荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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ケイトと船長 前編

 アレンは言う。ケイトに足りないものは経験であると。

 ケイトは思う。時には知識だけで自分を満足させ、好奇心を駆り立てるような事は控えるべきだと。

 

「出られない」

 

 船長室に備え付けられている扉は、頑なに動く気配をみせずケイトの退出を許さない。

 入室した際に問題は何も感じられなかった。しかし現実としてケイトは船長室から出られない。

 誰かが扉に悪戯でもしたのだろうか。該当しそうな人物を浮かべてみるが、この飛行船では対象者が多すぎる。

 再びドアノブを操作するが、残念な事にケイトが期待する結果は返ってこなかった。

 不本意ながらも船長室に閉じ込められている現実を受け入れる他ないというわけだ。

 

 

 オウニ商会が所有する第二羽衣丸とは違う空賊討伐専用部隊の飛行船。内部には酒場が設けられており、コトブキ飛行隊はそこで食事を摂っていた。

 事の発端はパンケーキを頬張るキリエの発言からである。

 

「そいやさ! この間、マダムのお使いで船長室に行ったんだけど、ボードに沢山の写真が飾られていてびっくりしたよ!」

「写真? そんなのいつ撮ったっけ?」

「時折、この飛行船へ取材にいらっしゃるサクラさんが撮影されたのでは?」

「私もレオナと撮影した写真を記念に頂いたわ。後は船長と並んで緊張している誰かさんのとか」

「あ、あれは仕方ないじゃないか、私にとって船長は」

「はいはい、尊敬しているんでしょ? なら今度は堂々と二人で撮影された写真を手に入れないとね」

 

 樽ジョッキを飲み干し、満足気に息を吐き出すザラ。

 写真。

 対象に対し光源を放ち、それを感光剤に焼き付け、現像処理をして可視化したものである。

 イジツでは主に報道に携わる人達が持ち歩き、一般家庭ではまだ普及はしていない。

 本体価格や現像の手間というよりも、写真を撮る、撮られるという事にあまり馴染みがない事が主な原因であるとケイトは推測する。

 

「そこにね! ケイトが笑っている写真があったんだよ!」

 

 キリエの言葉に食事の手が止まる。ケイトが笑っている写真? 何時どこでケイトは笑っていたというのだ? 

 

「ケイトの笑う写真? そんなの無くても見れるじゃん?」

「いやいや、それが分かるのはアレンとチカぐらいじゃん。というかチカは何で分かるのさ?」

「んー何となく? 嬉しそうな時に割とよく笑ってるよ?」

「割とって……一度も見た事ないんですけど」

 

 どうやらチカは私が笑う姿を何度も見ている様子。本人であるケイトですら一度も見た事がないというのに。

 チカの答えに皆が興味深そうに聞き入る。そこにはケイトも加えられている。

 ケイトが笑う場面はチカいわく、好みの食事を摂取できた時、探していた本を手に入れ読書している時、ぼーっと過ごしている時。

 それら三点の時が一番確率が高いという。チカの話を聞いて思い出そうとしたが、笑っていた記憶が無いのは何故だろうか? 

 樽ジョッキの中で小刻みに揺れる液体の中で映る自分自身を見つめる。

 

「ケイト、本当に記憶に無いの?」

「無い」

「本人から致してみれば笑っていたという感覚ではないのでしょう。自然に微笑んでいたとも言えますが」

「それそれ! 船長室に飾られていたのも口角を僅かに上げて微笑んでいた写真だったもん!」

「なら、自然体でいたところを誰かに撮影されたというわけか」

「案外、船長が撮影したものだったりして」

 

 各々が船長の行動について語り合う。

 大袈裟に聞こえるものから現実的な事まで様々なのだが、あの船長であればありえそう。と、お喋りをしている人達に思わせるところが船長らしい部分だとケイトは一人思考する。

 ともあれ、ケイトが笑っているとされる写真には興味がある。一度、船長室へ訪れて確認をしてみるべき事案であろう。

 頭の中で本日の予定表を広げ、空白地帯を見つけ出し時間帯を確認。空賊の襲撃がない限りはケイトの邪魔をするものは誰もいない。

 皆との大切な食事の時間を終わらせ、胃袋を落ち着かせる為に一時間ぼーっとした後、三十分の仮眠。その後、実行に移すのみである。

 

 

 その後、正面から船長室へ。主不在でも入室が許可されているのが、この飛行船独自のルール。

 普通ではありえない話なのだが、食事中でも話題になっていたここの船長であれば、ありえそうな話の本当にありえた話の一つだ。

 他の飛行船でこの様な事が曲がりにも許可されていたとしても、普段のケイトであれば回避していただろう。日頃の行いがものをいう機会は嫌という程ある。

 だが、今こうしてケイトが好奇心に駆り立てられて行動を起こしてしまったのも、この飛行船の船長と搭乗している飛行隊の面々に影響を受けたせいだとケイトは思う。

 

「キリエが発言していた写真はこれか」

 

 ボードに敷き詰められる様に貼られた数々の写真。皆それぞれ楽しそうな笑顔を浮かべているが、果たしてケイトが笑う写真などあるのだろうか? 

