荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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船長と三周年記念

 三周年。いやそこまで月日は流れていない。せいぜい三ヶ月ぐらいだろうが、何度数えても、もう三周年なのだから仕方がない。

 思えば長い道程であったものだ。最初は駆り出されただけだったというのに、まさかここまで事が大きくなるなんて誰が思うだろうか? 

 人生というものはよく出来ているもんだと感心する。いや感心しない方がおかしいか。

 

 私は私の仕事を全うしていただけだ。それだけの話であり、それ以上でも以下でもないのだが、彼女たちが騒ぐもので大事になったのだと思っているし、事実そういう感じだ。

 ただそれでも、やはり嬉しいものがあるのも否定できないわけであって。

 仕事が終わり、酒場に行って一杯ひっかけようじゃないかと決めた。全然呑めないけど、いつもより気分が軽いのだから仕方が無いとしよう。

 

「ふーん。なるほどぉ」

 

 しかし、こういう時に限って邪魔者が入るのも世の常という奴であろうか。

 酒場に向かう途中の曲がり角にて、見慣れた姿があり、私の姿を視界に入れたのか、歩みを止めて声をかけてきたのだ。

 

「せーんちょ! どこに行くんですか? 酒場? 酒場だよね!? ねぇ!」

 

 面倒なのでそのままスルーしようとしたが、目の前にいる少女、ハルカゼ飛行隊の隊長であるユーカが、そうはさせてくれないようだ。

 私が歩くのを止めないにも関わらず、腰に手をまわして引きずられている。

 何故、お前はこんなにもテンションがハイなのか、教えてくれ。

 

「ちょっとー、船長、聞いてますー?」

 

 ああ。うん、聞いていたぞ。

 正直に言えばどうでもいい話だし。適当に扱っても構わないだろうと、無視をすれば、「むっ」っと頬を膨らませるが気にしないことにしたらしい。

 すぐに笑顔に戻って、私をじっと見上げるのだった。

 

 この飛行船に搭乗している飛行隊の中でも、何を考えているのか分からない人物の一人でもある。

 とにかく元気一杯で、無鉄砲に動き回り、常に前向き、かつ行動力が半端無い。そして副長であるエリカによく叱られている。

 戦闘時は勇敢なリーダーとして、またパイロットとしての実力は評価できるのだが、平時の態度に関しては、少々難があるのは否めない所もある。

 まぁ、なんだかんだと文句を言う私も同じようなものだとよく言われるが、そこは棚に上げてしまおうか。

 

「もう! 船長ってば、最初の頃よりも扱いが雑になってきたよ!!」

 

 そんなことはあるまい……。

 

「あーあ、いいのかなー。このままじゃユーカちゃんは、拗ねちゃうかもしれないけどー?」

 

 少女の面影が残る彼女は、その特性を存分に生かし、こちらを何度もチラ見しながら、私の反応を伺っている。

 分かった分かった、何か奢ってやるから機嫌を直せ。

 

「ほんとですか!? よしきた!! すぐ行こっ!」

 

 相変わらず現金な娘であると言わざるを得ないだろうが、それが良いところでもあり、何とも可愛げのある性格なのだろうとも感じる。

 私を急かしはじめた彼女に引っ張られながら、飛行船内に併設されている酒場へと移動していったのであった。

 

 

「お待たせしました、パンケーキにドリンクと薄麦ビール。あと、こちらは余りものですが、よければどうぞ」

 

 テーブル席に座っていた私たちのところに来たのは、モアの姿だった。小さな両手にお盆を乗せ、器用に運んできてくれるのを、礼を言いつつ受け取ることにする。

「ありがとうございます! モアさん!」と真っ先に受け取ったユーカは嬉しさ全開のようで、満面の笑みを浮かべて、それを早速食べ始めたのだ。

 モアお手製のふわふわのパンケーキを堪能しているユーカの正面で、私は久しぶりのアルコールを口にする。うん、薄い。

 

「船長、自室にユーハング酒があるのではないのですか?」

 

