荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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船長と大会議

 私の視線が宙のある一点に釘づけになる。そこには広めの会議室を明るく照らす照明灯が、チカチカと瞬いている。

 それは次第に点滅を大きくしていき、やがて音をあげてふっと落ちた。

 そうだよな。この部屋は滅多に使われてなくて、誰かが集まるといえば船内に設置されている酒場だもんな。

 

 今まで役割を果たしていたことがそもそも奇跡だったんだ。

 役割かぁ。自分の言葉で思い出したかの様に、一枚の書類を手に取る。

 空賊討伐部隊の解散命令書。そして私の署名付きだ。

 

 中身は読んでない。一定の役割は果たしたのだから、後は早期解散を命じられているだけなのだから。

 とかいいつつ、この書類を受け取ってからどの程度、無視を続けてきたっけ? 指折り数える。三つ……四つ? どちらからともなく溜息を吐いた。

 

 エライ人の基準では、十分すぎる程の成果を挙げたと認識されているのだろうが、現場からしたらとてもじゃないが物足りない。

 今も集落規模の村から救援依頼があったり、旧自由博愛連合の残党が群れを成して現れることもしばしば。

 格納庫には飛行試験を行えと押し付けられた震電レプリカも未だに保管されている。性能評価もしなければならないけど、やりたくないから放置継続中。

 

 というか、今更ながら思ったのだが、討伐部隊の正式名称って誰が決めたのだろうか。

 そもそも、イヅルマからお借りしている飛行船の登録名でさえ私は知らないのだが。

 船長って一体なんなのだろうか。

 

 なんて本題と全く関係無いことを考えていたら、突然、長机に拳を叩きつける音が鳴り響き、びくりとなった。

 

「アンタねぇ……私の話をちゃんと聞いてたのかしら? このままでは落ち着きを取り戻しつつあるイジツが、再び混乱の世界に逆戻りしてしまう瀬戸際よ! 連中のクサレ脳みそに討伐部隊の重要性を分からせてやらなきゃならないのよ!」

 

 ユーリア、そこまで言う? と思うのだが、この場に在席中の面々から彼女を治める発言は皆無。

 一同に揃った各飛行隊の隊長さんと、スポンサーの一つであるオウニ商会からルゥルゥ。

 そして各町の意見を取りまとめているガドール議員のユーリアが、私を交えて会議中なのである。

 

「折角、部隊の運用がこなれて成果が上がりつつあるところに冷や水を浴びせられるのは、私としても不本意ではあるけれどね」

「ルゥルゥの言う通りよ! 連中の耳障りな声を聞いてると虫唾が走るわ!」

 

 うへぇ。ユーリアの好みが極端なのは昔から分かっていたけど、やっぱり気に入らないのか……。

 無理もない。彼らの声はなんというか自己中心的で、その場しのぎと己が利益を優先させる性質を持つ。

 それでも権力……とは違うか。発言力が強力なので、助けを求める各町の長は強く出られないと言う状況がもどかしい。

 

 なるほど。世の中そう上手くはいかないものなんだな。

 

「何を納得した顔をしてんだよ、船長! このまま解散されちまったら恩を返せないだろうが!」

「本当に恩返しの為だけに手を貸してるの、フィオ? もう少し素直になっても良いと思うけど?」

「んなっ!? そ、それを今言うところじゃねぇだろっ! ロイグ!」

 

 からかう様な笑みを見せるロイグに、面白い様に慌てるフィオ。

 ロイグが人をからかうのが好きなの、もうみんな分かって来ているところなのでフィオを苛めるのもほどほどにして欲しい。

 

「そういうロイグはどうなんだよ? 義理堅い怪盗団なんて聞いた事もないぞ? 他に理由でもあるんじゃないのか?」

「あるわよ。私の個人的な理由もあるし、アカツキとしても船長にはお世話になったしね。受けた恩を返すチャンスなら逃がしたくないと思うのは、ゲキテツ一家としても同じ事じゃないかしら?」

「モチロンだ! 義理人情を蔑ろにしたらゲキテツ一家の名に傷が付くってもんだぜ!」

 

 腕組みしながら豪語するフィオ。なるほど。モチロンの意味は分からないが、借りを返すということにだけ殊更執念を燃やしているのは解る。

 気にしなくても良いのにと思うが、彼女がそれで納得するわけはない。恩に着せる気はないけど、その気持ちはありがたく受け取るとしよう。

 

「そ・れ・に。仮にだけど部隊が強制的に解散って事になったら、そのまま船長を頂いても構わないでしょ? わざわざ収監所まで見送る義理なんてないもの!」

 

 冗談なのか本気なのか分かりかねる物言いのロイグに、どう返答すべきか困惑する。

 フィオは反発するようにぐぬぬと唸り、他の者はため息を返した。

 そのような状況で、小さな手が発言権を得る為に、スッと挙手された。

 

 白い制服を身に纏うカナリア自警団の団長、アコだ。

 

「あのー、自警団に所属している私が同席している中で、船長を盗む的な話をされると困るのですが……?」

 

