荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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船長と彼女たちと そのさん

 夜のしじま、一人船長室で職務に励む日々の事。

 手元には色彩豊かな正六面の物体。

 一部を回転させる事ができ、その際に聞こえる音が心地よい。

 全ての面を同じ色で揃えれば完成だと、購入時に店主が説明をしてくれた。

 それから時間を見つけては幾度となく挑戦をしているのだが、面を揃える事は叶わず。

 3x3で分割された世界を統一させるのが、これ程難しいとは。

 

 

 指先に込められた力も疲労を覚え始めた頃合い、今日はこのぐらいで勘弁してやろう。

 正六面体の代わりに耳に届くのは時計の針が時を刻む音。

 身体をほぐす為、組んだ両手を正面に伸ばしたり、真上に何かを捧げてみたり。

 

 飲もう。

 突如としてそういう気分が湧いて出る。

 私は下戸であるのだが、飲みたくないという訳ではない。身体が他者よりもお酒を受け付けないだけである。

 ありがたい事に、飲めないからと言う理由で不便な出来事は起きた事は無く、少しだけ甘党なところ以外は問題も無い。

 それでも、ふとこうした気分に陥る事がある。

 椅子から立ち上がり、お酒を置いてある棚まで足を運ぶ。

 開かれた先には、ユーハングの置き土産とも呼ばれているお酒が並んでいるのが確認出来る。

 ほとんどが空き瓶の状態に。底には紙が敷かれており『ご馳走様』という丁寧な文字と共にハートマークや色っぽいキスマークの後も残されていた。

 紙には名前が書かれていないので、これを空にした人物は推測になる。

 

 この飛行船でお酒が飲める人物は? 多すぎて飲めない人から探した方が早い。

 その中でもお酒好きは? やはり多くて分からない。

 律儀にこういう紙を置いていく人物は? 大人組かな。

 

 今一度、手に取った紙に集中すると、丁寧に書かれた文字には見覚えがある。ケイトの筆跡だ。

 あの子がビール好きなのは聞いていたが、こちらもイケる口だとは。

 ハートマークは誰だ、こういうちょっとしたイタズラを行いそうな人物、リガルかレミか。

 最後のキスマーク、ザラとロイグしか浮かばない。むしろ両左右にあるから確定でいいんじゃないかな。

 珍しい組み合わせで飲んでいたのだなと、ユーハング酒を飲まれた事よりも微笑ましさが先に浮かび上がる。

 交流が深まる事は彼女たちにとっても良い事だ。部隊を預かる身としても嬉しい。

 

 視線を再び紙から空き瓶へと移す。

 綺麗に揃えられた空き瓶の数を数えると現実が襲い掛かる。これらを購入していた場合の金額は考えたくはない。

 最後の一本だけは必ず残すようにと伝えておいてよかった。

 

 

 唯一、残されていたお酒を取り出したまではよかった。

 だが、滅多に飲まないだけあり、お酒を飲む為の容器が手元に無かったのである。

 直接口をつけるのは流石に躊躇いが生じ、こうして酒場へと足を運んでいる。

 空いた片手で酒場の扉を開き、清掃作業を行っている人物に一声かける。

 ジョニー、酒を入れる容器を貸してくれ。

 

「せ、船長が飲まれるなんて珍しいですね」

 

 手に持っていたモップを動かすのを止めて、こちらに振り向きながら言葉を放つ。

 ジョニーの姿は、先日ここで開かれていたおでん屋さんの二人と同じではあるが、本業だと感じさせるその雰囲気は流石の一言。

 前回はリリコさん、今回のジョニーと、オウニ商会の切り札を貸してくれるルゥルゥには頭が上がらない。

 しっかりと正規料金を取られているけれど、船内の安全と奥の手が使えるのは助かる。

 勿論、自主的に飛行船内の巡回警備をしてくれているカナリア自警団にも感謝を。

 

 手にしていたお酒、ダイバージェンを持ち上げ、軽く揺らしてながらアピール。

 顎に手を置き、しばし思考に耽るジョニーであるが、何かを思い出したかの様にカウンター内へと移動する。

 それを追う様に私もカウンターへ。

 しばしの後、私の目の前に出されたのは、小さな陶器で出来た器。

 手に取り調べてみるが、とても小さい。人によっては一口で中身が無くなるのではないか。

 いつの間に置いてあったのだろう。

 

「なんでもユーハング酒、ダイバージェンを飲まれる際はこのような器に注いで頂くのが一般的だと本で読んだ事があります。ただ……」

 

 ただ? 何か問題でも? 