 そう言って、モアは自分のグラスを用意し、引っ張り出した椅子にちょこんと座る。

 アレな、お酒が大好き人たちに全部呑まれた。あいつらは呑むペースが速すぎるんだ。呑むなとは言っていないのだから、仕方のない事ではあるのだが。

 

「あはは……船長は本当に人気者ですよね」

 

 人気者なのは私ではなく、付属品の方じゃないのか? そこでパンケーキを食べてるユーカなんて、通路で出会った瞬間、奢って欲しいオーラをバンバンに発していてなぁ……。

 それに釣られてつい甘やかしてしまう自分がいけないんだけどさ。

 

「船長はなんだかんだ言っても、私たちのワガママを聞いてくれるよね!」

「そうですね。こうして酒場に来て食事をして頂けるようになったのも、私たちの成果だと思っています」

「そうだよねー! こーんな可愛い娘たちにお願いされて、断るとかありえないもんねー」

 

 口元にパンケーキの欠片を引っ付けた、未来の女優が言うような台詞でもないと思うが……それはいいや。

 ほら、口の周りにクリームが付いている。動くなよ。

 指先で拭うように取ると、少し恥ずかしそうな表情を浮かばせたユーカがそこにいる。

 ……ちょっと照れくさいな。まぁ、ユーカだし気にする必要もないけど。そのままハンカチを取り出して、口の周りを綺麗にしてやる。

 その様子をじっと見つめていたモアだったが、何を思ったのか、余りものと称して出してくれたカレーをスプーンで掬い、私に差し出してくる。

 

「船長、はい、アーンしてください」

 

 ……え、何これ。どういう状況? なんでいきなりこんな事をされないといけないのだろうか。

 目の前には笑顔のモアがいて、その様子をユーカがニヤニヤと微笑んでいる。

 なるほど、これはあれだ。久しぶりの餌付けという奴じゃないか。

 差し出されたカレーライスを食べる事に抵抗はないけれど、こういうのは普通逆だと思う。

 でも、不思議とモアが相手だと逆らう気にもなれない。

 

「はい、あーんですよ、船長。きっと美味しいですから、どうぞ」

 

 なんだか妙に楽しげに私に食べさせようとしてくるモアの勢いに押され、結局は彼女の差し出すスプーンに齧り付く事になってしまった。うん、美味しい。

 香辛料が程よく効いたルーに柔らかい肉が入っていて、なかなかに良い味をしている。また腕を上げたのではないか。

 

「はい、次は私の番だよ!」

 

 今度はユーカが私に向けてフォークを差し出してくるが、流石にその要求に応えるつもりはないので、首を横に振ったのだが、再び未来の女優が演技を始める。

 

「船長ってば、ヒドイ! モアさんのアーンは食べたのに、私からのは食べられないっていうの!? 私はもう用済みだって言いたいわけ?」

 

 別にそういうわけではないが、こうなった時のユーカは結構しつこいのだ。一度拗ねると手が付けられなくなるので、ここは折れておくしかないだろう。

 ユーカが差し出したフォークに齧り付いてあげると、満足げに笑みを浮かべている。この様子なら暫くは大丈夫かな。

 

 ふぅっと溜息一つ吐くと、それを見ていた二人も何故か嬉しそうにしている。

 どうして私が食べるだけで、そんなに幸せそうな顔をするのだろうか。

 

「やっぱり、船長は優しいね!」

 

 ユーカから発せられた言葉に、モアは頷く。優しさは褒め言葉ではないだろうに。

 しかし、二人の視線があまりにも温かくて心地よいので、それ以上は何も言わなかった。

 

 

「ご馳走様でした!」

 

 ユーカは両手を叩きつけるように合わせると、満面の笑みで食事の終わりを告げる。それに釣られて私も手を合わせ、モアに感謝を告げた。

 ありがとう、モア。今日もとても美味しかったよ。

 

「いえいえ、お粗末さまでした」

 

