荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
「ふふふんふんふんあたしの下僕~」
船長室に置かれている大きい椅子、あたしの身体では持て余し気味な背もたれに寄りかかりながら、鼻歌交じりに机の上に広げられた下僕相手に届いた手紙を読み漁る。
こんなつまらない事をよくマメに返すものね。内容だって大半は怒られてばかりじゃない。
宛先を見れば、ラハマやガドール、アレシマにウガデン、イケスカからも届いている。
あ、ヴィトの奴からあたしへの面会許可の嘆願書だ。破り捨てておきましょ。どうせ我慢出来なくなってそのうち飛行船にでも貼り付くでしょ。
それにしてもしばらく見ないうちに、下僕はイジツ各地とやりとりをしていたのね。
相手は不明だけど、筆跡から推測するに大半は女性。しかも日頃から文字を書き慣れているような連中。
あたしの下僕の癖に生意気じゃない。
暇を持て余していた足は行く当てもなく空を切る。
「つまんなーい」
これならもう少し下僕と戯れていた方がマシだったじゃない。
読む気も失せた手紙をパラパラとめくっていた時、聞いた事のある名前が目に映った。
……ルーガ? 確かローラの生き別れの妹で極殺会の……そば職人?
なんでそんな奴があたしの下僕と文通しているのかしら。普通なら姉のローラとするものでしょ。
手紙を手に取り内容を読み上げていくが、ごく普通の日常の事が書かれていただけだった。一点を除いて。
そば職人としての修行の日々、お客に美味しいと言われ嬉しかった事。日々の何気ない出来事について書かれているが、文章から楽しげな様子が伝わってくる。
そして最後に書かれている文字があたしの視界に映る『また、会いたい』と。
へぇ、あたしの許可なく下僕に会いたいと。いい度胸してるじゃない。
アイツの代わりにあたしが直々に手紙を書いてさしあげようかしら。
思考に耽っていたその時、船長室の扉からノックと共に声が聞こえる。
「船長、手紙を取りに来たぞーってあれ?」
「シアラちゃんじゃない~、船長の帽子と上着を羽織ってどうしたの~?」
「あら、郵便配達の二人じゃない。これは下僕が勝手にした事よ」
返事を待たずに開かれる扉。現れたのは双子のムサコとヒガコ。
相変わらず変わった格好をしているのだけれど、これでもれっきとした郵便配達員。
何故か時折、この飛行船で用心棒として働いている事もあり、飛行船内の酒場で会うことがある。
「それで、シアラはなんで船長の椅子に座っているんだ?」
「代理よ、代理。それよりも下僕が送ろうとしていた手紙ならそこにまとめてあるわよ」
「手紙を受け取りに来ると毎回数が増えていくわね~」
「配達をするたびに一部の人間から『会いに来い』と言付されるのも困りものだけどな」
ユーリア議員とかな。その言葉と共に頭の天辺へ指を立てるムサコ。
それを窘めつつも楽しそうに笑うヒガコ。
「あら、良い事を聞いたわ。その中に極殺会の子はいるのかしら?」
「極殺会っていうとルーガの事か」
「いつもヒガコたちに美味しいおそばを食べさせてくれる優しい子よ~」
下僕に送られた手紙だけではなく他者からの言質も得た。
確証を得た事により、自然と笑みが浮かぶ。
あたしの下僕に尻尾を振るなんて、姉妹して趣味が悪いわね。
アイツはあたしの椅子であり、馬であり、あたしを楽しませるだけの存在なのよ。
それを直接あの子に見せつけてあげたら、どんな表情をしてくれるのかしら。
口角が上がっていくのが自分でも分かる。
「(相変わらずおもちゃ扱いされてるのな、ここの船長は)」
「(でもシアラちゃんとっても楽しそう)」
「(まっ触らぬ神になんとやら、だな)」
「終わったわよ」
腰を痛めて駆け込んだ医務室で待っていたのは、白衣を纏う透明感に満ち溢れたお医者様の姿。
処置用のベッドにうつ伏せ状態となり治療を受けていたが、手加減なしで尻を叩かれる事で終了した事を知る。
先生、痛いです。
「腰痛になった理由を聞かされれば、誰だって引っ叩きたくなるものよ」
確かに。
久しぶりに馬役で人を乗せながら四つん這いで動いた気がする。
でも昔はカランにもしてあげた記憶があるのだが。
「それは子供の頃の話でしょ? 成人してからそんな事を求めたりしないわ」
まぁそうだよね。
しばらくしてリノウチがイジツ中に戦争を仕掛けて、それが終わった後、私は刑務所暮らし。
会う機会なんて今までなかったもんなぁ。
「何度か会おうと思って面会届けを提出したけれど、一度も受理されなかったわ。代わりに手紙を渡しておいたのだけど、その様子だと知らないみたいね」
そうなのか、刑務官からはそういった話を一度も聞いた事が無い。
外部から情報を得られる機会なんて、訪ねてきたイサオと刑務所内で出会ったホタルぐらいだったなぁ。
時折、光合成の為に天井から射しこむ光を浴びさせられていた時に色々と教えてもらったよ。彼女は面会の許可が下りていたみたいだし。
あれ? そう考えるとなんでイサオは私と面会出来たんだ?