 若干抗議めいた声音でロイグを見つめるアコ。彼女の言葉にフィオは首をブンブンと縦に振る。

 しかしロイグにそんな攻撃が効くはずもなく、涼し気な笑みで、アコを見つめるのだ。

 

「最終的な手段を選ばなきゃいけなくなった時に、アカツキは動くわって話よ。事前に犯行予告の準備を済ませなきゃ! 久しぶりの大物相手でテンション上がっちゃうわ!」

「いやいや! そうさせない為の会議ですよね!? 部隊解散を阻止する為の! 盗むとかそんな話じゃないじゃないですか!」

 

 ごもっともである。盗むの話がぶっ飛びすぎなのだ。

 アコから冷ややかな視線を浴びせられながら、長机に上半身を倒し、ブーブーと不満そうに溜息をつくロイグ。

 この位置からでも、君の素敵なお山が形を崩されているのが分かるので控えなさい。

 

 身から出た錆ではないが、継続の要望が多い中での組織解散というものは、何やら仕事を放り投げたような感覚が拭えないもの。

 着任したての頃とは、私の心境も変わってきたのだなぁとしみじみ思っていると、眼つきの鋭い昔馴染みが口を開く。

 

「はぁ……当事者が一番のほほんとしていてどうするのよ。まぁいいわ、これから私は連中の元に向かって、あのバカ共の意見を一つ一つ潰しながら、こちらの正論をぶつけてくるから」

「……正論だけでどうにかなる問題かしらね?」

「何よ、ルゥルゥ。貴女まであの子達の意見に乗り気だったわけ?」

「違うわよ。例え正しいと信じていても、流れを見誤るとどうなるのか、それを良く知っているのは貴女自身じゃない」

 

 ルゥルゥからの辛辣な指摘に、押し黙るユーリア。

 これは自由博愛連合の時を差してのことだろう。いくたびか起きた空戦で、イサオに正義が存在しなかったわけではない。

 だが、それだけを求める事に固執すると、いずれ足元を掬われてしまうことを伝えたいのだろう。

 

 ……ユーリアが自身の過去と向き合いながら、視野を広げなければならぬという叱咤も兼ねているように感じるのは深読みだろうか。

 再び始まる沈黙は、元気娘の些細な一言から始まった。

 

「はいはーい! ハルカゼ飛行隊から提案がありまーす!」

「何かしら? ユーカ」

 

 ユーリアから名指しで呼ばれた少女は、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら口を開く。

 

「お二人の話を聞いてて思ったんですけど、この部隊って色々な町に受け入れられていて、みんなから慕われているのがスゴく嬉しくて。でも、エライ人達からの命令で解散をしなくちゃいけない状態なら、いっそうの事ホントに解散をして、ロイグさん達に船長を奪還してもらった後に、新しく会社を作ってしまえば良いんじゃないかなーって思うんですよね!」

 

 あまりにも天真爛漫で、しかし意外な案だった。この場合、事業と船を引き継ぐための金銭やら根回しを誰が行うのかが重要であるのだが、ユーカは名案であると信じて疑っていないようだ。

 屈託のない笑顔で話す少女の目に曇りはなく、とても晴れやかな顔をしていた。

 

「お、おい、ユーカ。あまり皆を困らせるような発言を……」

「やっぱりダメですかね、レオナさん。うーん、良い案のつもりなんだけどなぁ……」

 

 先程まで強気だった少女が一気に自信がなくなってしょんぼりとしおれる様子に、私は感謝も含めてフォローをすることにした。

 どうにもこうにも、この場にいる者の中で最年少という事もあるせいか、何かと気に掛かる存在なのだ。

 

 ユーカの案も悪くないと思う。だが、私は戦犯の身である。行うのであれば私抜きでやってもらった方がいいだろう。

 

 そう伝えたところ、長机をドンドンと叩きながら反対の声を上げるユーカに、ひえっと声をあげてしまったのは内緒だ。

 

「それじゃあ意味が無いじゃないですか! 船長あっての討伐部隊なんですよっ!? 皆で一機……じゃなかった。一致団結して編隊飛行! これこそ飛行隊じゃないですか!」

 

 いや、私は飛行隊所属の身ではなくなっているのだが……。

 ユーカが目を輝かせながら机から身を乗り出してきたことに少々気圧されつつ、私はユーリアを見つめる。

 彼女は相も変わらず仏頂面だが、代わりにルゥルゥが口を開く。

 

「自分に素直な子。そうは思わないかしら、ユーリア?」

「……何が言いたいのかしら?」

「一見、突拍子もないことを言い出すけれど、結局のところ彼女……ユーカが求めているのは"自由"なのよ。勿論、それには責任が伴うし、必要以上に自由気ままにするという訳にはいかないわ。それでも……」

 

 言葉を区切り私を一瞥すると、ルゥルゥは僅かに目を細めて小さく微笑む。

 

「現状維持のまま、いつまでも追い風が来るのを待つことしか出来ない私達にとって、彼女は明確に"選択肢"を作ってくれたと言えるんじゃないかしら? 例えそれが些細なものであったとしても。……分かるかしら、ユーリア?」

