荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
アテもなく船内を適当に歩いている。時折、すれ違う船員の挨拶も気さくに返してきたり。
こういった何気ない事でも、少しずつ距離が縮むような感覚を得られるのは、良いものだ。
せめて、もう少し挨拶の他に会話を出来る時間を作れれば良いのだけど。
彼ら無しでは飛行船は動かない。そんな重要な役割を与えられ、イザという時には危機から守ってくれる頼もしい存在。
荒野を旅する以上、空からの脅威は常に付きまとう。だからこそ、私の頼りない言葉と態度であっても、返事をしてくれることが純粋に嬉しい。
今後も彼らと上手くコミュニケーションを取り続けて行きたい。なんて考えられるようになったのも、つい最近の出来事だけどね。
「あ、船長……」
「船長じゃん。おつかれー」
その声と共に視線を向けてみれば、ハルカゼ飛行隊の副隊長を務めるエリカと、手を挙げながら気さくに声をかけてくれるアカリの姿だった。
挨拶をすれば、アカリが嬉しそうな表情を見せてくれるのだが、エリカに関しては俯いたまま硬直している。
エリカ、大丈夫? 何か、体調でも悪いの?
俯き気味だったエリカが突然顔をあげて口を開く。
「せせせ船長! うちのユーカが大切な会議の場でとんでもない事をしてしまい、本当に申し訳ございません! 船長の言う通りユーカが悪いんです! なっ、何か罰とかありましたらなんなりと言って下さって構いません!!」
顔を真っ赤にして叫ぶエリカの姿に思わず素っ頓狂な声が出る。一体、なんの話をしているのだろうか? ユーカが悪いって何が?
自身の言葉を振り返ると、どうやらエリカを心配する為に伝えた"体調"を"隊長"と認識される現象で意味を変えたようだ。
ただ、この様子だと会議の内容をユーカから聞かされて、真面目な性格のエリカにしてみれば、自分達の隊長がきっかけで大騒動に発展するのではないかと、気が気では無かったのだろう。
私の顔を見つけた瞬間、罪悪感と安堵から堰を切ったように大声をあげてしまったのだと思う。
だからこそ、気に病まないように大丈夫だからと言おうしたのだが、それはエリカによって阻まれる。
「なんでも言って下さい! もちろん、ユーカにもさせますので。うちのユーカがぁ……!!」
「エリカってば。そんなに自分を追い込まなくても……。船長なら別に気にしないと思うし……」
アカリの言う通りである。既に散々、いじり倒されている手前、今更大袈裟な対応をされてはむず痒いというか、その逆というか。
勿論、今回の事はユーカの発言がきっかけとなったが、いずれは対応しなければいけなくなってた内容だったからね。
「ホラ、船長もこう言ってるし、エリカがそんなに心配しなくても何とかなるって」
「でも、でもぉ……!!」
困ったような表情を浮かべるエリカとは対照に、アカリは明るく振舞う。
流石は穴の件で秘密を分かち合った仲と言うべきか、私への理解度が高い。
となれば、エリカを何とかするのが先決か。
ペコペコと頭を上下するエリカを前にして、その動きを止めるべく私は手をパンと叩きながら提案する。
娯楽室でお茶でも飲みながら話をしようか。ご馳走するよ。
かくして二人を連れて娯楽室へと足を運び、隅に置かれてある座席にエリカとアカリを着かせる。
設置されている自販機からお茶とカップに入ったパンケーキを一つずつ取り出して渡し、私は座席に座って一息つく。
「へへっ。あざーす、船長」
「ありがとうございます。船長」
アカリは元気に手を合わせ、エリカは礼を言ってから受け取る。
私は飲み口を傾け、一口サイズのパンケーキを摘まみながら話を振った。
さて、エリカ。だいぶ悩んでいたみたいだが、君まで深刻に……いや、言葉が違うな。
討伐部隊の為に、想い悩んでくれてありがとう。期間限定だと思われていた場所が、エリカの想い出の一つとなっていたことを知ると嬉しく思うよ。
「勿論です! ここでは色々な事を学ぶ機会を得ましたし、大切にすべきものとは何かも考えさせられました」
「エリカは真面目だなあ。アタシなんか憧れのセンパイと仕事が出来たり、普段の生活をしてたら接点すらないような人と知り合えたり、美味い飯食えたり。楽しい事ばっかりなんだけど?」
「アカリはもう少し考えて行動しなさいよ。ただでさえハルカゼは落ち着きのない子達でまとめられているんだから」
「隊長がユーカだからなあ。それで成り立ってる感はあるけど」
まるで母親が子供を叱るように注意するエリカに、アカリが上手く言葉を返す。
その言葉自体は納得できることだったのか、彼女は口を閉じると私を見つめてきた。
「前向きでみんなを引っ張る力がありながら、このタイミングで現状をナナメに引き飛ばす行動力は、時に脅威的ですけど」
おっ、私への謝罪からユーカに対しての諦め声が始まった。
この様子だとユーカは相当絞られたみたいだ。後で様子を見に行かないと。
その上でエリカは一度目を瞑り、静かに言い始めた。
「でも……私もユーカと想いは一緒なんです。ここは私達にとって大切な場所の一つですから」
目を閉じながらどこか遠くを眺める彼女から、決意に満ちた言葉が出てくる。