「知らないわよ、そんなこと。あれだけの事を仕出かした首謀者なんだから、いくらでも船長と会う手段はあったんでしょ」
手際良く後片付けを行っているカランの言葉に納得してしまう。イサオだもんな。
彼女の後ろ姿を見つめていると、幼き頃にご両親の真似をしていた少女の姿を思い出してしまう。
いまやすっかりと大人の女性へと成長を遂げたカラン。あれから月日が流れている事がよく分かる。
身体共に歳を感じるわけだ。
でも悪い気分ではない。寧ろ心地よさを感じられる。
ベッドから起き上がり、ふちに腰をかける。
痛みは先程までに比べて大分緩和されており、身体を動かすのに支障ない。
治療を受けてようやく実感する。カランは本当にお医者様になれたんだな。
「見たままだと思うけれど?」
そうは言うけれど、幼い頃はまだしも、なんで今も白衣を着崩して身に着けているんだ?
普通に羽織っていれば袖を余らせる事もないだろう?
「こうしていると落ち着くのよ。……パパやママが、にいさんが遊びに来てくれた頃を思い出して」
その言葉を放ち、顔を背ける。
カランの透き通るような肌が紅潮していくのがこちらからも分かる。懐かしい呼び方につい頬が緩んでしまう。
彼女の幼き姿と、呼んでもらえた際にしていた行動が頭を過る。
そっぽを向いたままのカランの頭に手を乗せて優しく動かす。
大人になってから頭を撫でられるのはどうだ? 恥ずかしいだろう? 私は恥ずかしいぞ!
「なんで撫でてる方が照れているのよ」
最近余り見かけないだろ? その話は置いておいてだ。
お互いに昔の事を知っている人間なんて限られている。私は一生檻の中で暮らすものだと思っていたからな。
ひょんな事からカランと再会出来て、昔の様に接してくれるだけで感極まるものがあるんだ。
「にいさんの事なら昔の事を知ってる人も沢山いるじゃない」
いる。けど今ここにいてくれるのはカランだ。
何より私の事を昔と変わらずにいさんと呼んでくれるのは大変ポイントが高い! 気が付いたらおじさんになっていたからね!
そのまま日常でもそう呼んでくれていいんだよ?
「嫌よ、これは特別だもの」
顔を正面に戻し、大袈裟にため息をつくカラン。上目遣いの三白眼がこちらを見つめてくる。
特別か、特別なら仕方ないか。
掌に伝わる温かな感触。指に絡みつくことなく流れ落ちるカランの髪。元気に成長してくれて本当によかった。
こんな事を考えてしまうのも、歳をとった証なんだろうな。
「なーにイチャついてんのよ」
声が聞こえた先に視線を向けると、腰に手首を当てて仁王立ちの女王様がいらした。
それに気づいたカランは、自分の頭から私の手を払いのけようとするが、私は必死に抵抗をする。
頭を掴まないように力加減を調節し続けていたら、私の手を掴んでいた両手から力が抜けていくのが分かる。
抵抗を諦めた事を伝えるように再び盛大な溜息が一つ。私の足を踏みつけながら顔を女王様に向ける。
「医務室に何かご用かしら?」
「あら、あたしの下僕に会いに来てはいけないわけ?」
何を言っているんだコイツは。そんなカランからの視線もお構いなしの女王様。
「治療してもらったんでしょ、なら行くわよ」
シアラの言葉に疑問が浮かぶ。何処へ行くというのだ?
「決まってるでしょ。アンタが手紙を送ろうとしていた相手の元よ」
「船長、よく来てくれた。また会えて嬉しい」
辿り着いた先は極殺会の移動式屋台。
着艦許可を頂いた後、シアラの雷電から降りるとルーガ直々のお出迎えがあった。
私が何処に搭乗していたかと? 椅子と言われれば椅子になるしかないわけで。
久しぶりに会うルーガの変わらぬ姿、握手をした際に伝わる冷たい手。
今日もそばを打っていたのだろう。労わるように両手でルーガの手を包み温める。
「船長の手は温かいな」
ルーガは日々の努力を怠らず修行に励んでいるのだな。
手に触れていると分かる。操縦桿を握ることで出来るものでもなく、人を傷つける鍛錬で出来るものでもない、職人の手を。
亭主のような無口……ではないか、厳つい男性が打つそばも好物ある事は確かだ。
だが、私はこの華奢な手から生み出されるそばが好きだ。いうなればファンのようなものだ。
今宵もおそばを頂きに参りました。包み込んでいた手をそのままにルーガを拝む。
驚くような、呆れるような、どちらとも感じとれる表情を見せるが、手に込められた力が正解なのだろう。
「アンタ、わざとあたしの前でイチャついてるでしょ?」
何を仰るたぬきさん。いたっ! 足で蹴らないで!