 

 ルゥルゥの問いかけに、ユーリアは唇を引き結び瞳を僅かに伏せると、細く長い息を吐き出す。

 まるで何かから自分へ気持ちを切り替えるようなユーリアの様子に皆が注目していると、彼女は眉間に寄せていた皺を薄くして口角を上げる。

 

 普段よりも一層冷笑めいた表情を称えているが、そこには静かな闘志が湛えられているように見えた。

 それはあの日……初めて出会った時の不敵な笑みと変わらないものなのだから。

 

「回りくどい言い方ね、ルゥルゥ。賭けは嫌いじゃなかったのかしら?」

「あら、貴女の力と、人を信じれば、賭けだなんて言えやしないわ」

「言ってくれるじゃない。……いいわ。それに報いてあげる」

 

 ユーリアはガタリと音を立て席を立つと、周囲を睨めつけるようにしながら口を開く。

 

「アンタたちに聞きたいわ。このバカに付いていくのか、あのアホ共に従うのか、今、決めなさい」

 

 私とユーカがおろおろする中、フィオが意気込んだように言葉を紡ぐ。

 

「なかなかの悪党じゃねえか、ユーリア議員。ま、このフィオ様は大賛成だけどな。……そっちはどうなんだ?」

 

 突然話を振られたロイグは、当然とでも言いたげに口を開く。

 

「船長へ付いて行く決まってるでしょ! 恩とかそういうの一切ナシで考えても、面白くてずっと楽しめそうだもの!」

 

 きっぱりとそう告げるロイグ。私の身柄が一度はアカツキに囚われるのが確定した瞬間である。

 

「わ、私達はイヅルマのカナリア自警団です! 犯罪に加担することは出来ません!」

「真っ当な答えで安心したわ。でもね、犯罪を仕立て上げてるつもりなんてハナから無いわよ」

「どういう事ですか、ユーリア議員? 船長を収監所から脱走させる話では……」

「そうね。市民の声を無視し続け、一方的に刑を押し付けられた船長を"救い出す"話をしているのよ。私達は」

「お、横暴だぁ……」

 

 動揺を隠せず、口から魂が飛び出そうとしているアコがポツリと本音を零す。その動揺、私にも分けて欲しい。

 そんな最中、話がまとめられていく中でひっそりと挙手をするのが、我らがコトブキ飛行隊の隊長レオナだ。

 フィオはにやりと口角を上げて彼女に問いかけた。

 

「どうしたんだ。隊長さんよ」

「なんというか、物事を性急に進めすぎではないかと。まずは船長の意思を確認し、各々の隊員達の意見を取りまとめ、それから……」

 

 一つ一つに意見と理由を明確にし、状況を丁寧に把握して判断するレオナらしい考え方であった。

 コトブキの雇い主である、ルゥルゥに視線を向けてみれば、先程同じく笑みを浮かべていた。

 勝手な予想をするなら、恐らく彼女は自分の意思を周りに伝えているレオナを嬉しく感じているのかも知れない。

 

 コトブキ飛行隊という傭兵は"仲間の意見を尊重した上で多数決で決める"方針を採用している。

 その決定に至るまでに議論をする事を良しとしている。

 よって、自分がモノを言うのは最終手段であり、まずは周りの状況を確かめてから……という考えがあるのだ。

 

 そんな彼女が率先して発言している姿は新鮮であるが、ルゥルゥは問題なさそうに笑みを深くしていた。

 そして、この状況を作り上げたユーカは、話が膨らむにつれてどこ吹く風となり、皆から視線を外しながらへたっぴな口笛を吹いている始末である。

 まぁ、彼女は元より考えるよりも身体が動くタイプだ。自分の意見を言いきった事でひとまずの達成感を得たのだろう。

 

 私とユーカを置き去りに、ユーリアを筆頭に各隊長が、あれやこれやと意見を交わし、ルゥルゥはそれを優しく見つめている。

 そんなこんなで、凄まじいスピードで展開した会議は、やがて二転三転を繰り返しながら着地の道筋が見えていき、ついにユーリアが口を開いた。

 

「最後はアンタの意思次第よ」

 

 彼女と目が合って、その見据える瞳が確信を伝えてきた。

 試すような目でもなく、呆れたような口調でも無く、ただ本心からの期待と希望を眼差しに乗せて。

 小さな椅子の背もたれに体重を預けて、私は大きくは息を吐き出した。

 

 この中で、最も意思を持たないのは、私であることを誰よりも彼女達は知っている。

 それでも彼女達は、私を慕い、信頼を寄せ、無謀とも言われた討伐部隊に集ってくれたのだ。

 そして今、彼女達は私の意思を待っていた。

 

 以前の私であれば、彼女達に何を言い渡してきただろうか……。

 息を吸い込んで、吐いて……そうして一度俯くと顔を上げる。皆の視線を受けながら目を細めた。

 

 こうして私は閉ざしていた自分の意思を、自分の口で紡いでいく。




相も変わらず真面目そうなのはこの話だけです。
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