 各飛行隊事に分けられている訳でもなく好き放題に貼られている写真を眺めていると、ケイトが映っている写真が二枚並んで貼り付けてあった。

 

 一つはチカと職場体験をした時のものだ。

 第二羽衣丸の試行運転がされた際に、折角だからと普段、飛行中に立ち入る機会が少ない操縦室の見学をさせてもらった時のものだ。

 きちんとオウニ商会の制服まで用意されており、チカが舵を握り締めケイトが横で説明を行っている。

 確かこの時は、船長もマダムからの指示で見学という名の強制労働を強いられていた。その隣にはドードー船長と副船長を引き連れて。

 その際に撮影されたものだろう。チカの天真爛漫な笑顔につられたのか、ケイト自身から見ても微笑むような表情をしているのが分かる。

 いつの間に撮影したのだろうか? だが、ケイトが笑うとこういう表情をするのだと知れて満足な気持ちさえある。

 問題はもう一つの写真だ。

 

 ハンブルグサンドを食しているケイトの姿。頬にはソースを付けたまま頬張る姿が写し出されている。

 この姿は断じて他人に見せてはならないとケイトの脳内で警告が走る。羞恥心が沸き上がるというのはこの事を言うのか。

 一体いつ撮影をしたというのであろうか? このハンブルグサンド……確か船長お手製であり、大変美味であった事を思い出す。

 だからといってこの様な姿が映し出されているケイトの姿を無断で撮影する事は、断じて許される訳がない。チーズがどうのこうのと喋っている船長に頷いていた記憶もあるが、それは一旦横に置いておく。

 即刻、ボードからこの写真を取り外してポケットへ仕舞いこむ。もう一つの方はチカと一緒に写っている事とケイトの身だしなみも整えられているので羞恥心は沸かず、問題ないと判断。

 

「該当すると思われる写真の確認と予想外の物は回収済み。あとは部屋へ戻るだけ」

 

 指差し確認、よし。船長が居た場合は抗議をする必要性があったが、今は一刻も早くこの写真を封印しなければならない。

 もしこの写真をアレンにでも知られ、万が一見られた場合は、長い期間からかわれること間違いない。それだけは何としても避けなければ。

 用件が済んだ船長室から退室をしようとしたところ、冒頭の出来事に遭遇したというわけだ。

 

 

「押しても駄目、引いても駄目、扉からの退室は不可能と判断」

 

 正規ルート以外からの脱出方法を思い浮かべ、場所を確認する。視線の先にあるものはケイトの背丈よりも高い位置にある通気口。

 ケイトも既に利用した経験のある場所だが、ロイグいわくロマンに満ち溢れた隠し通路。船長も言っていたが、決して通路では無い。あくまで非常用。

 そして現在、ケイトは非常事態に見舞われている。なのでこの通気口を利用した避難は適切な行動と判断。

 近くに置かれていた踏み台を移動させ、通気口の蓋を取り外す。普通であれば埃が舞うと思うのだが、チリ一つ落ちてこない。

 通気口へと手を伸ばし、障害物などが無い事を確認。そのまま両手に力を込めて身体を持ち上げる。

 内部へと問題なく進入するケイトの身体。非常事態において重要なのは、日頃から適切な運動と体型の維持である。

 キリエの様に好きな物を好きなだけ食べ続けていても体形が変わらないというのは女性において希有な存在であり決して羨ましいというわけではないが基準にしてはならないとケイトは思うわけであり女性であればケイトの思考が正しくキリエの食事方法は栄養バランスから考えてもあまり良いとは思えず適度な野菜類の摂取が必要であると何度も忠告しているが……。

 

 あとはこのまま匍匐前進で進み通路まで辿り着けば問題無い。ケイトの頭の中には通気路の見取り図が浮かび上がる。迷う事も無い、大丈夫だ。

 そう、一番最初の入り口から既に間違えていた事に気が付くのは、この後すぐの出来事である。

 

 

「……」

 

 いまやケイトは無力だ。前に進む為に力が込められていた腕は、だらしなく無気力に伸ばされたまま。

 この状況を打開しようと、多少の罪悪感を覚えながら浮いた状態の両足を壁に向けて蹴り上げる様に動かしてみるが、ケイトの身体はびくともしない。

 通気口にお尻が引っかかったのだ。認めたくはない。だが、現実はとてつもなく厳しくケイトを襲う。

 抵抗を覚えた当初はベルトの類だと考えていた。腰回りは勿論の事、肩からまわされたベルトまで念入りに調べあげ、多少ずらしを入れたりもした。

 しかしながら動かない。通気口とケイトの短めのズボンの間には、僅かな隙間など存在せず、ケイトは飛行船の一部となる。

 このまま船長室のインテリア扱いとされ、訪れる人達が指を差してケイトのお尻を見つめては去っていく運命なのだ。

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