荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
ルーガに用意してもらった部屋には、指で押せば沈むふわふわの高級ベッド。
風邪を引かぬよう上着をかけてお姫様抱っこ。運んできたシアラをベッドへと寝かしつける。
こちらの事情など露知らずに、寝顔を魅せつけてくれるお眠り姫。
上着を取り上げて布団をかけてあげたいのだが、強く握り締められており、離すことは不可能なようだ。
起きたら知らない場所に居ることになるのだから、目印代わりそのままにしておこう。
指先で前髪を軽く触れる。ふんわりとした柔らかな髪質は、彼女の見た目愛らしい姿を引き立てている。
おやすみ、シアラ。
再び店内へと戻る。
飛行船内の移動許可を頂いているとはいえ、よそ様の船内は落ち着かない。
すれ違う店員さんたちは、私の姿をみかけると直立不動の敬礼を行う。
気恥ずかしいのとそこまでのサービスは求めてはいないので、手を挙げて会釈代わりに通り過ぎる。
これではマフィアというよりも軍隊だ。それもすこぶる上質な。
規律と統制でいえば、過去のリノウチもイサオ率いるイケスカも敵わないのではないだろうか。
流石はユーハング。といったところであろうか。
「船長、私に話しとは?」
折角会えたからね、前に問いかけられた内容について話そうかと思いついて。
あとは単純に、ルーガとゆっくり喋る機会が欲しかったから。
暖かいお茶を一口頂く。
ルーガは先程までの作務衣の作業服姿から、スーツを身に纏い、肩にはコートを羽織らせている。
可愛いから一転して格好いいに変貌を遂げた姿に驚きつつも、自然体のままでいる姿を見て、こちらもルーガなのだなと感じる。
「私も船長とは一度、ゆっくりと会話をしてみたかった。そう言ってもらえると嬉しい」
こちらこそ。
会う度に騒がしい出来事が発生していたからね。
手紙のやりとりも好きだけど、こうして直接顔を会わせて会話をするのも好きだ。
私の言葉に机の上へちょこんと乗せられていたルーガの指先が世話しなく動き回る。
絡み合い、解れあい、しばらくした後に頷く。
今日あった出来事も含めて、ゆっくりと話を始める事にする。
シアラの場合。
「は? あたしが知るわけないじゃない」
背中に柔らかな感触を感じながらも、ローラについてそれとなく聞いてみた答えがこれ。
四つん這いの女王様専用椅子にさせられた私は、抗うすべもなく両手両膝を床に着け項垂れている。
シアラの小柄な体躯のおかげか、苦ではないのだが、人として大事な物を失いつつある事は分かる。
それに加えてこの返答。女王様は日々の生活を如何に楽しむこと意外に興味がない模様。
「そんな事はどうでもいいから走りなさい」
尻に一発平手が飛ぶ。乾いた音と共に世界が加速し始める。
横乗りのまま私の帽子と上着を羽織り、ご満悦な表情と笑い声が船長室に響き渡るのであった。
ニコの場合。
「しらん」
機体整備をしていたニコに話を聞き出そうとすれば素っ気ない一言で返される。ニコから機体へと視線を移せば、隼三型に描かれている美味しそうなプリンのマークが見える。
「あれ? 船長だ! ガーベラたちに何かご用?」
搭乗席から現れたのは機体の持ち主であるガーベラが顔を出す。手を振って返事をすると同じように太陽のような笑顔と共に振り返してくれる。
隣では緩み切った表情のニコ。こちらもこちらで眩い光を周囲にばら撒いている。
ポケットから飴玉に棒が刺さった物を取り出して、ガーベラに投げ渡す。
「わぁい! 飴玉だ! 船長ありがと!」
梱包を解いて口にする姿。ニコにも手渡そうとするが受け取らない。ならば言うしかあるまいよ。
受け取ればガーベラとお揃いだぞ? 二人して味の感想会とか出来たりしちゃうんだぞ?