 

「ここにいらっしゃる皆さんは樽ジョッキで飲まれる方が多いですし、ダイバージェンそのものは中々流通していないお酒ですから、使い道がなかったところなんです」

 

 なるほど、確かに最初は量が欲しいという感じがする。

 ユーハングの置き土産は、のんべえ達にとっては大変価値があるようで市場には中々出回らない。

 時折、発掘された一部が流れて売りに出される程度だ。

 昔の杵柄で余りあるほど所有していたせいで感覚がおかしくなっていたか。

 しかし良いなこれ、なにか名前でもあるのか? 

 

「えーと、確かオチョコと呼ばれていたかと」

 

 見た目通り、名前まで可愛らしい。

 これを借りてもよろしいか? 

 

「構いませんよ、船長はどちらでお飲みに?」

 

 特等席を準備して、そこで飲もうかと思っている。よかったら一緒に飲むか? 

 

「酒場も閉店時間ですし、たまには良いかもしれませんね。つまみを用意しますので少々お待ちください」

 

 ありがたい、こういうだらしない姿をあの子たちに見せるのは、流石に羞恥心が沸いてしまうから助かるよ。

 椅子を一つ用意してもらい、ジョニーの仕度を待つ。

 手慣れた様子で準備をしていく様は、元殺し屋とは思えないほど。

 でも商売道具である銃が原因で嫁さんに逃げられたとか。そもそも二人が出会ったきっかけは何だったのだろうか、気になるところではある。

 一人下世話な想像に耽っていたが、酒場にやってきた二人によって終了させられる。

 

「やっぱもう閉まる時間だったかぁー」

「そう言っただろうアドルフォ、寝酒を頂くには遅いと」

「悪かったって、考え事をしてた……って船長じゃねぇか、酒場で会うなんざ珍しいな」

 

 片手を挙げてこちらに挨拶をするアドルフォとフェルナンド。二人で活動を行っている、ナサリン飛行隊だ。

 現在は様々な飛行隊に就職……もとい、助っ人として雇われながらナサリン再興の為に奮闘中。

 この飛行船でも小人数である事を活用し、即時出撃が出来る先行部隊として大変お世話になっている。

 挨拶を返し、挙げていた手をダイバージェンに向けてツンツンと。

 

「おぉ! こりゃ上物じゃねぇか! どっから見つけてきたんだ?」

 

 立場のおかげか知らないが、それなりにコネがあるのだ。という事にしておいてくれ。

 ユーハングの跡地で掘り出した物はともかく、一部は穴を通じて落ちてきた物だとかは流石に伝えられない。

 そんなわけでお二人さんもどう? 封を開けるから飲み干すのを手伝って欲しいのだが。

 

「こちらとしてはありがたいが、貴重な品である事には違いないだろう?」

 

 私からしてみれば、飲めないお酒を後生大事に取っておいても仕方ないからね。

 腹に収めるとしても、美味しく感じる人に飲まれた方が良いだろう? 

 あ、ただし飲む場所は指定させてもらうけど。

 

「飲む場所? ここ以外で酒が飲める様な場所なんてあったか?」

 

 船長特権というやつさ。

 

 

 そういう訳だからさ、少しの間だけ開けて欲しいんだけれど、いいかな? 

 ……はい、すみません。無理を言っているのは重々承知しております。

 ですが部下の士気向上も船長として……私たちも? ごもっともです。

 今度ラハマに向かいましたら、是非とも新作のドリンクを奢らせていただきたく……そうです、ハーヴィーで売られている物です。

 ……よろしいのですか!? ありがとうございます! ありがとうございます! 

