荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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レオナとザラと添い寝

 一つの部屋に二つの呼吸音。

 一つは言うまでもなく私自身。そしてもう一つは、私の腕を枕にして穏やかな表情で眠る騎士様……と表現するのは、何だか気恥ずかしい。

 ホームで出迎えてくれた後輩たちへ私達の関係性を紹介する際に、ザラがこのように表現をしたのを真似てみたが、私が言葉にするのは柄にもないと自分ながらに思う。

 

 

 オウニ商会の仕事を無事に終わらせ、再びラハマへと戻ってきた際に、マダムより隊全体へまとまった休暇を頂けることになった。

 隊員の皆はそれぞれ休暇の過ごし方の計画を立て、先程出掛けて行く姿をザラと共に見送ったところだ。

 私はいつもどおり、ホームへ様子見を兼ねて小さな子たちへ渡す物を確認する。生活用品であり、ちょっとしたプレゼントを用意して届ける予定だ。

 そんな私に毎回ザラが付き添ってくれる。気が付けば結構な量の荷物を運ぶ事になり、手伝ってくれるザラに対して感謝の気持ちもありつつ、申し訳なさも僅かながら。

 そんな私の考えは、表情として出ているのだろう。ザラは『ビールを奢って』と笑って返してくれる。その言葉に甘える様に冗談交じりで返事をしているが、内心ではザラと二人きりで飲める数少ない時間が楽しみとなっている自分がいる。

 私のような人間にビールの美味しい飲み方を教えてくれたのも、こうしてコトブキ飛行隊が隊として名乗れる第一歩を踏み出す決意をさせてくれたのも、ザラのおかげである。

 

 ホームの子たちは私の心配も他所に毎日を元気一杯と過ごしており、自分たちで出来る事を皆で協力し合い、院長先生の負担を減らそうと頑張っている。その姿を見ると自然と頬が緩んでしまうのは仕方のない事。

 この光景を見る事が出来るのは、当然ながら私の力だけでは無理だと考えている。至極当然な話ではあるのだが、最近まで私が一人で何とかしなければと考えが意固地になっていた事は否めない。

 本日の飲み会でも、そういった自分を見つめ直し、人に頼る事を覚えなければと、酒の席では相応しくない話題を口にしてしまったが、そんな私をザラは穏やかな笑みで見つめてくれる。

 二人きりで飲む時は、私が喋る機会が多い気がする。それでもザラは嫌な顔一つもせず、時折、返事をしてくれて私の考えをまとめる様にして助言をくれる。

 

「すまない、ザラ。折角、二人で飲む貴重な機会なのに、私の相談にのってもらうような話ばかりをして」

「いいのよ、レオナ。色々と大変な時期もあったけれど、レオナが私と初めて出会った時の様に、誰かに頼る姿を見られる事が出来てとても嬉しいの」

「私としては、まだ、その……気恥ずかしさが勝るのだが」

「それも勉強の内の一つよ。私もまだまだ勉強中だもの」

「ザラが? 一体何を?」

「レオナが誰かに頼る姿を見ているとね、レオナから頼られるのは私だけがいいなって気持ちが沸いて、独占しちゃいたくなるの」

 

 自分の想いを隠さず言葉にして放つザラ。その姿は言葉では表し難いのだが、とても彼女らしいの一言だ。

 

「だからね、日常では我慢しなきゃ! って思う反動からなのか、こうしてレオナと二人っきりで飲んでいる時間は、他の誰にも絶対にレオナを渡さない。それぐらい私にとってかけがえのない愛おしい時間なの」

 

 そのままテーブルへと伏せながらも、こちらに向けられる瞳を見つめていると、心まで吸い込まれてしまいそうな感覚を受ける。

 同性である私でも魅力的に感じるザラの瞳、放たれた言葉、動悸が早くなる自分を感じて、今日は少し飲み過ぎたのかもしれないと考えてしまう。

 

 