私の指先で踊っていた棒状の飴玉は瞬時に消え去り、遅れて風が舞い込んできた。
「ニコさん! 美味しいね!」
「あぁ……最高だっ!」
イサカの場合。
「特に変わった様子はないが、彼女に何かあったのか?」
いいや、定期健診みたいなものだよ。小心者が上にいると何かとうるさいものでな。
『違いない』心当たりがあるのか苦笑いをしながら返事をしてくれるイサカ。耳につけたイヤリングが僅かに揺れ動く。
以前のイサカとは対応がうって変わり、穏やかに会話を楽しんでいる。それにもきちんとした理由が彼女にあったのだ。
「私の性格上、予定時間がズレると混乱に陥ってしまってな。それでも幹部の連中たちと会う機会が増えてからは大分改善されたのだが」
二人して酒場の壁際に寄りかかりながら対話をしていたのだが、手にしていた樽ジョッキをテーブルに置き、こちらを向いた後に頭を下げられる。
「以前までの非礼な対応ついて本当に申し訳ない。この飛行船の責任者に対して大変失礼な振る舞いをしてしまった。罰なら……」
イサカの肩を叩いて頭を上げてもらえるようお願いをする。渋々ながらを顔を見せてくれたのだが、謝罪の言葉は止まらない。
責任感がある事は素晴らしいけれど、過度な謝罪は自分の価値を下げてしまう。ましてやシマ持ちであれば部下たちさえ。人の事は言えないけれど。
イサカの唇の前に指先を。触れる寸前ぐらいにまで近づけた事で言霊を止める事に成功。
そして片手に持つ樽ジョッキを前に出して軽く揺らす。
おかわりを持ってきてくれ。それでおしまい。
驚きの表情としばしの沈黙。微笑みと共に樽ジョッキを受け取ってくれた。
フィオの場合。
「オヤジもローラも船長も、私という者が傍に居ながらすぐ何処かへ行こうとしちまう」
自称大親分にしてローラとは幼馴染のフィオ。町へ寄港した際に声をかけて二人で酒場へお出掛けに付き合ってもらう。オレンジジュースとリンゴジュースで乾杯。
馴染みある飛行船内の酒場とは違う場所にいるせいなのか、それとも場の雰囲気にのまれているのか、普段より幼い言動で抗議を受けてしまう。
今日こうしてお誘いをした事で許してくれ。まだ皆と接する事に慣れていないんだ。
「ほんとかぁ? その割には他の連中と会話しているのを見かけるぞ!」
確かにフィオとこうして会話をするのが遅くなったことは否めない。だが理由はちゃんとあるんだ。
ゲキテツ一家の大親分は人気者だろう? 立ち話で盛り上がっている最中に誰かに割り込まれたら楽しい時間が勿体ないじゃないか。
『まぁ確かに……』腑に落ちないのか少し不満気な様子。
「船長、オヤジはユーハングに無事着いたのかな? 会いたい奴らと会えたのかな?」
大丈夫、無事に着いてる。あっちの協力者と接触できればすべき事はこなせるはずさ。フィオ様のお父上だろ?
「船長って一体何者なんだ? いやリノウチで活躍したとは聞いてはいるんだが、いちパイロットにしては穴について知りすぎている気が……疑ってごめん」
いいって、気になって当たり前だよ。ところでフィオは口が堅い方か?
私の発言に呆気に取られていたが、頷く。耳を貸すようにと仕草をしてフィオの耳元で呟く。
そもそも穴についてはリノウチに来る前から知っていたんだよ。
「なっ!?」
驚きと共に揺れる髪が顔に触れる。手入れがされた髪質にのせられた花の香が鼻孔をくすぐる。
まぁ今も残されているか分からないし、何より入口は子供がようやく入れるぐらいの狭さだ。フィオが潜入するのは……無理だな。
決して背丈が小さいなどと言うつもりはない。それ以上に衣服を盛り上げている大きなもののせいだから。
じっと見つめていたら、考え事をしていたフィオに視線がバレる。
顔を赤くし、小柄な体躯が震え、刹那に振り上げられた樽ジョッキ。私の頭部へ着弾する僅か前の出来事であった。
レミの場合。
船長室に置かれている来客用のソファに身を沈め、天井を見上げていた。
結局のところ、ゲキテツ一家も含めて皆のご意見をまとめると、興味が無いか、ローラはローラ。
誰も性別を気に留めるような人物はいなかった。
それだけ、ローラの振る舞いは完璧なのだろう。誰から見ても『彼女』は『彼女』なのである。
私と天井を遮るレミの顔が映らない限りはそう思い込んでいた。
お互いの吐息が感じられ、まつ毛が触れ合う程の近距離。しばらくそのままで見つめ合い、瞬きのたびに触れあうバタフライキス。わーい蝶々だー。
彼女がそれを知っているかどうかは別として、倫理的にあまりよろしい状況とはいえない。肩を掴みゆっくりと引き離……抵抗しなくていいから動け!