 いつものやり取りを終えると、私たちは席を立ち酒場を後にしようとした時だった。扉の向こう側から足音が聞こえてきたと思ったら、勢い良くドアが開け放たれた。

 そこに立っていたのは、ハルカゼ飛行隊の面々である。

 彼女たちは私……というよりも、ユーカを見つけるなり駆け寄ってきて、まるでタックルをするかの様に飛び込んできた。

 当然だが、ユーカは受け止めきれずに床に倒れ込んでしまう。

 

「んぐぇ!!」

「ユーカ! いつまでも戻ってこないと思ったら、酒場にいたのね!」

 

 真っ先に声を掛けたのは、エリカだ。怒りながらも倒れ込んだユーカに手を差し伸べて助け起こしている。

 エリカに起されたユーカが立ち上がったところで、改めてハルカゼ飛行隊は、私と向き合う形になる。

 

「あ、あの……えっと、そのですね……」

 

 ユーカはバツが悪そうにしながら何かを言い淀んでいるが、代わりに声を発したのはエリカだ。

 

「船長。ユーカから話を伺っていますか?」

 

 話? 一体なんのことだろうと思いながら、エリカの言葉の意味を考えていると、更に彼女は言葉を紡いだ。

 

「まったく、ユーカったら、肝心な事を伝えずに船長と食事をしていただなんて」

「ユーカばっかりズルいー! せんちょー! ガーベラたちにも何か奢ってよー!」

 

 ガーベラが頬を膨らませて抗議の声を上げている。それに釣られるようにして、他の隊員たちも口を開く様子をエリカが見て、頭を抱える。

 

「そうだぜ、ユーカばかり贔屓するのは良くないと思うんだ!」

 

 アカリの言葉に同意するように幾つもの首が縦に振る。私は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

 確かに皆には世話になっている。どうしたものかなと考えていると、エリカが口を開いた。

 

「その前に! 船長にお願いすべき事を伝えてからでしょう!」

 

 ピシャリと言い放つように言うエリカに、全員が口を閉ざす。

 それからエリカは全員の顔を見渡すと、大きく息を吸い込み、言葉を続けた

 

「船長、再び酒場をお借りしてお祝い事をしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 エリカの問いかけに、私は思考する。誰かの誕生日だったかな? と考えてみたが、特に思い当たる節はない。

 

「船長? もしやお忘れですか?」

 

 少しだけ呆れ気味に話すエリカの様子を見て、私は慌てて思考を中断した。

 そうだ、この部隊が設立された日か。確かエルせんせーと美しい人で始めたことを私が思い出しているのを察すると、エリカは小さくため息を漏らしてから、もう一度話し出した。

 

「今日で部隊が設立されて、ちょうど三ヶ月が経とうとしています。みんなと話し合って決めたのですが、折角だから飛行船に搭乗している皆さんを呼んで、盛大なお祝いをしようと思います」

 

 それは良い考えだ。きっと喜ぶに違いない。

 

「もちろん、ご迷惑でなければですが」

 

 迷惑なわけがない。許可するよ。あ、でも申請書を書いて貰わないとダメだけどね。

 私の提案を聞くと、エリカはユーカに対して視線を向けた。

 視線に気づいたユーカが、ポケットから申請書を取り出すが……所々に紙が折れ曲がってシワだらけになってしまっているのが目に入る。

 当然、こういう時は、エリカが怒り始めるわけで……。

 

「えっと……これでも大丈夫ですよね?」

「大丈夫? じゃないわよ、ユーカ! 申請書がシワシワじゃない! それに大事なところを書き忘れているじゃないの! ほら、ここも違う! ここはもっと丁寧に書くの!」

 

 エリカがユーカの肩を鷲掴みにして揺さぶっている。その様子を見ていた隊員たちが笑っていた。いつもどおりと言えば、いつもどおりの光景だ。

 

「せんちょー! 笑ってないで助けてくださいよぉー!」

 

 助けを求めるユーカに微笑ましい気持ちになりながら、私も笑うことにした。

 これは皆に何か奢りつつ、ユーカが申請書を書き直すのを待つしかないかな。

 私はそう呟くと、カウンターにいるモアに視線を送り、追加の注文をする事にしたのであった。

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