

「大丈夫ですよ、船長。大丈夫ですからね」

 

 自然と流れ出ていた雫をエルに拭かれ、カウンターから出てきたモアに背中を撫でられる。

 イジツの人間が母性を求めてしまう理由が、少しだけ理解出来た。

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