 そんな私の事なぞ露知らず、寝息をたて始めるザラ。勘定を済ませてから彼女を背負い、満月の下をゆっくりと歩きながら宿舎へと戻る。

 部屋へと辿り着いたのはいいが、一つ問題が発生する。日頃、ザラが使用しているベッドは上段である事だ。

 寝ているザラを持ち上げてベッドへ寝かしつける事は可能ではあるのだが、万が一を考えると無理をしても仕方ない。今日は私の寝ている場所へザラを寝かしつけて、私が上段で寝る事にしよう。

 背中にいるザラを私の使用しているベッドへ腰掛けさせ、一度体勢を整える。両肩と両膝に腕をまわして持ち上げ、可能な限りそっと彼女を寝かしつけたその時、再び問題が発生する。

 後は起こさないように私の両腕を引き抜く場面で、ザラが自分の頭を私の腕へ預けるように首を傾けたのだ。

 両膝にまわした腕は自由になったのだが、両肩へとまわした腕は、今やザラ専用の枕となってしまっている。

 日頃利用している自分の枕を探し、腕と差し替えようと考えたのだが、こういう時に限って見当たらない。だからといい、下手に腕を抜こうとすれば寝ているザラを起こしてしまうかもしれない。

 しばらくそのままの体勢でどの様に対処をしようか頭を悩ませていたのだが、諦めて一緒に寝る他ないという結論が出た。

 私の目の前で無防備に可愛らしい寝顔を魅せてくれるザラを起こしてしまうような行動は、慎むべきなのだろう。

 

 お互いに着の身着のまま、同じベッドで並ぶように横になっている。

 時折、ザラから聞こえるくぐもった声と共に、僅かに身体が動かされる。それが幾度か繰り返される事により、気が付けばザラの頭は、腕枕とされてしまった私の腕の根元部分に近づき、お互いの顔が向き合う場所にまで近づいていた。

 ザラの細くて長い綺麗な指は、私の服を掴んで離さない。その姿にお互いが出会ったばかり頃、ザラに対して放った自分の言葉を思い出して不意に笑みが浮かぶ。

 

『理想に手が届かずに苦しんでいる者の前に、何でも掴めるのに掴もうとしない者がいる』

 

 思えばザラに対し、初めて私の愚痴を聞いてもらった時の言葉だ。飲み会が始まる前にもふいに思い出した事、彼女から差し出された手を私が掴む事により、私たちは隊として始まりを迎えた。

 それから月日が経ち、コトブキ飛行隊は六名からなる隊となり、幾つもの困難を乗り越え、用心棒としては十分すぎる程の評価を頂くことになる。

 その反面、本来の仕事とは異なる依頼も舞い込む事になるが、それも少しずつではあるが慣れてきたのではないかと思う。

 だが、油断はせず、初心忘れるべからず。自分たちに出来る事を確実に。

 それを再確認するように、私の腕の中で眠るザラに視線を配る。

 

 腕枕にされていない方の腕を動かし、ザラの髪へ触れる。短ければ指の隙間から流れてしまいそうな程、サラサラとした前髪。そのまま下へと指を動かすと、ふんわりとしたやわらかな髪質が私の指を出迎えてくれる。

 撫でるという行為は少し幼すぎるだろうか? だが、繰り返し行っていると、私の心に何かが満ち溢れる感覚を覚え、それは徐々に私の瞼を閉ざそうとしてくる。

 ここまで来れば折角だ、眠気に抗いながらも僅かに身体を動かし、眠りについている騎士様の額に私の唇を当てる。ホームの小さな後輩たちを寝かしつける時にする行為であれど、成人した人間を相手にするのは初めてだ。

 ザラから聞こえてくる呼吸音が、先程までと変わらぬ事に安堵する自分に苦笑い。どうやら飲み過ぎたのはザラだけではないようだ。

 

「お休み、ザラ」

 

 眠気に抗うのを止め、そのまま意識を委ねる。

 隣に誰かの存在を、温もりを感じながら眠るのは久しぶりだ。とても心地良い。

 

 願うならば、望むならば、この先もずっと、君と一緒に。


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