「いつかは私達全員が立ち去ってしまうかもしれない場所であっても、ここは唯一無二の場所であることに変わりはありません。だからこそ、他者の一方的な意思による命令を素直に受け入れてしまいたくありません!」
「おお……エリカが珍しく自己主張を……」
呆気に取られたように声を上げるアカリを無視し、エリカは続ける。
そして一呼吸の間をおき、毅然とした表情でこちらを見据えてきた。
「誰にもこの船を……船長を渡すわけにはいきません!」
……? いや、理解はしている。エリカは少しばかり言葉が足らないと言うべきか、こちらが心配になるような発言をする。
それでも彼女なりに、言葉は選んでくれているはずだが……。
「ヤバイ! エリカが本気で船長を狙ってる! あの手この手で船長を墜としに来てるよ!!」
顔を手で覆い、指の隙間から覗くような仕草をするアカリに、沈黙のエリカ。
突如として発せられたアカリの発言に、彼女が意味を理解するまで少しばかり時間を要した。
そして、数秒ほど硬直した後で意味を理解すると顔全体を赤く染め上げ、身振り手振りでそれを誤魔化そうとした。
「ばっ、バカなこと言わないで! 何を言うのかと思ったら、そ、そんなこと無いでしょ!? 私が船長を……その、独占したいだなんて……!!」
「いや、そこまでは言ってないけどさ。したいの?」
終始ニヤニヤしているアカリの様子を見るに、単に反応を楽しんでいるだけなのは明らかである。
だが、今のエリカのリアクションが証明していることであり、冗談とも思えない話だった。
そっか……独占したい程度には想われているのか……。嬉しくもあり、アカリの煽りも相まって気恥ずかしくも……。
「ちょっと! 船長まで! 何を笑っているんですか!? 私をからかうのがそんなに楽しいんですかっ!!」
今にも噴火しそうなエリカを見て、やっぱり嬉し恥ずかし気持ちになる自分。
「むっふっふー……それで船長に謝罪をしていた時に、バツとしてワタシを好きにしてーってお願いして。それで!」
「言ってない! 一言も言ってない! 変な脚色しないで! そこは完全にアカリの妄想だからね!!」
「へえー、それじゃ他の部分はホントなんだなー」
根っこの喜怒哀楽の激しい性格は相変わらず、煽ると倍になって返ってくるようで。
その反応も面白いんだろうけど……流石に不憫だからそろそろ止めさせないといけないな。
アカリ、その辺りで止めておきなさい。エリカも落ち着いて、ね?
私の言葉に、ひとまずの矛を収めたエリカがむすりとした顔で再び着席すると、お茶を一気飲みする。
彼女が空になったカップを即座に机へ軽く叩けば、私はおかわりの為に自販機へと立ち上がったのであった。
──船長が少し席を離していた間。
アタシはからかいすぎた事をエリカに謝罪をしていた。
「もう、ホントに……。船長に誤解されていなければ良いのだけれど」
「スキなのは伝わったと思うけどなあー」
「そういう話じゃないでしょ、もう……!」
先程までのテンションとは違い、バツが悪いと言った表情をしていた。生真面目なのは良いけど、背負い込み過ぎなんだよねー。
とはいえ、そういう面を直せだの何だの言う気はさらさらないんだけどさ。真面目でしっかりとした所があってこそエリカなんだし、アタシはそのままでいてほしいと思ってしまう。
「はぁ……でも、流石は船長よね。落ち着いていらっしゃるわ。私達のやり取りを見ても冷静ね」
「そうかなあ。船長、嬉しそうだったじゃん? アタシ達にからかわれて。ちょっと、見せ方が違ったけど」
アタシの発言に、エリカはそういえばと自身の記憶を振り返りながら頷いていた。
機を見るに敏と言うのかな? 相手の本心を引き出したい時にちょっとしたワザを使うのも大事なワケだし……。
おっと。これ以上言うとそれこそ怒涛の突っ込みが飛んでくるから黙ろう。
「……そういうアカリこそどうなのよ? いつも、人をからかってばかりいるけど……」
まるで恨み節が聞こえてきそうなくらいにジトーっとアタシを見つめてくる。
……あれ? なんだか空気が変わっている気がする……。何でかなーと思いつつ、へらりと笑う。
「いや、いやー、別に? 船長は船長だし。からかっても許してくれるって分かってるからさ。あと、何より船長の反応が面白いし!」
「私、船長の事だなんて一言も言ってないんだけど……?」
「あっれぇ?」
思わず口をついた誤魔化しに、すぐさま反応してきたエリカ。その目に浮かんだ感情は……これは……。
「ふうーん。アカリもなんだかんだ言って船長の事が気になってるんじゃない。そこについて詳しく。早く」
「いや! ほら! 船長が戻ってきちゃうかもしれないから!」
「そうしたらもう一回おかわりをお願いするわよ! 早く!!」
手をわなわなとさせながら迫ってくるエリカにたじろぎつつ、しかし、このままここにいるのも危険な気配があって……。
……くっ、この話題は一旦切り替えないと……。と、アタシの逃げ切りには最適な一言を告げるのだった。
「あっ! 船長!!」
「へっ!?」
今のうちに離脱を試みたアタシであったが、エリカの刹那の動きに捕まってしまう。
そして、必然的に抜け出す事も出来ないまま、私はこの後エリカからの追求に答える事となるのであった……。