「最近ローラにご熱心みたいっすねー。ローラが羨ましいっすよー」
ひゅーひゅーと言葉で発するレミをジト目で見つめる。バレないよう行動していたつもりだが、本職からすれば対応が甘いのだろう。
己の迂闊な行動に情けなさの溜息。既に知られているのならば聞いてみよう。
「んーアタシの知っているローラと、船長の知っているローラは一致していると思うっすよ」
その発言に衝撃が走る。レミの言葉をそのまま受け取るのであれば、彼女はローラの秘密を知っているという事になる。
嘘か誠か。内容を素直に受け取りたいところではあるが、これはローラにとって人生を賭けた重要事項。おいそれと鎌をかけられて私が乗るわけにはいかない。
私に出来る事といえば沈黙のみ。肯定も否定もせず、ただじっと壁を見つめる。
引っ張られる頬が痛いが、ローラの境遇を考えればひたすら我慢の時。欲しがりません、勝つまでは。
「船長、そんな露骨な態度をしていると正解を言っているようなもんっすよー。でもまっそこが船長のいいところでもあるっすもんね」
にひひーという言葉が聞こえてきそうな笑顔でこちらを見つめるレミ。他者の人生が関わる時にふざけてはいられません。
結局のところ、これ以上は何も言わず聞かずのまま時間だけが過ぎ去っていった。
「船長は私に他者とイチャついてきた話を聞かせたいだけなのか?」
テーブルの下からルーガの猛攻。
すみません、これでも真面目に聞き込みを行ってきたのです。みんな親身に……なってくれない人もいたけど答えてくれたから、情報は共有しておこうと思うてな。
確実に脛を当ててくるルーガの蹴りは、次第に収まり、最後に足をふみふみして離れていく。これで気が晴れるのならば我慢の子だ。
話をまとめるとだ『彼女』は『彼女』で『ローラ』は『ローラ』なんだ。兄であろうと、姉であろうと、正体が知られたとしても最初は戸惑いも発生するかもしれないが、それだけだな。
「……そうか。兄は姉でもあるのだな」
でも意外とルーガの前だけは兄でいたいと思うぞ。今度会う機会があれば、二人きりになった時に昔の呼び方をしてみてはどうだ?
「私はなんて奴を呼んでいたのだろう。それさえも思い出せない」
落ち込んでいくルーガの姿に慌て、再び私の手が空を切る。
ルーガはローラの事をなんて呼んでいたのだろうか。
『お兄ちゃん』シンプルでかつ至高では。
『お兄様』似合っているとは思うのだが、少し違う気がする。どこかのブラコンが頭を過る。
『アニキ』んー小さい頃なら僅かに可能性はありそうだけど。
後の十個は横に置いておこう。
「先程の話を聞いていると、船長は『にいさん』と呼ばれていたと」
昔馴染みの子にそう呼ばれている。とはいえ日頃はそう呼んではくれないみたいだけどね。
目を閉じ、深呼吸をするルーガ。ゆっくりと開かれるその瞳は、いつもよりも優しさに満ちた目をしている。
口角が上げられ、笑顔を魅せてくれるルーガから放たれた言葉は。
「にいさん」
気に入った? なら今度はローラにそう伝えてみたらどう?
しかしルーガの首は横に振られる。
「にいさん」
もしかしなくても私? もうおじさんなのでその呼び方は恥ずかしいのだけれど。
カラン以外から聞く呼び方に身体がむず痒い。
「船長をからかう呼び方が出来て嬉しい」
テーブルに立てた両肘、組まれた両手、そこへ顎を乗せて頭を少し斜めに傾けながらこちらを見つめている。ルーガにしては珍しく、態度を崩した状態だ。
揶揄われていたのか。安心したような、残念なような。
それでも、こうした話が出来る関係になってよかった。
いつしか、兄妹が再び昔の様に接する日が来ることを夢見ながら。