シアラからの猛抗議を受けて手を離してしまう。
眉毛の位置によりしょんぼりとしたルーガの顔が一瞬だけ見えたが、それもすぐに戻される。
「悪魔か、お前を呼んだ記憶はない」
「魔性と呼んでくれるかしら? あたしの下僕が行く場所にあたしが来てはいけない理由はないわ」
表情には微笑みを。視線は睨み合うように見つめ合う二人。
蹴られた脛よりも痛みを感じる空気。
その場の威圧に言葉も出せず、無言劇のように手だけが空を切る。
「席はこっちだ、ついてこい」
その言葉は、出会った頃の冷たいルーガの声そのものである。
この二人、相性が悪すぎる。夜でなければ無理矢理でもニコを連れてきたというのに。
ルーガの後をついて行こうとすると、横から私の前に手を出すシアラ。なんですか、その手は?
「ほら、案内しなさいよ」
飛行甲板からすぐそこにあるのだから迷う事なんてないのに。
姿勢をシアラの方に向け、差し出された小さな手を取った瞬間、刹那に走る殺気。
レミと来た時にも感じた気配に、咄嗟に首をそちらに向けるが、その先にいたのはこちらを見つめるルーガのみ。
殺気は感じられない。ただ、瞳孔が少しばかり開かれていて怖い。
その様子に今にも笑い出しそうな笑顔を見せつけてくれる女王様。こちらも怖い。
「さっ、椅子になりなさい」
はい! 違う! そういう事はお家に帰ってからにして! ルーガが見てるでしょ!
シアラの言葉に四つん這いになるが、冷静になり立ち上がる。
代わりの椅子を引き、女王様がしぶしぶといった態度で着席される。
せめて今日だけはシアラのご機嫌伺いをしておかないと大変な事になると実感。
店内に案内されて早々にこれでは、この先一体どうなるのだろう。
ルーガから直接手渡されたお手拭きが暖かい。ぎゅっと握られた手が痛い。
「ご注文は?」
「注文も何も一つしかないじゃない。他にないのかしら?」
横目でシアラが広げているお品書きを見るが、寂しいのは否めない。味は文句の付け所がないのだが。
あ、なんか無性に南蛮そばが食べたくなった。
アホウドリの肉を加えるのは、極殺会としては禁忌なのだろうか。
あとカレーそばも。おそば屋さんのカレーって独特なのに美味しいよね。
余所だけど機会があればチカを連れていってみよう。喜んでくれるといいのだけれど。
とはいえ、ここに無い物をおねだりしていても仕方ない。唐突にやって来たにも関わらずそばを頂ける事に感謝をしよう。
極殺そば、二つ。
「少々お待ちください」
厨房へと戻って行くルーガと、愉快そうな表情を作り、机に両手の肘を立て顎を置く女王様。
何故こういう日に限って亭主は留守なのだろうか。
「アンタ、あの子と文通してるんですって? あんな面倒な事よくやるわねぇ」
不意打ちのように問いかけてくる声。
手間だと思ったりしていないもので。でも普段の事しか書いていませんよ?
「それぐらい知ってるわよ。読んだから」
読んだ? いつ? どうして? そんなひどい。
わざとらしく悲しい表情を作ってみせるが、お構いなしに笑う女王様。通じるわけがないか。
あの飛行船にいる以上、秘密なんて言葉は何処へやら。
物から書類まで全て彼女たちに把握されているのではないだろうか。
でも、それは私への不信感から来る行動ではないと知ってからは、疑心暗鬼に陥る事もなくなった。多分。
女王様も船長席がお好きだもんね。特に操舵室のある席が。
あとは忘れ物をする癖を直してくれればいいのだけれど。
それを今のご機嫌なシアラに言う必要はないので、お口にチャック。
私の様子が可笑しいのか、楽し気に人の頬を突いて来る。ぐりぐりは痛いからやめてって。
「ごちそうさま。たまにはいいものね、美味しいじゃない」
ご馳走様でした。本日のそばも大変美味しかったです。
お茶を運んできてくれたルーガに感謝の言葉を伝え、幸せに浸かる。
そばを頼む前の無表情に近いルーガの顔は、再び私の知っているルーガへと戻っていた。
ほっと一息。性別問わずに笑顔が一番だと思うのよ。船長になってからつくづくと感じる。
「眠くなってきたわ、後は頼んだわよ~」
私の肩に頭を置き眠りにつこうとするシアラ。
女王様もお腹が膨れると眠くなる体質でしたか。私と同じ共通点を知り、少しばかり共感を得る。
あ、ちょっと待って! シアラが寝たら帰りはどうするの!? 私、飛行停止中なんですけど!?
華奢な身体を揺らしてみるが起きる気配がない。一度寝たら朝まで起きない体質か!?
規則正しい寝息が聞こえ、小さな身体は鼓動に合わせて上下する。
その際に髪が頬に触れて少しばかりむず痒い。
過去にそばを食べに連れてきたら置いていかれると考えていた時に比べれば、肩を貸すぐらいは仕方ないか。
そういえば、ここに連れて来られた理由って何だったんだろう?
気が付けばルーガの姿は無く、厨房から鳴り響くそば打ちの音。
今日のそばは、少しだけコシが強く感じた。