 

 大切な言葉を二度伝え、壁に掛けられている受話器を置く。

 操舵室にいるオペレーターたちとの交渉が無事に済み、安堵する。

 夜間飛行を可能とさせてくれているのは、言うまでもなく彼女たちの奮闘があってこそ。

 必要性という言葉を使用するのならば、私よりも上である事は間違いない。

 日頃の感謝も込めて好きな物を奢らせていただこう、お財布を使う機会も早々ないからそちらの問題はなし。

 待たせている三人の元へ戻る。

 

「船長、もうちったぁ威厳ってものを見せつけてやってもいいんじゃないか?」

「この飛行船にいるお嬢さん方に通じるとは思えんがな」

「みなさんお強い方ばかりですからねぇ……」

 

 後者に同意。立場を利用し威張っていたところで飛行船は動かせませぬ。ストライキを起こされたら目も当てられない。

 後部ハッチを開いてくれたのだから、一先ず移動しよか。

 オペレーターの手によって徐々に開きつつあるハッチ、鎖と鉄が音を立て、鎮座していた壁が動き出し、目の前には満天の星が現れる。

 

「ヒュー、こりゃスゲェな!」

 

 飛行船という性質上、操舵室以外で外の景色を眺められる事が出来るのは、飛行甲板があるここだけだ。

 戦闘機から眺める星空も素晴らしいが、たまにはこういう場所から空を見上げるのも良いだろう? なによりも酒が飲める。

 

「違いない、戦闘中に飲み始めるほど酒に溺れてはいないからな」

 

 冗談を口にしながらも笑みを浮かべる神父様。

 地面に座る形でいいか? 日頃、整備班が清掃をしてくれているから汚れる事はないと思うが。必要なら椅子を持ってくるけど。

 

「このままでかまわんよ、さっきからいい匂いが漂ってきて我慢できねぇ」

「では、こちらに並べ始めますね」

 

 ジョニーが目の前に置いた物は、出前用の岡持ち。

 上にスライドをさせて出てきたのは、ピザやアホウドリの唐揚げと豆類。

 周囲は湯気と共に胃を活発化させる程の爆発力を持ちえた匂いに包まれる。

 

「これぐらいあれば大丈夫ですかね?」

「私たちの分まで用意をさせて済まなかったな、ジョニー」

「いえいえ、こちらこそ余り物で申し訳ない」

 

 短時間にこれだけの物を用意出来るとは、流石は店を構えているマスターだけの事はあるな。ありがとう。

 持ってきたダイバージェンの封を開け、三人にオチョコを持たせた状態で酒を注ぐ。

 日頃の労をねぎらう……というのは大袈裟だな。私がお酌したいだけだ。

 準備完了。さて宴を始めるかね。

 

「やっぱこういう時は、船長の一言が欲しいよな!」

「そうだな、静かに始めるのは勿体ない」

「船長、一言よろしくお願いします」

 

 そんな事、一つも考えていなかった。

 あーと、えーと、楽しんで下さい? 

 

「なんで疑問形なんだよ!? せめて気分が昂る事を言え!」

 

 過去の宿題が今になって現れた。どうしようか、温かい物が冷めてしまっては興醒めだ。

 ……そうだな、言葉を取り繕うのは苦手だ、これで許してもらおう。

 円陣を組む私たちの中央へ、オチョコを掲げる。三人も同じように振る舞う。

 言葉を発する前に、目を配らせて準備を伺い、整う事を確認した。では。

 

 ナサリン飛行隊の再興に! 

 

『カンパイ!!』

 

 

 空になって置かれていたダイバージェンの瓶を手にし、もう少しだけ深く後部ハッチへと近づく。

 僅かながら星空へと近づき、顔を上げる。

 星降る夜、束の間の一時、瓶を傾けて出てきた一粒の星屑。

 月夜に照らされながら光落ちてゆくその姿は、この荒れ果てた大地の一部となる前に消失してしまうだろう。

 だが、それでいいと思う。

 捧げる相手は、空に眠る者達なのだから。




#KΓTΓBUKL卓
なるイベントが開催中のようです。
訪れてみてはどうでしょうか。こぴぺ。

イエローサブマリン秋葉原本店★ミント
11/21(土)→12/13(日) 10〜20時
於:ラジオ会館6F
http://akihabara-radiokaikan.co.jp/access/
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